12 裏αテスター
本日二話目です。
「裏αテスター【№44】経過317時間18分、脳波の停止を確認。規定により処理班の出動を要請します」
「裏αテスター【№62】及び【№71】、経過317時間20分、精神崩壊によるログアウトを確認。規定により収容施設へ搬送を要請します」
「裏αテスター【№99】、第二段階へ進化後、精神崩壊の予兆が確認されました」
【イグドラシア・ワールドMMORPG】、裏αテスターの被験者を監視している第七研究所では、続々と被験者達の不幸な報告が淡々と為されていた。
経過100時間までは一割程度だった脱落者は、進化をする者が増え始めた頃から、一気に増加した。
経過日数が13日になった現在、脳停止による死亡が7名。精神崩壊を起こして強制ログアウトされた廃人は31名確認されている。
「おおっと、まとめてきたねぇ」
第七研究所副所長――所長は天下りの元政治家の為、実質現場のトップであるブライアンが呆れたような声を出すと、研究員兼秘書である女性が静かに頷く。
「初期の幼生体は、亜人型もしくは動物型であった為に、基礎的な動作は設定してありましたが、進化を果たして第二段階になると、形状も身体可動域も通常の生物と一致しない為に、最低限しか設定されていませんので、『違和感』だけでなく、精神的圧力による恐怖から精神崩壊が早まったのではないかと、精神科医のドクターがそう見解を申しておりました」
「ふむ。ドクターは対処法について何か?」
「はい。もっとも安易な手段は薬物の処方か、ログアウトさせて精神を安定させる方法を提示なされています。ゲーム開発部からは、被験者からフィードバックされた行動データを解析し、早急に【魔物アバター】の動作をアップデートしてはどうか、と提案を受けています」
「ハハハ、どれも現実的じゃないねぇ」
精神の負荷による限界点を調べる目的もあるが、自我が崩壊した人間が操る魔物ならおそらくは最適に近い動作を行う可能性が高い。
どこまでの動作なら精神にどこまでの負担が掛かるかを調べるには、出来るだけ追い込んだ精神状態で続けてもらうのが最も効率が良い。
予定期間である半年どころか13日で四割近くが脱落した形になるが、その分、予定より成果も多く、上層部を納得させられる実験結果が得られている。
次の被験者である“軍人達”の為にも、せっかく非公式の存在しない被験者なのだから、出来れば“使い切りたい”とブライアンは考えていた。
「まあそれでも、精神がそれなりに安定している被験者もいるのだろ?」
「はい、ブライアン様。17名が比較的安定しております。ですが、多くの者は人里離れた辺境などに身を置いて、最低限の活動しかしておりません」
「それは困るね。対処法は検討しているか?」
「データ処理班長から、現地冒険者ギルドと、ユーザーの攻略サイト等に匿名の目撃情報を流していると報告がありました。継続しますか?」
「それは良いね。もちろんだとも。そういえば凶暴化した被験者はどうなった?」
「大半はβテスターに討ち取られていますね。人間に狩られる恐怖から精神崩壊に至った被験者は6名です」
「活動して、尚かつ、精神が安定したまま進化をした被験者はいるかい?」
「はい。安定状態と不安定状態の波はありますが、【№01】【№08】【№13】【№17】の四名が、積極的に戦闘を行い、第三段階である種族のランクアップを果たしました」
そこまで話してナンバーを確認した美人秘書は、表示された四名だけでなく生き残りのメンバーが表示されたモニターを見て、感心したように言葉を続ける。
「初期メンバーの23名はさすがですね。これまで脱落者はわずか5名しか出ておりませんし、元々の【特殊能力】も上手く使えているようです」
***
エルフの人達は新天地へ旅立ち、あの男の子からこの地を守る精霊として新しい名前を貰った。
いや、別に精霊じゃないし、種族悪魔だし、ここに住んでもないしっ!
