四章九節 覚醒への序章
暁と道化の戦いは激しさを増し、道化が造り出した迷路は既に崩壊していた。
道化が呼び出した狼や象などの幻獣やゾンビなどといった魔物達が次々と暁に向けて襲い掛かる。
大軍勢で押し寄せる敵の数は時間が立つにつれてその数は増すばかり。
その数えることを止めてしまう程の数にも、暁は臆すること無く歩みを進める。
八方を幻獣と魔物に囲まれた暁は、刀を軽く横に振る。
音もなく崩れ落ちる数体の幻獣達の首は揃って綺麗に両断されており、暁が目にも止まらぬ速さで切り落としてもあまりの数の多さに暁でも対応しきれずにいた。
切っても切っても、そのすぐ後ろからは更にその倍の数の魔物と幻獣が暁に向かって来る。
「ハァ……――ブェイ、マギジ。ここは任せたよ」
ブェイとマギジに正面から迫り来る大群を任せると1人道化の元へと向かう。
道化が幻獣達を呼び出すが、道化の呼び出す速度よりもマギジの巧みな空間魔法とブェイの持つ圧倒的なまでの体力の前には、ただの数の多いゴミ同然であった。
「ッ! ……どう足掻いても仕方ないですね。ここでケリを付けるしかないようです!」
懐からナイフを両手が埋まるほど取りだし、頭上に向けて投げる。
「この大技を披露するのは貴方が初めてです。あの世へ行く貴方にだけ、特別に仕掛けをお教えしましょう……」
道化は頭上に投げたナイフが重力で落下すると同時に暁に向かって一歩前に踏み込む。
しかし、暁は道化に怯むこと無く―――黒と同じ抜刀術の構えを取る。
「その技――見飽きたよ…」
暁は腰を深く落とし、目にも止まらぬ速さで鞘を抜く。
「模倣式泉流抜刀術【氣華の宝刀】」
暁が勢い良く鞘から抜き放ち音速をも越える一閃は眩いまでの閃光を放ち、弧を描くように伸びる。
そして、頭上に撒かれていたナイフを1本1本確実に切り裂く。
「『見飽きた』? 何を言うかと思えば、貴方に会ったのはコレが初めてで。この技を他人に披露するのも貴方で初めてなのですよ!」
道化は暁に飛び掛かり、両手に持つナイフを暁の首に突き刺さそうとするが……。
「だから……見飽きたんだよ。こうなることぐらい最初っから知ってる……」
道化が飛び掛かると同時に、頭上に投げられたナイフを切り落としていた暁の一閃。
氣華の宝刀が暁の元に向かって迫り来る。
「何ッ! ……この斬撃は!」
始めに暁が抜刀してから未だに伸び続ける一閃は、月明かりに照らされ青黒い輝きを放ちながら道化の背中を撫でるように切り裂き雲の切れ目に向かって上昇していく。
雲は切り裂かれ、雲の上には眩く煌めく星が幻想的であった。
「これは、勝負ありかな。――道化役者君?」
暁は倒れた道化に歩み寄り、這って逃げようとした所をブェイが真上から押さえ込む。
「逃げようなんて、バカな真似はするな。暁だってお前を殺そうとはしねぇ筈だ」
道化の腕を押さえ込み強化魔法を掛けた腕力で道化をさらに押さえ込む。
どれ程道化の魔法が手品のようでも、純粋なパワーで戦う力の前では意味をなさない。
しかも、手負いで尚且つ自分以上の力を素で持ちその上で強化魔法で底上げした腕力の前では無力としか言えない。
「頭…今のところは安全です。でも、念のため急いだ方が良いっすね」
銀隠が暁に忠告するとそのまま暁を横切って、マギジが造り出した空間へと一足先に入っていった。
「銀隠もああ言ってるし、僕たちも行こうか……」
暁は今にも崩れ落ちそうな幻想世界を後にする。
その後ろを続く様に幻想世界を見渡しながら空間に入るマギジと、暴れる道化を担ぐブェイ。
