四章二十二節 決意の砲声
会場内に設置された観客席には、多くの観客達が今か今かと決闘が行われるのを待っている。
大勢の観客を前にステラは怖じ気づくと、その背中を押すように殺女が肩に手を置く。
「普段通りにしてれば良いの。コレは試合何だから、緊張してたら気持ちで負けちゃうよ?」
ステラの緊張をほぐす殺女は、その手を取って控え室から会場へと続く通路を進む。
「やっとやっと…! この日が来たァァァァ……!? コレこそ騎士団の力と言う物を形付けた。騎士団同士のガチンコバトル~!? 実況は私! 熱すぎるあまり、騎士団を自主退団させられた事でお馴染みの『ファンタスティック・ナイト』で~す! さて、今何かと騎士団内の序列がバンバン変動している最中での事件! なななななな…なんとなんと!? 聖獣連盟直属防衛組織『禁忌の聖騎士団』遂に、新たな1席を設ける時代が来たのか~……。さぁ、登場だ! 禁忌の聖騎士に名乗りを挙げた騎士団。真光騎士団!?」
実況者の声と共に、入場ゲートから煙が立ち込めゆっくりと姿を表す騎士団『真光騎士団』の団員達。
団員達の衣服は全て金色の刺繍が施されたマントを羽織っており、自分達の騎士団には資金があることを形で表現しているかのようにも受け取れる。
「さーてさてさて…肝心なのは、コイツら! 金色の刺繍を施したイケイケマントの皆さん方よりもー……最高に『イカれて』『イケイケ』な騎士団の登場だァ……――黒焔騎士団ァァァ……!?」
盛大に噴射された紙吹雪と入場ゲートを彩る鮮やかな照明の数々に、碧と茜は少し引いていた。
「こんなに派手にやってるけど……誰が演出したのかな? センス無さすぎない」
「センスとかの問題じゃなくて、常識として考えてよ。今から大勢の前で戦わせられるんだよ……コレじゃ見世物だよ」
ため息を溢す碧ではあるが、今さら引ける状況ではない。
今の碧は、自分1人のマガママを通す事が出来る立場ではない。
もしも、決闘を辞退しようならば、他の騎士団からも余計に下に診られる可能性も高くなる。
黒焔騎士団は今は亡き最強と言われていた騎士の『天城 未来』と黒がその名を今に轟かせ、『英雄』の概念を造り出した『ラック』と【黒色の魔女】と呼ばれた初代黒焔団長の『マルグス・ネルベスティ』などの多くの者達によって紡がれた歴史ある騎士団。
それを、自分の代で終わらせる訳にはいかない。
そんな決意を胸に秘め、そして、自分の判断違いで兄や妹にまで迷惑を掛けた。
今回の一件を気に、コレまで受けてきた屈辱や黒焔の認識を再度変える為に碧は自身の背後を付いて歩く。
騎士団全団員達と共に、決闘の地に向け飛び出す。
会場に用意された3つの巨大ステージを奪い合う。
簡単には言えば、陣取り合戦。
詳細なルールが説明され戦いの幕が開かれる。
先手を取って、敵の正面に走りだしたのは殺女だった。
砂埃を巻き上げながら、単身乗り込む殺女とその後ろから数匹の狼が敵目掛けて走る。
1人VIPエリアから試合を眺めていた黒は、殺女の背後から展開された狼の集団を操っているのがヘレナだと直ぐに分かった。
「ヘレナさん! 私が敵の体制を崩しますから、その隙を!」
「分かってる……後ろは任せて」
相手側の魔法が雨のように殺女に降り注ぐが、殺女はその場でまるで優雅に踊っているかのように全ての魔法を躱わす。
「――単純な強化魔法と風魔法の調律魔法…。調律魔法だけでも、難易度が高いのにそれをこうも使いこなすとは……アイツらも、大分鍛えられてるんだな。――バーバラッ…!」
黒は音も無く自身の背後に迫るバーバラの殴打を人差し指で難なく止める。
「あら…? 制限付きの軟弱野郎と聞いてたのに、少しは強くなった? それとも……戻ったと言う方が表現としては正しいかしら?」
バーバラは微笑みながらも、黒の人差し指で止められた拳に更に力を加える。
バーバラが少しでも足に力を入れてしまえば、途端に床に亀裂が入り瓦礫の山となる事は間違えない。
