四章二十六節 反逆者VS黒焔騎士団
辺りは騒然としていた。
試合の最中の事件は、その後のニュースや新聞に取り上げられ世間にその名を轟かせる。
『まるで、巨大な壁のようだ』『黒焔に住まう悪魔』『双子のような連携に、その体躯は黒焔に仇なす存在をはね除ける。守りの壁そのものだ』
連日、黒焔騎士団本部には記者や噂を聞き付けた入団希望者が殺到する。
記者のお目当ては、『悪魔』入団希望者のお目当ては『禁忌の聖騎士団入団』と言う自慢のタネ。
本部エントランスのカウンターには物凄い人数が押し寄せ、受付の職員では捌ききれずいる状況。
入団希望者は、黒焔の中でも選りすぐりな肉体美を持つ戦闘部隊の者達と、翔が率いる【始末組】の者達で入団テストを行う。
当然、他のテストと違って落とす前提で行っている。
「全く、黒も大変だよな。まぁ…でも、結果的には団長の座に戻る事が出来たんだ。結果オーライってやつだ…」
翔は始末組の者達にテストで出来るだけ、不合格者を出すように命令してから黒が書類を整理しているであろう本部長室の扉を開く。
「翔…助けてくれ。書類が間に合わない……」
机の上では束になった書類の山に埋もれる黒の姿と、机の周辺をペタペタと歩くぼた餅数体が確認できる。
黒はぼた餅を巧みに使い、書類整理を手伝わせる。
もちろん、ぼた餅を操るのは――黒竜である。
いやいや黒の書類整理を手伝わされているのか、ぼた餅の動きにいつものキレが見えない。
「全く……あんな盛大に会場吹き飛ばして、尚且つ綾見とロークの二人に禁忌魔法をハート達聖騎士に相談もしなずに伝授させたんだ。綾見とロークの身体データを整理するだけで済んだんだから……感謝しろよ?」
「なら、俺は誰に感謝しろと? 翔には悪いが、俺は力がいるんだよ。綾見とロークの二人がお前と同等かそれ以上になって貰わないと」
喋りながらも黒はテキパキと書類の山を片付け、禁忌魔法を使用した二人の体に異常が無い事を世界評議会と聖獣連盟に報告する為の準備をする。
「本当。お前は、何を焦ってんだ―――」
黒は、暁と共に碧達がいる会場へと逆さまに落下する。
黒から離れようとする暁の腕を掴み、黒は黒竜の魔力を纏わせた神器『黒幻』で切り付ける。
真っ黒な斬撃が暁を観客席へと吹き飛ばすが、案の定暁は斬撃を打ち消し受け身を取って魔力障壁で覆われた会場の外壁に着地する。
「何今の? もう少しやる気を見せてよ、黒ちゃん。そんなんじゃ……僕は殺せないよ!」
外壁を力強く踏みつけると魔力障壁を一瞬で破壊し、黒の目の前で体の向きを変え捻りを加えた蹴りを黒の首に叩き込む。
一瞬の隙が命取りになると理解している黒でさえも、暁の動きに付いて行けない。
星零学院での戦いよりも格段に力を増しており、速度、魔力量、濃度。
そして、戦闘スタイルでさえも、全く違う程力を付けていた。
「調子に……乗るなぁッ―――!」
黒幻を逆手に持ち替え、会場内に設置されていた木々が黒の人振りで両断され、直線上に位置していた山の一角が斜面を滑り落ちる。
黒焔騎士団と真光騎士団の団員達が、会場から避難するために出口に向け走り出す。
中には、崩れた瓦礫の下敷きになった者を協力して救出する者もいる。
その中で、碧と茜はただ見ている事しか出来ないでいた。
目の前で繰り広げられている、世紀の決戦と呼ぶに相応しい者の闘いを――――
「良いよ…良いよ! その意気だよ、黒ちゃん! もっともっと力を見せてよ。……魅せろォ――!」
「うるせぇ! ――殺すッ! お前は…殺すッ!」
両者の魔力が衝突し大気が揺れ、会場全体が軋む音が聞こえる。
未だ観客は観客席に残っている状態でも、普段の黒とは全くの別人の様の立ち振舞い。
まず優先すべき一般人の避難させる事さえ忘れ、目の前の暁を殺す事しか目に入っていない。
騎士と言うより、復讐に取り付かれた『復讐者』であった。
「――黒のバカがッ!」
黒の真横から、閃光の様に現れた人影が黒を蹴り飛ばし会場の壁に叩き込む。
