五章二節 対立
渚が空間へと消えると、全員の拘束が解かれる。
同時期に入団した新米騎士達が、息を荒くし渚が放った恐怖から逃れようとする。
歪で威圧的な高濃度な魔力は並の者でも数年の鍛練が必要である。
それを新米騎士でありそれも、約数ヶ月前に騎士になったヒヨッコが新米騎士の中でも、最高クラスを誇るステラや綾見と同等な魔力を息を吐く様に放つ。
変わり果ててしまった渚を前に、全員の身体が拘束してあったからなのか、はたまた…恐怖で動けなかったのか。
分かっていることは、自分達黒焔が強くなっている様に反逆者達もこれまでとは非にならないレベルで強くなっている事だ。
「―先輩。団長は動けるのか? それとも、戦える程回復したのか?」
ロークは険しい表情で先輩騎士を見詰め、信濃との連絡を任されていた先輩騎士がロークの質問に「万全だそうだ」と答える。
ゲートを越えて大和の地に足を踏み入れた団員達の中には、約数名。
次なる戦いに向けて、自身を追い込む事を決意する。
黒焔騎士団本部前では多くの報道陣と入団希望者で辺りは騒然としていた。
試合の最中の事件は瞬く間にニュースや新聞に取り上げられ世間にその名を轟かせる。
『まるで、巨大な壁のようだ』『黒焔に住まう悪魔』『双子のような連携に、その体躯は黒焔に仇なす存在をはね除ける。守りの壁そのものだ』
称号授与式の一部も世界中に報道され、結果的に黒焔が注目の的になっている。
式から綾見達が本部に帰還するないなや、バーバラやアリス達に頭を下げ修練所へと向かう綾見達の姿に本部従業員達は目を丸くする。
当然、その話は団員から団長である黒の耳に入っていた。
『本当。お前は、何を焦ってんだ―――』
翔に言われた言葉が耳から離れない。
信濃から帰って来たすぐ後に、議会に報告する資料と綾見達の身体に異常がないかを確認した。
二人とも健康な状態ではあるが、自分達の心臓は既に黒の宿す魔物2体【黒竜】と【鬼極】に近い反応をしていた。
【愚者魔法】とは本来ならば魔物を宿す、所有者のみが使える魔物の力を全く別の者に魔物の力のみを与える禁忌の魔法。
その魔法を使用した者は、全て例外無く半強制的に半魔物へと変化させる。
初めは心臓から血管、血管から筋肉。
そして、いつかは細胞と言う細胞が魔物へと成り果ててしまう。
まさに『愚者』と言える。
魔物の力を宿しておらず、力を有する資格すら持っていない愚かな者が自分の手に余る程の強大な力を手にしようと、強制的に力をその身に宿す。
その代償として自身が歩めたであろう今後の人生全てを魔物に食われる。
常に理性を保っていいないと正気ではいられなくなり、目に入る全ての万物を破壊したくなる恐ろしい、破壊衝動と言う枷をつけたまま生きる羽目になる。
「二人には、損な役を頼んじまったかな……」
黒は少し後悔する。
自分よりも年下であり、まだ人生と言う物が始まったばかり、始まってすらもいない青年達の人生を縛り付けてしまった。
常に付いて回る枷と、日に日に変化していく自分の身体に精神が不安定になると言う話もある。
現時点では、二人の身体に異常が無くとも今後の二人の成長によって変化が出ることもある。
ましてや、愚者魔法と言う新たに手にした強大な力を二人が『使わない』と言う考えは考えていないだろう。
黒は愚者魔法と良く似た魔法を知っている。
その魔法は使用する度に心が壊れていき、いつしか人の形をした肉人形と成り果てる。
人形が人らしい身体をしているだけで、操り人形と何も変わらない。
誰かに命令や動かして貰わない限り、自分で動くこともしなず痛みも感じない。
痛みがあっても、感じる『心』を持たない。