二人から漂う強者独特なオーラに、VIPエリアにいるVIPやそこで働くバーテンダー達は一歩も動けずにその場で固まる。
「なーに、二人してはしゃいじゃってんの? ――俺も混ぜてくれよ~」
VIPエリアの扉が開かれ、ゾロゾロと多くの人が押し寄せる。
それを見計らい、黒とバーバラのオーラに当てられた人達は逃げるように部屋を飛び出す。
「バカだよな…。どうせ、VIPエリアに集まる金騎士級の騎士と親しくなろうとして来てみたら、黒とバーバラさんの魔力に逃げたって所だろ? なぁ、どう思う――『ラビット』」
「私に振るな。それより…『マーマレ』はどこだ? こんな男の近くにいてやってんだ。早くマーマレに会わせろ」
鈍色の髪をした男は、タンクトップに作業着と言う汗臭そうな外見に腰にチェーンを巻いたスタイル。
そんな男の振りをイラつきながら、男の手を振り払う『ラビット』と呼ばれている桃花色の髪色をしたジャージ姿の女性が黒に『マーマレ』の居場所を尋ねる。
「知らねぇよ。お前達を呼んだのは俺だけど、ヘレナ経由だから誰が召集に答えたかまでは……知らん」
そう言われたラビットはカウンター席に座り、立ち尽くすバーテンダーにカクテルを頼む。
バーバラは作業着の男に近付き、男の肩に手を置きながら黒の前に無理矢理突き出す。
「皆、黒に呼ばれるのを待ってたのよ? 寧々ちゃんやシャーネちゃんは来てないみたいだけど……それに、全員って訳では無いわよね?」
「あの二人が来てたら、他の奴らは全員いる。それより、ヘレナが試合に出てるのは分かるけど……アリスはどこいった?」
辺りを見回しても、アリスの姿が無いことに黒は疑問を抱き他のメンバーに尋ねる。
しかし、全員が口を揃えてアリスの居場所は知らないと来た。
元々黒焔に席を置いている奴らもVIPエリアに居れば、当然黒焔騎士団に所属していない者達もいる。
そして、黒が一番恐れている事はアリスの力の事である。
「もしも、特別強い魔力を感じたら教えてくれ。そこにアリスがいる可能性が高い」
黒はVIPエリアから出ようと扉を開の取っ手に手を伸ばす。
すると、突然扉が勢い良く開かれ黒を扉と壁の間に叩きつける。
「わ…! 久し振りだね皆。それよりも、黒団長知らない? あの人に呼ばれてるんだけど……」
辺りを一度見回すアリスはキョロキョロとVIPエリアや通路を見回す。
一向にお目当ての相手である黒が見つからない事にアリスは徐々に不機嫌になっていく。
「人を呼んで待たせるとかあり得ない…。それより、皆も良く集まったよね。黒と認識は有っても、今は別の団に所属でしょ?」
アリスの問いにタンクトップの男は、酒ビンを片手に答える。
既に酔っているのかその足取りは不安定で、横や後ろに倒れながら歩いていた。
息を吐く度に匂う強烈なアルコール臭に、アリスは即座に鼻を手で覆う。
「おーう、久しいな…。噂じゃアリスの家ってどっかの財閥だとか聞いたぜ~……黒焔を抜けた後の活躍の方が耳に入るぜ?」
「そうそう、何で黒焔騎士団何かにいたのさ。アリスってお嬢様何でしょ? 私なら、危険な騎士の仕事より家の仕事して楽して過ごしてたなー」
ラビットも男同様に酔い潰れて床に寝そべってアリスと会話をしだす。
「ラビット…酒癖悪いわよ? それに『ヴァンシー』あんたも、禁酒してたんでしょ……飲んで良いの?」
ヴァンシーと呼ばれたタンクトップの男は、酒ビンをテーブルに置きアリスの方に向き直る。
「コレから楽しい事が起こるんだ。祭りを前に酒を入れねぇ訳にはいかねぇよ……それと、黒だが。お前が勢い良く開けた扉でぐったりしてるよ」
ヴァンシーに指摘されたアリスは恐る恐る扉を開くと、気を失った黒が扉と壁の間に倒れていた。
黒が目を覚まし、アリスやラビットとヴァンシーを先頭に多くの金騎士級の騎士達が黒の前に整列している。
ため息を溢しながら、窓の外から見える妹達と自身の騎士団が戦う試合を眺める。
「団長的に……黒焔の勝率?」
バーテンダーにカクテルを注文したアリスはカクテルが出来上がる間、黒の隣に座り外の試合を眺める。
