四章五節 無意識の向こう側
昔も今も変わらない全騎士団内での規約が1つある。
『騎士団と騎士団でのトラブルや、騎士団関係の問題は全てその問題に関係ある騎士団での話し合いでの解決を極力行え』
その規約を元に幾つもの騎士団がトラブルを話し合いで解決してきたが、必ずしも双方の話し合いでは解決しない問題もあった。
それらの件が多発し、多くの騎士団の議論すえ、その後の規約にはある一文が加えられた。
『もしも、話し合いで解決出来ぬ問題やトラブルの場合のみ、騎士団同士の了承の下でのみ公平な決闘で解決すべし』
しかし、今の騎士団では決闘所かほとんどの問題が金銭での解決を図る場合が多く、決闘を行う風習が廃んでしまった。
「この事は…我らが騎士団で問題にさせて貰うぞ! 黒焔だか、禁忌だが知らんが……今の内に新しい就職先でも見付けることだな!」
先ほどまで白目を向いていた男は、涙を浮かべたまま自分が乗って来た車に乗って、捨て台詞と共に自分の所属する騎士団支部へと帰る。
黒が咄嗟に反応してしまい手を出してしまった為に、これから黒焔は金銭的な問題と黒が手を出してしまった問題の2つが碧の背中に積まれる。
「何してるんですか……兄さんは…」
腫れた顔に氷を当てて打撲などを治療魔法で癒す碧の目付きは久しぶりに会った兄にする、目では無かった。
「私一人が傷付けば、団員が傷付く事も無かったのに……!」
しかし、黒は治療魔法を受けている碧の胸ぐらを掴み大声で怒鳴る。
「妹が痛め付けられているのを黙って見てられるほど、俺は我慢強くもねぇ。それに…――自分らの団長が痛め付けられてて、悔しくない訳無いだろ!」
黒は胸ぐらから手を離し、うつ向く碧の頭を数回優しく撫でる。
「自分の団員ぐらい信じろ…どんな困難でも信じて付いて来てくれる奴が、今の黒焔にはたくさんいるだろ?」
黒は受付カウンターの上に置いてある受話器を取ると、男が置いていった名刺に記された騎士団名を確認する。
幾つもの騎士団へと電話を掛けた末に、男が所属する騎士団の番号を割り当てる。
直ぐ様、そこの番号を押し数回のコール音と共に爽やかな女性の声が聞こえて来ると、黒は率直に要件だけを告げる。
「そっちの団員さんが、うちらの団長を可愛がって貰ったお礼をしたい。――覚悟しとけよ」
「あのー……一体何の事でしょうか? 私個人としましても全く持って見に覚えが――」
男は取立てと称して碧や他の団員にした多くの暴力や黒焔の評判を下げる行為をしていたことは、既に調査済みであった。
「そっちが白を切るなら、それでも構わない。でもな……こっちのガキ共はそれじゃ、すまないんだよ。――決闘だよ」
黒の後ろでは早々に武器の点検やその他の準備が初められており、新人団員ですら理解できない状況だが。
黒自ら集め、再び結成し直した黒焔の団員達は不思議と笑みを浮かべていた。
「黒団長…いや、黒さん。俺達は準備出来てます」
「碧団長がこれまで耐えてきたツケを今こそ、アイツらに返す番です!」
多くの団員が黒を取り囲むように各々のドライバを片手に、やる気充分と言わんばかりに自分を鼓舞する。
しかし、黒はその現状を良しとは思わず椅子で休む碧とその隣に寄り添う茜を一瞥する。
「お前らにとっての団長は誰だ。俺か、碧か?」
黒の発言に団員達は黙り混み、静かに碧の方を振り向く。
「そうだ、お前らの団長は碧であって俺ではない。それに俺が戦うとこの騎士団のためにならないだろ?」
黒は碧の方を指差し、満面の笑みで微笑む。
「今日を持って俺は、黒焔騎士団の特別教官として、お前らをビシバシ鍛えることにする。黒焔背負って戦うんだ。みっともない所を見せ付けちゃ後々困るからな」
その言葉を理解できない者もいるが、約半数は黒の言葉の意味を理解する。
――教官
つまりは、今の黒焔騎士団が束になっても決闘を勝手に申し込んだ騎士団と互角所か、まともに勝てる保証が無いと言うこと。
黒や大輝が戦えば、その辺の騎士団など相手にならない。
しかし、それでは黒達に頼ってばかりでいつまで立っても今の黒焔騎士団は成長しない。
5代目としての黒焔はこの先も4代目の力を頼ってしまう、そんなことでは今まで培ってきた黒焔としての歴史や託された想いが意味を無くしてしまう。
この決闘は4代目ではなく5代目である碧の黒焔が戦わなければならない、そのためには力を付けなくてはならない。
「現黒焔騎士団は全体的に力不足だ! そこで…あるツテを使って、ほんの数週間でお前らを鍛え上げる」
すると、黒の隣に立っていた大輝は何か心当たりがあるのか、血の気が引いていく顔色に茜と碧は首を傾げる。
「……気にするな。トラウマが蘇っただけだ」
