四章四節 今の黒焔に無い物
黒が背負う罰――
一生掛けても償えない程の罪――
黒がそれらを含めた昔の話を始めて一時間弱が過ぎた頃、徐々に暗い話になると感づきどうにかして、暗い雰囲気を打開するために碧はアレコレ考え。
不意に思い付いた、昔の黒焔騎士団団員の事を尋ねる。
「あの! えっ……と、この兄さんの後ろに立つ瑠璃色の髪をした女性は誰なんですか?」
不意の質問に黒は話を一旦切り、写真を見詰める。
「いつ見ても、懐かしいな……。四天と呼ばれ始めた頃の【雷帝】【王狼】【朧月】【閻魔】 ――そういや、千夏とミッシェルが称号を授かったのもこの頃だったな。ヘレナとアリスの二人は仲が良かったし、寧々とシャーネもいたな」
黒が昔を思い出して懐かしんでいると、突然黒が碧に提案を持ち掛けその内容が聞こえてきた大輝は天利の衝撃に、ステラに淹れてもらった紅茶を床にぶちまける。
「何考えてんだ黒は!? 元々黒の騎士団だった団員を碧お嬢様の騎士団に入れるって、正気かよ……下手したら、お前に憧れてたアリスとヘレナの忠誠心を無下にしたってことで二人共お前に牙を剥くぞ?」
大輝の慌てぶりをよそに黒はお茶をすすり、一息入れる。
そのあまりの余裕ぶりに、大輝は呆れ頭を抱える。
「あのー、ヘレナさんの実力はこの目で見ましたけど……そんなに、アリスさんって凄い人なんですか?」
タイミングが悪かったのか、この場でする質問ではなかったのか、ステラの質問に大輝と黒は冷や汗を滲ませる。
すると、大輝はため息をこぼしてステラの質問に答える。
「簡単に説明すると……とってもヤバくて今の黒だと返り討ちに合うほどに凶暴な『女だ』」
大輝は碧が先ほど取り出して机に置いてあった、元黒焔騎士団の集合写真に写る。
瑠璃色の髪色をした少女を指差す。
「コイツが、『アリス・ジ・エルーナ』元黒焔騎士団の団員で黒焔が最も得意とする全団員での戦闘などを支援した黒焔のいわゆる切り札的な存在。俺達…四天を差し置いて、黒焔騎士団で最も質の悪い神器を有していた人だったな」
大輝の話すアリスについての説明は、アリスという人物を全く知らない人間からすれば、凶暴な神器使いの女だけが最も印象に残っていた。
もしも、そんな人物を今の黒焔に入れたら、誰も彼女を止めれないだろう……きっと……
「――くしゅッ」
可愛らしいくしゃみをして、机の棲みに置いてあったテッシュで鼻をかむ女性にメイドが心配そうに部屋を覗く。
「アリスお嬢様…お風邪をひかれたのでは?」
「いえ、大丈夫よ。誰かが私の噂をしてるみたい」
「左様ですか……何かありましたら遠慮無く私達に、では」
メイドが部屋から出て通路を進む。
その後ろ姿を見詰めるアリスは再び机に戻り、机の上に広げられた書類や書物に目を通す。
机の右端には黒焔騎士団の集合写真が写真立に入れられて、大切に保管されていた。
「復活しないかなー……黒焔騎士団」
アリスは写真に写る黒の顔を指で突っつく、なぜだが、アリスの口元は緩み笑みを浮かべる。
その頃の黒焔では、何故だか黒と大輝の言い争いが始まり収集が着かなくなっていた。
「アリスを今の黒焔に入れたら大幅な戦力拡大になるだろ? 何でお前はいつまでも昔にこだわる!」
「お前こそ、昔の仲間の事を考えろ! どういう思いで自分達から去っていく団長のお前を見ていたか分かるのか!」
黒と大輝のいがみ合いは収まる所か、時間が立つに連れて大きくなっていくばかりであった。
今の黒焔には、黒と大輝の止めれるほどの逸材は存在しない。
そうなれば、必然的に二人のケンカはエスカレートするのは必須。
そして、称号保持者のケンカとなれば、辺りへの影響力は計り知れない。
「あのー……ここら辺で――」
「あ?」
「あ?」
言い争ってる二人を止めようとステラが割って入るが、二人の威圧に縮こまるステラはゆっくりと後ろに下がる。
「なんでも……ない…です」
しかし、二人が言い争っていると下の階が何やら騒がしくなってきた。
「なんだ? 大輝見てこいよ」
「いや、お前が行けよ」
大輝と黒の二人が下の階へと向かうと、先ほどまで黒達のケンカを後ろからこっそり眺めていた綾見とロークが螺旋階段からロビーを見下ろしていた。
「綾見にローク。この騒ぎは何だ?」
「あぁ……黒さん。いつもの取立てですよ」
『いつもの取立て』
黒は黒焔騎士団始まっての金銭的な問題に、黒は冷や汗を滲ませる。
「金銭的にも余裕無いのに、こんな豪華でデカイ支部作ったの? バカかよ…」
そこに横槍を入れるように、ステラが訂正する。
「まともと、黒焔には先生を初めとした方々が残した。騎士団予算が凄い量あったので、そこから少し引いたので取立てとは関係ないですよ」
「そうか…」
元々黒が率いていた黒焔騎士団は数多くの異形や困難な任務をこなし、稼いだ金銭は団員の収入源ではあった、が――。
