四章十八節 手加減抜き。計画は第二段階
日が傾き始めた頃、黒は城内を後にする。
夕陽が射し込み城下町には徐々に明かりが灯り始め、朝方や昼時とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
朝とは違う、仕事の疲れなどを忘れる為に夜通し騒ぐ愉快な客や隣のお店へとはしごする千鳥足の客達。
自分の家へと帰る者達や、遊びに行き交う者達で溢れる城下町はまた別の活気で満ちていた。
その全てが、竜人族と呼ばれる『竜神』と『人間』の間に産まれた異族最強の戦闘種族。
しかし、この光景を見るとその面影無く「ただの酔っぱらいにしか見えない」と心の片隅で誰しもが思うだろう。
城下町を黒は静かに進み、長屋が集まる小道を通り抜けると、黒は不思議と人知れず佇む小さな家屋で足を止める。
「こんな所に、西洋っぽい家あったけな? ……気のせいか」
自分の勘違いだと思い、帰路へ向かう為後ろへ振り向き足早に橘家がある領地へと向かう。
そして、その後ろの家屋の隙間から黒を見つめる者達は鼓動が早くなるのを感じていた。
「……何が気付かれないよ。秒で怪しまれてるじゃない」
「確かにな……でも、怪しまれたかもしれないが。――気付かれてはいない」
マギジとブェイがちょっとした事が原因で下らない言い争いが始まる。
「全く。今時の若者は、ハデさを求め過ぎじゃ。ワシらが今どういう立場からもそっと理解して欲しいのぅ」
「右に同じです、老師。我々の目的と計画を完璧に遂行するため、皆さんの意識向上を求めます」
言い争う二人を見詰め溜め息を溢す老人と、その隣を付いて歩く青年も同じく溜め息を溢す。
「じい様ー! 皆さんもそんな所で何してるんですか?」
家屋の隙間から外を眺めていたマギジとブェイも、老人を呼ぶ声に反応するかの様に声の方へと振り向く。
じい様と呼ばれた老人は、目の前から迫る少女の頭を撫でながら尋ねる。
「おぉ…。フローネか、暁殿は一緒ではないのか? 一体どちらへ行かれた」
「まだこっちに来てないよ。多分まだ、協力者の所に居ると思うよ」
そう、元気に答えるフローネ。
ポニーテールが印象的な蒲公英色の髪色は日に照らされると、きらびやかに輝き艶やかな髪をした少女のフローネ。
しかし、反逆者と言われる大人達の中でも一際弱そうに見える彼女だが、その身から感じる魔力は凄まじい物であった。
反逆者側に立っていると自覚しているのか、少女は常に全身に魔力を巡らせ警戒を怠らない。
極めて警戒心が強い女の子である。
そんないつ死ぬか分からない、世界を相手にしている側のフローネの密かな楽しみは、老人の隣を常に付いている青年の事である。
今まさに、マギジとブェイの言い争いを止めようと奮闘する様子を見ている事がフローネは嬉しく幸せなのであった。
「おい! お前ら仕事だ。じいさんとブェイの二人にフローネは付いて行って、物の詳しい情報を集めろ。マギジと俺とで物の取引を行うと思われる男を叩いて、情報を吐かせる。暁の護衛は道化とノラで行け」
各自銀隠の命令通りに動くと思われたが「命令をしてきたのが、銀隠でムカつく」とマギジが指揮系統の改善を猛抗議してきた。
それを予感していたのか、ノラと呼ばれている白緑色の髪をした青年ノラがマギジを羽交い締めにして持ち上げる。
ノラに持ち上げられたと理解したマギジは、体を捻りノラの羽交い締めから逃れようと悪戦苦闘する。
しかし、女と男での力の差は激しい。
「マギジさん、諦めて下さい。銀隠さんが暁様の命令を伝達する。コレは前々から決まってた事です。ある意味では、暁様がお決めになったことです」
そう言われたマギジは渋々力を抜き、項垂れる。
