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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
四章 焔の魔女と悪魔の瞳
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四章二十一節 開幕と誤算


 皇宮のお土産を抱えた碧と茜が一足先に目的地に着いていた黒の元へと急ぐ。


 「はい、二人共お疲れ。奥に展望台があるから、行ってきな。城が見えるぞ」

 そう言われた二人は荷物をその場に置いて、さらに奥に続く道を進んだ所にあった展望台から外を眺める。


 「わ…。キレイ」

 「黒兄も来なよ! 凄いよ!」


 現在黒達がいる場所は、皇宮に唯一存在する。

 地球などの遠い異国へと移動する事が可能な魔法『空間魔法』の上位版である大魔法。

 【多次元魔法】で構成された空間発生ゲートに来ている。

 建設された場所は安全のため、城下町から大分離れた山の頂上に建てられている。

 皇宮を一望できる場所は、1種の観光スポットであり、ゲートを越えて来た異国の客達心を奪う。


 「私達が生まれた所って、人が多くて、夜になると騒がしいけど。皆が笑顔で楽しそうな所だったんだね」

 記憶がほとんど無いのに、どこか懐かしそうに皇宮の巨大な城や城下町を眺める碧と茜。

 将軍の椅子取りゲームに巻き込まれなければ、橘家の領地で伸び伸び暮らして居たのだろう。

 心も体も未熟な幼少期に地獄の様な大人の私利私欲にまみれた世界を見せられたのに、碧と茜は未だに皇宮と言う場所を好きでいる。


 「黒兄はさぁ…。竜人族に生まれて幸せ?」

 「んなバカな質問するなよ。あんな、クソみたいな大人達を見ても、竜人として生まれた事を後悔するような事はねぇ」

 黒は召喚したぼた餅にお土産を一つ一つ丁寧に収納する。

 「あれ? 兄さん。魔法使えるようになったの?」

 「あぁ…まぁ、色々あってな」

 全ての荷物をぼた餅へと収納し終わると、自分達の頭上を通過していく巨大な影に3人が気付く。


 「あの飛竜……まさか、皇女様!?」

 碧は皇宮の皇女が自分達の元に向かって来ていることに驚き、身なりを整える。

 「マジで本物の皇女様!? 絶対可愛いってねぇねぇ。黒兄もそう思うよね? ねぇねぇ!」

 皇女の登場にテンションが通常の倍以上に高まって、正直うるさいを通り越して相手をするのがめんどうになってくるレベルになっていた。

 「親父は先に大和に帰ってから……。俺達に用があるって事か…何したお前ら?」

 「黒兄と違って、皇女様が機嫌を損ねるようやことはしてませーん。何かをしたのは黒兄の方でしょ?」

 「あり得ます。連盟や議会関係の方から嫌な目で見られますから……。大方、皇女様の機嫌を損ねたんでしょう」

 二人して、黒に原因があると決め付け納得する。

 黒本人も、自身の行いで周囲の人間関係が危うくなっているのは承知の事実である。

 初対面の人間に対しても、ちょっとだけ態度が悪く接してしまうのは本人も理解をしている。

 ましてや、1国の皇女に態度を悪く接していて気付かない程の鈍感ではない。

 なので、どこか本人が気付かない所で粗相をしていてもおかしくはない。

 巨大な飛竜が黒の直ぐ近くに降り立つ。

 体よりも遥かに巨大な翼は、羽ばたく度に砂が舞い上がり目も開けれない状態になる。


 「侍女から聞いた話ですと。…もう帰るらしいですね」

 皇女が飛竜の頭に乗り、黒が見上げなければいけないほどの高さから見下ろす。

 「皇女殿下は、俺の知ってる奴と同じだな。人を直ぐ上から見下ろす……女は皆そうなのか?」

 黒は皇女を見上げようとするが、今の立ち位置では真下から皇女の下着が見えてしまう恐れがなきにしもあらず。

