四章六節 楽園
「――うわぁぁぁぁぁッ!?」
ローク達団員がピンク色の空間に落とされて、右へ左へと流されるがままに、気味の悪い空間内を体感時間で数時間は漂う。
「あら……カワイイ子達が今日は多いわね~。お姉さん、ゾクゾクしちゃう」
脳に直接話し掛けてきた気味の悪い声が聞こえ、団員達の耳に残り背筋が凍る。
「ねぇ……あの子は、私に頂戴。たっぷり可愛がってあげたいの」
どこからか自分が見られていると感じたロークは、辺りを見回して確認する。
「じゃ、私はあの眼鏡を掛けた。殺気出しまくりの男の子で………イケメン…だし」
女性らしいが少し内気な感じの声が綾見の脳に直接聞こえる。
しかし、最後の方は小声で聞き取りにくかったが、身の危険が迫っていることに気が付いた綾見は警戒する。
「ハイハイ。直ぐ皆品定めしちゃって…選り取り緑だからって、お仕事の方を疎かにしないでよね? 黒ちゃんは私のお得意さんなのよ」
「「はーい」」
ピンク色の空間に巨大な穴が開かれ、団員達が穴の中へと吸い込まれる。
綾見の目の前には、天井や床に至る全ての内装がまたしても趣味の悪いピンクやら紫といった発光色で統一された部屋い置かれていたベッドの上で目を覚ます。
頭痛気味ではあるが、発光色に囲まれた部屋よりかはマシだと自分に言い聞かせ、部屋から出ていく。
すると、扉を開けた目の前には自分の身長を軽々と越えた巨漢が立っていた。
どこからかどう見ても『男』しかし、綾見の目の前にいる『漢』の服装はフリフリドレス姿であった。
「……うそ…でしょ?」
咄嗟に身の危険を察知した綾見は、男から飛び退くが丸太のような腕が綾見を捕まえ拘束する。
「――しまッ!」
綾見は塵を操り男の全身を包み込み、小規模の爆発で男を引き剥がそうとする。
だが、男は塵の爆発に一歩も引かずに綾見を掴む腕に力を入れる。
「クソ…野郎がッ!」
綾見は捕まれた腕に力を入れて振り払うが、男の力が綾見よりも圧倒的に上であった。
ミシミシと綾見の腕が軋む音を上げ、さらに男は腕へと力を入れる。
綾見は先ほどの小規模の爆発では男を振り払えないと分かれば、さらに威力も火力も倍にする必要がある。
綾見は男の顔に狙いを合わせ、ゼロ距離からの大爆発をお見舞いさせる。
壁や天井を巻き込むほどの大火力は当然、使用者の綾見も無事では済まない。
しかし、大爆発を諸に受けたのにも関わらず綾見の腕には男の腕が未だに存在していた。
「冗談…だろ」
瓦礫や煙で辺りの視界は悪いが、ただ一点を見詰める男は無表情のまま綾見を見ていた。
男の服は爆発によってボロボロではあったが、その服の下から見える。
筋肉で覆われた完全な肉体を前に、悪寒が綾見を襲う。
「ちょっと、も~……お店がボロボロじゃない。何があったのか説明してくれるかしら?」
瓦礫を押し倒すように現れる、さらなる『男』正確には『オカマ』が暴れる綾見を取り囲む。
「てめぇら…何者だ。俺をどうする気だ?」
綾見は正面の見るからにボスオーラ丸出しのオカマを睨むが、オカマは綾見を見る所か壊れた瓦礫を持ち上げ片付け始める。
「ほ~ら。みんな速くしないと、開店時間に遅れるわよ~」
「「はーい」」
オカマが手を叩くと、後ろから何人もの女性とオカマがゾロゾロと現れる。
「んも~派手に壊しちゃったわねぇ~。でも、そんなところに…し・び・れ・ちゃ・うッ!」
一人のオカマが綾見に向けてウィンクすると、回りの女性がオカマに向けてブーイングや綾見を誘惑した件についての口喧嘩が始まる。
「マジ…何これ…」
事の状況に付いていけていない綾見は、ため息をこぼし辺りを見回す。
その行動により、女性とオカマ達の体内を流れる魔力に違和感を覚える。
「あら…気付いちゃった? 私達に流れる魔力の反応に…ウフ」
この中で一番強いオーラを出している、オカマが綾見に話し掛けてきた。
服装はメイド服ではあったが、綾見は姿より内面から滲み出る自分よりも格上の魔力とさらにその奥から感じる、殺気にも似た獣のような眼差しが綾見を震え上がらせる。
咄嗟に綾見はオカマから飛び退くが、気付いた時には背後に回られ。
音速に近い速度から繰り出されたパンチは、空気を殴り甲高い音が周囲に響く。
オカマは綾見に微笑むと、先ほどの音に気が付いたのか女性とオカマが集まりだす。
「駄目! …この人は私の物……」
突然綾見を抱き締めるのはオカマの後ろから飛び出してきた、銀髪の少女であった。
「ワヒートちゃん、ごめんなさい。ちょっとその子が面白くてつい」
「バーバラは手加減を知らない。この子が死んだら…泣く…」
ワヒートと名乗る少女はこのオカマ一色の中花畑に咲く、一輪の花そのものだった。
銀髪に隠れる片目とパーカーからチラリと見える首筋に綾見は赤面する。
綾見は自分の右耳がやけに温かく柔らかい感触に気付き興味本位で右を向くと、ワヒートに抱き付かれていた事を思い出す。
右耳の感触の正体に気づく前に、ワヒートの胸に顔が埋まる。
「いやッ…! …ぅん」
ワヒートが甘い声を挙げ、自分がしたことに綾見はさらに赤面する。
それを見ていたバーバラは綾見の首を片手で掴み挙げ、壁に叩き付ける。
