四章十九節 限界を知る強者と知らない強者
黒がトラウマを乗り越え更なる力に覚醒し、暁達反逆者が計画を第二段階への進行させたなど。
別々の場所で大きな力が動き出した頃、バーバラの紹介の元で禁忌の聖騎士の1席に座る男、アルフレッタ。
そして、アルフレッタの精神世界で巨大な魔力と魔力により、地形すら変えるほどの大喧嘩をしていた綾見とローク。
その喧嘩も、遂に決着が付いた。
「さて、どうなったんだ? 隠れてる……て事はないか。まさか、死んじまったか!?」
アルフレッタが自身の精神世界への繋がっている空間をゆっくり開き、恐る恐る周囲を見渡す。
自分の降り立つ場所とその周辺に危険が無いことを確認すると、素早く降り立つ。
直ぐ様、ロークと綾見を探そうと魔力探知を行うため、精神世界全土に自身の膨大な魔力を放とうとする。
しかし、そんな事は無意味だとアルフレッタは数歩進むと確信した。
「おいおい、一体どんな戦い方したらこんな大穴が開くんだよ」
アルフレッタの足下には、直径で約八十メートルにも及ぶ巨大な穴が穿たれており、穴の中には壁にもたれ掛かる綾見と穴の中央で横たわるロークの姿が見える。
大穴からは並の魔法を放った際に発せられる濃度とは、比べ物にならない程に凝縮された濃度の魔力が大穴全体に広がり溜まっていた。
もしも、銀騎士以下の騎士が足を滑らせてこの大穴に落ちてしまえば、まず理性が崩壊してしまうほどの濃密な魔力に気が狂いだろう。
そう考えるだけでも、寒気が止まらない。
「『炎神』二人を頼めるか?」
『グゥオ……(断る)』
「でも、やらんと終わらんぞ?」
『ガァウ…(ならば、お主がやれば良いだろ)』
「俺が主だぞ? ホレ、頑張れよ」
『……ヌゥ…(……解せぬ)』
言葉を介せずに唸り声のみでアルフレッタと意志疎通をする炎神は、しぶしぶアルフレッタと命令通りに二人を大穴から抱えて抜け出す。
「全く、俺の精神世界が滅茶苦茶だよ。黒の抑制監視者は例外なく、皆化け物並の力持ってるよな」
『ヌウォ…(お前の抑制監視者は弱すぎる)』
「炎神。もう少し、オブラートに包めよ。アイツだって頑張ってるんだよ。きっと……」
アルフレッタは空間に穴を開け、炎神の肩で眠る二人を外へと放り投げ、その後を付いて現実へと戻る。
アルフレッタが現実で意識が目覚めると、アルフレッタのメノウに出現した炎の中から、綾見とロークの二人がボロボロな状態になって地面に倒れる。
「お前達。俺は良いから二人の手当てを」
「はいッ!」
アルフレッタが団長を務める騎士団『燭の爐』の団員達が、二人の応急措置を行う。
「あらかた済んだら、本部に連れてこい。絶対俺に会わせろとか言うから」
「はいッ!」
団員達を残し、1人本部がある甲斐へと一足先に戻る。
その数時間後に、アルフレッタが言った通り。
二人がアルフレッタに会わせろと、団員達に迫る。
「存じております。お二人がアルフレッタ騎士団長にお会いしたいのは、ですが。――お二人はご自身の立場を理解していない」
そう言って、団員の1人が二人に対して自分達の立場を認識させる。
「確かに団長同士が顔見知りであろうとも、親しかろうが。他の1団員に騎士団の、それも、『騎士団長が膝を折った』何て知れたら、俺達騎士団の恥じ何だよ……」
綾見が多くの団員達に四方を囲まれ、自身に向けられている目は、殺気そのもの。
簡単には、アルフレッタの元へは行かせてくれ無い状態だ。
綾見達は相手の出方を伺うのだが、綾見が感じる寒気。
相手一人一人が綾見達を確実に殺そうと、その首を狙う。
万が一少しでも、妙な動きをすれば躊躇わず斬りかかってくるかもしれない。
どれほど腕に自信のある者でも、自分と同等かそれ以上の力を有している騎士数名を一手に相手取るのは骨が折れる。
