四章二節 夢を抱いた青年と新たな敵の予感
彼女にとっての地球と言う場所は、とても有能な助手や設備を簡単に手に入れられる「好奇心の塊」でしかなかった。
来る日も来る日も朝から晩まで、自分の部屋にこもり実験や研究を繰り返す。
しかし、彼女はいくつもの実験成果や研究をまとめた数々の論文。
一般人の発想からは生まれないであろう研究を次々と考案しては研究の発表と、それを大用した新たな実験が行われる。
遂には一流の魔導師の理論を簡単に覆し、並の頭脳では理解できないほどに複雑な魔導式や魔法さえも編み出す。
それでも、彼女の好奇心は抑えられずいくつもの世界を渡り歩き、様々な現象や文明を発見しては分析し解明する。
彼女の好奇心は留まることを知らず、彼女の存在を知らない魔導師は居ない程の人物となる。
「汝に――【金の博士】の称号を与えん」
学者なら必ずと言っても過言ではない博士の更に上の称号さえも、彼女は気にも止めずに研究を続ける。
しかし、魔導を極め様々な現象や天候を極めた、彼女に唐突過ぎる終わりがやって来た。
「――研究対象が無い」
彼女にとっての生きる道標と言える目標が無くなり、彼女は荒れた。
数人の助手が止めても彼女の好奇心は留まる事を知らず新たな事、未知の大発見を彼女の本能は飢えた獣のように求める。
そんなある日、女は自分が所有する屋敷を飛び出し富士の樹海へと向かう。
霧が視界を奪い、いくつもの異形との戦闘や進行による地殻変動や地盤沈下によって樹海は更に険しく複雑な地形へと変化していた。
(私を満たす未知はもう無い。この先、私は何をすればいいのだ?)
何キロ何十キロも歩き、足は土で汚れ次第に足の裏からは血が流れる。
体力も限界に近付き、彼女は樹海の中で意識を失う。
――ここで私の人生を終わらせるのも、悪くはないか――
彼女はそのまま目を閉じ意識は闇の中へと消えていく、筈だった。
「――この人はこのまま……そう、それでお願い」
意識が朦朧としているが体を包み込み、心安らぐ暖かさに意識が戻り始める。
呼吸するたびに、鼻の中に広がるスープの香り。
隣からは暖かなスープだけでなく、ほのかに別の料理の香りもしてくるので加納のお腹から小さな音がする。
「……ぅん…」
彼女は頬を赤らめ横になっていたベッドから起き上がり、辺りを見回す。
「お! ……起きた起きた。さ――食べな、そのお腹の音は偽物じゃ無いだろ?」
先程のお腹の音を聞かれていた事に耳まで赤く染め、彼女はスープを口に含み、ゆっくりと飲み込む。
食道から胃に到達したスープは体を芯から暖め樹海での凍える様な寒さを忘れさせてくれる。
「温かい…このスープは何が入ってるんだ?」
彼女が開口一番に発した言葉に目の前の少年は微笑み、彼女の器にスープのおかわりを盛る。
その時ちょうど少年と目が合う。
彼女は、その綺麗な紅色の瞳をした少年に研究以外の好奇心と興味を持たせる。
「鳥と野菜の煮込みスープだよ。――お姉……さん? 僕より年上かな?」
少年はスープの入った鍋に玉ねぎやキャベツといった、野菜をナイフで刻み鍋に入れかき混ぜる。
「――えっ…と、申し遅れました。魔法の研究や実験を主に行う【聖獣連盟】で研究員をやっている、マルグス・ネルベスティです。私の命をお救――」
「良いよ。そんなにかしこまんなくても、別に礼が欲しくて君を助けたんじゃないから」
少年は部屋の窓を全開にすると、部屋に心地よい風が彼女と少年の間を通り抜ける。
「僕の名前は【ラック】笑わないで欲しいけど……僕には、夢がある」
「僕は――英雄になりたいんだ。そのための組織を作ろうと思ってるんだ」