銀隠が指揮を取るのに不満でしょうがないらしい事は、一目見ただけでも分かる。
しかし、指揮系統についてはマギジが駄々をこねても何も解決しない。
銀隠や他の誰かが決めた事ではなく、暁が最も信頼し頼れる人間を自分の近くに置く人間だと理解しているつもりだ。
しかしそれでも、は納得いかない。
銀隠が暁の右腕なのが気に食わないのではない、銀隠でなくとも他の誰かでも同じ事を考えてしまう。
――私が暁の隣に立ちたい。
「私だって、暁の隣を歩きたいのに…」
小さく心細い声でマギジが溢す声は、願う可能性の低さを表している様にも受け取れる。
「マギジ。コレは頭からの命令だ。お前が受ける受けないは自由だが、俺達の計画への影響は計り知れないぞ。たかが1人抜けただけの損失。でもな、それは3人以上の働きでも補えるか分からない問題だぞ」
銀隠はマギジが抜けた場合の計画へのリスクを考えた上で、仕事にやる気を見せないマギジに釘を刺す。
「……分かってる。計画は絶対に成功させないと行けない。暁様の為。――仲間の為にも」
決意を決めたマギジは自分の装備の点検と補充を終えると、銀隠の隣に立つ。
「自分のワガママよりも、計画が優先。どんな事があっても計画の遂行こそが、我々の勝利条件」
マギジは懐にしまってあった拳銃の弾数を目視で確認すると、銀隠に目線を送る。
それに気付いた銀隠は、端末を開き各自の作成内容を告げる。
「この作戦は、計画を更に進める為に必要な一手だ。各自の行動1つが命取りになる可能性が極めて高い。各自注意して事に当たれ……良いな。じいさんとブェイはフローネを良く見といてくれ。では、作戦開始!」
銀隠の号令と共に、各自散開する。
まだ、小さなフローネはじい様と銀隠の背中を見て学ぶ事が多く、今後に生かしてくる所が多くあるだろう。
しかし、銀隠が最も心配しているのは暁の護衛に回ったノラの方であった。
「ノラを本当に信用出来るのか? 元々は奴らの部隊に居たんだろ? このまま、頭の首を取る可能性だってあり得るだろ」
「銀隠は考えすぎだ。あのノラが暁の首を取る筈がない、一度は暁やじい様に助けられたんだ。その恩を忘れる様な奴じゃないよ。――それより、標的確認」
一際大きな樹木の枝に腰を下ろしながら、小説に目を落とす銀隠と自分の腰に下げていたナイフを回すマギジ。
誰にも気づかれないように小さな声で話し合っている二人。
その樹木と反対側の樹木を挟んで流れる渓流を歩く集団に、マギジが気付く。
白髪の男を中央に黒服の護衛を付けた集団が、渓流を泳ぐ魚達が跳ねたり、木々が風で靡く度に周囲を見回し魔力で周囲を探索する。
「物凄い警戒だね。葉っぱ1つであれなら……私達が背後から襲っても感ずいちゃうよ」
マギジはナイフを樹木に突き刺し、両頬を膨らまして銀隠に何か手立てを求めるように振り向く。
「あー……仕方ねぇな、もう少し待ってろ。どんなに強固な壁でも、小さな亀裂1つで簡単に崩れる。部隊と壁も何ら変わらん」
そう言いつつ本をしまい、懐から一本の投げナイフを構え正面を歩く護衛の1人に向けて投げ付ける。
「――ぐッ…!」
護衛の肩に突き刺ったナイフを見て、他の護衛は白髪の男の周りに瞬時に集まる。
しかし、銀隠は護衛が1ヶ所に集まった瞬間を待っていたとばかりに嵐魔法を発動する。
巨大な竜巻が護衛と白髪の男を取り囲むように出現し、緑豊かで落ち着いた雰囲気の渓流が一転。
落ち着いた雰囲気は消え、竜巻が辺りの木々を呑み込み渓流が生み出す美しい風景を壊す。
「あーあ。大事な観光資源が1つ無くなりましたよー。一応確認しときますけど、皇宮の景観を滅茶苦茶にしたら竜玄さんに怒られますよ」
確かに計画の為とは言え貴重な自然を壊してしまったのは、少しやり過ぎではないかとは思う。
