四章二十四節 『紫電と爛陽』黒焔のドラゴン姉妹
残り1つとなった浜辺の陣には、多くの真光騎士団の騎士が集まっていた。
その数は、数える事を諦めるほどに多く、浜辺に向かっていた黒焔の部隊は陣を目前に足が止まる。
「二つの陣が簡単に落ちたのは、両本陣の中心に位置する浜辺を獲得するためだったのか」
「にしても、凄い数ですね。山岳獲得に向かった、殺女隊長とヘレナ隊長の両名もこちらに向かってるらしいですが。この数で押し切られたら、本陣を攻められる頃に着くかどうか……」
連絡部隊の団員が弱々しく呟くと、後ろから団員の肩に手を置く、1人の女性がいた。
「気持ちで負けてはいけません。私達が守りの要であり、攻めの要でもあります。――皆さん。気を引き締めて行きましょう」
近中距離型神器【霧の霊弓】を持つリーラだった。
「リーラ隊長は、その…以外と本番に強いタイプ何ですね。自分は新米騎士ですから、つい先日までは、士官学校で学んでいた身。この数の異形も騎士も相手をした事がありません」
うつ向く新米騎士にリーラも頷く。
「…えっ?」
「えっ? って、私も新米騎士ですよ? 少し皆さんよりも少し早く入隊しただけですが……正直言うと、私も初めてです……」
顔色が青くなるリーラ同様にその場の団員達の士気も下がる。
しかし、そんな士気が下がった者達の前に舞い降りた『天使』の様な人物に団員達の士気はうなぎ登りの如く上昇する。
「皆さん。ケガはしてませんか?」
氷雪のように綺麗な純白の肌と、ここまで来るために走ったのか、少し汗ばんだうなじや頬などに男達の【リビドー】は通常の上限を打ち砕き、許容限界を超越した。
そして、理性が残っている間に少しでも『天使』のステラに良い所を見せようと、男性団員達の心は1つになった。
「行くぞ……野郎共――ッ!! 黒焔……俺達男の力の見せ所だァ――!」
「「「「ウォォ―――――ッ!?」」」」
今だけ彼らは、新米騎士と言う事を忘れ、歴戦の部隊が如く破竹の勢いで突き進み。
四方を囲む敵の中へと突き進むのであった。
それを見ていたリーラとステラは、自分達の必要性に疑問を抱いた。
浜辺の陣にはやけにハイテンションな若人達と若干引き気味の相手騎士達との戦いが始まっていた。
さも当然のように、異形を倒す為のドライバや実弾が込められた銃器。
何も知らない者達が見れば、ただ単に殺しあうだけなのだから。
しかし、この会場内ではまず簡単には、誰もは死なない。
その理由として、会場全域に張られた魔法によってある程度の致命傷を受けた者は即座に医療設備が準備された医療棟に自動的に送られるシステムになっている。
その為、名のある名医達が今日この日の為だけに呼ばれ、医療棟から試合を眺めている。
だが、このシステムには大きな欠点が存在した。
――それは……
「――ッ! あぶない!」
唐突に背後からリーラの背を突き飛ばしながら団員の1人が、そう叫ぶ。
「きゃ! 一体何を…ッ!」
リーラを突き飛ばした団員の直ぐ真後ろを通り抜ける一筋の光は草木を燃やしながら突き進む。
目にも止まらぬ速さでリーラ達の真横を通り抜け、光の目指す先には茜が立っていた。
「――副団長!」
団員達が一斉に茜の方へと向き直る。
純白の閃光は速度を下げる所か次第に加速し始める、茜の目と鼻の先に閃光に茜は、躱わす素振りすら見せない。
茜が溜め息を溢すと、閃光は目映い光を放ちながら蒸発する。
茜を中心に展開されている真紅の炎が、閃光が
「んなッ! 冗談じゃねぇよ!」
あまり衝撃に敵本陣から少し離れた丘の中腹に点在している茂みから顔を出す。
男はややキレ気味なまま、茂みから狙撃するための荷物を全て抱えてその場を後にする。
しかし、それを許さない者が1人存在した。
「碧姉……後よろしく」
「――相手の最大移動速度を計算…相手の予想移動地点……予測。風速。風向き。湿度。軌道予測。それと、コンディションは上々……だったら良かった」