ましてや、ちょっとした事が原因で感情を昂らせてしまい、魔力にさえも影響を及ぼすほどの不安定さ。
大切な物を守るため並ばと、身を滅ぼす事を厭わない危うさ。
「すまんな。うちの団員達は、少し血の気が多いからな……」
張り積めた緊張感と寒気さえ忘れるほどの殺気に満ちたこの空間に、陽気な声で綾見達に話し掛ける男の姿があった。
その男は、さも平然と綾見の前に立っているが、つい先程までどちらが先に剣を抜くか分からない。
緊迫した空間を当然のように侵入し、まるで友人のように綾見の肩に手を置き笑顔で接してくる。
「確かに、コイツらの言う通りだ。自分らの団長を叩きのめした奴が、また団長の所に行くって言うんだ。そりゃ止めたいよなー……」
男は綾見の肩から手を下ろしロークの崩れた襟を正し、自身の団員達に笑みを見せる。
すると、団員達は何かを察したのか次々と剣を下ろし鞘に納める。
「貴方に手を引けと言われたら、手を引かない訳には行きませんよ。副団長の『ザウラ』さん」
「――副団長!?」
綾見が身を翻しその場から距離を取るが、綾見より速くザウラが動く。
透かさず、綾見の腕に自身の腕を絡ませ間接をキメる。
「惜しい人材だ。こんな素晴らしい才能を持った人が、抑制監視者だと。黒団長はさぞ、優秀な人材に恵まれている」
薄紅色の髪を靡かせながら、綾見の身動きを瞬時に封じる速さに綾見や隣のロークは一切反応出来なかった。
「――クソッ…!」
ロークがザウラの後頭部目掛けて蹴りを入れるが、ザウラは両手で押さえていた綾見の拘束を片手で行い。
空いたもう片方の手で、ロークの足を掴み地面に向けて叩きつける。
一瞬にして1人を拘束し、助けようとしたもう1人を片手で対処する。
生半可な鍛え方の体術では決して行えない芸当、それを実際に目の当たりにした二人の目には『副団長』の肩書きを持つザウラの底知れぬ力に恐怖する。
「副団長であり。アルフレッタの抑制監視者である俺が、この二人を拘束するのに有した時間がコレだけ……。 きっと団長が負かされた理由はもっと別にあるだろう」
ザウラは綾見の拘束を解き、倒れるロークに手を差し出す。
「団長は油断していたか、彼らの底力を見定める為にワザと負けた可能性が高い。心の底から強くなろうとしている君達からすれば、力の無い自分達をバカにしているような気分だろう」
そう言われ、唇を噛み締める綾見と拳を握りしめるローク。
ザウラはそんな二人を見て、過去の自分を思い出す。
「お前らって昔の俺とそっくりだ。アルフレッタの所に案内するついでに、俺の過去の話に少し付き合ってくれ――」
自分達の騎士団本部に向かって、数台のジープが綾見達を乗せたジープに付いて本部まで進む。
その最中に、ザウラの過去が語られる。
アルフレッタがいる本部がある場所は、大和から遠くに位置する『甲斐』と言う土地に建てられている。
その土地は、昔は『日本』と呼ばれていた国であった列島が存在していた。
しかし、度重なる異形種の侵略により、国としての機能を失ってしまう。
そこで、新しく考え付いたのが―――
【領地案】
『全ての土地を分割し、その地に1人の領主を設け。各地で異形種の侵略から領民を守る』と言う案であった。
当然反対する者が大半を占め『助け合いの精神』や『各領主が土地を求めて、反発する危険がある』などの反対意見が多く出た。
しかし、そんな小さな問題よりも異形種の場所や時間などお構い無しの侵略行為は、日に日に悪化して来ていた。
対策として、列島全域を『対異形種特殊防壁』で囲み異形種の侵略を抑える。
しかし、列島のあまりの広さに所々の強度が落ち、破損箇所の修繕が間に合わない状態に陥ってしまう。
だが、この【領地案】には、異形種への対策が万全であった。