「ゼロだな…」
即決な反応にアリスは驚きを隠せずにいた。
「根拠は何よ? 大切な妹ちゃん達が頑張ってるのに、今日は何だか冷たいわね」
「根拠ならある。まず、俺が団長をやってた頃から既に妹達は魔物に覚醒はしていた。でも、発動した所は1度もない」
そう言われアリスは記憶を探る。
「確かに、あんたが団長やってた頃は魔物に覚醒したらそれなりの噂になって流れてたから……発動なんてしたら普通の騎士でもその話題性に気付くよね。私も妹ちゃん達とはあまりに面識は無いけれど…もしかして、皇宮で初めて発動したとか?」
アリスが苦笑いを浮かべるが、黒のいつもと違う真剣な表情にアリスはたじろぐ。
普段のやる気がなく子供のように辺りを巻き込み、迷惑ばかり掛けている黒だが、そんな彼に何故自分よりも強い者や同等な力を有している者達ばかりが黒の下に付いているのか不思議で仕方がなかった。
アリスが初めて黒と出会った当初は、黒の側近として活躍していた翔や大輝と言った『四天』
そして、寧々達の誰かが黒焔の団長だと思っていた。
『俺も、最初は何で未来様が団長じゃないのか分からなかったよ』
『でも、一時期未来様も団長だったらしいぜ?』
自分よりも早くから黒焔騎士団に所属していた先輩達も、勧誘された当初は取り巻きの者達が強いイメージがあった。
しかし、全員が口を揃えて言うのだ。
『あの人の強さは、科学の数式やハイテクコンピューターじゃ計れないよ』
アリスは昔の事を思いだし、黒の後頭部を軽く小突く。
「勝率がなくても、応援するのが家族でしょ? で……どうするの」
アリスは頼んでいたカクテルを飲み干し、黒に笑みを浮かべる。
「はー……分かってるよ。勝率とかは後回しいだ、もしも碧達が勝てば問題は無い。負ければ、当初の目的通りに行くぞ―――野郎共!」
黒が席を立ち声を挙げると同時に、ラビットやヴァンシーが立ち上がる。
黒がVIPエリアから出ると、扉の両端に大輝と翔が立っていた。
「……何突っ立てんだよ? お前らも来るんだよ。はぁ…負けてはほしくないけど、アレは負け戦かな……そして、俺は妹達に殺されるな」
黒はただ真っ直ぐ進む。
その後ろには信頼できる、仲間と呼ぶにふさわしい者達を引き連れて。
一方その頃、3ヶ所の陣を取る為に各3陣に多くの騎士が集まりドライバとドライバがぶつかる。
砂浜からは砂埃や爆発により、砂が宙を舞う。
怒号と爆撃音が青空の設定にされた会場に響き渡る。
「茜さん、右から敵多数です。直ぐに退いて下さい」
「ダメ…ここで退いたら、それこそ相手の思う壺。こっちはこっちで可能な限り対応するから、ステラはこのまま本陣の方に下がって……」
激しさを増す陣取り合戦。
一度陣を押さえても、更に倍の人数で陣を取り返そうとする相手。
ステラと茜は浜辺で敵と交戦し徐々に押され始める。
攻防が激しさを増す中で、1人丘上から戦況を見詰める碧。
「後一歩なのに、強力な後押しがこっちにあれば……」
自身が持つ地形が細かく書き記された地図と実際の地形を照らし合わせる。
そして、相手の動きや自分達の動きを凌駕する戦術などを考慮して、新たな陣形や戦術を編み出す。
しかし、それらの戦術は直ぐに相手に攻略される。
相当場数を踏み、団員一人一人がどんな戦況でも臨機応変に対応する事が出来る対応力が真光騎士団と黒焔の大きな差であった。
そんな現実に碧は歯ぎしりする。
「団長。敵が撤退を始めていると前線から報告がありました。コレに乗じて、一斉三陣に向けて攻め上がりましょう!」
団員の1人が攻める事を提案する。
「気が触れたか、相手が退くのは陽動だ! 我々が攻めた所を仕掛けるに決まっている。見れば分かるだろう!」
本陣では、様々な意見が飛び交っていて本陣内は重い空気で満たされている。
騎士団の士気にも関わる為、早急に決断を下さなければならない。
しかし、碧には前線に立っていた経験よりも1人の将として指揮を取る経験が浅く、知識が豊かで経験が豊富な団員の言葉をそのまま伝える事しかしていない。