 謝って皇女の下着が目に入って、そこを皇女に気付かれたら「見ましたね! 貴方絶対見ましたね!?」

 何て言われるオチが見える。

 そして、近くにいる妹達の俺を見る目ががらりと変わるだろう。

 それを避ける為に、黒は静かに3歩下がる。

 しかし、それがいけなかったのか皇女のご機嫌損ねる。


 「何故私から逃げるのですか? 橘様は、私から逃げる理由でもあるのですか?」

 黒はまさか、自分のちょっとした行動で皇女の機嫌を悪くさせてしまうとは思いもよらなかった。

 しかし、そこで黒は機転を利かせて弁明する。


 「いや…下がらないであの場所に居たら。皇女様が降りる際に俺が邪魔になるかなと思いまして……」

 深々と頭を下げつつも、更に後ろへと下がる。

 正直に言うと『これ以上皇女と関わりたくはない』これが本音だ。

 彼女が庭園内で小鳥達と楽しく話をしていた所に、運悪く遭遇し尚且つ、何処からか侵入してきた。

 皇女の首を狙っていた暗殺者を捕まえた際に、覗きがバレてしまいちょっとした脅しを受けていた。


 『バラしたら、宮の全戦力で貴方を捕まえて。奴隷にしますからねッ!』

 その言葉を真に受けるつもりは毛頭無いが、彼女が皇女である事と現在は魔物(ギフト)である【白銀の祖巨竜(アルビ・テイオン)】が目覚めている。

 元々勉学には興味を持っており、自身の少量な魔力を上手に使い。

 独学で魔法について研究をしており、現在の皇女の魔力量や濃度であれば、簡単な魔法位ならば黒と同等な出力で扱えるだろう。

 もしも、皇女が魔物の力を完璧使いこなせれば竜人族の中で、竜玄と並ぶ天才になるかもしれない。

 本来の力を目覚めさせた彼女ならば、皆が認める。


 皇宮の歴史初のどの歴代皇帝をも凌駕する()()()()()が誕生するだろう。


 そんな簡単な事は、当然黒は分かりきっている。

 だからこそ、黒は皇女――羽織(はおり)の前に膝を折り、深々と頭を下げる。


 「我らが、竜人族の象徴の中の象徴の皇女殿下。皇女殿下がいつか、皇宮の帝位に就く事を……遠い異国から陰ながら応援いたしましょう。短き時では有りましたが、皇女様にお会い出来た事。誠に嬉しく思います。では、いずれまたどこかで――」

 腰を上げた黒は一歩二歩と皇女に頭を下げたまま後ろへと下がり、ゲートへと向き直る表情はどこか寂しそうにも見える。

 黒がゲートへと歩くと、その後ろを妹達が付いて歩く。



 「ま…まって………ッ! 待て下さい!」

 皇女は、黒の手を取りうつ向いたまま黒の手を握る。

 「あ…貴方は、私が『帝位に就く事を、遠い異国から陰ながら応援いたしましょう』と言いましたね。えっと……その…無理強いはしません。ですが……可能ならば」

 皇女は一呼吸置いてから、黒の目を見て思いを告げる。


 「――()()()()()()()()()()()()()()()()。貴方の近くに……私を居させてください」

 顔を赤く染めつつ、皇女は黒の手を静かに離す。

 黒は頬に手を当てて少し考えてから、皇女に返答する。


 「……今の俺は、貴女の品位を下げるだけの男。いつかまた、貴女と並んで立てる様な。そんな男に成れたら…その時は、俺から貴女を迎えに行くよ。――スゲェ嬉しいよ。羽織」

 そう言い残し、黒はゲートへと足を踏み入れる。

 顔を真っ赤にして必死に涙を堪える羽織の顔を見ないために、黒はゲートを潜る。

 遠くからこっそり皇女を見ていた侍女達は、タイミングを見計らい。

 皇女の側へと歩み寄り皇女である羽織をぎゅっと抱き締める。


 今この時だけは、皇女としてではなく。

 ――1人の恋する乙女が勇気を振り絞り、思いを告げた事を褒める為に――――





 そして、ゲートを越えてたどり着いた数多くの異国へと繋がる全てのゲートの集まる場所。

 『大異空間発着港(ワービス)