小さく分割した領地を囲む防壁の消費が抑えられ尚且つ、修繕の時間を列島全域に比べて、3分の1にまで下げることに成功。
分割して統治している各領地に何かあれば、近くの領地から直ぐに騎士団や修繕を行う者達が送れる。
などと言ったメリットが考慮され、【領地案】は採用され、更なる大幅な時間短縮を目的に各地で異形種対策などが進む切っ掛けとなる。
そして、統治する領民達は各領地の中で、農業や修繕など専門に行う者達が増え。
各領地への農産物の売買や修繕のために造られた、巨大な『列島全域道路』が各領地を結び。
ライフラインは問題無しと言う状況になり、各領地に騎士団本部が置かれる事が増えていった。
ここ甲斐でも、それは変わらない。
騎士団長アルフレッタが率いる燭の爐が甲斐を拠点に、各領地を襲う異形種を殲滅する。
黒が率いていた騎士団も大和を拠点にしていたが、現在は大和寄りの伊勢沿いに置かれている。
そして、大和に建国した邪馬国の王と関係を持つ、唯一の騎士団である。
そして、アルフレッタや黒が属する『禁忌の騎士団』は他の騎士団とは違って特別な戦力として分類された騎士団である。
当然、禁忌と分類される前は至って普通の騎士団であった。
なんら普通の騎士団と変わらない『燭の爐』にある1人の男が訪ねてきた。
「――『燭の爐』炎熱系の騎士団長。近くの騎士団の中でも力だけを見れば1番……。ここの騎士団長を倒せば、俺はもっと強くなれる!」
若き日のザウラは強さを求め、自分より強者との戦いに明け暮れていた。
普段通りにザウラは、騎士団本部に入るな否や「ここの騎士団長と戦わせろォ!」と叫び。
周囲の者達に自らの力を誇示するかのように、力を見せ付ける。
しかし、ザウラは数10分と持たずにアルフレッタの前に膝を折るのであった。
自分でも何が起きたのか理解できない所か、途中からアルフレッタの姿は自分の目では捕らえれ無くなっていた。
速いと言う次元ではなく、本来なら見えているのに脳が認識しないのだ。
まばたきする瞬間や無意識の隙間を縫うように、ザウラの間合いを侵入するように詰めて来る。
アルフレッタがザウラのちょっとした肩の動きや目線などを読み取り、次の更に先へと予測できない動きで動く。
ザウラが天井を見上げて倒れ、息を整えている最中でさえも、アルフレッタと言う男は平然と立っている。
あれほど激しい動きをしたのにさえ、息1つ上げる事無く人1人を相手にした。
そこで、ようやく気付いたのだ。
自身の到達出来る『力の限界』と言うのを。
「そうして。俺は力を求めるのを諦めた。そこで、少しでも自分の力を役に立てようと俺は―――」
「この団で副団長をやってる……か? そんな下らねぇ話で俺の何が変わると思う?」
ザウラの話を静かに聞いていたロークだったが、我慢の限界になりザウラの話を遮る。
「何も分かって無いな、今の俺はお前ら二人より格段に強い。二人同時でも難なく捻り潰せる。でも、それが限界」
ザウラがため息を突くと、正面に座るロークの雰囲気が変わっている事に気が付く。
「ここが限界? そう思って、お前が立ち止まって勝手に決め付けた所が、今のお前の限界だ。だけどな……自分の限界を知らねぇ奴が、俺達の『限界』を勝手に決め付けるなぁ!」
ジープ内の窓ガラスがロークの魔力に耐えきれずに、吹き飛ぶ。
「――来い! お前が決め付けた限界ってのを、今ここで俺が凌駕してやる!」
ロークから迸る魔力はザウラと一度手を合わせた時には感じられなかった魔力。
ロークの放つ魔力が、肌に突き刺さる刃物のような質と獣が対象を仕留めるための獰猛さ。
その2つが今のロークから異質なほど、感じるのであった。
「本当の限界ってのを、俺が教えてやるよ。副団長さんよ」




