四章十三節 激突! 本気の二人
魔神は盾で二人の猛攻に耐える。
しかし、先ほどよりも強力な殴打に盾は耐えられず、亀裂が入る。
魔神が全身に魔力を巡らせ、身に纏っている炎の熱量を更に高める。
アルフレッタの魔物である炎の魔神は、地を這う蒼焔を紙一重で躱わす事で精一杯であった。
足下には青白く輝く炎と、上空からは自分の防御を易々と貫通する攻撃が雨粒のように魔神を襲う。
現時点では、魔神が二人の猛攻を防ぐ事が出来たとしても、二人に有効的な攻撃を繰り出す可能性はほぼ皆無であった。
それほど、二人の連携の取れた攻撃に魔神は追い詰められていた。
しかし、アルフレッタは二人の変化に驚きはしたが、先ほどから何事も無いかのように平然とした態度でその場を眺めていた。
劣勢なのはアルフレッタ側であることなど目に見えている。
アルフレッタは焦る素振りすらも見せない、それほどに自分達とアルフレッタには力の差が存在すると言う事を改めて実感する綾見であった。
「――勝てそうにないな」
1人呟く綾見に対して、ロークは相づちを交わす。
一向に顔色を変えずに立ちはだかる絶対的な強者。
二人が今まで対峙してきた敵の中で、コレほど追い詰めているのに対して――平然としている者には会った事は無い。
だが、それほどの強者自ら二人に修業を付けてくれるのは願ったり叶ったりだ。
「――その程度か?」
たった一言。
しかし、その一言は二人の動きを止めさせるには十分過ぎた。
「さっきまでの威勢はどこに消えた? 折角手を抜いてやったのにも関わらず。まさか、ここが限界とは言わないよな?」
アルフレッタは軽く手を挙げ、魔神の動きを止めさせる。
汗を垂らす綾見とロークの正面に立つアルフレッタは、全身に巡らせていた魔力を人差し指に込める。
「調律魔法【綻びの墜弾】」
人差し指に込められた魔力が次第に凝縮され始め、アルフレッタが指をロークに向ける。
次の瞬間、ロークに向けて放たれた魔力が音速をも越える速度でロークを貫く。
「――ッ!」
幸いにも、獣魔法の影響により治癒能力も数百倍に高められたロークの治癒力により、貫かれた傷はみるみる内に塞がる。
だがしかし、ロークと綾見がアルフレッタが魔法を放った時に思った事。
それは―――二人にとっての切り札は。
アルフレッタにとっては取るに足らない力であった。
『魔神一体に戦わせるだけで十分』
そんな認識を最初から持っていた事に綾見は憤りを感じた。
自分達が強くなる強くならないに限らず、アルフレッタと出会った時から既に、この結果になることは目に見えていた。
アルフレッタは綾見が強くなれるのかと言う問に対して……
「『強くなれるのか?』その質問に返答する気すら起きない…」
それはつまり、最初から強くなれない前提で遊んでいた。
アルフレッタと言う男は、他人の心を弄ぶ奴なのだと。
綾見は心の底に蓋をしていた『憎しみ』『怒り』など、心に秘めていた負の感情が綾見の心を塗り潰す。
そして……負の感情は魔法にも影響していた――
「始まったか。――ローク下がれ!」
「へ?」
アルフレッタが炎の魔神を消し、隣で気を落としていたロークに下がるように命令する。
突然の事に反応が遅れたロークの直ぐ横を蒼焔を纏った綾見が通り抜け、アルフレッタと拳を交える。
拳と拳の衝突した際に生じた衝撃は凄まじく、近くの岩壁を余波で吹き飛ばす。
砂埃さえもが、蒼焔で燃える。
1発の殴打でさえも、辺りに振り撒く力は凄まじい物であった。
必死に綾見の攻撃をガードするアルフレッタの額には、冷や汗が見える。
「少し、押されてきたか。なら……」
