四章十七節 幼き日の真実と皇宮最大戦力
黒の体調が万全になった頃合いで、竜玄達は皇宮を後にするための荷造りを初める。
「パパー! コレ何か、ママ喜ぶよ!」
「また同じのかよ。まぁ、茜がそれが良いって言うなら良いけど…碧はどうする?」
茜と竜玄が揃って老舗和菓子店ののれんをくぐり、お土産の和菓子を物色する。
しかし、離れた所では碧が『極豚まん』と言う豚まんの究極形態の様な豚まんにかぶりついていた。
「碧姉…。お土産見てるんだよ? 自分の分を買う時間じゃないよー」
1人豚まんを堪能する碧を見て、羨ましそうに頬を膨らまる茜に竜玄は笑みを浮かべ、茜にも『極豚まん』を1つ買う。
しばらく3人が城下町を散策しているなかで、黒は1人皇宮に残る。
話は変わるが、城内には皇族を護衛する者や使用人の住まう住居の他に、四人の選ばれた名家の血筋の者が皇族を護衛する者として、住まう住居が城を囲むように4つ存在する。
その4つの名家『橘』『鈴業』『辻川』そして――――
「話合いってのは……。そんなに殺気が出るものか?」
黒の正面に立つ四人の魔力は、1人で黒を軽々凌駕し総合的に見れば、皇宮内の最大戦力が1つの場所に集まっていた。
「話があるのは、妾達ではない。我らが主。――将軍様じゃ」
ネセフが小さな身長を誤魔化す為に履いていた一本下駄を鳴らしながら、黒の正面に立つ。
「将軍? それって……親父と同じ階級の奴だよな?」
黒の額に血管が集まり、誰がどう見ても激怒してる事が分かる。
黒の突然の表情の変化に、ラームとサマルは目の前の男が発する殺気に身の危険を感じ一歩下がる。
「ラーム、サマル。今の黒に怖じ気付くとは情けない。それでも、いち将軍に仕える従者か?」
ネセフが威圧的な態度で二人に目線を向け、黒の殺気が収まるのを静かに待つ。
「1つ答えろ。今から12年前、丁度茜が4歳。碧が5歳だった頃に起きた。将軍家同士での対立に、お前らの主は関与してるのか? ……それを答えろ」
黒は怒りを抑えたまま、ぼた餅の体内から取り出した黒幻の刀身に魔力を纏わせ、3人を睨み付ける。
「おぬしらが巻き込まれた。あの件には、主様は関与していない。むしろ――」
ネセフが言葉を詰まらせながらも、あの日の真実を告げようとする。
「ネセフ。貴女が話すべきで事ではありません。黒様が求めているのは、真実であり。紛れもない事実を求めているのですから――」
城下町から遠く離れた位置に存在する大きな道場が大半を占める屋敷『竜仙閣』
城下町や城からは大分離れてはいるが、直ぐ隣が渓流であったりと、自然が近くで堪能する事が出来る上に自然の中で鍛練が出来ると武道の頂点を志す者達が、日々集う。
そして、皇宮は聖獣連盟に加盟しているので、四季折々な自然を堪能できると場所が地球の他に存在すると加盟国内で有名になり。
地球や他星の異族が時折観光に来ると、必ずと言って良いほどの確率で皇宮から南に聳える山。
『流峰』
流れ落ちる巨大な滝は、修業僧や日々鍛練を怠らない竜人族が山中を駆け巡る。
滝を見れば絶景と言う観光客が多いが、本来は流峰は修業地。
並大抵の精神と体では、あっという間に倒れるほどの場所である。
そして、流峰全域を領土として治めている名家『杠』
その現当主が今、黒の目の前にいる。
『杠 蒔絵』
彼女の家は、千年もの長い歴史を持つ竜人族で最も武に長けた血筋である。
それまで、黒の中では竜人族最強の人物を竜玄だと認識していた。
だがそれは、総合的な意味での最強なのだとその時、黒は確信した。
何せ、目の前に立つ蒔絵は、将軍と言う割には華奢な体に少し色白であり、腰まで伸びる髪に、竜人族の強さが一切感じない程に弱々しい見た目。
しかし、黒の本能と直感が感じたのは、魔力ではなく、恐ろしいほどの純粋な竜の力であった。
全ての種族には、その身に魔力と種族本来の力が備わっている。
修練を重ねれば重ねた分だけ、魔力や力を上げることは可能だ。
しかし、その者が生を受けた時点でその者が持つ、生命力は決められており。
生命力の強さで、上限が決まる。
黒の目の前にいる蒔絵は、仮にも竜玄が竜人族最強の魔物使いだとするならば、彼女は―――竜人族最強の武道家であろう。
その内なる生命力は、殺女などと比べる事すら無意味な程に巨大であった。
「……もしもし? 聞いてますか。おーい、黒様? おーい!」
黒の目の前で呼び掛ける蒔絵に一切見向きもしない黒に、少女は仕方なく指に力を入れ。
――指を鳴らす。
次の瞬間。
唐突に黒の意識が目覚め、黒は目の前の蒔絵から目が離せなくなる。
いや、本能が目を反らす事を恐れていた。
