四章十一節 男達は新天地と言う試練へと向かう。『甲斐』にて待つ『武士』
二人が目を覚ますと、真っ白い巨大な空間は所々にヒビが入り崩れかけていた。
「やっとだな……綾見」
「あぁ…そうだな。やっとだ……」
ボロボロになった服は、それまでの修練の過酷さを物語っていた。
そして、端から見れば以前と何も変わらない二人の魔力量と濃度に強さを感じない。
しかし、ハートに呼ばれ駆け付けてきた団員達にはハッキリと理解できていた。
つい先日、ハートの騎士団『黒き戦神』に来たばかりの二人とは何もかもが全く違っていた。
二人の内に眠る底知れない力は、その場に居合わせた団員達に恐怖を覚えさせた。
そして、壁にもたれ掛かる自分達の団長であるハート姿に驚愕を露にする。
医療箱を抱き抱えた団員が駆け寄り、ハートの治療を行う。
「俺らの騎士団長に手を出して、簡単に逃げれると思うなよ。……覚悟は出来てるよな? 黒焔の犬?」
右頬にある火傷の跡が印象的な男が、腰の鞘から長剣を取りだし構える。
全身に魔力を巡らせ、鬼のような形相から放たれた斬撃はひび割れた壁を切り崩す。
「…お前ら……よせ……」
掠れた声でハートが声を発する。
「ッ! ――団長!」
「喋らないで下さい! 傷が開きます!」
ハートの元に集まる団員達をよそに、ハートと綾見は崩れて空いた隙間から外に出ていく。
「お世話になりました。――ハート先生」
綾見は後ろへと振り返りハートに向けて頭を下げる。
「会場に行くぞ、相棒。――黒焔を敵に回した事を後悔させるぞ」
確かな足取りで二人が向かう先は、巨大な模擬戦闘を可能にする演習施設。
『第2演習海技場』であった。
綾見達がこの様に、第2演習海技場を目指す経緯になった原因をお話しする前に……二人が以下にしてハートの騎士団本部に向かった所からお話ししよう。
バーバラの店で客が暴れた件が片付いてから、2週間が過ぎた頃。
全騎士団本部宛に数枚の写真とその写真について細かく記された書類がファックスで送られてきた。
しかし、一般人が経営するお店に騎士団向けの書類がファックスで送られてきた件はとても怪しいが…『触らぬ神に祟りなし』『触らぬオカマに危険無し』黒焔騎士団団員達はここに来て数日で、バーバラとそこの従業員であるオカマ達が普通の人間ではないことなど既に知っていた。
もしも、彼らが普通であれば、団長である黒と顔馴染みな訳がない。
裏がアリアリだからこそ、禁忌と言われている黒焔と精通しており、黒と親しいのだ。
だが、綾見とロークはバーバラの机に散らばっていた書類を目にすると……バーバラの店を後にした。
もちろん、団員達は止めたもののそれ以上にバーバラが団員達を止めた。
二人が目にした書類には、新種の異形種の【ハンター】についての情報の箇所にハンターによって殺された者の名前がぎっしり書かれていた。
別に親しい友人の名前が載っている訳ではない。
たがしかし、もしもこの箇所に1人でも黒焔の団員の誰かの名前が載っていたと考えてしまう。
そして、二人のみに書かれた手紙の内容を思い出す。
『楽園で強くなって来い、それまでは帰って来るな!』
綾見にとっての黒焔は第2の家族であり、自分の罪を償える唯一の場所である。
ロークにとっては家族そのもの、星零の理事長の養子に迎えられていても、ロークにとっては黒焔は大切な家族であった。
バーバラの所では当然店のシフトが入っていない者達に地獄のようなトレーニング内容が詰められている。
バーバラのトレーニングが強くなれない訳ではない。
しかし、二人にとってもっと速く効率良く強くなるには、バーバラの所では不可能であった。
ならば、ここに来て勝てないと感じた強者。
バーバラ自身に稽古を付けて貰うほかなかった
「「俺達に、力の使い方を教えて下さい!」」