マギジが開けた空間が閉じると共に幻想世界は崩れていき、闇夜のマジックショーは幕を閉じる。
道化の魔法によって、綾見とワヒートを幻想世界に引き込れてしまいバーバラやローク達は一時期騒然とするが、ほどなくして二人が帰ってきたのに歓喜の表情であった。
しかし……今は歓喜どころの騒ぎではなかった。
「直ぐに鎮静剤を、早く!」
「医療系、精神沈静化魔法のどちらも効き目ありません!」
「医者だ! 医者呼べ!」
楽園の都はお店としての機能を失っており、本来ならバーバラやワヒート達のような女性(オカマも含まれているのだろう)達を目当てに店に来店する。
だが、店の周囲には多くの野次馬と隣の店から様子を見に来た人で埋め尽くされていた。
店の奥から聞こえてくる綾見の叫び声は、化け物の雄叫びにも聞こえるが……それとは別に、何かに逆らっているように見えた。
「ぐぁ…! ガァアアアアア……がはッ! ゲホッ!ゲホ…」
次第に苦しさを増していく綾見の姿にワヒートは放心状態のまま床に座り込む。
「医者来ました! 救急車も!」
直ぐに救急車に乗せるためにタンカーが店内に入り、その場から綾見を救急車へと乗せるべく救急隊員が走る。
「――退いて!」
横に座っていたワヒートに退くよう命じるが、ワヒートは動こうとしなず隣にいたバーバラがワヒートを立たせる。
それから五時間が過ぎたが、未だに綾見の意識は目覚めない。
近くの大きな病院に移された綾見は、医者からの言葉では『外傷もなく体内も異常が見られないため、手の施しようが今は無い』そう言われたバーバラの手は、強く握りしめられていた。
「バーバラさん……綾見さんは大丈夫ですよね?」
心配そうに尋ねる洋子にバーバラは洋子の頭を軽く撫でると、母親ような手際で抱き寄せていた。
バーバラは自分の体を通じて、洋子の震える体や服を掴む手から察するに相当無理が来ている。
しかし、ここで洋子を家に帰らせればかえって危険になる。
今のバーバラはただ見守る事しか出来なかった。
「今の所は計画の内か? アレも……」
遠くから病院を見詰めている銀隠とブェイの手には双眼鏡が握られており、その後ろに控えているマギジの手には通信端末越しに聞こえてくる暁の声はどこか嬉しそうだった。
「うん、計画の内だよ。綾見君も大分苦しんでるみたいだし、もうそろそろかもしれない。二人はそのまま警戒しててね……特にバーバラとかに見付からないようにね」
「ツラグかそれは?」
「……それを言うなら、フラグだ」
フラグをツラグと良い間違えたブェイに対して冷静に訂正する銀隠達は自らの背後に迫る気配に気付いていなかった。
確実に3人の息の根を止めるため、ゆっくりと歩みを進める人影は影から行きを潜め。
3人の隙を伺いながら懐から取り出した小刀の刃が日に照らされて、眩く煌めく。
暁の部下でもある3人はそれほど弱いとは言えない分類であるが、それでも背後ぐらいは取られることもある。
幾ら強く名を残す程の強者でも、背後の1つや2つは取られている。
しかし、今3人の背後に忍び寄る影は自分よりも格上の相手をこれまで何人も葬り去ってきた、彼にとって3人同時など容易い事だった。
(俺は、主の命により貴様らを殺す者……名も知らぬ者達よ。せめてもの慈悲として、痛みの無い死を俺が与えよう)
男が最初に目を付けたのは端末を持ったマギジだった。
男とマギジの距離は目と鼻の先だったが、男は首に感じる違和感と鋭い痛みが自分を襲い咄嗟にマギジから距離を置く。
咄嗟の出来事に男は反応出来なかったが、確実に自分の首を狙っての攻撃だった。