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:303/303】3Up
【総合戦闘力:333/333】3Up
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(稚拙)】
まあいいか……。リアルの名前はどうせ捨てるつもりだったし。
それにしても、今回は自分でも無茶をしたと思うけど、結果的に最初の頃と比べると随分強くなったよね。
もうこの森では敵無しと言ってもいいんじゃない? と言うよりも黒イモムシを倒してもほとんど上がらなくなっちゃったし、それどころか、私の存在を察すると逃げていくようになっちゃった。……そう考えるとやっぱり人間倒すのは効率いいな。
それにイモムシが逃げたのは、今回ランクアップして出てきた【種族能力:畏れ】のせいかも……。
【種族能力:畏れ】
・悪魔種が持つ常時発動能力。弱い生物を恐怖させる。
……よくあの男の子は逃げなかったよね。
今はまだ、外套一枚で誤魔化せる程度の能力なのかな? もしかしたら気配を感じる能力が高かったり、私のこの姿を見ると『畏れ』を感じるのかも。
めんどくさ……なにこの邪魔な能力。
一見すると戦闘で役立ちそうに思えるけど、雑魚敵にしか効かないし、獲物には逃げられる。
やっぱりここから離れて違うところに出発しましょう。
でも、謎の感動のお別れをしたあの男の子とバッタリ会うと気まずいので、逆方向に向かう。
あのエルフ達、私が倒した奴隷狩りの荷物までちゃっかり持ち帰ったから、私はいつもの外套と幾つかの荷物を持って移動を開始した。
ふよふよと浮かびながら移動しているけど、やっぱり何かに集中していないと、すぐに気持ち悪さを思い出す。気持ち悪いのも全部『脳の錯覚』だと思い込もうとしているけど、やっぱりそう簡単にはいかないみたい。
でもまあ、地面を這わなくていいから、浮いて進んでいるだけならそれほど酷い違和感も無く精神があまり削られないのは、この種族を選んだ唯一の利点。
少なくとも擬人化して動いているより精神は落ち着く。……本当に通常生活に戻れるのかな。人型も練習したいけど、あの『ウサギ耳』が何故か引っ込まない。
とりあえず【擬人化】は後で考えよう……。
私の動きも速くなっているので、だいたい競歩くらいのスピードで森とか山とか進んでいると、三日くらいでようやく景色が変わってきた。
広葉樹っぽい鬱蒼とした雰囲気が、針葉樹っぽくなって視界が開けると遠くにデッカい山脈みたいな山が唐突に現れる。
……さらに人里から離れていたのね。
まあいいか、と少し検索範囲を広げると、あの森よりも少し強そうな魔力反応が幾つか見つかった。結構今の私に丁度いいかもしれない。
そちらのほうへ向かってみるとかなり動きは速かったけど、途中で捕食中らしいその生き物を発見した。
【角狼】
【魔力値(MP):58/70】【体力値(HP):116/120】
【総合戦闘力:112】
黒イモムシより強いから、そこそこ経験値が入るんじゃないかな? 魔力値も高いし、狼に角が生えているから多分魔物だと思う。
おそらく5~6上昇くらいの経験値だけど、この角狼は結構な数が居るので、数を倒せば問題ない。
……こいつより弱いのに、人間はどうしてあんなに経験値が貰えるんだろ? だから魔物は人を襲うのかな?