「うちの愛娘に…なにさらしとんじゃ! 死にたいんかボケ!」
壁を突き抜け小さなトタン小屋にぶつかり、衝撃が和らぐがあまりの衝撃にその場に倒れる。
「ほら、バーバラは加減を知らない……私は大丈夫なのに…」
顔を赤く染めるワヒートにバーバラはさらに激怒し、綾見に殴り掛かろうとする。
それを止めるために、ワヒートは再度綾見に抱き付きバーバラを睨む。
「……分かったわよ。私が悪かったわよ、直ぐにカッとなっちゃって…ごめんね」
バーバラは気絶した綾見に振り向き頭を下げ、それを見たワヒートは笑みを浮かべバーバラを許す。
ワヒートは気絶した綾見の頬を撫で、恋をした乙女の顔に変わる。
「今度は、白色の天井か……またオカマか?」
綾見はベッドから起き上がり、辺りを見回して警戒しながら扉をゆっくりと開く。
正面と周囲には人の気配は無いが、右の通路を道なりに進んだ先には先ほどのオカマの魔力を感じる。
綾見はそれほど弱い分類では無く現在の黒焔では、団長の碧の秘書を勤めるほどに碧から信頼されており、それなりの実力もある。
しかし、あのオカマは純粋な筋力だけで不意を突かれたとは言え、魔力で全身を強化した綾見を投げ飛ばし尚且つ壁に衝突した衝撃で綾見を気絶させるほどの力の持ち主だった。
そんな化け物と今の綾見が再度戦うとなると、勝ち目は無いだろう。
「他の皆はどこに行ったんだ?」
左の通路を真っ直ぐ進み、散り散りになってしまった団員達の微かな魔力を頼りに団員達を探す。
すると、目の前からオカマを連れたスーツ姿の女性が真っ直ぐ綾見の方へ向かって来るのが見えた。
「微かですが、綾見さんの魔力を感じます。至急捜索と確保」
女性は手元の端末を弄りながらもオカマ達に指示を出しているところを見ると、彼らの司令塔なのは確実。
眼鏡を掛けビシッと決めたスーツ姿に出来る女を醸し出してはいるが、研ぎ澄まされた綾見の目には女の盲点を見付ける。
「――塵魔法【隠れ身の煙】」
綾見の体全体を塵が覆い壁の色と同化すると、透かさず綾見は壁を蹴り女性の頭の上を通過する。
しかし、女性は自分の真上を通過しようした綾見を回し蹴りで蹴り落とす。
「がはッ! ……何で…分かった」
女性は眼鏡を取ると、倒れる綾見を無視して奥の通路へと進む。
綾見は数人のオカマ達に囲まれながら同じように歩き、正面の扉の中に消えていく。
「――ホントか? さすがは綾見達だな、まさか二人揃って喧嘩売って来るとはなー……良いじゃねぇか笑ったって、代々予想はしてたけどホントになるとは思って無かっただからな」
黒焔騎士団の執務室では、執務室の椅子に座り不思議そうに兄の黒を見詰める碧。
電話で話をする事に夢中になっている黒は、隣で話を盗聴する茜に一切気が付かない。
「――兄さんは誰と話してるの?」
碧は茜に尋ねると茜は首を横に振り、誰と話をしているのか分からない表情だったのを碧は察した。
「分からなかったけど、通話相手がオカマなのは分かった」
オカマと通話をする兄に何故だか、二人は兄の友人関係に不安を抱く。
綾見が連れて来られた場所はピンク色の空間ではなく、至って普通の事務所のような場所であった。
扉の横には『オーナー』と書かれた看板に綾見は、ふと先ほどのオカマ達を思い出す。
(絶対、オーナーもオカマだろ…)
綾見は開かれた扉を進み、正面で座る男と目が合う。
――正面の男と目が合う
咄嗟に綾見はオーナーがオカマでは無いことに嬉しさのあまり、涙ぐむ。
「……やっと…やっとまともな男と出会えた」
しかし、正面でふんぞり返っている男の顔に綾見は知っている。
「お…お前は……あのオカマか」
座っていたのは先ほどのオカマのバーバラだった。
綾見は心の中で涙ぐんだことを後悔したが、直ぐに先ほどまでのバーバラでは無いことが分かった。
「まず、君を投げ飛ばしたことを謝罪する。だが、私の娘に手を出した君にも非がないとは言えない。しかし、今は状況が状況なのでこれ以上は何も言わない」
オカマだった時には感じない、出来る男のような雰囲気が綾見に先ほどよりも強烈な衝撃を植え付ける。
「さて、まずは用件を伝えるべきだが、君の団長からの伝言だ」
バーバラは綾見に向けて1通の手紙を渡すと、机に置かれていた受話器が鳴り隣に立っていた先ほどの女性が受話器を取る。
「はい…はい、分かりました。オーナー依頼です」
「分かった。直ぐに行くと伝えといてくれ」
席を立つバーバラに綾見は1つ尋ねる。
「団長からの伝言は……コレだけか?」
「そうだ。ソレ以外は、何も受け取ってない」
綾見の質問に答えるとバーバラは急ぎ足で部屋の扉を開けて、通路を進む。
バーバラの渡してきた手紙に書かれた内容に、綾見はため息をこぼすが、直ぐに女性の方へと振り向き決心する。
「なぁ、あんた。名前は?」
名前を尋ねられた女性は、少しだけだが微笑み綾見にジュラルミンケースを渡す。
「私の名前は新木洋子。これからよろしくね、それと……ようこそ楽園の都」
差し出してきたケースを受け取り、洋子と握手を交わす。
綾見の足下に落ちた手紙には――
『楽園で強くなって来い、それまでは帰って来るな!』