溜め息を溢すバーバラは受話器を取り誰かと通話をはじめ、綾見君二人を見詰める。
「もしもし……久しぶりね。久々に頼みたい案件があってね……そうよ、人数は二人。はいはい……分かったわ、ありがとうね」
バーバラが受話器を戻すと、二人に1枚の招待状と地図を渡す。
「ここかは先は、自分達で決めなさい。どこから行っても、結果に繋がるとは思わないことよ。私が貴方達の相手をするのは簡単でも、貴方達自身で強者を探すのも良いものでしょ?」
バーバラはそう言い残し、部屋から立ち去る。
二人はその静かに立ち去っていくバーバラの大きな背中を見詰めていると、いつの間にか自然と頭が下がっていた。
「…勝てないな。バーバラさんには」
「相棒……俺も同じ」
綾見とロークの二人は、その日の内に自分達に必要な荷物をまとめる。
翌日の早朝にバーバラのお店『楽園の都』を立ち去る。
「何かっこ良く、出て行こうとしてるのよ」
活発な女性をイメージするような服装はあまり女性らしさを感じなず、男勝りな服装にロークは思わず吹いてしまう。
「……なに笑ってんの? 殴るわよ?」
時刻は朝の4時を迎え、日は昇っておらず周囲は未だに薄暗いままであった。
「殺女さんも、二人の心配してるんですよ? こう見えて」
可愛らしいパーカーに身を包んだステラは綾見の胸に1枚の手紙を押し付ける。
「もしも、コレを見なかったら……本気で殺すからね」
久しく忘れていたが、綾見はあることを思い出す。
それは、ステラ達が黒焔に入団して間もない時にロークが『新人団員同士で一度手合わせしてみようぜ。名前しかしらない中じゃ、いざ戦いになった時に上手く合わせらんねぇ』と言った事があり、新人団員達の中で手合わせを行った際の出来事。
一応、ステラが魔物所有者であることや、黒を『先生』と読んでいる所を見るかぎり。
黒から多少の魔術指導や戦いの稽古を受けているのは、新人団員達は理解していた。
それも、いざステラと合間見えれば……その圧倒的なまでの強さに一同は驚きを隠せずにいた。
綾見とロークは新人団員きってのパワーと咄嗟の判断力に優れており『新人の中では最も化け物に近い』で知られており、並の団員では歯が立たないと黒焔の中では有名であった。
三奈と渚は家柄が隠密系の家柄であり、スピードには自身のある方であった。
殺女は四人に比べて魔力量が少ないが、内か感じる生命力と体術では右に出るものはいないと言われている。
新人団員の中で、雄一神器を有し特殊なケースの魔物を保有しているリーラは表向きには『新人団員最強』である。
『今期の新人団員達は、黒団長直々らしいから化け物揃いだろ』『団長は化け物を集めたがるからな』などと言われているほどに化け物じみた者が勢揃いしている。
彼らは黒が推薦し勧誘した者達で、その実力は先輩団員達からは一目置かれている。
その中でも、ステラは異常過ぎた。
リーラ同様に魔物を保有してはいるが、手合わせを行った時は魔物抜きでの手合わせであったのにも関わらず。
その場で、新人団員内でズバ抜けて戦闘能力の高い6人をたった1人で全滅させたのだ。
その時に、全員の背中を撫で回すような氷のように冷たい刃の冷たさ。
咄嗟に距離を取った綾見や殺女を襲う鋭い回し蹴りは、全て例外なく1発で試合を終わらせた。
その時に見せた、ステラの殺気は多分綾見達の頭に深く残り消える事はないだろう。
そして、今目の前でその殺気を放つステラが、綾見の胸に1枚の手紙を押し付ける。
殺気マシマシで……綾見は怖さのあまり頷く事しか出来ずにいた。
綾見はステラに渡された手紙を胸にステラと殺女に背を向けて歩き出した。
その背中を優しく見守る殺女とステラがの二人にゆっくりと近付く人影に、ステラは聞こえる声で夜空を見上げる。
「綾見君~……宛先の知らない誰かの手紙読んでるかな~? ……自分で渡せば思いは通じるし、仲介しても気持ちだけは通じる。一歩でも、前に進めればそれで良いんだよ」