 数多くの異族が至る所でゲートから出て来る者や、入って行く者達の往来が激しい。

 ゲートを越え、直ぐ先で見える係員に『皇宮』で買っておいた『地球』行きの券を見せ、係員の間を通る。

 道なりに進むと、黒は見知った顔ぶれが出迎えていた事に気が付き鼻で笑う。


 「久しいな。翔に大輝…他の奴は元気にしてたか? 特にアリス…とか」

 黒が現在の黒焔の基盤を作った『黒焔騎士団ブラック・ドラゴニクス』の元団員である。

 『富士宮 翔(ふじのみや しょう)』と『氣志真 大輝(きしま だいき)』の二人が黒に静かに歩み寄る。

 「今週末にある。団対団の決闘って……黒焔だよな? いつまでたっても、やること成すことが派手何だよ! 俺も…一杯食わせろよ?」

 「翔はホントに目立ちたがりだな。とか言いつつも、俺も一杯食わせてもらうぞ」

 翔と大輝が黒の両脇をガッチリ固めて、黒を逃がさないようにする。

 「わーってるって…元から、その計画だ。高い確率で、相手騎士団に碧達黒焔は負ける。と言っても、負ける事が重要じゃないんだよなー。この決闘は」

 黒は両脇の二人を剥がし、二人の一歩前に立つ。


 「二人はそのまま、俺に付いて来い。後はヘレナを探すだけだ」

 二人から目を反らし振り向いた黒を突如襲う、強烈なデコピンに黒は驚きその場で仰け反る。

 すぐに正面を向くと、カジュアルな服装の女性が二人立っていた。

 1人は知ってる顔のヘレナだったが、俺の顔を見るなり帽子で顔を隠し隣に居た女性の背に隠れる。

 釣られるようにヘレナの真横に立っていた女性と目が合うが、全く知らない女性だった。

 特長としては、少し大人な雰囲気と黒の体を刃物が向けられているような寒気を覚えさせる魔力。

 そして、彼女の()()()()()()が目に入ってくる。


 「ホントに…分からない? 全く……自分の()団員の顔ぐらい覚えときなさいよ」

 瑠璃色の髪色を束ねていたゴムを外し、その長い髪を下ろす。

 その女性の顔と声が昔の記憶と合致する、黒が最も恐れていた事が今現実になってしまった。


 「折角……入念な下準備をした上で、ヘレナと一緒に謝って終わる。そんな算段が水の泡だよ」

 「ふーん。……そんな事しても、許さなかったから関係無いでしょ?」

 冷や汗をかく黒にドス黒いオーラを匂わせつつ追い討ちをとばかりには黒を押し潰そうとする威圧的な魔力。

 ここまでされないと気が付かない自分に呆れる黒と、その光景を固唾を飲んで見守る翔と大輝。

 「皆さん。何をしているんですか?」

 碧が端から見たら、睨み合ったまま大通りで立ち尽くしている二人に恐る恐る視線を送る。

 「黒兄って……自分の団員の事全く知らないよね。よくそんなんで、騎士団長務まるよね?」

 現在の黒の姿を見て、呆れる茜は黒の正面に立つ女性を見て笑みを浮かべる。

 「みんなが、私達の――黒焔の決闘を応援してるんだよね? 碧姉」

 その場で踊るようにターンをしながら、碧の前に出る茜は普段と何も変わらないように見えるが、身内である碧から見れば普段よりも数倍増しで嬉しそうであった。



 「ええッ!? この人が、あの写真の『アリス・ジ・エルーナ』さんですか!? 写真よりも綺麗です!」

 「あはは…何か照れるね。団長の妹さんにしては、しっかりとしてるよねー。どっかのバカとは違って……」

 瑠璃色の髪をかき分け、真横に座る黒を冷ややかな目で見詰める。

 「はいはい…私が悪いです。まさか、翔と大輝があんなに人気者だとは思わなかったは……何で黙ってたんだ? 」

 照れる顔を隠す二人を黒が無理矢理その面を拝もうと、車内で暴れる。

 そうこうしていると、車はある場所に到着する。



 明後日行われる騎士団同士の決闘の会場である『第2演習海技場』

 施設の中には外から見たらわからない程に大きく。

 施設内には、海がまるごと模した造りをしており、海と陸の2つの環境化での大規模戦闘を想定した設計が施され。

 その全て状況に対応を可能にしたのは、特殊な設備と空間魔法の合わせ技によって施設内の空間をまるごと作り替える事が出来る魔法が大きく関係していた。

 そして、明後日って行われる決闘では会場内の環境は『限界まで広大。海は深く広く。陸は自然豊かに』ルーレットで決められたこの環境がどう影響してくるのかが決めてだと碧と茜は確信する。

 