こなした任務量と討伐した異形の数は計り知れない物であり、余分に余った報酬金は『何かに使うかもしれない』『後々必要になる』『飲み代~飲み代~』などの理由から特注の金庫に保管されていた。
つまり、黒焔は金銭的に困る要素はほとんどない筈なのだ。
「確か…結構な量だったと、思うだけどなー。どんぐらい入ってたけ? 大輝」
突然金額を聞かれた大輝も考えるが、細かな数字は覚えていなかった。
「四百億以上は入ってた……気がする」
綾見とロークとステラはその金額に驚くと同時に、支部の増築費と改良費を合わせても相当な出費だが、それ以上の資金を持つ黒焔騎士団が金銭的問題を抱える事に疑問を抱く。
「さっさと出てこんかぁ! 橘さんよぉ~」
釘バットを肩に乗せた男は受付のテーブルに座り、碧が出てくるのを待っていた。
「さっさとしてくれー。こっちも暇じゃねぇんだよ!」
男は受付の女性の髪を掴みテーブルに女性の顔を押し付ける。
「――キャア!」
辺りの女性職員は悲鳴を挙げて男から距離を取る。
しかし、男の持つバットが光を放つとその場に居合わせた職員全員の身動きが止まる。
「逃がさねぇぜぇ~……お嬢さん達~」
男は頬をつり上げ不気味な笑みを浮かべ、女性職員に手を伸ばす。
「お止めください、ここの職員は黒焔騎士団の団員です。流石に私でも許容できません」
碧が男の後頭部に銃口を押し付け、男にその場で止まるように命令する。
しかし、男は碧の方へ振り向きそのまま歩みを進め額を突き出し碧が突きつけた銃口に擦り付ける。
「なら、よーく狙えよ。弾代が勿体ねぇからなー」
男は碧の持つ拳銃を掴み自分のこめかみに動かし、一度引き金を引けば確実に殺す事の出来る状態にする。
「引き金を引けば確実に殺せる。殺してみろよー、団員を守るためによぉ!」
しかし、碧の手元は小刻みに震え銃口が男の正面で揺れる。
「コレが今の黒焔の団長様かよ。1つ前の黒焔は誰も寄せ付けない、最凶の騎士団だと聞いていたが……興醒めだな」
男はバットを手放し、碧の髪を掴み床に叩き付ける。
「お前はいつまで頭を挙げてんだぁ! 目上の人に対する態度がなって無いぞぉ! あぁ?」
床に頭を叩き付けられた碧は、叩き付けられる痛みに耐え涙を堪えながら、男に「すいません」と震える声で謝るが男は何度も床に叩き付ける。
「何だって~? え~聞こえないなぁ?」
碧は男に踏みつけられてもなお、謝り続け土下座までしだす。
「そうだよ……目上の人には、それ相応の態度ってのがある。あんたが分かってくれて俺は嬉しい……ヨォ!」
次の瞬間、男は土下座した碧の頭を踏みつけ床にめり込ませる。
並の人間ならば、魔力で身体を強化した人間の蹴りを食らえばひとたまりも無いが碧は異族であり、種族竜人。
体の作りは人間と大差が無いが、体は異族の中でも頑丈な方ではある。
しかし、異族だろうが化け物であろうが、見た目も心も16歳の少女である。
そんな少女が黒焔騎士団の支部の中で、女性が生きていくの中でほとんどすることのない土下座までしたうえへでの諸行に、綾見を始めとした全団員が唇を噛みしめ耐える。
「オラァ! どうした、先に手を出しといてこれだけで済むと思ってたのかな~?」
ロークの我慢は限界に達し、飛び出そうと一歩前に出るが横から殺女がロークの手を掴む。
「ローク…気持ちは分かるけど今は耐えて、今出たら碧団長が耐えた今までの時間が水の泡よ」
歯ぎしりするローク、壁を思いっきり拳で叩く綾見の横で目を背けながら涙するステラ。
「大輝さんは、その…現状の黒焔をどう見ますか?」
皆と同じ気持ちの筈なのに冷静になって周りを見る殺女、しかし、その拳は強く握り締めていた。
四人が耐えている様に他の団員も痛め付けられる碧を見詰め、耐えていた。
それを見詰める大輝は笑みを浮かべる。
「良い騎士団だ。俺もこんな騎士団が増える事を祈ってるよ」
「えっ……」
殺女は笑った大輝に驚き、大輝の指差す方を向く。
「別に耐えなくても良いんだよ。アイツみたくな」
大輝は今の黒焔に無い、行動力と仲間を思う気持ちが詰め込まれた男を指差す。
男は碧のタコ殴りにする事に夢中で、目の前に立つ黒の存在に気付いていなかった。
「オラ! オラ! オラ! オ――」
「おい……」
声の方へと男が向くな否や、黒は全身の力を右足に込め尚且つ強化魔法を掛けた右足で男の胴体を蹴り飛ばす。
「……がはッ――!」
ロビーの壁を突き抜け、男は正面に停めてあった自分の車まで飛ばされ車にぶつかった衝撃と黒の蹴りでの衝撃で、白目を向いたまま倒れる。
「――黒焔騎士団なめんなよ。カギが」
正面から堂々と立つ黒の姿は、2年前と同じ『黒焔騎士団』の団長だった頃の黒と同じ立ち振舞いに威圧的なまでの魔力が今の黒焔を満たす。
 