ステラはゆっくりと物陰に振り向き、物陰に隠れる人影に笑みを浮かべると店内へと戻る。
殺女は溜め息を溢しつつも、いつまでも物陰に隠れている人影にウィンクしてステラの後ろを付いて歩く。
「余計な……お世話…だし」
物陰から顔を少し覗かせたワヒートは、両手に手紙とクッキーの入った袋を持っていた。
ワヒートは未だに勇気が持てず、物陰に隠れたままどんどん遠ざかる綾見の背中を見詰めていた。
「今行かなかった……きっと後悔する……でも」
ワヒートは頭の中で葛藤する、渡すか渡さずにこのまま店へと戻る。
もしも、渡して引かれたりしたら……自分の心の奥底を抉られたような気持ちになってしまうのが怖い。
もしも、渡して綾見がワヒートの気持ちに答えてくれたとしたら。
頭が痛くなるほど悩んだ、一緒懸命作ったクッキー、一緒懸命言葉を考えた手紙。
未だに勇気が湧かないワヒートは静かに立ち上がり、店へと戻る。
だが、その行く手を阻むようにバーバラが立っていた。
「退いてよ……バーバラ。私は今から……眠るの」
バーバラの横を横切るように進んだワヒートの肩をバーバラは掴むと思いっきり正面に向けて投げる。
「―――ッ!」
空中で身を翻したワヒートは難なく地面に着地すると、バーバラを睨む。
しかし、その目は直ぐにいつもの弱気で自身の無いワヒートの目に変わる。
「女の子が……ッ! 一緒懸命相手の事を思って作ったクッキーや相手に気持ちを届かせるために、寝る間も惜しんで書いた手紙を読まずに捨てる。バカな男はこの世のどこを探してもいねぇ! 自身を持って自分の気持ちを伝えろ! ――ワヒートッ!」
大きな声で叫ぶバーバラに見向きもしなずに、ワヒートは走る。
頬を伝う涙を拭いながら、必死に綾見に追い付こうと必死になって走る。
走って走って――必死に走る。
綾見に追い付こうと、この思いを伝えるために走る。
そして、綾見の背中が見えてきた所でワヒートは立ち止まり息を整える。
2~3度深呼吸して、息を整てから綾見に近付く。
「あっ! ――綾見!」
顔を真っ赤にしたワヒートは綾見に向けて叫ぶ。
ワヒートの声に気付いた綾見は振り返り、ワヒートの元へゆっくりと近付く。
咄嗟にワヒートは自分の方へと近付く綾見に驚き、足が縺れその場で倒れそうになる。
すると、ワヒートの腰に手を当てた綾見がワヒートを優しく抱き抱えて、笑みを浮かべる。
「怪我は無い? ワヒートさん」
「え……あッ! ――う…うん」
咄嗟の事にワヒートは綾見に伝えようとしていた言葉を忘れてしまう。
さして、必死になって書いた手紙がポケットから落ちていることに気が付く。
「あれ? あれ?! ……あれ?!?!」
涙を我慢しながらも必死になって体全体を触って確かめるも、手紙は見付からない。
いくらポケットの中を見ても、手紙は見付からない。
「どうしたの? ワヒートさん」
優しく声を掛ける綾見にワヒートは咄嗟に顔を反らしてしまう、それにショックを感じたのか綾見はゆっくりと手を上げてワヒートの前から放れる。
ワヒートは頭が真っ白になり、咄嗟に……
「あッ! ――綾見! 私はお前が好きだ! だから…お別れなんて、イヤだ!」
朝方の街に響くワヒートの声に綾見は顔を真っ赤に染める。
当然ワヒートも綾見以上に顔を赤く染めるが、このままの勢いで押しきる。
「だから、このまま会えそうにないと思ったから……思いきって告白したんだけど……どう…かな? イヤ…か?」
涙が出てきそうで怖い。
もしも、断られたりしたらどうしよう断られたら、とてもじゃないが立ち直れない。
だから、言葉にして思いを伝えれないから手紙にしたのに…手紙を無くしてしまい結局手紙ではなく、思いっきって告白した。
(何で、手紙落としちゃったんだろう……ぅぅ…泣きたい!)