男は遠目から見える、マギジの指先から伸びる紐状の物体に自然と目が引き付けられる。
特殊な繊維で出来ているのか、日に照らされても微かに日を反射するだけでまるで目に入らない。
その目で捉えることすら難しい糸での攻撃は、男を暗殺を諦めさせるには十分であった。
「……いなくなったのか?」
銀隠が尋ねるとゆるくなった手袋をはめ直すマギジは、一呼吸置いて頷きブェイに渡しておいた端末を奪い取ると、マギジは暁への報告を続ける。
「…んだよ。それにしても……なぁ、銀隠。マギジの持ってるあの手袋ってドライバか?」
ふと疑問に思ったことを口にするブェイに対して、銀隠も同じような疑問を口にする。
「確かに、ドライバだとしたら作ったのは確実に頭なのは間違いない。糸魔法の知識は星零の婆よりかはあるからな」
世界で糸魔法を使う者がいないのは高度な魔力操作を有することや、並の人間では操る事が出来ないからであった。
しかし、今のようにマギジが使ったドライバには高度な魔力操作を必要としないで使えるドライバなのであった。
相手に気付かれることなく無音で敵を葬る事ができ、尚且つ他者を縛り拘束した状態で操る事も可能な万能に近い魔法。
それを造り出す事が出来る暁は黒と同等……いや、黒よりも天才的な魔力制御と魔物を持っているのかもしれない。
「二人とも……暁からの命令。『直ぐに戻れ』だって……」
それを聞いたブェイと銀隠はマギジが開く空間へと足を踏み入れる。
開かれた空間の先は暁達以外は誰も知らない、未知の世界が広がっている。
「後は、ローク君だけで第1段階は終了する。皆もお疲れ様。ローク君はまだ当分先だから、それまでの間はゆっくりと休んでくれ」
3人の前に暁は立ち、ゆっくりと巨大な祭壇へと足を踏み入れ暁が出現させた真っ赤に染まる三日月は暁の立つ祭壇を紅色に染め上げる。
「『時満ち足れり。これより先は、我の支配領域』か………僕は、もう絶対に皆を殺させたりしない。最悪の結末は僕が、いや……僕達で止めよう」
「「「はい、我らが主。暁と呼ばれし者【夜明けの戦王】様」」」
「――さぁ、僕と彼らの戦いを始めよう」
不適に笑う暁は、その身に宿す強大な魔物の魔力を解き放ち真っ赤に輝く三日月が徐々に形を変えていき巨大な満月へと変化する。
満月が放つ月明かりは、どこか暖かく人間本来が持つ凶暴性を誘発させる。
暁が魔物の魔力を解放すると同時刻。
綾見は突然目を覚まし、お見舞いに来ていたステラとワヒートを驚かせる。
ワヒートは嬉しさのあまり綾見に抱き付きその弱った体を折り砕く。
「ワッ……ヒートォォォォッ! 待て待て待てェ!!」
歓喜極まりワヒートは綾見をさらに強い力で抱き締め、骨がミシミシと軋む音を上げ両腕が変な方向へと曲がり始める。
「ちょっと! ワヒートさん綾見さんが死んじゃいますよ~。誰か止めて~!」
明け方の病室からはワヒートの泣きじゃくる声とステラの大慌てぶりに、綾見は現実に戻ってきたと実感する。
3日ほどで綾見は退院する事が出来たが、綾見自身はここ数日間眠っていたためバーバラの所で鍛えることが出来ていなかった。
当然同じように修業をしに来たロークやステラや殺女達とは、大分差が出てしまっただろう。
「俺も頑張んないとな……三人を越す勢いで頑張んないと」
独り言を溢す綾見だがその隣にいたワヒートは綾見の独り言を聞いていた。
その独り言を聞いた上で、ワヒートは綾見に尋ねる。
「ねぇ……綾見は、その…何で強くなりたいの?」
唐突な問に綾見は驚くが、一呼吸置いてワヒートの問に答える。




