四章三節 狼は2年前の光景を忘れない
男は黒を見つめたまま、ゆっくりと黒の前へと向かって歩み寄る。
「兄さん!」
「――手を出すな。お前らが束になっても、コイツには勝てない」
黒も負けじと男の前に立つ、両者が発する威圧と黒の限界とも言える程の魔力を軽く上回る魔力量と濃度に黒は額から汗が流れる。
「『帝王』様がこの様じゃなー。勝てるケンカも勝てないぞ?」
男は更に魔力を放ち、執務室の至る所から軋む様な音が聞こえだす。
「全く……残念ですよ。黒団長」
男は黒の正面で片膝を突き頭を下げる。
「黒焔騎士団『四天』が1人【王狼】の称号保持者の氣志真大輝。団長の命により、今一度『三天の王狼』として活躍することを誓いましょう」
大輝の頭には黒髪よりも目立つ金色の耳が立ち上がり、口には鋭い犬歯が光る。
「えっと……この人は仲間何ですか? じゃあ先程の魔力のぶつかり合いは何ですか?」
碧が黒の後ろから大輝と黒の衝突した理由を聞くため、黒の背後から顔を出す。
「おぉー、碧お嬢様も大きくなられましたね。最後に会ったのが2年前ですから2年ぶりですね。そろそろ浮いた話が出てきてもおかしくはない時期ですね」
碧を『お嬢様』と呼んだ瞬間、綾見とロークは背筋に妙な違和感を覚える。
「二人共……コイツは元からこういう奴だから、理解しといてくれ」
黒はやれやらと首の骨を鳴らし、大輝と握手を交わし懐かしい話をしだす。
その後ろでは、2年前に面識はあるが自分の記憶に当てはまらない人を思い出そうとして混乱する碧に黒と大輝は苦笑いを浮かべる。
それを遠目から眺める綾見達に大輝は気が付き、綾見達を一人一人頭の先から足の指先までじっくり品定めするように見詰める。
「茜お嬢様は持ってるのは当たり前ですが。……まさか、見た目はか弱そうなお嬢さんが魔物持ちだとは」
大輝はステラの頬を摘まみ、サラに髪や鼻までも摘まみながらブツブツと一人言を発する様はまさに不審者。
ステラの背後からは、両腕を刃に変えたアイシクルが大輝を睨み付ける。
痺れを切らした殺女がステラにベタベタする大輝に飛び掛かるが、大輝はステラから一歩下がり飛び掛かって来た殺女の襟を掴みそのまま投げ飛ばす。
無駄の全く無い綺麗な背負い投げに殺女は一瞬何が起こったか分からずにいた。
「良い動きだ。――だが、勢いと無駄が多すぎる。後ろから襲うなら、殺気と気配をもっと消せ」
大輝は倒れる殺女に手を差し伸べ、殺女が起き上がるのを手伝う。
先程の背負い投げ。
黒は武術の達人ではないが、大輝の会得した武術が並の武術家が編み出したぶつかり合いはでは無いことは一目見ただけで分かった。
「大輝……2年もの間どこで修行した?」
黒は真剣な眼差しで大輝に尋ね、大輝は黒の質問にめんどくさそうに頭をかきため息を溢す。
「なんで、ため息を突くんだよ」
「いや、めんどくさいからだよ」
大輝と黒が言い争うなかで、茜達はトントン拍子で二人が進んで行き一体全体何が何だが分からなくなっていた。
しかし、その状況でも臆せずに茜は大輝について黒に質問する。
「――黒兄! 大輝さんって何者なの」
黒は大輝と茜を交互に見て、茜質問の返答を考える。
「あー…簡単に説明すると。――碧と茜が正式に黒焔に入ったのが2年前で、それと入れ違いに俺が解散させたのが―『黒焔騎士団』って言う騎士団だ」
更に頭を捻る茜達に黒はため息を突き、どう説明すべきか頭を悩ます。
「――簡単に言えば…。4代目黒焔騎士団の正式な騎士団って認識だよ」
突然背後から黒にフォローを入れた大輝に、黒は驚くが大輝の言う事が合ってると頷く。
「てことは……今の騎士団は黒兄が活躍してた2年前の騎士団とは別なんだ」
茜の言うとおりと黒は静かに頷き、解散の理由を話そうとする。
しかし、割って入るかのように先程まで悩んでいた碧が大慌てで執務室の机から1枚の写真を取り出す。
「コレ! コレです! 記憶が無いのは、兄さんが解散させた騎士団と面識が無いからですよ!」
1枚の写真を渡された茜は後ろから写真を見ようとした、綾見達と写真を見詰める。
そこには、正装の黒スーツに身を包んだ黒の周りに集まる多くの仲間達の姿が写っていた。
「本当だ! なんだか黒が若く見える」
「たかが2年でそんな年とらねぇよ!」
ロークの発言に黒が少しムキになって答え、その写真を見詰める綾見はある男の存在に驚く。
「おい、黒! この黒焔の羽織を着てる奴って評議会直属称号保持者『軍師』の孔明だよな? こんな大物が所属してたのに、何で解散させたんだ?」
綾見は黒に尋ねる。
黒の表情が暗くなると同じように大輝も暗くなり、どうにも話しにくい空気になってしまう。
咄嗟にしまったと思う綾見だが、それ以上に解散の理由を聞き出したくもなる。
黒と大輝が暗い表情でなかなか言い出さないため、碧と茜が痺れを切らしてしまった。
「黒兄答えて……」
「兄さん答えて下さい」
二人の剣幕に圧倒された黒は渋々解散の理由を話す。
「簡単な話、俺が自分の力を恐れたからだ……」