アルフレッタは魔物の魔力を高めると、深紅に燃え盛る炎を全身に身に纏い綾見の蒼焔とアルフレッタの焔の双方がぶつかる。
強大な2つの焔は辺りを焔で包み込み、一帯を焼き焦げ臭い匂いが辺りに充満する。
「綾見……んだよ。それ」
アルフレッタの目の前に立っているのは、数分前の綾見の姿とは思えないほどに変化した姿がそこには居た。
「――何故ッ! 何故貴様は本気を出さない! 俺らの相手をするのが、そんなに嫌かァ!」
全身まで包み込み始める蒼焔は徐々に形態を変え、両腕と両足に纏わる頃にはまるで竜の鱗を模した形状に変化する。
「――やっとさらけ出したか、自分の感情を……」
薄く微笑むアルフレッタは炎の魔神を2体呼び出すと、後ろに後退して結界を貼る。
その結界に入った綾見は2体の炎の魔神の猛攻の前に沈む。
「俺らがどれほど本気で強くなろうと思ってるか……元から強い奴には、分からないだろうな! 俺らを鍛えることよりも、俺達が必死になってる姿を見て――心の中で笑ってたんだろ。違うか!」
綾見は怒りに身を任せて、蒼焔と体術が組合わさった攻撃を繰り出す。
蒼焔の凄まじい熱量とアルフレッタの反応速度を凌駕する速度の猛攻は、衰える所か――速度を増していた。
「俺は! 俺は! 俺を救ってくれた。黒焔騎士団のためにも、俺らの為に……自分の身を犠牲にした碧団長の為にも! 俺は強くならないきゃならないんだよ!」
綾見が叫び、アルフレッタの甘くなった防御を破り、脇腹に拳を叩き込むとそのまま肋骨を砕く。
「――がッ!」
炎の魔神がアルフレッタから綾見を引き剥がそうと掴むが、綾見はアルフレッタ諸とも炎の魔神を蒼焔で焼き払う。
その後に残ったのは、ボロボロになったアルフレッタが立っているだけであった。
「その覚悟を……お前は笑うのか?」
負の感情に呑み込まれた綾見は、全身の蒼焔を両手に集中させ、巨大な1体の竜の形へと変化させる。
「コレは…少しヤバイな……」
脇腹を押さえたまま立ち上がるアルフレッタは、治癒魔法で肋骨と脇腹の傷を元の状態に戻す。
「お前を倒して、俺は……家族を守る」
綾見の両手から蒼焔の竜が放たれる。
「やるしか手立ては無い! ―――誉れを我に【炎神】!」
アルフレッタが魔物の力を解放すると、先ほどの炎の魔神よりも数倍デカイ魔神が現れる。
「まだ、力を隠してやがったか。だが…コレで終わりだ」
蒼焔の竜がアルフレッタ目掛けて襲い掛かるのを炎の魔神が必死に押さえる。
しかし、魔神に魔力を流すことに集中していたアルフレッタは、炎の魔神の影から自分の目の前に現れた綾見に気付くとが遅れ、防御する前に綾見が至近距離から竜を放ち周囲の建物諸とも消し炭にする。
辺りには青色の炎だけが存在し、文字通り荒野は火の海へと様変わりしていた。
綾見は負の感情を呑み込み、ただ暴れるだけの蒼焔を纏った竜となり、雄叫びを挙げて辺りを壊しているだけであった。
「起きろ……ローク。俺にお前を背負って歩く力は……残って無いんだよ」
ロークが目を覚ますと、全身から汗を流すアルフレッタがロークを抱っこしたまま森の中を進んでいた。
「アルフレッタ……騎士団団長…ここは……」
「やっぱり、未完成の魔法を使った反動か……記憶はあるか?」
ロークをゆっくりと下ろすアルフレッタは苦悶の表情を浮かべたまま、自分の精神世界目の前に映像として映し出し、ロークに見せる。
アルフレッタの精神世界を見たロークは、目の前の光景に驚き、今一度アルフレッタに向き直る。
「現状…今の俺にはアイツを止めることは出来ない。出来たとしても、綾見を殺さなければならない」