壁にもたれ掛かりながら狙撃銃の銃口を、茂みから走り出す男に合わせる。
碧の魔力に反応して、銃身の構造が変形する。
歪なまでに形が銃本来の物とは全く別な物へと形を変えていき、狙撃手が求める隠密制すら感じさせない巨大過ぎるライフルに茜は苦笑いを浮かべる。
「…碧姉。ホントにそれで狙えるの?」
「大丈夫。でも、これ終わったら少し休ませて、大分体に来てるから」
そう言って、碧は引き金を引く。
薬莢の代わりに、紫色の電気が辺りの草木に迸り発火する。
大きく湾曲しながら、飛来する巨大な魔力砲に男は透かさず担いでいたドライバ。
遠距離型『バレット M82』をモデルにしたライフルドライバから再度放たれた閃光は魔力砲を正面から打ち消す。
「んだよ、しけた弾使ってんじゃねよ。茂みから出て損した」
男はライフルドライバを肩に乗せ、あくびをしながら自陣へと向かって進む。
だが、碧は自身の魔力を再度銃器にチャージし、男に向けて再度引き金を引く。
先ほどに比べて、魔力砲の大きさは劣るがその代わり、魔力の形状が著しく変化し。
チョークと同等までに凝縮され、弾速が更に向上していた。
警戒する事を辞めた男の持つドライバ目掛けて、魔力砲は軌道を曲げる。
ライフルドライバのマズルの先に、チョークサイズの魔力砲が微かに触れる。
次の瞬間、チョークサイズにまで凝縮された魔力がはち切れんばかりに膨張し、男の背後で破裂する。
辺りを巻き込む程の爆風に丘の一部が消し飛ぶ。
しかし、蒸気が立ち込み崩れた瓦礫の中から男は這い出る。
身に付けていた服はボロボロになり、ドライバは破損しガラクタと化していた。
「だー……むちゃくちゃいてぇ……。完全にキレた、団長。―――指輪貸してくれ」
男がそう叫ぶと、本陣に置かれていたテントから金色の光を放つ指輪が男の元へと飛ぶ。
指輪を受け取り中指に指輪を嵌め込む。
すると、徐々に男の魔力量が上昇していき、それに呼応するように額から二本の角が生える
「くッ……ははははははッ! 久しいこの感じ、堪らねぇな…」
男は破損したドライバをその場に投げ捨て、所々が破けた衣服から見える肌。
綺麗な肌色が、次第に赤く筋肉が膨れ上がる。
次第に男の顔全体に血管が浮き上がり、充血した瞳はまるで鬼そのものだ。
先ほどとは比べ物にならない速度で踏み込み、いつの間にか茜の背後に立っていた男はゆっくりと茜の首筋に手刀を繰り出す。
直ぐ様茜と男の間に割って入るステラと【凍てつく刃】。
男は驚きはしたが、その顔は笑みを浮かべていた。
「もっと…楽しもうぜェ!」
男は腕を振り上げ力強く地面を叩く、揺れ動く地面からは地割れが起こり。
バランスを崩す者が続出する、そして、そんな団員達を狙う男の攻撃。
ステラが氷魔法で障壁を造り出し何とか男の攻撃を退ける。
「あれ? もう、終わりか?」
ステラは声のする方へと振り向くと、自身の目の前に数倍も大きな男が立っている。
恐怖のあまりに、体が硬直して動かない。
ステラの脳裏に描かれた光景は――――確実な『死』
浜辺に向けて集まりつつあったヘレナやカホネ達の目に写った光景。
浜辺のある一ヶ所が吹き飛び、その中央にいたステラが人間の、それも強化魔法で強化かした跳躍よりも遥かに高い高度から逆さまに落下。
グシャリと生々しい音共に流れる出る血は、生暖かい彼女の血液。
現黒焔騎士団の最強の一角であるステラをたったの数秒で沈めた男は、ゆっくりとステラを掴み上げる。
そして、観客席に向けて投げ飛ばす。
観客席に衝突する瞬間に、ステラは転送されて医療棟にて緊急の治療が行われる。
会場全体に響き渡るアラームと司会者の口から読まれる、ステラのリタイアアナウンス。
山から降りていたヘレナと殺女の顔が驚きと絶望で塗り替えられる。
二人と同じくして、カホネとバリッスの2名は海の上を滑りながらも浜辺へと向かう。
すべての団員達が、一斉に男の元へと走り出す。
