四章十二節 魔神と新たな魔法の発動。許容範囲以上の力はその身を新たな可能性へと導く
綾見とロークの二人は目の前の光景に驚き、その場で固まっていた。
「おーい! お前らがバーバラの姉さんが言ってた。黒の『抑制監視者』か? なかなか面白そうな面構えしてんな」
二人の目の前に立つ男は、全身の細胞が燃えるような熱量の熱気を発しながら炎の魔神を出現させて頭上から二人を見下ろす。
『炎神』の称号を持ち、禁忌の騎士団
『燭の爐』の団長を務めている。
炎を操り相手が放った炎魔法でさえも、己の炎として自在に操る事が出来る。
また、『下級または、ある一部の炎魔法に対しては無効化または、無敵』などの噂がある人でもあった。
そんな人間が、今二人の前に現れていたのであった。
「黒から聞いてるか? アイツと同じ『禁忌の騎士』の――」
アルフレッタの言葉を遮るように、綾見はアルフレッタに向けて1枚の手紙を差し出す。
「バーバラさんは、この手紙を渡せば分かると言っていたが……ホントに俺達は強くなれるのか?」
愚問だと言わんばかりな質問に、アルフレッタはお腹を抱えて笑い転げた。
それに対して、綾見は頬を赤く染めながらもアルフレッタに食い付く。
「なッ! 何が可笑しい! 俺達は本気で―――」
「いや、別にお前達の覚悟を笑ったんじゃねぇ。『強くなれるのか?』その質問に返答する気すら起きない……何故なら…」
アルフレッタは全身から滲み出る魔力を最大限まで高めると、二人の周囲を囲むように魔力濃度が濃くなる。
二人は咄嗟に離れようと足に力を入れるが、四方を囲む極めて濃度が高い魔力によって退路は断たれる。
その直後に、紅に燃え盛る大きな炎の魔神が二人に歩み寄る幻覚が見える。
そして――二人の意識は闇へと落ちていく。
「せいぜい頑張んな。俺は、黒と違って…手加減はしない」
アルフレッタの笑みが二人の今後を予想しているのであれば、二人の意識が目覚めた時が最後の光景かもしれない。
二人が気が付くと、辺りは見渡す限りでは荒野が広がり地平線が見える。
二人を照らす日差しから逃れるために、岩影や日差しを避けるための場所を探して歩く。
すると、正面に西部劇に出てくるバーなどの建物が建ち並んでいた。
しかし、住民は1人として存在せずただ建物だけが並んでいた。
二人にとっては日差しを避ける事の出来る建物があることは、十分ありがたいが……当然アルフレッタの用意した舞台であるのは、目に見えていた。
「相棒。アルフレッタさんが言ってた事……分かったか?」
ロークが店内をくまなく探して出て来た、全く時代が異なる武器や重火器をカウンターに並べながら綾見に尋ねる。
「当然だ。黒と違って手加減はしないだろ? つまり……この世界は、この前黒に戦わせられた黒竜と鬼極のいたって言う所か?」
「そうだ。と言っても……黒には制限が掛かってたから、本来の力で魔物が動けてたかは知らないけどな」
二人の脳内へと直接聞こえてきたアルフレッタの声に綾見は驚き、綾見の向かい側に立っていたロークは驚いた綾見に驚く。
「そんなに驚く事か? それより、お前ら二人…って言っても…俺も実際にはそこまで詳しくはないけど。――お前らは、自分と同じ体重の鉄球を両手に繋げられたまま戦えるか?」
唐突なアルフレッタの質問にロークは首を傾げ、綾見は深く考え込む。
「おいおい、そんなに深く考え込むな。直感で考えてくれ――」
言われるがまま二人は直感で考え、思った事を口にする。
「「―動きにくい」」
そんな予想していた答えにアルフレッタは心の底から笑いたくなるのを我慢していた。
そして、二人がこの場所について分かってきた所で二人の前に現れる。
当然、二人は自分達の目の前のに粋なり火柱が上がるとアルフレッタが現れたので、またも驚く。
アルフレッタは自分の起こす行動1つでコレほど驚いている二人に対して、この先の修業に付いていけるのか少し心配ではあった。
アルフレッタが姿を現してから程なくして、バーバラがアルフレッタに頼んでいた修業が始まる。
その内容は、至ってシンプル。
「俺の――魔物を倒せ」