そう言うと、アルフレッタは懐から端末を取りだし自分の騎士団団員に応援を頼んだ。
騎士団団員の数人が集まると、疲労と魔力の枯渇によってアルフレッタはその場で崩れ落ちる。
「団長…!」
アルフレッタは団員に肩を貸し出し状態で、ロークに視線だけ向ける。
「可能性として2つの選択肢がある。まず、1つ目は綾見を救う為に、俺の精神世界から追い出しこの森の中で俺が倒す。この選択肢のデメリットとは、被害が未知数と言う所かな。メリットとしては、手っ取り早いこと。2つ目が―――」
ロークはアルフレッタの提案を遮るように一歩前に出ると、アルフレッタに向けて頭を下げる。
「俺に行かせて下さい。相棒を止める役目は、相棒として……いや―――家族として俺が止めたいんです」
その瞳には強い意思と決意が見て取れる。
並の人間ならば、暴走した状態の綾見を見れば一目散に逃げ出すだろう。
しかし、ロークは黒焔騎士団に同時期に入団し、黒から同じ試練を受けた仲間であり友人。
もっとも近くで見てきたから感じる事や、隣に居たからこそ伝わる自分の情けなさ。
本来ならもっと早くに気付いて対処出来たかもしれない綾見の悩みに、相棒として1人の団員として助けることが出来たかもしれない。
自分を『相棒』と呼んでくれた人を自分は見捨てて、1人孤独に仲間達との居場所を守るために辛い道を選択させたのかもしれない。
勝手に決め付ける事ではないが、きっと黒焔騎士団が受けてきた多くの屈辱や名誉を傷付けられた時には。
人一倍笑い『何でも無いよ。俺は大丈夫です』等と口にしておきながら、一番傷付いていた綾見を「笑っていたから大丈夫だろう」と決め付けてしまった。
「俺が強くなって、黒焔を守る」
綾見1人に、一番辛い大役を知らず知らずの内に押し付けてしまったのかも知れない。
(だからコレは、俺個人のケジメだ―――)
アルフレッタは綾見の待つ精神世界にはロークを送り込むと、1人静かに瞑想する。
それを遠くから見つめる団員達は先ほどの言葉を思い出す。
「俺は今から、ロークを精神世界に送り込むと精神世界を一時的に閉じる為の瞑想に入る。ロークは俺の精神世界に入ったら、炎の魔神が守っている精神世界の結界から出来るだけ離れた所で綾見を殴れ。結界に近いと本体である俺にも影響が出るからな……」
アルフレッタの精神世では、未だに暴れる綾見の姿が遠くからでも見える。
ロークが真っ直ぐ綾見に向けて進む、その度に綾見の悲鳴の様な叫びがロークの心を締め付ける。
「綾見ッ! もう十分だろ? なぁ?」
ロークはこちらの声に気付き振り向く綾見に更に近寄る。
「1人で抱え込まなくても、誰もお前を責めたりしない。1人が無理でも、俺らが付いてる……だろ?」
ロークは更に距離を詰め、目と鼻の先に立つ綾見に手を差し出す。
だが、綾見がロークの手を取らない事など最初からロークは知っている。
もしも、この時にロークの手を取ってしまったら、綾見が今まで誰にも打ち明けなかった『本音』が出てしまう。
そうなってしまったら、綾見だけで黒焔に降り掛かるであろう、火の粉全てを1人で振り払えなくなってしまう。
本当に黒焔の為を思うならば、ロークの手を取れば良い。
しかし、手を取ってしまったら―――黒の二の舞になってしまう。
「……悪いが、お前の手は取れない。相棒の綺麗な手を――血で汚れた手で触れらない」
綾見はロークを吹き飛ばし、ロークの背後から現れた炎の魔神を蒼焔で造り出した槍で貫く。
「何が…血で汚れた手だよ。お前が血で汚れてるなら、俺もッ! 血で汚れとるわッ!」