しかし、男は肥大化し続ける豪腕を凪ぎ払い、叩き付け、豪腕を生かした豪快な戦い方で黒焔団員達の尽くを消し飛ばす。
数名…数十名…数百名と医療棟へと運ばれる者達の数が増えていき、早々に駆け付けたバリッスを拳1つで黙らせる。
カホネの太刀など彼からすれば、ただの棒キレ同然だった。
「もっと、俺を楽しませろ! 潰しがいのねぇガキどもだ!」
男は更に体が大きくなり、カホネの後に到着した殺女の拳を人差し指で止める。
ワンテンポ遅れてヘレナの氷魔法が炸裂するが、顔色1つ変えずに殺女とヘレナの二人を殴り飛ばす。
現在の黒焔で有望な実力者を次々と潰していく彼のその姿はまさに、鬼そのもの。
しかし、そんな彼の体に傷を負わせる事が可能な者が1人存在した。
「――皆さんは、今の内に態勢を建て直して下さい。彼は私が食い止めます!」
リーラが神器の力を解き放ち、男に向けて矢を射る。
霊弓から放たれた矢は、真っ直ぐに空を裂き男の心臓一点を狙い、男の胸に矢が突き刺さる。
しかし、男は矢を引き抜き笑みを浮かべる。
「コレしきで死ぬ様な弱ぇ体じゃねぇんだよ」
矢を折り曲げ、一歩ずつリーラとの距離を詰めていく。
何故か張り合うように、リーラも男に向けて歩み寄る。
「そうなんですか。私てっきり、その体は見かけ倒しかと……」
軽く挑発するリーラは子供のように笑みを浮かべ、完全に油断しきった男の顎を蹴り上げる。
間髪入れずにリーラも飛び上がり男の顔面に両足を叩き込む。
体を空中で捻らせてから、神器に巡らせた魔力を上乗せした一矢は計り知れない威力であった。
しかし、男はリーラの渾身の一矢を受けてもピンピンしており、リーラの矢を歯で受け止めていた。
「う……嘘でしょ…」
後ろに飛び退こうとするリーラだが、運悪く足下の石に躓いてしまう。
リーラの一瞬の隙に乗じて、男は全身に魔力を巡らせて体を強化魔法で強化させ、鋼のように高質化させた体でのタックルをリーラに叩き込む。
血を吐きながら、浜辺を転がるリーラに更に空高く蹴り飛ばし黒焔本陣に向けて殴り飛ばす。
テントが破壊され多くの瓦礫が存在する本陣まで飛ばされたリーラは、テントの鉄骨に足の自由を奪われる。
「なーお前に1つ質問だ。ここら周辺を覆ってる結界の効果って知ってるか?」
男はリーラから神器を取り上げ、自分の足下に置く。
「俺の知ってる限りだと、死ぬ程のダメージ受けても転移魔法によって医療設備がある医療棟に運ばれて治療を受けるらしい。でもよ……転移魔法が発動するまではどんなにいたぶってもいいって事だよな?」
そう言って男は近くに転がっていた鉄骨を手に取り、リーラの片足を叩き折る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!………ッ! がッ!」
リーラの足から鈍い音が聞こえ、男は笑みを浮かべたまま何度も何度も繰り返しリーラの体を殴り付ける。
リーラはボロボロになり意識が消えそうな時に、男はリーラの首を掴み上げる。
「この結界の欠点は……転移魔法が発動してから処置されるまでの間に死ぬ事だってあるってことだ。ヒヒヒッ」
リーラの首に男は手を絡ませ、力強く締め付ける。
しかし、そう易々とリーラを殺すことは出来なかった。
「――ッ!」
男はリーラから手を離し、その場から飛び退く。
だが、それを見据えていたのか男の死角である背後から首の骨を狙った蹴りは男の意識を一瞬失わせるには十分であった。
首を伝い脳を揺らす一撃に、男はその場で膝を突く。
「――今のは、何だ?」
男は辺りを見回すが目に写るのはリーラただ1人、何度も辺りを見回していると、遠くの方で目映い光が見えた。
次の瞬間、男の脇腹を通り過ぎる光は神々しい真紅の炎が男の右腕を燃やす。
「リーラを離してくれる? 黒焔の大事な団員何だ」
真紅の炎を纏った茜が男に向けてそう言い放つ。
