7話【取り調べ1】
警察の取り調べを受け終えた私と先生、犬神さんの3人は自室に籠ろうとしていた吾浦くんを捕まえる。
当の彼は「なんですか?」と迷惑そうに尋ねる。「さっきまで警察の方たちに1時間近くも絞られていたんですよ。おかげでくたくた。今夜は姉ちゃんや由香里さんも飯作ってる余裕なんてないっていうし、さっさと寝ようかと思ってるんですけど」
「そこをそう言わずにさ」と先生。しかし吾浦くんは渋っている。
「どうも警察の方々は三嶋さんを疑っているようです」と私。
「え? マジですか。その話ちょっと詳しく聞かせてくださいよ」
どうやら吾浦くんは我々との会話に俄然興味を持ってくれたようだった。
とりあえず吾浦くんには私たちの客間で話を聞くことにした。ちなみにこの客間には私と犬神さんが泊まっている。先生は男性なのでもちろん別の部屋である。
「それで由香里さんが疑われてるってのはどういうことなんですか」
「君も刑事から聞いたかもしれないけど、どうやら真行寺先生の見立て通りお父様が溺れた原因は納豆によるアナフィラキシーショックだと思われるわ。
そして警察の見立てでは納豆を摂取したのはアトリエ内にもまだ残っていた納豆としらす干し入りのサンドイッチ。
そしてこれを作ったのは三嶋由香里さんだそうです。これは確実」と私はでっちあげを述べる。警察はやはり事故の線をにらんでいるらしい。強いて言うならこの筋に拘ってるのは先生だ。
「つまり由香里さんがわざと納豆を父さんに食わせて溺れるのを狙ったってわけだ」と吾浦くんは椅子に反り返りながらあざけるように言う。
「論理的ではないですよね。だって僕ら家族だって父さんの納豆アレルギーの話は知らなかったんですよ。由香里さんだけが知っているとは思えない。父さんが健康診断の結果について僕らに嘘を吐く理由はない」
論理性のある回答だ。
「じゃあお父さんに恨みのある人物って誰か心当たりあるかな」と犬神さん。
「さぁ。親父の交友関係にはあまり詳しくないからなあ」段々と素がでてきたのだろうか。先ほどは善三さんのことを父さんと言っていたが、今は親父と言っている。
「でも親父は画家としてはかなりの成功者なわけだろ。俺は絵のことはさっぱりだけどさ。美術の成績2だし。5段階ですよ。天才とか言われてテレビとかに出てるのもよく見ますよ
天才ってのは得てして周りから逆恨みされるものですよ
俺も絵はさっぱりですけど、サッカー選手としてはなかなかのものでしてね。
強豪中学の部活に所属しているんですが、この前の試合でも3得点1アシスト……(以下省略)。
あとは結構頑固なところありますからね。俺なんかも結構やられることありますし。由香里さんなんかもっとひどいかな。
まあでもあれぐらいの世代の男なんて皆あんなもんだと思いますけどね。一発殴ってやろうぐらいのことは思う人もいるだろうし、俺も思ったことありますけど、殺すほどのことじゃないですよ」
「由香里さんがお父さんを害す動機があるかどうか。吾浦くんから見てどう思う」と先生が尋ねる。
「ありえませんよ」吾浦君はむっとしながら言う。「由香里さんは親父のことを尊敬してますから。それにあの人が人を殺すなんて考えられないです。あんな優しい人はほかにいませんよ。親父はあんなにあの人に厳しくしてるのに、身の回りの世話とかしてくれて。
俺にも……」
そこまで言いかけたところで吾浦君は咳払いをする。
うーん、最初会ったときから彼が三嶋さんを見る目を見てなんとなく思っていたけど。彼は三嶋さんに恋慕の感情があるのではないだろうか。
こんなことを先生に言ったら『根拠薄弱だな。恋愛脳が。これだから女は』などと悪態を吐かれそうだが。ああ、なんか想像するだけでむかついてきた。
「ありがとう。聞きたいことは全て聞けたよ」と先生は述べる。
「どうも。見返りと言っちゃなんだけど、今まで解決した事件の話とか聞かせてくださいよ。俺興味あるんで」と吾浦君。
「もちろん、構わないさ。じゃあ犬神よろしく」
そう言って先生は犬神さんの肩を叩く。
「え? 私ですか?」と犬神さんはきょとんんとしている。
「今回の事件お前は役に立ちそうにないじゃないか。納豆アナフィラキシーショックも見破ったのは俺だったし。それに和泉はまだ解決した事件を語れるほどの経験なんかしてないからな」
「というか吾浦君疲れてるんじゃ――」
「いやー皆さんと事件の話なんかしてましたら興奮してきちゃいまして。このままじゃ寝付けそうにないですわ。あ、俺下からつまめるようなもの持ってきますよ」
そう言って吾浦くんは席を立つ。
先生はじゃあよろしく、と犬神さんに言って客間を去った。逃げ足の速さは探偵・真行寺清隆の特徴の一つである。