ロークが炎の魔神を殴り飛ばし目の前で固まる蒼焔を纏った綾見を殴り飛ばし、一瞬で纏っていた蒼焔を吹き飛ばす。
「本音を言え、綾見ッ! 血で汚れてるから何だ……血で汚れてる手を俺が掴まない分けねぇだろ! 自分1人で抱え込めば、問題無いとかまだ考えてるなら、自分の騎士団を見くびるなよ? お前が勝手に黒焔を軟弱な騎士団だと決め付けるなら……」
突然殴り飛ばされて、状況を未だに理解出来ていない綾見にロークは再度拳を叩き込む。
紙一重で躱わす綾見だが、その直後に感じた今まで知らなかったロークの一面。
――大激怒したローク――
ロークの怒りが伝わったのか、綾見の全身に危険信号を飛ばし咄嗟に距離を取る。
「俺がお前を倒して……そのクソみてぇな考え叩き治してやる!」
獣魔法により、ロークの体は一回り小さくなっているが、強さと見た目を比較してはならない。
体が小さくなったと言っても、アルフレッタが出現させた炎の魔神の骨を一撃でへし折った力を秘めている。
今の綾見が一撃でも、避けれずに諸に食らえば、無事では済まない。
「――ッ! お前に、何が分かるんだァ!」
綾見は全身に纏わせていた蒼焔を両腕と両足にだけ集中させ、ロークの拳を自らの拳で正面から応戦する。
「俺が! 俺が妹を助けてくれ何て黒に頼まなきゃ……黒は鬼極の力を使わずに、封印何て去れずに済んだ! ――俺が……俺が黒の力を奪ったも同然何だよ……!」
綾見は心の底に押し殺し、抱え込んでいた悩みをさらけ出す。
「なら、尚更。俺らを頼れよ! 黒が自分の力を封印された事を綾見のせいだって言うか? 言い訳ねぇだろッ! お前1人のせいだと勝手に思い込みやがって……自意識過剰何だよ、テメェはッ!」
「んだと……俺が自意識過剰だって言うなら、黒が封印された原因を作ったのは誰だよ! 確実に俺だろ!? 誰が何と言おうと、この事実は変わらない。玲奈を助けようとした黒が、鬼極の力を解禁して玲奈を助けてくれた………原因を作った俺が、今の黒焔を守る義務があるんだよ……」
『義務があるんだよ』その言葉を聞いたロークは綾見の右手首を左手で掴み、空高く投げ飛ばす。
「――義務がある……だぁ? 舐めた事言ってんじゃねぇよ――カスがッ!」
空高く投げ飛ばされた綾見がローク目掛けて落下するなかで、ロークは全身に巡らせていた魔力を右手に込める。
流石の綾見も死を予感したのか、地上に向けて蒼焔を放ち焔の熱気で速度を殺そうとする。
しかし、何故か綾見の速度は下がらずに更に速度を増したままロークに向けて落下する。
「――なッ…!」
綾見は正面に蒼焔を集中させて焔の壁を形成するが、落下での力とロークの力が合わさった力には焔は耐えられなかった。
大量の血を口から吐き、数メートル先まで飛ばされた綾見は折れた肋骨と脱臼した左肩の痛みに表情が歪む。
「獣魔法【獅子の意向】対象の場所や空間を問わずに、対象の大まかな座標が分かれば自分の元に引き寄せる事が可能な魔法。と言っても、弱点としては俺と同等又はそれ以下の奴にだけ、この魔法は効力を持つ。つまり、お前がどこまで逃げても――俺の前に引きずり出せるんだ…よッ!」
ロークが再度【獅子の意向】を発動させて、綾見を引き寄せる。
しかし、綾見は自らロークに向けて飛び掛かり、全力の蒼焔をロークに叩き込む。
「何で……俺がお前の前から逃げなきゃならねぇんだよ。来てやったんだから。――さっさと起きろや」
「――ぺッ…言ってろ」
正面に向かい合う二人の瞳は先ほどよりも、熱く迸り、怒りではなく。
純粋に闘いを楽しむ猛者の瞳をしていた。