そして、綾見はゆっくりとワヒートの頭に手を置き優しく撫でる。
「こんな俺で良ければ、よろしくね」
ワヒートは我慢していた大粒の涙を溢し何度も何度も顔や頬を拭っても大粒の涙は止まらない。
そして、そんなワヒートの頬を優しく触れた綾見は何も言わずに後ろを振り向く。
「でも、今の俺は大切な物や人を誰一人も救うことや守ることは出来ない。だから、こんな弱い俺が強くなるまで……待っててくれるか? ワヒート」
ワヒートは涙を流したまま何度も何度も頷く。
再度ワヒートの頭を優しく撫でると、綾見は歩み出す。
そこで、ワヒートは綾見に手作りクッキーを渡すことに思いだし綾見の目の前に突き出すが、不恰好な星形だったクッキーがグシャグシャに潰れ星形など原形を留めていなかった。
それでも、綾見はワヒートの手作りクッキーをその場で頬張り笑顔でクッキーを頬張る。
「むちゃくちゃうめぇよ。ワヒート、ありがとう凄く美味しい」
その言葉を聞くと、ワヒートは一目散にバーバラの店に向けて走り出す。
行き道では出なかった速度で走り出し、店の前でうろうろしていたバーバラの胸に飛び込むと、大号泣した。
「ワヒート。……ちゃんと、気持ち伝えれたんだね。偉いわ…ふふ」
優しくワヒートを抱き締めるバーバラはいつまでも泣き止まない、大きな子供の頭を優しく撫でる。
「あーあ……俺にも、綾見みたいな彼女欲しいなー。リア充め」
「バカにしてんのか? ロークだってそれなりに魅力あるだろ? いつか出来るだろ」
「出来た奴は皆そう言う。……簡単に出来たら、そこらじゅうにリア充祭りだろ」
そんな二人は他愛無い話で盛り上がりながら、山の向こうから射し込む太陽の光を全身に浴びながら大和へと向かって進む。
「と言うか……ここって大和から大分離れてないか?」
「………まぁ…なんとかなるだろ」
二人はまず、大和へと向かうために『禁忌の騎士』の1人『炎神』の称号を保持している、アルフレッタの騎士団本部が置かれている。
『甲斐』へと向かう。
「――兄貴。バーバラの兄貴……じゃなくて、姉貴から電話です」
「…えッ! マジかッ! 速く…ッ渡せ!」
ソファーから転げ落ちると、直ぐ様団員が持ってきた通信端末を奪い取り、耳に当てバーバラに挨拶する。
「――ご無沙汰してます、バーバラの姉さん。……へ? 案件って、修業ですか? 人数は二人ですね。姉さんの頼みなら断る所か、喜んで引き受けますよ……いえいえ。それでは……」
端末を切ると直ぐにアルフレッタは行動に移る。
各団員達に命令を出し、修練場の準備に当たらせると自分も胴着に着替える。
「さてさて……黒の団員はどれ程の物かな。楽しみだ」
久々に味わう心の底から滾る様な熱さは、ヤンチャしていた頃に自分を元の道へと戻してくれたバーバラ。
それと、自分の騎士団に喧嘩を売ってきた黒以来の感覚に酔いしれる。
「あー…待ち遠しいな。『綾見晃彦』と『ローク』…」




