四章十四節 竜達の皇国、心に傷を持つ皇女
綾見とロークの闘いが始まった時と同時刻、地球とは別のある場所では波乱の展開が幕を開けていた。
「お嬢様。紅茶の用意が整いました」
背の高い執事が碧と茜が座るテーブルにティーセットを運んできた。
だが、二人は紅茶になかなか手を伸ばせずにいた。
ただ緊張しているのであれば、それは些細な問題だ。
どんなものでも、自分よりも立場が上の者であれば緊張はする。
それも相手が自分よりも上であればあるほど、更に緊張するであろう。
並の緊張に表せないほどの立場の者が姉妹の目の前にいた。
容姿そのものは、偉い者には見えないが、二人はその者達の正体を知るのにはそれほど時間は要らなかった。
封印以前の兄である黒と同等か、それ以上の魔力量と濃度にその場は凍り付き。
冷や汗が止まらない。
それほどの差がある化け物『4体』に会ったのは、二人にとって人生初であろう。
「…何じゃ? 妾のジイが用意した紅茶に手を付けぬのか? そなたらは、紅茶が好きなのだろう……ん?」
着物は所々がはだけてはいるが、多数の色重なったとても高そうな着物を身に付け。
牡丹色の髪色をした少女は、二人の正面にあぐらをかいて座り召し使いが持ってきたケーキをホールごとかぶり付く。
「品が無いですよ、ネセフ。客人を前に失礼ですよ」
スーツに身を包み眼鏡を掛け露草色の髪色をした男は上品に紅茶を飲む……が、次第にその剣幕は凄まじくなる。
爪は鋭く鋭利な物に犬歯は鋭さを増し。
その他の歯も大きくなり耳は伸び、黒色の瞳が髪色と同じく輝いてきた所で隣の人影が男を落ち着かせる。
「どうどう…サマル。その茶が口に合わなかっただけで、竜になるなよ。竜人族の真髄を説明しないまま話を進めるなよ?」
全身に高価な時計や指輪などの装飾品を身に付けた物凄くチャラそうな鬱金色の髪色をしたこれまた男は、ネセフの召し使いのお尻を素早く触る。
「―――キャッ!」
驚いた召し使いはネセフの背後に隠れると、ネセフは召し使いの頭を優しく撫でセクハラ男を睨む。
「……ラーム。死にたいのか? 妾の大切な給仕係りに不埒な事をするとは……万死に値する!」
ネセフは1枚の皿をラームに向けて投げると、見事綺麗にラームの右腕を切り落とす。
「ギィャアアア……なーんちゃって、痛くも痒くもないけどね~」
ラームの切り落とされた筈の右腕は砂へと変わり、本物の右腕は傷1つ無い状態だった。
無事な右腕をネセフに見せ付け、ネセフを小バカにするようにラームは笑う。
それに対してネセフは涙を堪え、額に血管が浮き出していた。
「――ッ! この妾を笑うとは……良い度胸じゃ!」
ネセフは我慢していたが、遂に耐えれずに真っ赤に染まった顔のままラームに飛び掛かりラームを殴り飛ばそうとする。
「おーおー。仮にも竜人国の皇女様が、ご乱心と聞いたら……竜玄様はどう思うかな~?」
「――ッ!」
そう言われてネセフははだけていた服を直し、ボサボサな自分の髪を召し使いに解かすように命令する。
「二人共……竜人族としての誇りと、自分達はその象徴だと言う自覚があるのかね? 碧さんも茜さんも怯えてしまっている」
サマルが優しく二人に紅茶を淹れ直してくれた。
なぜ碧達二人が昼前の時間にも関わらず、広いテラスでお茶の時間を楽しんでいるのか。
それは、ほんの1時間前に遡る――
日時などの細かな内容を決め終わり、黒は碧と茜を連れて父親である竜玄を頼ってある場所へと向かうのであった。
その場所こそ、現在碧達がいる巨大なお城。
竜人族の国―――『皇宮』
地球とは別の惑星として存在し、第一印象からすれば剣山の様な山々に囲まれ。
豊かな自然に囲まれた森の一角に聳え立つ巨大な城は幾つもの城が積み重なった見た目をしており。
木を多く使い和風な感じの城ではあるが、天守閣を中心に城全体を守る要塞の役目を担っている山脈は、その地に住まう者達であっても牙を向く。
標高が元々高いため、空気が薄く城下町には多くの農民が山中や谷底で農作物を栽培している。
見るからにとても繁栄している国であるが、たった1つだけ問題が存在した。