慈悲も無ければ温情も無い、感情も無ければ――ただの操り人形。
二人が愚者を使い続ければ、二人もそうなる可能性もあり得る。
それを知っていて、何故二人に力を与えた。
『本当。お前は、何を焦ってんだ―――』
書類を整理していた際に、翔が溢した言葉が何度も何度も頭の片隅で甦る。
翔の腕も自身の甘さから来た結末だ。
黒を止める為に、腕を犠牲にした翔を見る度に心が抉られる。
そして、自分は2年前から何も変わっていない。
最愛の人を目の前で殺され、仇を取る為に力を求め力に溺れる。
それでも、黒は決意する。
全てを犠牲にしても、この因縁に決着を付けると。
翔の左腕はあらゆる条件の悪さによって切り落とされた腕を縫い付けることは叶わず、今も左腕の袖は風に靡く。
妹の茜がどうにかして、翔の特性を最大限発揮できる様な仕様を施した義手を作ってはいる。
しかし、翔は雷系の魔法を最も得意としており、義手などの機械系をすぐにショートさせたりと相性が悪い。
この雷が碧の様に放出する系統の魔法ならば幾らか可能性はあったが、翔の魔法は纏いつつ放出する魔法の使い方をしている。
茜が案として提出してきた義手の設計図を眺め眺めていると、翔の部下である【始末組】の連絡担当者が、息を荒くしながら黒の居る部屋へと駆け込む。
「ノックぐらいしろよ。んで…どうした?」
息を荒くしていた連絡係が深呼吸して、息を整える。
「その…入団希望者の中に、元黒焔騎士団団員だと名乗る者が2名ほど居まして……一応報告狙撃部隊を配置させましたが…」
黒は、黒焔のシンボルである竜と剣のシルエットが描かれた羽織を羽織る。
「部隊を配置させるのは良いが、多分意味はねぇぞ? 本物の元団員ならな…」
エントランスへと向かうと、受付を担当する女性団員の二名が元団員を名乗る者の情報が記された書類を渡たそうと歩み寄る。
しかし、その者達の書類を受け取らず元団員と名乗る者達を囲むように集まる団員達の間を抜け、その者達の前に現れる。
「よう、2年ぶりだな……『Σ』それに、『天童』」
黒の目の前には、小柄な女性型アンドロイドと白衣を羽織った怪しげな丸眼鏡の男が立っていた。
団員達は黒が本物の元団員だと言う前から、薄々感付いてはいた。
Σからは二種類の異様な魔力を感じ、団員達が集まると周囲の団員達を警戒するような素振りと天童を守るように自然と前に立つ。
一連の動きは無駄もなくスムーズに動いており、直ぐにでもその場の状況に対応出来るであろう。
丸眼鏡の天童は端から見れば、Σの隣で白衣のポケットに手を入れて突っ立てるだけに見える。
しかし、周囲の音を一つも漏らさず聞き分けているのか、隠れて息を潜めていた本部内の狙撃部隊を見つけ出し、狙撃部隊に向けて指を指す。
まるで『バレバレだ。もう一度基礎からやり直せ』と言っているのだろうか。
凄腕の暗殺者ならば、周辺に潜みこちらを伺う者を見付けるのはそう難しくはない。
しかし、あの男は配置に着いたばかりの部隊全員の位置を的確に見抜いていた。
一瞬で部隊の位置を見向いた驚異的なまでの探知能力に部隊の配置を指示した団員は驚く。
規格外な力を有していた団長である黒の回りには『類は友を呼ぶ』と言う言葉の如く。
黒の下には今も昔も、規格外な者達が多く集う。
元団員であった二人が正式に黒焔騎士団の団員となると、小さな歓迎会が催される。
この企画には、二人の信頼関係を築く為の催し物であると同時に、綾見とローク。
この二人の身体に本当に異常がないか黒が普段の何気無い動きから見極める為でもあった。
しかし、黒は途中までは綾見達を観察していたがいつの間にか近くのソファーで眠ってしまう。