「お前は、そこで頭を冷やしてろ! 行くぞ、大輝。団員全員が一般人の避難をしている。その間の時間稼ぎだ」
「分かってますよ。黒団長は…少し頭に血が上り過ぎましたね」
翔と大輝が全身に魔力を巡らせ、正面で頭を抱える暁を睨み付ける。
「ねぇ…何で? 何で俺達の邪魔をするんだよ、二人はッ! もうすぐだったのに……」
暁は魔力を解除し、指を鳴らす。
翔と大輝が踏み出すよりも先に、ブェイと銀隠の二人が立ち塞がる。
「悪いが、頭には指一本も触れさねぇぞ?」
「そりゃ、面白ぇな。出来るもんならやってみろよッ!」
翔の雷が銀隠の風を吹き飛ばし、両者の高密度な魔力が絡み合い。
会場の天候を豹変させる。
「全く、暁も銀隠も良くやる気出るよな…。まぁ、俺もボチボチ殺り合いますか」
「貴方のその余裕。どこまで続きますかね?」
大輝が金色の頭髪から覗く獣の耳を立たせて、ブェイに鋭い犬歯を見せ付ける。
その姿は、ロークが使用する獣の魔法よりも獣により近いオーラを感じさせる。
「へー。お前も、黒と同類か……面白ぇ」
ブェイと大輝、銀隠と翔の戦いの火蓋が切られる。
「ねぇねぇ…。もしかして、貴女も暁さんの邪魔をするの?」
瓦礫に腰を下ろしたマギジが見下ろす相手は、一般人の避難を行っていたアリスであった。
「へぇー……。お嬢さん、反逆者なんだ。その年で世界を敵に回す気分ってどうなの?」
「お嬢さん……? オバサンも私を子供扱いするんだ……」
「オバサン…? 年上に対しての礼儀がなってないね……クソガキ。それに私はまだ二十代なんだけど?」
「二十代でも私からすれば、オバサンなーんだ……」
マギジとアリスの間で見えない火花が飛び散っていた。
「「――殺すッ!」」
各地で各々が反逆者との戦闘が始まる。
そして、黒がVIPエリアに集めっていた金騎士級の騎士達は避難を終え、黒達の元へと加勢しに再度会場近辺へと集まる。
しかし、金騎士達の足は会場入口手前で固まり、一 一歩も前へと向かおうともしない。
額からは不思議と汗が滴り落ち、呼吸が荒くなり心拍数が羽上がる。
その原因は、一目見れば理解できる。
会場入口で巨大な太刀を自分の指で研ぐ、異質な者の存在があった。
「…ん? あぁ…悪いがここは通せない。意地でも通る気なら、今ここで首と体がお別れする事になる。それが嫌なら、そこで待っているか。回れ右してとっとと失せろ」
真っ黒な鬼の仮面を身に付けた男が太刀の刃を指で研ぎ自ら手を出さない姿勢を見せてはいるが、その者の魔力は殺気を帯ている。
騎士達の喉元に刃の様に鋭い魔力を突き付け、行動を制限する。
一歩でも間合いを詰めようものなら、即座に首を男が研いでいる太刀で切り落とされる。
そう本能が全身に危険信号を出す。
「――悪いけど、君達もここにいて貰うよ?」
男が太刀の刃先を魔力に当てられて硬直する騎士達。
ではなく、その後ろを歩く二人組に向けられていた。
「悪いが…意地でも通らせてもらう」
「お前に用は無いんだ。その後ろに用があんだよ」
金騎士が魔力に当てられて硬直する中を、綾見とロークは平然と歩く。
まるで、魔力の影響を受けないかのように平然と男が立つ場所へと進む。
金騎士達は当然のように驚くが、それ以上に男が驚いていた。
刃先を向けたまま、綾見とロークの二人が男の真横を通り過ぎる。
それでも、男は手を出さない。
――否。
――手が出せない――
手を出そうものなら、確実な死が待っている様な気がしてならない。
太刀を向けても、二人の瞳には男は映らず、男の背後しか見ていない。
背後に待つ暁のみを、見て進む二人に金騎士達はただ二人の背中を見詰める事しか出来なかった。
「ハァー……嫌だね。あの二人の相手は願い下げだな」
男は太刀を下ろしその場に座り込むと、ため息を何度も吐く。
いつまにか、解かれていた金騎士達を覆う魔力が消え、男が金騎士達に目線だけ向ける。
男は数分間金騎士達を見詰めていたが、立ち上がり会場の中に消えて行った。
「一体、何なんだ?」
「見逃された……のか?」