策を講じる筈の立場の者が、ただ立ち尽くし茫然と戦況を眺めている。
それだけ――それしか出来ない……
そんな自分の情けなさに、憤りを感じる。
「…こんな時に、黒さんがいたらな……」
本陣で作戦を練っていた団員が何気無く溢してしまった一言は、その場の空気を凍らせるには十分だった。
「誰だ今…黒さんを必要としたのは……答えろ、一体誰だ!」
本陣に響き渡るのは、様々な策を練って自分の考えを他の誰かに伝える声ではなく。
仲間同士で争う声に変わり果てていた。
最初は二人だったのに、三人四人と増えていき今では、碧以外の全員が争っていた。
「――ふざ…るな…」
碧は拳を強く握り締め無意識の内に全身に魔力が巡り、青がかった黒髪が徐々に逆立ち。
黒色の瞳は、青紫色の竜の瞳へと変わる。
「――ふざ…けるなァ!」
碧が叫ぶと書類が散乱していたテーブルは跡形もなく吹き飛び、本陣に張られていたテントは骨組みが歪な形に折れ曲がる。
「さっきから聞いてれば、兄さん兄さん……。貴方達は、兄さんが居ないと戦う事もままならないのですか? この騎士団は兄さんの物であったかもしれません。でも、今は私と貴方達の物です!」
碧は団員達の前に歩み出て振り替えって、自信に満ちた表情で団員達の前に立つ。
「皆さんはここにいてください。三陣共奪い取った上で……敵の本陣を攻略します!」
碧は腰に下げていたホルスターから拳銃型ドライバ『断罪の銃身』を空高く構え、空砲が空へ鳴り響く。
「この砲声は、決意の砲声。私はもう! 兄さんや皆さんに恥じない団長になる!」
パイソンに銃弾を装填し、黒焔独特の黒色の羽織を纏う。
今は自分の体よりも裾が長く、襟が肩に乗ってしまい少しだらしがない。
だが、他人が見ればだらしがない。
団員の者達からすれば、騎士の歴史の中で最も古い騎士団であり。
騎士団を率いる団長が継承されていく風習は、だらしない一人一人の決意を強めると同時に―――『それまで積み上げてきた想い』も継承されていく。
他の騎士団と違って黒焔の団長羽織は、それまでの団長の軌跡が詰まった物である。
そんな羽織を身に付けた碧からは、人を率いる将としてのオーラが漂う。
「――碧団長。先ほどまでの無礼、誠に申し訳ありません。現時刻を持って……我々一同一丸となって団長に付き従う事を誓いましょう!」
その場に居た参謀役の団員達が碧の前に片膝を突き、頭を下げる。
「では、これより……三陣並びに本陣の制圧作戦を開始! 各地点へと向かっている隊に今一度作戦を報告。敵の後退は罠の確率が極めて高いので、各自警戒と索敵を怠らぬよう」
「――了解!」
本陣内では、多くのオペレーターが端末越しに各隊に作戦の伝達を行う。
「各隊の動きは逐次報告しろ! 少しの異常が命取りにツナガルと思え」
3つの陣は各々『山岳』『浜辺』『海上』と各々の陣の間は長く一つ陣を獲得したとしても、その場に居る人数よりも更に倍の数で押されては陣を護りきる事はほぼ不可能。
それゆえ、両者の本陣には会場の上空を飛び回る小型偵察機が本陣のモニターから、戦況をより具体的に眺めれる装置が両者に存在する。
その為、両者は偵察機と各隊との連携がこの戦いの鍵である。
「山岳には、殺女さんとヘレナさんの部隊で当たるように、浜辺は茜とステラさん率いる部隊でギリギリまで防衛ラインを上げて下さい。海上は残りの部隊とバリッスさんカホネさんのお二人で敵の進行を抑えてください」
命令通りに各々の陣を獲得するために、急な山道をかけ上がる者や絶壁へと手を掛ける者。
浜辺では、目標の陣を前に立ち止まり相手の出方を伺い、どんな状況でも対応出来る姿勢で望む者達。
海上に建てられた不安定や陣に向けて、魔法で海の上を滑りながら再度陣形を整える者達。
「来た来た…バカな黒焔さんが来ましたよ?」
真光騎士団の本陣では、不気味に笑う団長とその裏で控える数名の騎士が笑みを浮かべる。