 そして、一夜開けた現在朝の8時を迎えた頃。

 会場近くの開けた場所に黒達はある人物の登場を待っていた。

 「みんな…遅いですね。もう予定を30分も遅れてます」

 碧が腕時計をチラチラと確認をしてはどこか落ち着かないでいる。

 こちらも碧同様に隣で体育座りの茜は先程から一人言を呟いている、普段と全く違う茜はとても不気味だ。

 「そんなに緊張してどうする。明日の決闘が危ぶまれるぞ?」

 緊張している二人とはうって変わって、黒はどこか楽しそうであった。

 すると、黒のポケットがバイブレーションと音を奏でる。

 すぐに通信端末の着信だと分かり反応する。

 「あー…分かった。そのまま二人を見ててくれよ。あの二人がこっちに来たら間違いなく、俺が殺されちまう」

 1人碧達から距離を置く黒が、端末の向こう側の相手との話に夢中にかる。

 そうこうしていると、碧が視線の先に1台の大型バスが見えた来た。

 黒焔の団員達が乗っていると思わしきバスが碧達の前に到着する。

 碧から見える運転席に座る見知らぬ顔に、碧は疑問を抱くがすぐにその者達が『オカマ』だと理解する。

 「もう、やだ~。せっかくの楽しい旅行がもう終わっちゃった~……。ざ~ん~ね~ん」

 体をクネクネさせながらバスを降りる、オカマオカマオカマ。

 黒焔の団員達が全員オカマにでもなったのかと疑った碧だが、このバスの直ぐ後ろにもう1台のバスが現れる。

 そのバスからは紛れもなく、黒焔の団員が降りてきた。


 「皆さん。お疲れ様ですです! ケガとかありませんか?」

 碧が降りてきた団員達に歩み寄ると、先程まで何も感じなかったが間近になって感じる鍛練の成果に碧は驚く。

 「碧団長。ロークと綾見以外の全団員の無事帰還を報告します。コレで、貴女に恩を返せる」

 碧の横に現れたステラは、前よりも遥かに力を身に付けているのを感じる。

 その影響は、魔物にも影響しているのは待ち構えない。

 その後ろから顔を出した殺女もステラよりかわ劣るが、力が付いている。

 その他多くの団員が見違える程の成長をしていた。


 「じゃ…後はロークと綾見の二人だけだね!」

 ステラへと飛び付く茜は先程までとは変わって、普段の茜に戻っていた。

 「そうだね。でも、大丈夫かな?」

 心配そうなステラだったが、殺女がステラの肩に手を置き笑顔を向ける。

 「きっと、あの二人なら大丈夫でしょ。何てったって今の黒焔にとっては……切り札みたいな物でしょ?」

 自信があるのか何やらニヤつく殺女の目線の先には、銀髪の女性が立っている。

 黒は彼女を見詰めて彼女の魔力を測る。


 「…なるほどね…」

 「ねぇ…団長。彼女に手を出さない方が良いですよ。彼女の思い人が牙を向けられてしまいますよ?」

 イタズラっぽく話し掛ける殺女は更にニヤついて彼女を手招きする。

 それに気付いた銀髪の彼女は、慌てながらも黒の前に来ると行儀良く会釈する。

 「……えっと…ワヒートです。以後お見知り…おき…を……」

 徐々に声量が小さくなっていくワヒートを見て、黒は遠くでワヒートを見詰めるバーバラに視線を向ける。

 黒の視線に気付いたバーバラは、黒にウィンクだけするとその場から立ち去り、新人以外の団員とオカマを集める。




 「お前が…()()()()()()()……聞いてたよりも貧弱そうだな? ん?」

 黒は威圧的な魔力でワヒートを怯えさせる。

 「ちょっと…! 団長――」

 殺女が魔力を放つ黒を止めようと歩み寄るよりも先に、バーバラが殺女の腕を掴む。

 「ここは、あの子の為にも耐えて頂戴。お願い…」

 「バーバラさん…」

 辺りを見回すと、ステラや碧達にも1人1人にオカマや黒が団体を辞退する前から在籍していたベテラン団員が各自新人団員達の前に立ちはだかる。

 「団長の前には行かせれない。新人のお前達が、ワヒートさんと親しいのは重々承知だ」

 「なら、何故ですか? 何でワヒートさんに威圧的に迫るのですか! 金騎士級の魔力に当てられたら、流石のワヒートさんでも―――」

 次の瞬間、ステラ達は自身の目を疑いたくなる光景に声すら出なかった。



 「――さっさと出てこい。ワヒートの体に憑いてんのはバレバレ何だよ…消されてぇのか?」

 目にも止まらぬ速さで黒幻を鞘から抜刀し、ワヒートの鼻先に向ける。

 ワヒートは涙目で現状を理解できないのか、辺りを見回すがステラ達以外の団員の表情は冷たく、殺気だっていた。