結果的に破壊してしまったものは、幾ら言い訳をしても意味がない。
「結果的に破壊したかもしれないが、故意にした訳ではない。仕方なくだ」
銀隠が指を鳴らし、竜巻を消し去ると傷だらけの男達が地面に倒れる。
その中で雄一息がある白髪の胸ぐらを銀隠は掴み、近くを流れる川に顔を押し付け強引に目を覚まさせる。
「がはッ……! キ……キサマら、こんなことをしてただで済むと…思うなよ! お前達ッ――コイツらを殺せぇ!」
男は護衛達に命令するが、当然返事は返ってこない。
「……何か申し訳ねぇ事したな。お前のツレは皆、おねんねの時間だ。それより、本題に入るか」
「目覚めて直ぐで悪いんだけどさぁ……。密書はどこかな?」
銀隠とマギジの二人が、男に詰めより強引に密書の在処を尋ねる。
「へッ…! どこまで行こうとも、我らが主様に勝てる訳がない。お前らなど…。――種族を超越した我々に勝てる筈がない! さっさと……り――」
男が言葉を言い終わるよりも先に、銀隠は懐から取り出した拳銃。
『Cz75』をモデルにした銃器型ドライバから放たれた銃弾は男の額を吹き飛ばす。
「在処を聞いてないのに殺しちゃって良かったの?」
「どうせ、あのまま尋ねても口を割らないだろ? なら、聞いても聞かなくても一緒だろ」
懐に『Cz75』をしまい、滅茶苦茶になった渓流を振り返り申し訳なさそうにその場を後にする銀隠達。
しかし、銀隠達が居なくなった後に渓流を訪れる人影に二人は気が付いていなかった。
「ハロー……ノウマン伯爵ご機嫌いかが? そうそう、クライム伯爵が心配しておりましたよ? 『ゴミ供の罠に掛かる頃合いだ』何て言ってましたけど。――ホントに掛かる何て傑作ですよ。あはははッ」
シルクハットを手で押さえながら、ノウマンと呼ばれた男の前で笑う、鴉を模した仮面の男。
しばらく笑うと、男はノウマンの肩を右手に持っていた杖で突き刺しノウマンを地面に固定する。
肩から出血し始めるノウマンを横目に鴉の男は、一瞬でティーセットを用意し優雅にお茶を楽しんでいた。
しばらくすると、銀隠の拳銃に吹き飛ばされた頭が再生し初め、みるみる内に元通りになる。
その時、ようやく目覚めたノウマンはお茶を楽しむ男の存在に気が付く。
「何を…している! 私を…助けろ! ……それが、貴様の役割だろ!」
ノウマンは吐血しながらも叫び、鴉に命令する。
『俺の体を元に戻せ!』そう言い放つが、男は見向きもしなずノウマンの肩に突き刺さる杖に手を置く。
「とっても、残念だよ。ノウマン伯爵……」
鴉の男は杖に魔力を送り込み、次第にノウマンの体全体に魔力が流れ出ていく。
「やめろ……よせ! 止めてくれぇ! 頼む!」
しかし、男はノウマンの必死の懇願を聞き入る事はなく。
ノウマンの体に魔力を注入すると、ノウマンの体が膨張し弾ける。
「サヨナラ、ノウマン。君の事は忘れないよ……さて、このゴミは何だろうね?」
飛び散った際に服に掛かったノウマンの血をハンカチで綺麗に拭うと、ハンカチを燃やしその場を後にする。
鴉を模した仮面の下の顔は、不気味なまでに頬が吊り上がった笑みは悪魔の様だ。
鴉の男が渓流をノウマンの血で真っ赤に染めている事など知らない銀隠とマギジは自分達と敵対している者達に居場所がバレないように直ぐ様行動を開始する。
一方じい様とブェイも同様に『密書』の手掛かりを探すが、銀隠とマギジとは違く。
爵位の者ではなく、一般人と同等の運び屋が標的であった。
「やられましたな。ただの運び屋ですか……こちらの情報が漏れてる可能性が疑われますのぅ」
じい様は煙管に火を付け煙を吐きつつ、向かってくる護衛達を次々と打ちのめす。
「おい、じいさん。そういや、フローネの姿が見えねぇぞ?」