何が起きたのか、検討も付かない黒に優しく蒔絵は微笑み頬を白く細い指が触れる。
その優しく母性溢れる仕草1つ1つに黒の心は揺れ動く。
「それでは、本題と行きましょう。なぜ、名誉ある血筋の家でも何でもない。ただの武家だある橘家が数年前の将軍家同士の対立に巻き込まれたのか………。ですが、その話をする前に黒様は、自分の家が将軍階級を得たのかご存知ですか?」
蒔絵は真実を話す前に、一般人とさして変わらなかった家が将軍階級を得たその理由。
それは、黒でさえも疑問に思う事も無かった事であった。
蒔絵が語るのは、対立の起こる前日の出来事。
対立の主な原因は、将軍階級の座を狙っていた『那須』家の非人道的な行為から始まった。
「この金額で、あんたらの娘を買わせて貰う。異論は無いよな? なんせ、ここら一帯を統治してる『那須家』の命令なんだからなー。ん?」
その対立が始まった時期よりも数ヶ月前に、元々将軍階級だった一家の跡取りが亡くなり『遺言に載っとり将軍の座を自ら辞退する』その文が皇宮全体に広がる。
一席の将軍の座が空いていると言う事が発覚し、直ぐに将軍の座を狙った対立が始まる。
その1つの被害に、一般階級であるただの武家の『橘家』がまず先に被害を被った。
那須家の求めた将軍の座を取るために必須条件に、橘家が最も適していた。
その条件と言うのが、『竜人族最強の武を誇る杠家と互角な武術を伝承する武家』『それ相応の魔力量と濃度』『未覚醒など問わず、秘めたる力を持った魔物所有者』その条件の全てをクリアした一族が橘であった。
第1条件の武術に関しては、杠家には劣るが引け取らない互角な武術を、人族である『泉』からも数個伝承されていた事も要因であった。
第2条件のそれ相応の魔力量と濃度は、古来から橘家は代々魔の一族であった事も要因である。
そして、第3条件が最もな要因として上げられており、元々は橘は魔の一族という事で、魔力コントロールに長けており。
皇族の魔導指導を担っていた際に、黒の恐るべき魔力量が皇族を通して各将軍階級に伝わり、伝染するかのように国全土に広がる。
この条件に当てはまる一族を真っ先に手駒として手に入れようとした那須家の者達は、まだ幼い子供の碧と茜を自分達の息子の側室としての渡すように命じてきた。
しかし、竜玄と橘家の先代当主は猛反発し那須家を追い出すが、諦めなかった那須家は強引なやり方に出る。
――幼かった碧を誘拐し息子との間に子供を作らせようとしたのであった。
碧はまだ10歳にも満たない幼女であったが、那須家が求めたのは碧ではなく。
碧と茜の持つ魔物であった。
強い魔物所有者する者と更に強い魔物を所有者する者との間の子供はより一層強い魔物が宿ると言う迷信を、那須家は信じていた。
そして、那須家は碧の魔物と息子達の魔物を掛け合わせたより強い魔物を作り、将軍階級へと登るための踏み台にした。
そのあまりの行いに、竜玄は那須家に乗り込み碧を救出する。
そして、那須家の当主とその陰謀に関わった老若男女すべてを例外無く、その者達を皇宮の城壁に釘で両腕を縫い付けたのであった。
当時、その光景を目にしていた『杠』『辻川』『鈴業』の三家はその残虐的なまでの行為に意を唱えようと橘の家に直談判しに向かう。
しかし、そこでは城壁と同じように橘家の門下生達が瓦礫に血だらけになって吊るされていた。
後から判明した事だが、那須家から碧を救出する前に門下生を襲い、警告としての意味を込めて門下生を吊し上げる事を那須家が計画していた。
そして、竜玄が家族で森へと向かった所を狙われてしまい、門下生の約九割が那須家の攻撃に合う。
その事に激怒する竜玄達だが、門下生の件で慌てていた際に生じた隙を再度狙われてしまい碧を誘拐されたのだった。
しかし、釘で縫い付けただけでは終わらず、仕返しとばかりに外で遊んでいた黒と茜が何者かによって痛め付けられる。
黒が身を挺して茜を守った事に茜は無事ではあったが、黒の全身は青アザや傷だらけであった。
直ぐに医者を呼び手当てを行うが、4日にもおよぶ高熱にうなされる黒の姿を見た竜玄は心の奥底で何が切れた。
そして、その日は訪れた。
大和にある祖父母の家へと3人は共に送られ、残った竜玄が1人。
那須家との問題を終わらせる為に那須家へと向かう。
那須家は、コレまで多くの領地を他の家から奪い自らの領土としてきた。
そのため、本家とその領土の範囲は凄まじく、那須家がある本領地は遠くに存在するため幾つもの領地を通らないと行けないため、竜玄が那須家に辿り着く可能性は低い。