しかし、男は右腕を力強く振ると炎は綺麗に吹き飛び、男の腕は軽度な火傷で済んでいた。
「すまんな。コレは、マッチの火か? マッチごときじゃ火傷の内に入らねぇ。もっと火力を上げてくれないか?」
「へぇー…なら、ご希望通り。その肉塊諸とも消し炭にしてあげるよ。―――おいで、【爛陽竜】!」
茜が叫ぶと背後から、真紅の鱗を持つ竜が現れ男に向けて炎を放射する。
土や草木を一瞬で炭へと変える程の熱量を持った炎に男は軽度な火傷で済んだ右腕に触れる。
「なるほど……優しい嬢ちゃんだな。俺を一瞬で炭に変えなかったのは何でだ? 優しさなのかただ単に、バカなのか」
男は低い姿勢で茜を睨み付ける。
「別に優しさなんてこれっぽっちも無いよ。お前を炭に変えるのは簡単だけど、私は人殺しにはなりたくないから」
男と茜は間合いを伺いつつも、両者の距離少しずつ縮まりつつあった。
両者の踏み込みのタイミングが合わさり、魔力を帯びた拳が互いにぶつかり合う。
大気を震わす程の振動、拳と拳が触れる度に発生する空気振動は地面を揺らし地表に亀裂を与える。
両者互角の戦いを見せ付けられたリーラは心の底から茜が持つ力を欲した。
猛者と猛者の戦いは、第三者の介入する隙さえ無い完全な二人だけの戦いが繰り広げられていた。
「――光魔法【天女の光】」
突如として茜の腹部を襲う強力な光線に、思わず茜は生々しい声を上げてその場で踞る。
そこには、相手本陣に長らく身を潜めていた相手騎士団の団長の姿があった。
「マセロ君。早く止めを…いや、もっといたぶろう。女の情けない悲鳴は私の好物だ」
マセロと呼ばれた男は茜の頭を片手で掴み上げ、繰り返し茜のお腹を殴る。
「がはッ…! げほッ……! ……ッ…相手の騎士団団長は…ヘンタイなゴミ野郎……だ…」
口から滴る血は腹部を貫いた光線か、マセロの数十に及ぶ腹部への殴打なのか分からないが、コレ以上続けば茜の命に関わる。
そして、相手は茜に転移魔法が発動する前にその息の根を止めるだろう。
「この私を『ヘンタイ』呼ばわりとは、些か腹が立つな。――殺せ! 女と思えない程に醜い顔にしてからな」
団長が命令するとマセロは頷き、茜の顔目掛けて拳を降り下ろす。
(ごめん…黒兄。…やっぱり私は、一番弱かったよ……)
マセロの拳が茜の顔に触れると思われたが、肝心のマセロが敵本陣の更に向こう側へと山を吹き飛ばし地面を抉りながら消える。
数秒後にアラームとアナウンスが聞こえ、マセロのリタイアが確認される。
団長は辺りを見回し、隠れた敵の位置を確認するがグッタリとその場に座り込む茜からは笑みが溢れる。
「なッ…! 何故笑う。一体何が可笑しいと言うんだ!」
男は焦りながら周囲を見回し、ある事に気が付くと動きを止める。
いや、正確に言えば体の細胞一つ一つが動く事を拒んだ。
「けほッ! けほけほ……どう? 私の大好きなお姉ちゃんの攻撃。やっと分かった? 一体誰を敵に回したか」
目の前からゆっくりと近付く人影は、紫色の雷を全身から放つ。
碧の綺麗なロングヘアーが紫色の魔力の影響により逆立ち、兄である黒以上の異様な魔力に茜とリーラは少し驚いていた。
「――私の大事な妹を…大切な仲間を……兄さんと未来さんから託された。この『黒焔騎士団』をバカにした貴方達を許さない!」
「あ…あああれは、た…たたただの『ジョーク』だよジョーク。えーと…面白かっただろ? 私の渾身のジョークで――――」
「――焼き払え【紫電竜】!」
碧が自身の魔物を目覚めさせると、右手に集まっていた電気が更に帯電し始める。
碧が右手を横に振ると、空気中の魔力濃度が大幅に変化し巨大な雨雲を生成する。
「……へ?」
腑抜けた声が漏れ、涙を流しながらもその場から退こうと必死に足掻くがその行為その物が碧と言う者の前では無意味であった。
「紫電竜魔法【紫雷】」
雨雲が一瞬だけ紫色の光を放つと、次の瞬間には無様に逃げる団長の真上から巨大な落雷が大地を穿つ。