ブェイが辺りを見回すがフローネの姿は無い。
ブェイとじい様が辺りを見回し、魔力での近辺を探知するもフローネの姿が無い。
しばらく辺りを探し回ると、フローネが1つの掲示板で固まってるのにブェイが気付く。
「おい。何してんだ? じいさんが探してんぞ。……なぁ、おい!」
ブェイがフローネの肩を掴み、自分の方へと体を強引に向けさせる。
そこで、ようやくフローネが注視する物の正体に気付く。
「これは、報告案件だな」
直ぐ様フローネを担ぎ上げてじい様と合流するないなや、ブェイは仕事を終えた銀隠とマギジの元に向かう。
「じいさん! マギジ達思念で俺の言葉を飛ばしてくれ、このままだと間に合いそうに無い」
「うむ。分かった」
それを聞き届けたじい様は頭に魔力を集中させ、ブェイの言葉をマギジ達の脳内に直接送る。
「へー…… 面白い事になってんじゃん」
自然と笑みを浮かべるマギジ。
「コレは確かに、頭への報告案件だな。なら、ここは直ぐに後にした方が良いな」
銀隠は皇宮に作った西洋っぽい拠点での痕跡を全て消し、暁がいる本拠地へと向かう為にマギジの空間魔法で二人して飛ぶ。
そして、『マギジ』『銀隠』『ブェイ』『じい様』『フローネ』が合流し、暁の護衛に回っていた『ノラ』と『愚か過ぎる道化』の二人を両サイドに置いて、正面に暁が座る玉座が見える。
その玉座の更に奥には巨大な祭壇が設けられ、その祭壇を取り囲むように宙へ浮かぶ、十二個の浮島。
それぞれに建てられた松明に灯る、真紅の炎により浮島はさらに不気味なオーラを醸し出していた。
「暁。黒焔騎士団が、また色々おっぱじめるぜ」
ブェイは暁に歩み寄り、1枚の広告を暁に見せる。
「そうそう。ブェイは最近はいったばっかだから知らないと思うけど、黒さんは昔っから変わらないよね」
頬杖を突いてまま無重力の様に、宙を浮かぶマギジ。
「じい様! また黒様と遊べるの? 昔みたいに!」
嬉しそうに辺りを走り回るフローネを見て、笑みを浮かべるじい様。
「暁様。黒様の件は、我々よりも暁様の方が成功確率はお高い。他の者達は私達で宜しいですね?」
じい様は暁に確認程度に尋ねるが、暁は首を横に振る。
「今はまだその時ではない。黒ちゃんと本気でぶつかるのは、まだ先の事だ。今やるべき事は、他の子達への仕掛けだ」
暁は玉座から立ち上がり、ノラと道化を下がらせる。
「各自。確実に計画を進めれるように仕掛けを完璧に、ノラと道化も思い出したかな? 黒ちゃんの事」
ノラは無言で頷き満面の笑みで答える。
「ノラさんと同感です。あのような楽しき事を忘れるとは、やはり……許せませんね。奴らはよぉ」
道化は首の骨を軽く鳴らし、ノラと同様に頷く。
「なら、早速始めるのか? 計画の第二段階を」
計画の第二段階への進行を尋ねる銀隠は嬉しさを隠す為に、フードを被る。
それぞれの思いが1つになり、暁は計画の第二段階を決める。
「もう少しの辛抱だよ。この計画が進めば、きっと黒ちゃんや皆が助かる」
暁は祭壇へと振り返り、祭壇で祈りをし続ける人影に声を掛ける。
「待ってて、今度こそ――皆を助けるよ。未来様」
暁は片膝を突くと、その後ろで立っていた銀隠やマギジ達も続いて片膝を突く。
「もう、その呼び方止めてよ。暁、昔みたいに呼び捨てで良いのに」
そこには、栗色のロングヘアーに黒のワンピースを着た女性がいた。
最強の騎士であり、2年前に死んだ筈の未来が立っていた。
黒の最愛の女性であり、黒焔が一時的に解散する原因となった人。
「暁、それに皆。今度こそ、黒ちゃん達を助けよう」
未来は祭壇に立ち魔力を流すと、黒の姿が上空に映像として映し出される。
それを見て、未来は涙を必死に我慢し決意を決める。
「――ここから先は、手加減抜きで行こう!」