大輝は一目散に黒から距離を置こうと走るが、黒は一瞬の隙を見逃さ無かった。
大輝が踏み込むと同時に足払いをして、黒の足払いを避けた大輝の腕を掴み目にも止まらぬ速さで拘束する。
「頼む…黒団長。俺はあそこに戻りたくない、あそこに行く位なら死んだ方がマシだ」
涙を浮かべた大輝に黒はため息をこぼし、大輝の耳元で囁くと瞬時に大輝は飛び上がる。
「猛々く在れ【王狼】!」
全身を金色に輝かせた大輝は山1つを軽々と飛び越え、山の向こう側に消えていく。
「さて、皆準備しとけよ。一応俺が細かな日取りとか決めとくから……安心して死んで来い」
「え…!?」
ステラが黒が発した物騒な言葉に反応すると、黒焔団員の足元にピンク色の空間が開く。
「せいぜい……足掻けよ」
黒が全員に手を振り、送るなかで後で地面に吸い込まれる団員を見詰める茜と碧に黒は真剣な眼差しを向ける。
「…やっぱり、私達も? 黒兄」
「この穴に入るんですか?」
ピンクの空間に吸い込まれる団員達を見た後にその後ろを付いて行けるほど、二人には度胸がない。
「いや……二人が行ったとしても意味はない。だって、戦うのはアイツらだけ|だからな。行きたいなら止めはしないぞ?」
黒は懐から取り出したぼた餅に腕を入れ、ぼた餅の体内から黒幻を取り出す。
刀身も鞘も真っ黒に統一された異様な刀剣型神器。
黒焔が一躍有名になった当初では、黒が携帯するドライバを含めた武器の中でも最も印象が強く。
『黒竜帝の持つ神器は、災の刀剣』と言われるほどに恐れられていた。
しかし、黒と親しいハートや団員だった大輝と翔でさえその意味を分からない。
当然、碧も茜も知る由もない。
だか、二人は黒が災いや他の騎士団から意味嫌われていた理由をしる人物を知っていた。
「やっぱり…黒兄はその神器を手離さないんだね。…私なら捨てちゃうよ」
茜は黒の持つ神器を見詰める。
そのどことなく寂しそうで悲しそうな表情に、黒は頭痛に襲われその場に座り込む。
「黒兄!」
「兄さん!」
妹達が自分の名前を呼ぶ。
しかし、黒は妹達の呼び声に反応出来ない。
過去の記憶が自分の頭の中で蘇っては消えてを繰り返し、激しい頭痛を引き起こすほどのフラッシュバックに黒は意識を失う。
「――ズザ…黒ちゃんは、何ザザ騎士団ガガ入ったの?」
――やめろ……俺の記憶を弄るな!
「暁もハートも黒ガガゃんのズザだよ。――もちろん…私もザザ」
――うるさい…うるさい!
「嬉しい! 黒ちゃんにそう思って貰えてて、私も大好きだよ……黒ちゃんの事が」
――行くな。行かないでくれ…
「未来を殺せ。――『黒竜帝』!」
――黙れ…黙れ黙れ。黙れ!
「黒ちゃんに会えて私は…幸せだったよ…」
―やめろ……やめてくれ…
「イヤァァ! ……黒ちゃん、助けて黒ちゃん!」
―俺の前から、未来を奪うなッ!
「ならば、強く在れ。さもなければ…大事な人も、自分の手を伸ばせば救えた命さえも、その手からすり抜ける」
――お前は、2年前の俺には未来を守る力が無かった。そう言いたいのか?
黒が目を覚ますと目の前には見慣れない天井が見える。
「ここは、病院…ッ! 叔母さんの病院か」
自分が今、黒の叔母が医院長を勤める『橘総合病院』の病室の一室だと気が付く。
「アレは…俺の記憶……なのか?」
黒は額に手を当て、呼吸を整えるために深呼吸をする。
すると、病室の扉からノックが聞こえる。
黒が反応するよりも先に、扉が開かれ病室に一人の女性が踏み込む。
「やっぱり…黒幻を通して黒竜の力を行使すると、黒ちゃんが無意識の内に閉ざしたトラウマが蘇っちゃうのね」
白衣に袖を通した神影の姿が目に入る、その後ろには同じく白衣を通した助手の姿も見える。
神影は起き上がろうとした黒の腕を掴み捻り、黒の全身を隅々まで診察する。
「ちょッ! ちょちょ……叔母さん! 神影叔母もう良いって、体は何ともないから」
「そうね…体は問題無いわ。――体はね」
黒は脱がされた服を奪い取り、着直して初めて自分の今の状態を知る。
「…んだよ……コレ」
助手の一人が持ってきた鏡に映る自分の姿に黒は、身動きを止めて体のあちらこちらを触って確かめる。
黒は普段から、他者への威嚇目的や格下の異形を一瞬で高濃度の魔力で覆い破壊するために、眠っている時以外の時間は魔力を垂れ流している。
しかし、現在の黒は魔力がゼロに等しいほどに枯渇しており、魔力探知をしたところ黒の体内からは魔物の魔力も黒本来の魔力も検出されなかった。
―つまり、今の黒は一般人が使える初歩的な魔法さえも使うことの出来ない事が判明した。
「嘘だろ……」
呆然と鏡に映る自分を見詰める。
何度も目を閉じて見つめ直しても自分は魔力戻らない、原因不明の現象に黒は現実から目を背ける。