数秒の沈黙が金騎士達の間で生まれたが、その直ぐ後に生じた異常なまでの魔力によって金騎士達は流れるように会場へと向かう。
「俺に……力が無いから……」
瓦礫の横で横たわる黒は、崩れた会場の天井を仰ぎながら静かに自身の精神世界への意識を集中させる。
―――精神と接続した時の景色は、封印と制限を掛けられた頃と何ら変わりはない。
真っ黒の闇の中には、厳重に鎖や鍵が付けられた巨大な牢屋が目の前に広がる。
ただ、まっすぐ歩くだけでも分かる。
自分と魔物との繋がりが弱いことを、封印だけでも魔物本来の力を抑え込まれている。
そして、魔物から本来なら送られてくる莫大な魔力量にも制限が掛かっている。
当然、封印と制限が掛かっていない暁と刃を交えるにはこの二つの拘束が邪魔で仕方がない。
『…なら…拘束解いちゃう?』
誰かの声が、黒の庭園内に響く。
『…君の精神世界って凄いね。普通の人と違って、【庭園】が入り込んでる。……ホントに珍しい』
(誰だ。……俺の精神世界である庭園に入り込んで来ているお前は――)
『あぁ…挨拶が遅れたね。……僕は…そうだね。【鍵の子】とでも呼んでくれ』
(で、キー……黒竜と鬼極はどこに行った? 俺はアイツらに用が有るだけで、お前に用事はねぇ。失せろ)
『…つれないなぁ。君に新たな力への道を導こうと思ったのに……君がいらないな良いよ…コレがあれば暁何て、目じゃ無いのになー』
(――何だと?)
『…魔物には宿主に対して、絶大な力を与える。その力は魔力量の有無は関係無く。宿主の精神の状態によって変わる。……その中でも、修業をした者なら誰でも使う事が出来る『力』――【解禁】』
(ッ! まて、解禁ってのは俺の封印と制限を解く際の段階を示す物だろ? まさか、封印と制限が新たな力とでも言うのか?)
『違う違う…君は祖父と父親に騙されている。封印と制限は、確かに君を拘束しているけど、【解禁】は魔物所有者の誰もが持つ当たり前の力何だよ。現に君だって黒竜の力を使った際に首に付いている楔が数本壊れたでしょ?』
そう言われ、黒は首に付けられた楔の位置を確かめるように、自分の手で触れる。
『君の祖父と父親が拘束したのは、魔力ではない。【解禁】と言う行為とその使用を防ぐ為何だよ。それは―――解禁と言う魔物の本来の力を君から奪った卑しき楔だッ! 』
黒は、心の底からその得体の知れない力を求めた。
(止めるのじゃ! 黒――)
(主殿ッ! ――戻れなくなるぞ!)
(誰かが……呼んでる?)
『さぁ…【解禁】と言う力は、今ッ! ―――貴方の手にィィィッ!!』
黒は朦朧とする意識の中で、全身に巡らせていた魔力を限界まで高める。
封印と制限の許容限界まで高め、封印と制限と言う垣根を破壊する。
「クヒヒッ……バカな『黒竜帝』。クヒヒ…クヒヒ―――」
黒の庭園内には、不気味な笑いと黒の絶大な魔力が広まる。
暁は1人山の頂上に座りながら、壁でただ沈黙している黒を待っていた。
海上では、アリスとマギジの二人が海面を滑るような動きは、繊細な魔力操作によって可能にしていた。
自分の体が海面に接する部位に魔力の膜を敷いて、魔力が海水を反発する力を利用して海面を滑る。
そして、海面を滑ると共に両者の魔法が衝突する。
海面の上を滑るだけでも、魔力操作が難しく不安定な状態であるのにも関わらず。
魔法で波の状態はかなり不安定な動きに加え、相手の魔法を避けつつ波の上を滑る。
魔力操作が得意な者でも、コレほどの動きは出来ないだろう。
「マギジもアリスも、魔力操作が上手だよね。僕にその才能を分けてほしいよ」
銀隠とローク、ブェイと翔の二人は流石と言えるほどの大火力と大火力の魔法が衝突する様はまるで、災害の様だ。
先に一般人の避難を優先していたのは、正解だった。
「もしかして、お嬢さん達は僕を狙ってる?」
暁は笑みを浮かべて、後ろの茂みから暁を狙っていた碧と茜を指差す。
碧ら茂みから勢い良く飛び出し、暁の死角を狙った雷は暁を直撃すると、扇状に広がる。
「ダメダメ。一撃で消すなら、もっと繊細にコントロールして雷じゃないと」