アルフレッタの放った言葉は、言葉通りの難しさに二人は悪戦苦闘する。
荒野の一角に出現した全身炎の魔神は、ロークの最大まで強化した蹴りや綾見の爆塵さえも、左腕に持つ大きな盾に弾かれてしまい、防がれてしまう。
「コイツ……強すぎだろ! それとも……前に戦った黒の魔物が、相当手加減してた事になるぞ」
盾に防がれてしまった自分の渾身の蹴りから透かさず、猛ラッシュで盾を破壊しようとする。
しかし、盾はびくともしなず、ロークのラッシュを耐え抜き疲れを見せたロークの隙を突き盾で弾き飛ばす。
砂埃を上げながら地面を転がるロークを綾見が掴み、魔神の追撃を避けるために遠くへ放り投げる。
「――綾見!」
魔神が右手に持つ両刃の剣が地面に突き刺さり、岩盤を砕き辺りに砂埃と共に火花が散っていた。
綾見を助けようと魔神に立ち向かうが、魔神の周囲には砂埃が立ち込めておりロークから見れば魔神の位置はあやふやであった。
そこに漬け込んだ魔神は背中ががら空きのロークを空高く蹴り上げ、調薬と共にロークを地面に向けて叩き落とす。
叩き落とされた力と重力によってその力は何倍にも羽上がり、叩き落とされたロークは地面を掘るように数メートル地中に埋め込まれる。
並の人間ならば、今の攻防で再起不能もしくは死ぬ可能性だってあり得た。
しかし、アルフレッタの前に立つ者達には、少なからずそのような雰囲気は一切出ていなかった。
「――お前らは、ホントに人間か? 本来なら魔物を持たない者が、ここまで生きてられるとは到底思えない。同じ人間であっても、お前らを化け物にしか見えねぇよ……」
そのようなアルフレッタの小言に二人は反応するように立ち上がり、アルフレッタに向けて言い放つ。
「――団長が化け物なんだ……俺らも人間位辞めないと釣り合わないんだよ。うちの騎士団は……」
「相棒の言うとおり、回りが認めるほどの団長だからこそ。俺らもそれなりに強くならくちゃいけない。――団長1人が強くてもその下の俺達団員が……弱くちゃ格好付かないでしょ?」
二人はボロボロになった状態で、到底勝ち目はない事など目に見えている。
それでもなお、二人は立ち上がり今一度炎の魔神と対峙する。
炎の魔神が剣を振れば大地を抉れ、剣を大地に突き刺せば大地は揺れ動き、空を切るような太刀筋は天を切り裂く。
怒号のような雄叫びは、聞く者全てを震え上がらせる。
まるで、神話に出てくる魔神その者の様な暴れぶり――いや……炎神と言われる武士の権現にも見える。
傷を負ったばかりの二人には少々手強い相手であった、到底勝てない相手にも関わらず二人は諦める所か―――笑っていた。
アルフレッタから見れば、二人のその笑みがやせ我慢では無いことは既に見破っていた。
だが、その笑みがやせ我慢でないならば……なんの笑みなのかまではアルフレッタでさえも、理解出来ていなかった。
「そろそろやっちゃうか? 綾見?」
「もうか? 勿体振った割には、ボロボロだな……ローク」
二人の笑みの正体、それは、アルフレッタに勝つための奥の手を隠していた事だったのだ。
「コレが、黒の『抑制監視者』の力…か」
二人の魔力が先ほどまでとは比べ物にならないほどに高まり、『金騎士』の騎士と大差無いほどに高まっていた。
「おいおい。驚くには、まだ速いぜ?」
炎の魔神が見せた一瞬の隙を逃さずに、ロークは魔神の背後に回りその背中に強力な殴打を叩き込む。
そのあまりの威力に魔神は数歩前に進み、その場に膝まずきゆっくりと背後にいるであろうロークを見返す。
しかし、それを許さないとばかりに、綾見が魔神の右頬を抉る様にアッパーを叩き込む。
自分の何倍もの大きさを誇る魔神の顔は吹き飛ばされ、数メートル上空に飛び上がってしまう。
その威力の桁外れ具合は、アルフレッタを驚かせる所か――アルフレッタとその魔物を本気にさせた。
先ほどまでとは全く違った戦いを見せている、炎の魔神とその宿主であるアルフレッタは魔神の様な戦いぶりが一点。
その動きは洗練された熟練の騎士と見間違えるほどの覇気、水面に立てばその無駄の無いほどに洗練された立ち姿。
水面からは1つの波紋も出ずに、魔神が立つ。