それは、皇族の1人に付いての問題であった。
代々皇宮に産まれた竜人族の子供には、竜人族の祖先の魔物を宿して生まれてくる子供が希にいる。
そして、その魔物を宿した子供が今の皇帝の愛娘―――皇女に宿っていた。
しかしながら、その皇女には竜人族が代々受け継いできたある力を受け継いでいなかった。
それは―――
「産まれた時点での魔物の覚醒が見られない……か。ホントに竜人族の皇族か?」
黒は父親の竜玄の推測を口にする。
「黒……頼むから言葉を選べ。皇帝陛下の御前だぞ? もしも、陛下が気を悪くしたら死刑だぞ?」
竜玄が恐る恐る目線を玉座へと向けると、皇帝陛下が眉間にシワを寄せて二人を見下ろしていた。
「あはッ! コレめっちゃヤッバイやつ……さよなら。父さん母さん。こんなバカな長男でごめん、長男として妹達を守れずに死ぬことがとても悲しいよ」
「黒……お前……」
涙を必死に堪えていた竜玄は、黒の胸ぐらを掴み大理石製の床に叩き付ける。
大理石は大きくひび割れを起こし、その中心である黒の額から血が流れる
「バカな事やってる暇あったら、陛下の眼鏡を探せぇ!」
地面に顔を埋める黒は父親の久々のマジな攻撃に意識が飛ぶ。
「いや。あのさ、眼鏡を探すのは良いよ別に、でもさ……」
黒は拳を強く握りしめ、思った事をそのまま口にする。
「眼鏡に特殊加工して、透明にする意味ありますかー!? 毎度毎度探している召し使いさん達の苦労が忍ばれますよ!」
黒が我慢の限界に達し、陛下の前だろうがお構い無しに思った事を口にする。
当然の如く黒の言う事は、他の召し使いや執事達と同じ考えである。
そして、遂に黒同様に我慢の限界に達した者が黒を黙らせる。
「――静かにしてください! 全く、本すら落ち着いて読めません」
その声の主は、1人うるさい黒の後頭部を小突き両頬を膨らませて怒っていた。
見印象としては、大分誰にでも強気な当たりをする女ではあるが、普通ならばあり得ない事に、その内に秘める力は感知する事が出来ないほどに小さく弱々しい物であった。
(この子が例の皇女様か――)
その少女は素直に謝る黒を横目に、皇帝陛下の玉座へと近付き透明な眼鏡を渡す。
「お父様……もう無くさないで下さいね? 皆さん必死になって探してくれますから」
陛下は無言で頷く。
その動きに、黒はあることに気が付きその事に付いての疑問を抱く。
それは、未だに無言を突き通す陛下が、何故立って眼鏡を探さなかった事に疑問を抱く。
「そう言えば、お前の探知魔法でパパッと見付からなかったのか? 黒」
黒の探知魔法で眼鏡を探せば、苦労をしなずに済んだのではと尋ねる竜玄に黒は自分が今置かれている状態を打ち明ける。
「――なるほど。2年前のトラウマが呼び起こされて、魔力が一切使えなくなったと……」
額に手を当て天井を見つめる。
当然、黒の力を当てにしていた竜玄は一番安全だと考えていた解決策を諦める。
「もしかして、親父って……俺の魔物の力を当てにしてたのか? 図星?」
「悪いか……?」
子供の力を当てにしなければならない事に、竜玄は虚しく思っう。
その後、皇帝自ら竜玄を呼び出すと娘の件に付いて相談を始めてしまい。
黒はただだた広い宮殿内を、道なりに進み。
―――迷子になる――
「戻る道すら分からなくなった。この年で迷子とは……茜にいじられるな」
どうにかして、元の大広間へと向かおうとするが探知魔法が使えない今は、どこに誰が居るのかすら分からない。
現状を打開するには、このまま道なりに進むか、待つかの2択が存在する。
黒自身も城内を確実に把握している訳では無いが、何も1度も皇宮に来た事が無い訳では無い。
1度だけ父親の仕事の付き添いで、皇宮には来た事がある。
しかし、ほとんど広間か父親の目の届く所にいたためほとんどの場所に行った事が無い。
少し道なりに進むと、通路全体に光と風が通り抜け、花の香りと鳥達の声が聞こえる。
そこは、城内とは思えないほどに緑で生い茂った小さな庭園が存在した。
庭園は多くの植物が植えられており、庭園の中央には巨大な木が1本だけがあった。
木を中心に小さな花壇が円形に形を作り、そのまた周りを少し大きめの木々が花を咲かせている。