暁は碧の雷を人差し指で2つに分かち、扇状に変化していた。
「――そんな…」
最速の雷魔法でさえも、暁を前にしても傷1つ付かない。
「――碧姉ッ!」
暁目掛けて飛び付く茜に向けて、空気を弾くように指を弾くとそれまで圧縮されていたのかと言う空気が大きな音を挙げて破裂する。
「――ゥ!」
衝撃を殺そうと茜は崖下へと逃げるが、運悪く足場が脆く、そのまま崖下へと落ちていく。
「―茜ッ!」
碧が崖下の茜を助けようと、崖へと飛び込む。
「……やれやれ。ここから落ちても大丈夫だよね? 君達が死んだら、悲しむのは黒ちゃんだけじゃないからね……」
暁が崖下を覗き込み、二人の安否を確かめようとする。
次の瞬間、会場全域を押し潰さんばかりの濃度の魔力に暁はその場から飛び退く。
全身の毛が逆立ち、周りの音が掠れていき、世界が静寂に包まれてくる妙な感覚を暁は覚えている。
「……嘘でしょ…? 何で…何で何だよ、黒ちゃん! 2年前の二の舞になりたいのかよッ!? 黒ちゃん!」
暁の目から涙が溢れ、暁の目線の先にはドス黒い魔力を纏った黒がゆっくりと暁の元へと歩みを進める。
高濃度な魔力の影響によって、空間が捻れ曲がって見えてしまう程の現象が引き起こされる。
黒が歩く度に辺りの瓦礫が、まるで物凄い力によって圧縮されたように潰されていく。
戦いによって露出した巨大な鉄骨や支柱は、黒が触れるだけで塵になって消えた。
「――ふッ……ざけんなよッ! 世界は…そこまで、黒ちゃんを利用するのか!? この世界は――間違ってる…」
暁も黒同様に魔力を高め、二人の巨大な魔力の影響を受けて、天候は異常気象と呼んで良いのか分からない、自然界ではあり得ない程の異常が生じる。
大地は捲れ、竜巻が会場を囲むように7つ生まれ、落雷が常に鳴り響き。
大粒の雨が弾丸の様に建物を打ち付け、風は竜巻の影響を受けて激しさを増すばかり。
会場の医務室から起き上がった、ステラや黒焔騎士団団員達はその光景をただ見詰める。
「全員ッ! この場から逃げるわよ!」
声の方を振り向くと、血だらけのバーバラが荒い呼吸で団員達に逃げるよう命令する。
バーバラの背中と脇には、ラビットとヴァンシーがぐったりとしており、その後ろには碧と茜の姿もあった。
「ステラちゃんとヘレナちゃんは、二人をお願い。私は黒ちゃんを助けにッ――」
次の瞬間、バーバラの口から大量の血が吹き出し崩れかけの廊下を赤く染める。
直ぐ様、ヘレナとステラがバーバラの手当てを始めるがバーバラは二人の治療を拒む。
「まず……先に、ここから逃げる事を考えてなさい。私の治療は後よ……」
バーバラは壁にもたれ掛かりながらも、立ち上がり歩みを進める。
先に避難した真光騎士団だが、逃げ遅れた者や避難出来ずにいた一般人を連れて外へと脱出する。
辺りの異常気象に驚き、会場から離れた位置に設置されたテントで横たわるバーバラはベッドを叩き涙を浮かべて倒れる。
「また…繰り返すのか……黒ちゃんに…また」
バーバラは涙を流し、ステラや殺女は泣き崩れるバーバラに寄り添う。
そして、会場から遠く離れたテントに二つの物体が投げ込まれる。
地面に埋まった物体は、逃げ遅れた一般人と血だらけの翔と大輝が魔力の膜で覆って作った簡易ポットであった。
「すぐに二人の治療を! 急いでッ!」
近くの病院からテントに集まった看護師や医者が、二人の手当てを大急ぎで始める。
辺りは騒然としているが、それ以上に会場を包み込む魔力濃度の影響により、会場は地獄となっていた。
多くの重軽傷者や会場から避難してきた者でテントは溢れ、医者や医療系騎士だけでは手が回らなくなる。
すると、1人の女性が空から落ちてくる。
落ちて来た女性の正体は、アリスであった。
体のあちらこちらに出血が目立つそのアリスは、緊迫した表情で腰に下げていた『舶刀』を鞘から抜き去る。
舶刀を空高く掲げ、アリスの魔力が刀身全体に広がり目映い光を放つ。
「神器解放ッ! 【巨大空海戦艦】!」