「いやー…2年前から変わってないね。団長は」
天童がグラスを片手に、大輝や翔達旧『黒焔騎士団』の団員達が1ヶ所に集まっていた。
大輝と翔、ヘレナとアリス達旧黒焔が昔を懐かしむように、集まり元戦友と過去を振り替える。
「千夏とミッシェルは、長期任務か?」
席に着く天童に付いて回るΣの二人を睨むアリスに、天童は驚く。
「おいおい…昔の事は水に流そうぜ。 それに、長期任務かから帰って来た二人は腰を抜かすかな? 元上官が二人とも戻ってんだからよ」
「フン…クソ上官が来られると、千夏に私までクソだと思われるんだけど?」
態度と口調からどこか天童を嫌ってるアリスに大輝と翔は冷や汗をかく。
「無論、クソ上官はクソ上官だ。でも…今は一人の研究者だ」
天童は丸眼鏡を外し、サングラスに付け替える。
昔からの癖で、真剣な話や重要案件事には全てふざけた丸眼鏡ではなく。
仕事用のサングラスに付け替えてから話を始める。
そんな事を知っているアリス達は、真剣な表情で天童の話に耳を傾ける。
「改めまして、本日再度入団された新人団員と帰って来た元団員さん方から一言頂きましょう。では…新人君どうぞ」
数名の落ちる様にしていた入団テストで、お遊びではなく本気で入団を希望する者が少ないが数名いた。
ほとんどの者達が自分の出世の為の土台としてしか見ていなかったがこの数名は本気であった。
新人団員達が大声で一言だけ宣言する中で、大イベント並に盛り上がったのはΣの一言であった。
「どうも。対異形戦闘アンドロイド『モデルΣ機』『Σ-9017』機体名イーリット。私の事は『Σちゃん』と読んで下さい」
可愛く微笑む姿に数名の男性団員のハートを鷲掴み、数名の女性団員のハートも鷲掴む。
そんなふざけたイベントの最中でも、旧黒焔団員の大輝達は真剣な表情で黒を見つめる。
そんな視線に黒は少なからず気づいたており、天童が壇上に上がった際にその表情の答えを理解する。
「俺の名前は『天童 宗近』。元団員って言えば分かりやすいが元々研究の方に精通しているから、力は綾見達よりかわ少し下にはなるな。――それと、ここからする話を踏まえてこの団に残るか残らないかを決めて欲しい」
周囲からはざわめきが生じ、突然の天童の発言に疑問を抱く者が続出する。
「――ッ! 天童…いや、お前らまさか…」
黒が壇上に上ろうとするのを大輝と翔が止め、同じ様に碧と茜の二人にはアリスとヘレナが割って入る。
「黒焔騎士団は、禁忌の聖騎士の中でもずば抜けた戦力を君達よりも昔『黒焔騎士団』と名を名乗っていた時から有していた。現在はその力は弱まったが、その力を行使した際の名残で我々黒焔は……今よりも厳しい戦いを強いられる事が続く」
天童の熱弁は周囲で話をしていた全ての団員達の視線を奪い天童へと釘付けにする。
「―今後も。反逆者の様な強大な敵との大規模戦闘の全線に立たされる事が必ずある。他の騎士団に比べて、団員と団長との力の差が有り過ぎる騎士団では高確率で新人が死ぬ。それを踏まえた上で、残るか残らないかを決めて欲しい。去るものを咎めたりはしないから安心してほしい」
「天童……お前何勝ってな事を言ってやがるッ!」
ておりに掴み掛かろうとした黒の手を遮るΣに黒は退くように命令する。
「退きません。それが、マスター天童の命令です」
「退け…イーリット。退けッ! Σッ!」
黒の威圧的な魔力が辺りに放出され、それを相殺するように大輝と翔の魔力が押し合う様に放出される。