「ふふッ……えぇ、そうなんですか。私もそう思いますよ、嘘何かじゃありません! バカにしないでください」
庭園の中央付近からは声が聞こえ声のする方には、数匹の鳥達と皇女がお話をしているではありませんか。
咄嗟に花壇に身を隠した黒なのだが、なぜ自分は隠れたのかを考える。
(コレって、何か盗み聞きしてる感じだよな……端から見たら)
すると、皇女はこの場に人が居ないと思い込み、悩みを鳥に打ち明ける。
「鳥さん達は自由で良いですね。私なんか、城内ですら召し使い達が付いて回って……1人にだってなれないんですよ。お父様が私の心配をするのは分かりますけど、少し過保護過ぎませんか?」
皇女の悩み、それは皇宮で産まれた皇族としての悩みは『皇族であるがために、自分と同年代の子達が味わえている自由を知らない』事であった。
「もしも、魔物の力に覚醒していれば、お父様や多くの皆さんに迷惑を掛ける事もなかった。それに――外に自由に出てみたり、森とか海とか見れていたのかもしれませんし……」
それを聞いた黒は思わず花壇から一歩踏み出し、皇女に声を掛けようとする。
すると、目の前の皇女の背後から襲い掛かろうとする者が黒のめに入る。
咄嗟にぼた餅を召喚しようとするが、魔法が発動しなず右手は空を切る。
「――くそッ…!」
半ば諦め気味な黒は竜人族の脚力で皇女を狙う暗殺者の側へと飛ぶ。
「――なッ!」
暗殺者の右腕を掴み、体全体で暗殺者を拘束すると皇女に離れるよう命令する。
しかし、魔法が使えない黒とは違い暗殺者は魔法で黒を弾き、皇女に刃を向ける。
「――ッ! 誰か……」
暗殺者の刃が皇女に突き刺さろうとする前に、黒は暗殺者の腕を蹴り上げる。
「泉流体術……壱の型【凪打ち】!」
蹴り上げた足をそのまま地面に下ろすと同時に踏み込み、踏み込みで生じた力に回転で流れを作り、流れる様な速さで暗殺者の溝内に衝撃を加える。
並の人間であれば、今の一撃で意識は飛ぶともい言われている。
そして、案の定暗殺者は意識を失いその場に倒れる。
その後、城内を見回っていた兵に暗殺者の身柄を渡しその後ろを付いて広間に戻ろうとした黒の背中を皇女が掴む。
「いつから……ここに? まさか…!?」
「鳥さん達との優雅なおしゃべりは良いのですか、皇女殿下?」
黒は笑みを浮かべ皇女に尋ねると、耳まで真っ赤に染めた皇女は黒の胸ぐらを掴みそのまま顔を近づける。
「この事は、他言無用ですよ。絶対にッ!! 喋ったら、宮の全戦力で、貴方を捕まえて奴隷にしますからね……」
奴隷制度の無い皇宮に奴隷とはバカバカしいと思ったが、この皇女ならやりかねないと思う。
しかし、ながら鳥さん達とのおしゃべりを見られた事はとっても恥ずかしい事なのは黒は知ってる。
であれば、同年代の友人の1人位作れば相談相手になってくれるのではと考えたが、先ほどの皇女が口にしていた悩み事が頭を過る。
きっと、友人を作る所か同年代の人とまともに会った事すら無いのでは無いのだろう。
皇宮に時々来る同年代の者達も、皇女の煌めく様な風貌とオーラを前に普段のノリや友人と接する様な態度で話せる者など居ないのだろう。
当然と言えば当然だ。
――『立場が違えば、思う事や考える事も違ってくる。昨日までは友人だった者でさえもが掌を返し、別人へと成り果てるだろう』――
昔、川柳がそんな事を言ってた気がしないでもない。
そんな事を考えていた黒に対して、皇女はその場に座り込み体を小刻みに震わせていた。
異族でも心と体は少女であり、訓練を受けた兵士でもましてや魔物の力に覚醒しておらず、ほとんど自衛の術を身に付けていないのだ。
そのような少女が、今日突然襲われたのだ。
「そりゃ、震えるよな。騎士や兵士がいるなら、力を持たない者だっているし」
そう言うと、黒は震えていた皇女へと手を差し出しその場からゆっくりと立たせる。
皇女様は震える足にどうにか力を入れて立ち上がる。
「貴方は……笑わないのですね。私の事を」
「――は?」
理解できない事を言われたので、反応に困っていた黒を突飛ばす。
その時の皇女は顔を赤く染め、拳を力強く握り締めていた。