アリスは舶刀を地面に力強く突き刺すと、黒色の雨雲によって閉ざされていた空が、突如として雨雲が勢い良く消え去り太陽が姿を表す。
日光に照らされるように現れた、巨大な戦艦がアリスの頭上を旋回し始める。
「戦える者は、私の『戦艦型』神器に乗り込め。黒を止めなければまずい…!」
アリスの後ろへと付いて行く、大勢の黒焔騎士団団員達。
ヘレナやステラ、殺女やリーラと言った実力者やバーバラなどの重軽傷者もアリスの後ろに付いて行く。
しかし、当然の如く医療系騎士がバーバラの行くてを阻む。
「その体で何が出来ます! バーバラさんは、残って治療を……」
しかし、バーバラは歩みを進め騎士や医者達の言葉には一切耳を傾けない。
「――バーバラッ!」
バーバラの背後から聞こえた声は、治療を受けていた翔と大輝の二人の声であった。
体の至る所に包帯を巻かれ、出血が酷いのか大輝の腕には輸血するための準備がされていた。
「…今私達が行ったら……逆に足を引っ張る事になりますよ?」
バーバラは翔の正論を聞き入れ、その場で膝を折る。
拳を地面に叩き付け、涙を堪える。
「…元とは言え、またしても……仲間の危機にすら側に居てあげれないのか……」
バーバラ同様に翔と大輝も歯を噛み締める。
「大丈夫です。だって――今度は私達が居ますから!」
ステラがバーバラに手を差しのべ、笑みを浮かべる。
「……そうね。今は、あなた達が黒焔騎士団何だよね」
アリスは振り向き、ステラの頭を優しく撫でる。
「きっと、黒には君達みたいな存在が必要不可欠なんだよ。だから、これからも黒団長の支えになってあげてほしい」
「――はい」
ステラの返事同様に黒焔騎士団の者達は静かに頷く。
「さぁ、行こう。今度こそ黒団長の力になるんだッ!」
アリスの舶刀が光を放ち、アリスの後ろを付いていた者達がその場から消え。
巨大な戦艦が旋回を終えて、会場へとゆっくりと動き始める。
綾見とロークは、周囲を囲むブェイと銀隠、マギジと道化を睨み付け、その先で黒と魔力をぶつけ合っている暁を視界に入れる。
「どけ。俺達に用事があるのは、お前らが守ろうとしている。その男だ」
ロークは全身に魔力を巡らせ、臨戦態勢を取るとそれに、反応するようにブェイ達も構えを取る。
その場には、殺気と両者の魔力が混ざった歪な空間が出来上がる。
一瞬の隙が命取りとなる、緊迫した状況に綾見の頬から汗が滴る。
「――行くぞッ! ロークッ!」
「俺に合わせろ! ――綾見ッ!」
二人の体を巡る魔力が、先ほどまでとは比べ物にならない程の量と濃度へと変わる。
間合いを詰めようとしたマギジであったが、マギジは急に自身の襟を掴まれ、その場で尻餅をつく。
マギジが真後ろに立つ銀隠を睨むが、マギジは銀隠の焦った表情に疑問を抱いた。
「おい…マギジ。空間を繋げておけ」
「…何で?」
「――投げるからだッ!」
銀隠はマギジの腰に手を回し、そのまま後ろへと投げ捨てる。
瞬間的に空間を開き、会場から遠く離れた町の路地裏に空間をつなげる。
「…銀隠の…変態」
マギジは路地裏に飛び出た際にぶつけたお尻を擦りながら、会場の方角を見つめる。
「……何、アレ……!?」
マギジは目の前の光景に絶句する。
悪天候なのは変わらずだが、それ以上に会場の天井を突き破って現れた巨大な二つの影。
一方は、全身真っ黒な鱗に覆われ、鋭い牙と爪が印象的な化け物。
その姿は【黒竜】と瓜二つ。
その背後に立つ者は、額に大きな対の角を生やしており、体全体に浮かび上がった真っ赤な紋様。
その姿は、【鬼極】と瓜二つ。
まるで、顕現した黒の魔物の2体がブェイ達の前に立ちはだかる。
「「我らが、主の邪魔をする者よ。覚悟しろ! お前達に残された道は――生か死のみッ!」」
2体の魔物の姿を模した綾見とロークが、ブェイ達に襲い掛かる。
会場で巻き起こる二つの大きな戦闘の火蓋が切られる。
後にこの日は、歴史に名を残すある称号が誕生する瞬間と世界が隠していた真実が公になる……
―――世界の命運を掛けた分岐点でもある日でもあった。