それはともかく、私はこっそり近づいてウサギを補食中の角狼の背後から、一気に襲いかかった。
『ギャインッ!』
あっ痛っ! 全身に纏わり付かれて暴れる角狼が噛みついてくると、魔力武器を使ってない人族の攻撃より、ちょこっと痛かった。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:298/303】
【総合戦闘力:328/333】
物理は効きにくいと油断していたけど、魔物は爪とか牙に魔力武器みたいな効力があるのかもしれない。
『ワォオオオオオオオオオンッ!!』
コラ、暴れるな。でもまぁ、今の私なら微々たるダメージなのでそのまま干涸らびるまで吸収すると、想像通りの経験値を貰えた。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:302/308】5Up
【総合戦闘力:328/338】5Up
この額の角もちょっと欲しいと思ったけど、今の私ってトロロボディの頃と違って、物理攻撃がほとんど出来なくなってるから、解体は難しい。
何かグロいのも戦うのも慣れてきた気がする。ずっと精神が苛まれている“痛み”を上手く逃がす事が出来るようになってきたけど、戦闘衝動が偶に強くなるから困る。
さて次の獲物はどこかなぁ? と狭めていた検索範囲を拡大すると、こちらに高速で近づいてくる幾つかの魔力反応を感じた。
……え?
『ワォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』
ええええええっ!? 駈けてくるのは十数頭の角狼の群。あの時吠えたのって、仲間を呼んだのかっ!
これは拙い。一撃一撃は大したダメージじゃなくても、あれだけの数に襲われたら、あっと言う間に削られる。しかも奴隷狩りの人族を相手にしたように、倒しながら大きく回復できない。
逃げます。プライドなんてありません。今更、死んで最大魔力値を半分に減らすとかまっぴらごめんだ。
私は噛みつかれない程度の高さまで浮かんで逃走を開始する。
私の速度は人が走るくらいで角狼のほうが速いけど、攻撃できなければ諦めるはず。そんな風に考えていたんだけど。
『ガウッ!』
うひぃっ。角狼はそんな私を嘲笑うように木の幹に駆け上がり飛び掛かってきた。
身体能力高過ぎでしょっ!? 集団心理で高揚しているのか、私の姿を見ても怯えない。マジでどうしよう……
『『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』』
その時、森の奥からまた遠吠えが聞こえ、私はビクリと身を震わせる。
また狼? もしかして群のボスとか? でも何か吠えた声が二重に聞こえたし、何故か角狼たちも怯えていた。何が来ているの……?
ビシッ! と離れた場所にある木がなぎ倒され、それは姿を現した。
外見は他より二回りは大きい、炎のたてがみを持つ蒼い角狼。
でもその瞳は世界を呪うように憎悪に彩られ、その頭部は二つも生えていた。
……なに…これ?
『『グォオオオオオッ!!』』
その二つ首の角狼は一瞬で詰め寄ると、なんと他の角狼たちを爪で引き裂き、牙で噛み殺し始めた。
逃げ惑う角狼たち。それを少し上から唖然として見ていると、殺戮を繰り返していた二つ首角狼が5メートルの高さに居た私に飛びかかってきた。
痛あっ、ちょっ!? ちょっと待ってっ!?
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:270/308】
【総合戦闘力:310/338】
うわっ、掠っただけで一割削られたっ! こいつは……
【二つ首の角狼】
【魔力値:143/170】【体力値:263/280】
【総合戦闘力:466】
何、この戦闘力っ!? 私の1.5倍あるっ。
もう戦う事なんて考えないっ。私は即座に行動に移り、まだ尻尾を丸めながらもキャンキャン吠えている角狼たちに突っ込んでターゲットを擦り付けた。
我ながら酷い。でもそんなことは言っていられない。運良く攻撃ターゲットが角狼たちに移り、私はその隙に全速力で狂った獣が蹂躙する戦場を離脱した。
多分私は匂いとかしないと思うから追われないと思うけど、それでも止まることなく飛び続けて、その途中で――全てを呪うような悲しげな遠吠えが聞こえた気がした。
もしかして……裏αテスター?
私が何とか耐えているから、他のテスターも平気だと何となく考えていたけど……、他の人達は随分酷いことになっているのかも。
そんなことを考えながら、すでにどっちの方角に向かっているのか分からなくなるまで飛んだ頃、空に浮かぶ月を見上げて心の中で溜息をつく。
ハァ~~~~~……切実に“癒し”が欲しい。
主人公だけ暢気に見えますね……
次回、初めての仲間。 ほのぼの回