その立ち姿だけで、二人の猛攻の様な大逆転をするチャンスを奪い取る。
もしも、二人が今の状態の炎の魔神の懐に迂闊に踏み入れば、容赦なく大地を切り裂いた剣の餌食になっていただろう。
立ち姿だけで相手を圧倒させる所は、『流石は、禁忌の騎士』と言われる騎士なだけはあった。
全身を震え上がらせる威圧に、二人は身動きが取れずにその場で固まる。
「流石は、禁忌の騎士様。……ちょっとでも勝てると思ってた俺らが、バカだったな」
ロークは全身に巡らせていた魔力を解かないように、意識をしっかりと保ち続ける。
もしも、一瞬でも気を緩めたものなら押し潰すほどの威圧に耐えられないだろう。
「出し惜しみは、無しだ。殺す気で来い――!」
炎の魔神が真っ先に動く、それと同時に綾見が動き魔神の盾に向けて爆塵をありったけ放つ。
魔神は盾で塵を防ぐが、それにより自分の周囲に塵が展開され身動きが取れなくなる。
もしも、塵の中を無理矢理にでも抜けようとするならば、周囲の塵が魔神の炎によって引火してしまう。
それを防ぐべく、アルフレッタは炎の魔神の外郭を冷やし固め、黒曜石の様な色をした容姿へと変化させるのであった。
「綾見! 今の魔神は全身の炎を固めて、一時的に爆塵の引火を防いでいる。今の魔神なら動きが鈍い!」
「言いたい事は、分かってるわ!」
綾見とロークの魔力は更に高まり、普段の10倍以上の魔力を全身に巡らせる。
「「やるなら、今が絶好のチャンス。そして、やるからには――全力だ!」」
二人の体が許容範囲以上の魔力に耐えられずに、魔力が一気溢れ出る。
「おいおい。許容範囲以上の魔力を垂れ流ししたら、魔力が枯渇して戦えなくなるぞ? ――いや、何だその魔法…!」
アルフレッタの目の前にいた二人の見た目は見違えるように変化し、その内なる魔力量も濃度も以前とはかけ離れた物となっていた。
「蒼焔魔法【蒼き慈しみの焔】」
綾見の全身は揺らめく蒼色の焔が全身に現れ、綾見の頭から爪先まで全ての箇所に焔が現れていた。
竜胆色の髪色は、蒼白く輝き太陽よりも眩しい光を発していた。
地面を伝うように這う蒼焔は草木を燃やし、ありとあらゆる万物を燃やす古の炎魔法と同等の熱量を有していた。
「俺と同等の炎魔法…か……腕が鳴るね~。面白い!」
アルフレッタは炎の魔神の外郭を元の炎へと戻すと同時に、綾見が先ほど展開していた爆塵に引火をした。
周囲の全てを巻き込んだ爆発は、それが例え魔物であっても傷は付く。
しかし、それをいとも容易く同じ熱量の炎の逆噴射で吹き飛ばすアルフレッタは、綾見に向けて突き進む。
「足下も、ちゃんと見とけよ?」
声がすると思った瞬間には炎の魔神が上空に飛び上がり、目と鼻の先に現れた小さな少年の足が炎の魔神の鼻骨をへし折る。
「何だ? 全身炎の魔神さんにも、骨は付いてたのか?」
その姿にアルフレッタは驚く、目の前の小さな少年は当然の如く炎の魔神の鼻骨をへし折る。
直ぐに魔神は鼻骨を再生させるが、驚くのは魔神に骨の有無ではなく。
魔物である炎の魔神の骨をへし折った事であった。
並の人間、それもたかがちょっと頑丈な人間が1蹴りで成せる技ではない。
魔物の骨を折るなど、生まれたての赤子に鉄骨を噛み砕けと言ってるも同じ事である。
そのような事が出来る奴が、人間な訳ない。
「良いや。俺達は、れっきとした人間だ」
そこには、先ほど魔神の骨をへし折った少年が空中に漂っていた。
「獣魔法【幻獣】」
ロークの今の見た目は少年。
しかし、その両腕と両足に金色に輝く毛皮を巻き付けており、小さいながらもその身に身に纏う衣服は獣そのもの。
腰には小さな棍棒と手が付いた毛皮を身に付け、さながら『原始人』の様な容姿。
しかし、その裏腹、綾見と同等かそれ以上の魔力を有した者だった。
「何だ……ロークも綾見も大分印象変わったな。もうイメチェンか? 早くないか?」
しかし、それでもアルフレッタは冷静に二人に声を掛ける。
「やっぱり。これだけじゃ……驚かないか?」
原始人容姿のロークが腰に手を当てて尋ねる。
「十分驚いてる。まさか、ここまでとは……黒か?」
その質問に二人は沈黙と殴打で答える。
 