その行動が意味する事に、黒は溜め息を突き皇女を無理やり自分の方へと向かせる。
「どうせ、魔物が覚醒していないから。皇族として、竜人族として自分は父親のお荷物とか思ってるだろ?」
その問いに、皇女は顔を下に向けて頷く。
やはり、皇族である前に1人の女性であり、皇女であった。
皇宮に産まれ、皇帝陛下の娘として産まれてきた自分は陛下の品位を下げていると思っていたのだろう。
現在の皇宮や多くの多種族から見れば、竜人族として産まれた竜人は魔物に覚醒しているのが当たり前だと勘違いしている。
当然自分もそう思っていた、だが、答えは違う。
竜人族の中での魔物覚醒率は、年を重ねる事に高まるだけであって、必ずしも覚醒するとは限らない。
個人差があるが、大概は物心付いた辺りから魔物に覚醒する事が多い。
しかし、それでも覚醒しないとなれば………
黒が思い当たる限りの原因を問う。
「――1つ質問するけど、皇女殿下は小さい頃。大切な人を亡くしたか?」
その質問に対する答えは、黒は一瞬で理解した。
数多くの花達が咲き乱れ、花の香りに誘われた蝶や蜂といった虫達が花に止まって蜜を集める。
その光景を眺めていた少女は蝶を捕まえようとゆっくりと蝶の背後から忍び寄る。
しかし、蝶は自分の背丈を軽く越えて空へと羽ばたいて飛んでいってしまった。
少女は蝶を無我夢中で追い掛けるが、途中で転んでしまい涙が止まらない。
少女が泣いていれば、どこからかやって来た暖かな手をした影が少女の涙を拭い。
少女の頭を優しく撫で抱き締める。
優しい母の温もり、大切な物ほど直ぐに壊れ、無くなってしまう。
それは、皇宮にとっても竜人族にとってもとても尊い命であった。
皇宮の中では、皇帝陛下が妃が安らかに眠る横で涙を流し続ける。
「ねぇ……? 母様はいつまで寝てるの? 何で父様は泣いてるの? 起きてよ母様……母親…母様!」
陛下につられて皇女が大声で泣く、その日の雨はいつも以上に強く長く続いた。
それから数ヶ月たったある日――事件と共に驚愕の事実が明らかになる。
「――姫ッ!」
使用人の1人が母親との思い出が詰まった庭園内で、皇女が1人禍々しい程の魔力に包まれていた。
「姫様…! 一体……何が」
使用人の悲鳴を聞き付けた大人達が庭園に集まり、事の重大さを理解した。
直ぐ様皇帝陛下が城内に残っていた使用人や来客者を城下町へと避難させるが、天守閣を突き破って現れた白銀の巨竜に思わず口に手を当てる人。
地面に足を付け、拝み倒す者も現れた。
「あれが……祖竜【白銀の祖巨竜】」
「……カルビ?」
黒髪の子供は父親が溢した名前に、首をかしげる。
「お前には難しいか。ハッハハ!」
父親は子供を高く持ち上げ、剣山の頂上から祖竜を見下ろす。
そして、子供を執事に任せると人知れず祖竜の前に立ちはだかる。
誰1人として祖竜と戦わずに、ただ静かに祖竜と言う魔物が大人しくなるのを待つ中で、その男は満面の笑みで祖竜の宿主へと声を掛ける。
「……皇女殿下。ここで暴れたら、母君との思い出も壊れてしまいますよ?」
男の声に反応したのか、はたまたただ自我を無くしているのかは分からない。
だが、男には一目見た時から分かっていることがあった。
『グゥギィョオオオオオオオオッ……! グワォォォォォォォォ……!』
「苦しいよな、今……楽にしてやる」
男は両袖を捲り、全身に魔力を巡らせて魔物の力を解放する。
「――来い! 【紫陽竜】」
男が魔物を呼び起こし、祖竜との紫陽竜との戦いが正に今、始まろうとしていた。
『――ねぇ、竜玄……。祖竜だよ? 『祖竜』竜人族の祖先にして、ほとんどの竜系魔物の母体だよ? 勝てる気しないんだけど。母親怖いわー』
「頑張れよ! 俺の息子が見てんだよ」
「私には、関係無いんですけど」
余裕なのか、元々そういう性格なのか竜玄とその魔物は巨大な巨竜を前にも言い争っている。
だが、その彼こそが、後に作られた聖獣連盟と世界評議会の2つの組織の中でずば抜けた力を持った者達を階級として分けた、新たな称号階級。
【帝王】
その称号を生み出した、初代帝王なのだった。