そう判断していた那須家であったが、屋敷を取り囲んでいた衛兵達からの痛心が途絶え。
落雷と共に姿を表した男の姿に絶句し、本家で待ち構えていた手練れの竜人族は竜玄の発する威圧に、その場で子猫のように身を丸める事しか出来なかった。
「な…なんで! 何でだ! 衛兵はッ……! ここに来るまでに居た、何千万と言う兵士達はどうしたんだ!」
那須家当主は後退りながら、竜玄から離れようとするが上手く立てずにその場で何度も転ける。
その場は畳なのに、まるで産まれたばかりの子馬が必死にもがく様に見える。
「あんたの問いに、答えてやるよ。でも――実際に見た方が速いな」
そう言うと竜玄は当主の胸ぐらを掴み、屋敷の天井を突き破り当主に外の光景を見せ付ける。
そこには、山脈に流れる豊かな川や草木が生い茂る広大な森などが広がっていた。
―――跡すら無かった。
竜玄は当主の首を取るために、迂回や空を飛び、奇襲をしようなどと言うまどろっこしい手を使わずに、正面から那須家を潰す事にした。
竜玄が那須家が統治する領地へと通じる山中で待ち構えていた者。
森の中や、滝壺やその他水中などで息を潜め、竜玄の背後を取ろうとした者達。
わざとやられたフリをして、少しでも戦意が無いように見せたのにも関わらず、竜玄に襲い掛かろうとした者達。
その尽く、一人一人を確実に叩き潰して回った。
1人の男が背後から槍で竜玄を一突きしようとするが、異常なまでに高まった魔力濃度に槍の先端が圧縮され、粉々に砕ける。
その光景に、男は一瞬で青ざめ背を向けて逃げ出す。
凄まじい大火力の攻撃にも、一切怯みもしなずに突き進む竜玄は邪魔する者達を問答無用に蹴散らす。
相手の首を掴み、地面に叩きつける。
放り投げ、周囲の建造物へと叩きつける。
殴り飛ばし、踏みつけては歩き続ける。
竜玄が歩んだ道筋には、数多の那須家の分家が倒れその中には、元々那須家に自らの領地を奪われた者達もいた。
しかし、竜玄にとって今さらそんな事はどうでも良かった、ただ竜玄が求めているのはただ1つ。
『那須家に対する償い』それのみが今の竜玄を動かす原動力であった。
それを妨害する障害は、竜玄にとってはただの石ころと変わり無かった。
その猪突猛進な行動、荒れ狂う竜の如き進撃ぶりは、竜玄と那須家の衝突を止めようと空を翔けた杠家筆頭に将軍階級の三家が那須家の領地に訪れる。
彼らが目にしたのは、燃え盛る大地と那須家の屋敷があったと思われる場所は半壊寸前へと成り果てていた。
何重にも施された防壁は壊され、竜玄がどこを歩いたかが分かる一本の道筋となっていた。
後にこの光景を間近で見ていた三家から、正式に四大将軍階級に任命された『橘』家。
そして、竜人族の象徴たる『皇宮』とは別に、皇族とその護衛達や将軍階級の者達の間では、四大将軍が皇宮最強の戦力と表向きに発表しておき。
皇宮の存続が危ういほどの事態に陥った場合のみ、将軍よりも戦力として活躍できる者に1つの不名誉な称号を渡す。
「『暴虐の竜将』と言う不名誉な称号と共に、竜玄様は将軍の席に着いたのですよ。コレが真実であり、事実です。後の事はそちらでも話がありましたのでしょ?」
蒔絵ご黒に尋ねると、黒はぐったりした表情のまま静かに頷き溜め息を溢す。
「何で親父と元々衝突していた。那須が分家として橘に仕えるのか分からんかったけど。こんな経緯だったら、分家として付き従って方がまだ良いな……」
「…分家?」
蒔絵は執事が淹れた紅茶に口を付けると、黒が溢した自分達に存在しない制度について疑問を持つ。
「その、『分家』と言うのは、本来ならば『家族が分離して新たな家族を創設する行為、それによって形成された新たな家族』の事を言うのでは無いのですか?」
蒔絵は分家の意味を黒に食い付くように尋ね、その熱意に黒は驚きつつも「あながち間違っていない」と蒔絵の解釈の違いを訂正する。
「――橘家は代々、主従関係を重んじる家系だ。兄弟とか関係無く、その家を正式に受け継いだ者に付き従う者達を【分家】と言う。言い方は悪いが、那須家は竜玄の配下であり、忠実な下僕だ。那須家の大半は竜玄に従って動いてる」
蒔絵は頷きながら、黒の興味深い話に耳を傾けてくる姿は将軍とは思えない幼さを感じる。
しかし、蒔絵は橘家の特殊な伝統に疑問を抱き、その疑問を黒に投げ掛ける。
「では。――時期橘家当主は黒様と言う事ですか?」
蒔絵の疑問の返答には、黒は首を横に振り苦笑いと共にその者の名を口にする。
「残念ながら、橘を継ぐのは俺じゃなく。妹の碧の方だ」
その答えの真意を蒔絵が知る頃には、彼の時期橘家当主は、『決闘』と言う名の『見せ物』の最中であった。




