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人彼らを名探偵と呼ぶ  作者: ボルネオ
case04画家殺人事件
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1話【探偵・真行寺是清】

 私は日の出とともに身支度を済ませるとアパートを飛び出し、愛用の古びた自転車の鍵を外すと後輪についたストッパーを蹴りあげるようにして外す。勢いそのままに自転車に飛び乗って、漕ぎ出した。

 朝早いうちなら少しはましかと思ったが、流石に7月ともなると暑いな。特に今年は猛暑らしい。私は信号待ちをしながら額の汗を拭う。

 この自転車は叔母から譲り受けたものでイタリアのビアンキというメーカーの自転車らしい。今では随分小汚い見た目になってしまっている上に、定期的に油を挿してやらないと謎の音を発したりするが、元々は自転車としては割と高級品に分類されるものだという。

 なぜ私がこんな暑い思いをして朝っぱらからえっちらおっちら自転車を転がしているのか。

 その答えは、今日はアルバイトをしている探偵事務所の大掃除の日だということである。事務所の所長である私の上司は掃除など必要ないと言って応接室ですらごみの山状態で放置する人物である。

 しかしただでさえ以来の来ないわが事務所の経営状況に拍車をかけているもっとも大きな一因の1つは事務所の汚さであると推論した私が急遽大掃除を企画したのである。

 ところで探偵という職業についてどのような印象を持っているだろうか。怪しい、うさんくさい、非合法、フィクションに登場する探偵と違って浮気調査やペット調査など地味な仕事をしているとかそんな印象を持っている人も多いだろう。

 かくいう私も幼少期は推理小説が好きで、フィクションのなかの名探偵にあこがれる一方で、実際の探偵という職業にはそういう印象を持っていた。

 しかしそうした印象はある程度昔の話であると言わざるを得ない。

 2006年探偵業の業務の適正化に関する法律、通称探偵業法が施行された。この背景には探偵による違法な調査が行われていることや調査対象者や依頼者の秘密を利用した脅迫行為が行われているという実態があったとされている。

 つまりは先ほど挙げた探偵という職業に対する印象というのはこの時点ではあながち間違いでもなかったわけである。

 これにより5年以内に禁固刑を受けていない者など探偵業を営む上でのいくつかの制限が生まれた。また探偵業を営む場合は、都道府県公安委員会に営業の届け出をする必要が生じた。

 ここでいう探偵業務とは、他人の依頼を受けて、特定人の所在又は行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として、面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する業務のことであるとされている。

 この探偵業務の定義から行っても実際の探偵業務はフィクションに登場するような探偵の仕事とは一線を画していることがわかるだろう。

 この法律の影響もあってか、2008年になると日本探偵連盟が発足した。この連盟には主に全国の探偵業を営む者が所属している。

 ここでいう探偵業とは先ほどの法律で言及されている狭義の「探偵業」だけでなく、フィクションに登場するような探偵たちと同じような殺人事件の捜査などを含む広義の「探偵業」である。

 彼らは犯罪の捜査と個人情報の扱いについて十分な訓練を積んでいることを条件に「探偵免許」を発行する。

 国家資格などではなく、この免許を持たずして探偵を名乗ることに何らかの罰則があるわけではないが、この免許を有していることが探偵としての能力の保証でもあるためこれなくしてはまともに仕事にありつけないのだ。それは今や先の法律で言うところの狭義の探偵業務を営む者も同様である。

 長々と説明したが、とどのつまり何が言いたいかと言えば、探偵という職業は昔と比べかなり健全化されており、また探偵の業務とは浮気調査や人探しなどの業務には限らないということだ。


 事務所である洋館についた私は自転車を止めると、合鍵を使って中に入る。そうえいえばここは比較的立派な洋館であるが、ここは持ち家なのだろうか。持ち家にしろ貸し家にしろこの事務所の仕事量には見合わない立派な家である。

 私がこの事務所に勤め始めて3か月ほどになるが、私の知る限りこの事務所に依頼が来たのは私が務めて以来たったの2度だ。

 しかも1つはペット探しだった。

 念のために言っておくが、別に私はペット探しを馬鹿にしているわけではない。

 実際、渋る上司に何とか依頼を受けさせたのはこの私なのだから。なんでもペット探しなど名探偵のするべき仕事ではないらしい。もっともそのときのペットは結局勝手に戻ってきたというオチが付いているのだが。

 私は応接室兼仕事場である部屋をノックすると、この事務所の主がコーヒーを片手に朝食を食べていた。

「先生、おはようございます。何度も言っていますが、食べかすが散らかるので朝食は自宅部分で食べてください」

「ここが一番片付いているんだよ」

「それは私が片付けているからです」

 彼がこの事務所の主、真行寺清隆(しんぎょうじきよたか)だ。まだ寝間着姿で、大掃除をする気はまるでなさそうである。

 本人は当代きっての名探偵を自称するが、少なくとも普段の様子からはそれほどの大人物であるようには見えない。

 当代きって名探偵であるかどうかはともかく、私の極めて個人的な主観に従えば、彼が一流の探偵であることは疑う余地がない。その一方で、彼には著しく生活能力とでもいうべき能力が欠如していた。

 この応接室も書類やら書籍やら脱いだ服やらが乱雑に積み上げられているが、ほかの部屋はもっとひどい。

「先生、手伝わないのは問題ありませんが、せめて邪魔はしないでくださいよ」

「失礼だな。……そうだ。言い忘れていたが今日10時から客が来るらしい」

「ええ! 早く言ってくださいよ、そういうことは。となると応接室から片付けないと」

「気にするな。依頼者ではなく、ただの俺の知り合いだ。面倒だから来るなと言ったんだが、押しかけてくるつもりらしい」

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