 現状を理解したワヒートはバーバラに助けを求めるが、バーバラの拳には装具型ドライバモデル『メリケンサック』がはめられていた。

 ワヒートの周囲を取り囲むように、ドライバを構えた団員達の姿にワヒートは更に怯える。



 「……全員。一斉攻撃開始」

 そう黒が告げると同時に、ワヒートの体から青い靄が出現する。

 徐々に実体へと形を変えるその靄は、バーバラがオーナーを務めるお店『楽園の都(パラダイス)』の店内に置かれていた受話器から一度、ワヒートと綾見を引きずり込んだ男。


 愚か過ぎる道化(オーギャスト・ピエロ)――


 その道化役者がワヒートから離れた所を見計らい、バーバラはワヒートを抱き抱えその場から距離を置く。

 団員達も道化から距離を置きつつも、その目は確実に道化を捕らえていた。


 「損な役を引き受けたものですよ……」

 「そりゃ…残念だな。逃げ場もねぇ敵のど真ん中に道化役者たったの1人。お前の上司は案外能無しだな?」

 だが、道化は不気味な笑みを浮かべたままただその場に揺れ動くのみ。

 隙が多い筈なのに、まるでワザと隙を作ってこちらの攻撃を誘い出そうとしている。

 黒の違和感はバーバラや翔達も同様に感じ取っていた。


 「流石は、騎士団長とその精鋭部隊ですね。数多の戦場と猛者達との戦闘で培った、その戦闘経験は本物ですね。この私が講じた罠にも嵌まらないとは…些か面倒ですね」

 それだけ言い残し、道化の体は再度靄に覆われていきその姿を消していく。

 そこに残されたのは、道化の残りカスと言える程の魔力しか残っていなかった。

 敵の痕跡を辿って追跡をしようにも、カス程度の魔力では逆に裏を取られる危険がある為追跡は不可能と判断した。

 

 その後、怯えたワヒートが落ち着かせるまでバーバラはワヒートの手を握り。

 咄嗟とは言え何も言わずに事に出た黒を責めるステラ達に、黒は謝罪を繰り返してその日を終える。



 そして、翌朝には決闘会場上空に開幕の花火が至る所で打ち上げられる。

 自分の成長を実感する事に眠れぬ夜を過ごす者、緊張で夜を眠れぬ者。

 遠く離れた場所から、思い人を心配する者。


 ――そして、決闘を目前に自分達への最後の追い込みを掛ける者達など、離れ離れではあるが強固な一つの意思によって結ばれていた。





 そして、そんな彼らに闇からの魔の手が近付きつつあった。


 「――どうだった? 計画に支障は無いでしょ?」

 廃れたバーのソファーに腰を下ろして酒を楽しむ暁とブェイの二人。

 「いやはや……黒殿と接触すると同時に見破られましたな。コレは一本取られましたな」

 新しい酒ビンを取り出すじい様とその正面で酔い潰れるマギジと疲れて眠るフローネ。

 「いや、最初っから気付いてはいたが…対処する術を持ち合わせていなかっただけだろ? だから、奴が道化の隠れ蓑に接触した時に道化を炙り出した……と言うのが俺の推測だが、本人さんはどう思う?」

 読んでいた本を閉じて、銀隠は道化に尋ねる。

 「銀隠さんの推測で正しいでしょう。一度襲った相手にマーカを仕込んで隠れ蓑のして利用する作戦までは、良かったのですが……相手が悪すぎますね」

 トランプをシャッフルすると道化は、カードの束を地面に落としバラけたカード1枚1枚から自分の分身体を造り出す。

 「各地に私の分身を配置して、情報網を撹乱させましょう。コレで少しは派手に動いても見付かる可能性は低いでしょう」

 道化の持つ『ジョーカー』のカードを暁は取ると、ロークと綾見の写真上に落とす。

 「役者は勢揃い。保険として、まだ隠しておくのも策だけど。今の黒ちゃんとならここの役者だけで事足りる」

 暁はバーの扉を開き、満天の夜空を眺めながら黒の事を思い出す。



 「面白い劇なほど、後々の展開が読めてくるものだ。……黒ちゃんは読めてるかな? 誤算すらも許されない計画。でも、僕の最もな誤算と言えば、2年前に君を打ち損じた事だよ――()()()()

 暁は額を押さえて、忘れる子とすら出来ない過去の記憶を鮮明に思い出す。

 

 ここまで、暁の計画は順調に事を進めている。

 しかし、暁は自分の撒いた種の成長スピードを計算の内に入れていない事が大きな誤算だった事は今の暁には知る由もない。




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