「黒…何をそんなに焦ってる? 今の黒焔騎士団は、昔の様にお前の無茶に耐えれないぞ。砂利道を転がる砂利が団員だとしたら、お前はその砂利を意味もなく川に投げ捨てる。そんな行いに意味はあるのか? 今の黒焔は昔とは違うんだよ。お前に着いて来れるのは、俺や大輝達と綾見、ローク達くらいだ」
天童はサングラスを外し、丸眼鏡へと掛け直すと黒の肩に触れる。
「――この先に踏み込めば、間違いなく新人団員の君達から死者が出る。今君達の隣で笑い合ってる者が明日にはいなくなる。それの覚悟を持っている者達はその場から一歩進んで欲しい」
天童の言葉を聞いても、誰一人として去る者はいなかった。
そして、天童はある宣言を述べる。
「……去らないと決めた君達の意思に、感謝とその勇敢さに敬意を払おう。我が同士達よッ! 今ここに、団長自ら宣言出来ない事を変わりに宣言するッ――! 」
「テメェッ! 止めろ!」
黒が壇上に向けて走るが、黒を阻む様に大輝達が一歩前に出ていた。
「黒団長。確かに昔の様に俺達は団長の無茶には着いて行けねぇが……ワガママぐらいなら付き合えるぜ?」
天童は腕を空高く掲げ、大声で宣言する。
「今日より、我々黒焔騎士団は『反逆者』との全面戦争を開始する。これは聖獣連盟と世界評議会も関係無い。我々の独断だ! 援軍などはまず期待できない。反逆者達との因縁が一番強いのは連盟でも議会でもない、我らが団長である黒団長。禁忌の聖騎士達だけ…これは団長からのワガママだ! 着いて来れる者は声を挙げよッ!」
怒号に似た雄叫びが本部内に響き渡り、全ての団員達の瞳からは燃えるような意志が感じられる。
しかし、ただ一人の瞳からはその意志が感じられなかった。
「…俺は賛成出来ない。敗けが確定している負け戦に、勝負する価値はない」
「まだ言うのか? そうやっていつも一人で抱える。もう一度言うぞ、何をそんなに焦ってる? 団員達と協力すれば、互角な戦いも可能だろ? 一人で反逆者達と勝負を仕掛けようとする黒の方が理解できないぞ」
「焦ってねぇ。お前らみたいな雑魚と肩を並べられると視界の邪魔なだけだ。ましてや、ろくに戦えない新人が反逆者達と互角とか…笑える」
天童の眉間にシワが寄る。
その表情にアリスとヘレナは驚き一歩後ろへと下がり、その行動を不思議に思った碧は、二人の行動の意図を簡単に理解した。
「理解した。お前が焦ってる理由がよぉ…騎士団の力を利用して、反逆者達と互角に戦えると思う人材だけを連れて反逆者と戦う。そして、その間により強者との戦いで、自分に掛けられている『制限』を外す気だろ?」
「――それの何が悪い。相手に有効な手段を用いるのは常識だろ? それとも何か? ごっこ遊びみてぇな集まりの連中と仲良く力を高めろってか? ……冗談じゃねぇ」
黒は壇上に上り、正面で立っていた天童を睨む。
丸眼鏡の下からでも分かるほど眉間にシワがより、見るからに怒っている事が分かる。
「お前は、仲間同士で高めあって強くなるよりも、効率良く。他人から奪い取った力で強くなると、そう言いたいんだな?」
黒はただ黙っていた。
答えを口に出す必要性が無いと判断したのか、それとも、天童との会話すら意味が無いと判断したのだろう。
「他人から奪った力で、暁と対等だと思ってんのか!」
天童が黒に襲い掛かるよりも速い速度で、黒の背後から現れた女性が天童を投げ飛ばす。
「成る程…やっぱり、お前もそっち側か…『風式 佐奈』ッ!」
目にも止まらぬ速さで黒の背後から現れ、天童を吹き飛ばした女性に周囲が困惑する。
共に協力する事で反逆者との戦いを終わらせる考えの天童達と自分一人で終わらせようとする黒の意見が対立し、既に一足即発の状態へとなり。
黒の背後から謎の美少女の忍者のような者まで現れてしまい、平和な空気が一転する。