それを聞いた6人は驚くと共に黒の話を真剣な表情で黒が語る、自身が恐れた力について。
「今の黒竜には封印が掛けられている。でも、2年前の俺には、黒竜への封印が掛けられなかった。黒竜本来の力を存分に奮ってた。それが自分の弱さと愚かさとも知らずにな……」
黒の話の最中に大輝は席を立つ。
追い掛けようとしたステラに黒は呼び止め首を振る。
「今のアイツにとってこの話は昔の自分を思い出させちまう。俺を止めれなかった自分を許さないだろうからな」
黒は話を続ける、己が撒いた2年前の因縁と生涯許されない罪の話を―――
―――時は2年前に遡る、その頃の黒は封印されていない黒竜の力を手に異形を潰し、消し去り、彼の歩く道には異形が朽ち果てた塵で埋め尽くされていた。
「起きろ【黒竜】――邪魔者を消せ」
黒がそう一言発すれば黒竜の黒色の炎が異形を燃やし、鞘から抜いた黒幻が一太刀振れば辺りの山諸とも異形を切り裂く。
力の制御を忘れ、本能のままに斬りたい物を斬り燃やしたい物を燃やす。
辺りの被害などお構い無しに降り下ろされる災害の様な魔法、人々は黒を『黒竜』とは呼ばず。
『災禍の凶刃』『黒の邪竜』と呼び黒を毛嫌いする。
なんと周りから呼ばれようと、黒は自分の力を際限なく行使する。
その力は王国1つ滅ぼし得ると判断され、国外追放や暗部からの監視の目が黒をどこまでも追いかけた。
しかし、監視や闇討ちなどは黒にとってのただの遊びでしかなかった。
いついかなる場所からの攻撃だろうと、黒竜の発する強力な魔力濃度に銃弾は反れ、刃物は折れ曲がり、魔法など発動すら出来なかった。
出来たとしたも、まともな魔法ではなかった。
「逃げろ! 逃げろー!」
「化け物かよ……」
次第に黒を襲う人数や回数が減り、遂には誰1人として黒を倒そうとするものはいなくなる。
この頃から黒の力は大きくなり、連盟と議会から正式な騎士団団長として認められる頃には、『帝王』としての力を有していた。
「団長殿……行きましょう」
ただの騎士団から禁忌と呼び名が代わり、マルグスとラックの二人が創設した『黒焔騎士団』はさらに名が知れ渡る。
しかし、黒の騎士団は他の騎士団と違い名声など金を得ようしなず、思うがままに異形を倒す戦闘系騎士団となっていた。
「黒焔の団長が変わった途端に、勢力を伸ばし始めたぞ」
「なんでも、代々黒焔騎士団は団長が変わる度に団員も入れ替わるらいしぞ……。今度の団員のメンツなんか野蛮ってレベルじゃねぇよ」
代々黒焔の団長が変わる度に団員が全て入れ替わる、これは初代黒焔団長のマルグスが決めた事だった。
「1つの時代が終わり新たな時代が幕を開ける時には、こちらも新たな気持ちで迎えないと」
これまで黒焔は注目されていなかったため、黒焔独特な風習に他の騎士団は理解できないと影で呟く。
しかし、全て入れ替えると言ってもほとんど変わらずに数が増えたり。
都合によって抜けたり、別の団に移籍するのがほとんどだった。
だが、黒が3代目から4代目を継いだ時には、初代から続いていた団員が多く。
家庭を持ち子宝に恵まれた人も多く、これから幸せな人生を送ろうとしている者を戦地に送り込む必要性は無い。
黒は黒焔騎士団の団員の新しい働き口の仲介をし、退団後のことも心配の無いようにした。
「4代目黒焔騎士団団長…橘黒殿。この先、黒焔の名が世界に知れ渡ることを影ながら応援しております」
3代目黒焔団長と固い握手を交わし、別れる。
黒は誰もいなくなった小さな、黒焔騎士団本部に礼をする。
なぜ礼をしようとしたのかは分からないが、何となく誰かが見ている気がしてならなかった。
翌朝になると、黒は1人で宛もなく黒焔騎士団の団員を自ら探す。
各地を周り、時には人を助け1人また1人とその数は増え、遂には禁忌の呼び名が相応しい巨大な騎士団が出来上がる。
多くの都市を幾つもの星を巡り歩き自分の理想と初代から続く黒焔騎士団の名を轟かせるため。
自分の背中を任せれる頼もしい仲間を集め、日本と呼ばれた諸島に渡り最後の1人を見つけその地に黒焔の本部設立する。
――それが、最も黒焔が世界に名を轟かせた絶頂期だった。
黒焔騎士団が名を轟かせた最もな要因は、その団員達にあった。
世界評議会直属称号保持者を幹部に幾つもの部隊が編成された、その中で最も名が知れ渡り黒焔を背負って立っていた四人の存在があった。
黒焔騎士団四天王が率いる4つの部隊は黒の存在感さえも薄める程の力を有していた。
そして……事件は起きた。
「…殺す…殺す! ――絶対にお前を殺して、その体を引き裂いてやる!」
黒の魔物の封印をせざるを得ない状況に陥った事件とその日を境に黒の精神は壊れ、誰1人として黒を救えるものはいなかった。
そして、黒には一生掛けても拭いきれない罪の烙印が押された。
自分の上官を殺害し尚且つ、上官を殺害した痕跡を消すために訪れていた都を自分の魔法で消し去った。
――灰塵ノ廃墟事件
多くの人間が亡くなり、その中の1人に……最愛の女性の名が含まれていた。