そう言うと、ラックはマルグスに微笑みマルグスもその笑みに釣られて微笑みラックの夢を心の底から応援したいと思った。
ラックはマルグスに自分の夢を語る。
マルグスもラックの夢やラックの経験した話に興味を持ちラックの話は、今まで呼んだ数多く存在する冒険譚よりも面白く、どの研究書や論文よりも好奇心を擽る。
二人は時間を忘れて、話し合う内にラックは何かを思い出したのか部屋の奥へと消える。
マルグスは首を傾げていると、ラックは真っ黒い布をマルグスに見せ付ける。
「……ラック。コレは――竜?」
マルグスはラックの持つ黒色の布には、竜の顔が上手に刺繍され両目には青色の瞳が輝く竜があしらわれていた。
「いつか僕が、英雄になった時に僕だって分かるようにシンボルを作ったんだ」
ラックの姿はまるで、母親に自分の成果を見せ付けて母親に褒めて貰いたい子供の様に見える。
身の丈以上の布を大きく広げ、マルグスに見せる。
自分以外の人間に夢を語れば、小バカにされていた夢を誰かが認め応援してくれる。
ラックにとってもコレほど嬉しい事は無い、彼女以外で自分の夢を真剣に応援してくれるのは誰も居ないとラックは思った。
(この夢の様な時間がいつまでも、続けば良いのにな……)
ラックの願いは成就される事なく、その数十年後に―――
ラックは亡くなった。
――英雄――
万の人に聞けば万の人が鼻で笑い、夢にする事すら恥ずかしいと言われていた時代。
しかし、ある1人の男がその概念を壊す。
ありふれた農村に突如として、現れた異形の数に連盟や議会は対策が遅れ、農村は壊滅的な被害を受けた。
誰しもが対異形用の防衛装置を置いてない農村が襲われたと報告を聞けば、壊滅は必至だと思うのが当然。
しかし、目の前では壊滅した農村がある座標に到着しても、見渡す限りの豊かな農村が広がっており、出動した部隊は全員がその光景に言葉を失う。
農村から遠く離れた峡谷では、異形が塵へと変わった残骸が辺りに転がっており。
1人の男が血だらけになって、女性に抱き寄せられたまま目を閉じていた。
たった1人の男の持つ数種の魔法と、この時代には判明されていなかった魔物の力を使い。
農村を守った英雄がいたことを、忘れる事なく後世に語り継がれる。
『原種の騎士』
そう名付けられ、英雄を夢見た子供や英雄の地位を狙った、者達が溢れ変えった時代が訪れる。
何人もの精鋭達が同じ志を持った人達で集まり力を合わせ、更に強大な力を有する異形と戦うため。
騎士団の元となる組織が続々と生まれ、また消えてを繰り返し今の騎士団の形が完成する。
その中でも、頂点と呼ぶに相応しい3つの騎士団『十字騎士団』『円卓騎士』『紅聖母の薔薇』原種の騎士が残した『英雄』と言う称号を求めて、三勢力が互いに睨み合いながらも高め合う。
しかし、ラック『本物の英雄』が求めて止まなかった、英雄の本当の意味を知る唯一の人物。
その者は、ラックの妻であり。
英雄の夢を影で応援し続け、時には否定し、時には寄り添う。
彼女は英雄が誰にも教えはしなかった、本当の英雄の意味を知る。
「ママー。パパってどんな人?」
子供がリビングを走り、庭で花に水やりをするマルグスの腰に抱き付く。
「ん? んー……ナナに分かるかなー?」
マルグスはナナをからかう様に笑みを浮かべ、人差し指で娘の額を小突く。
「『英雄とは、一日一晩で出来上がる物ではない。たった1人の為に自分を盾にする自己犠牲の精神。何千何万もの軍勢に立ち向かう勇気。そして――愛する者達を守る優しさ。それらを持ち合わせた者は、自然と人々の信頼を獲得し『英雄』と成る』っていつも言ってた人だったなー」
マルグスは身を屈めナナの目線に合わせて、小突いたナナの額を優しく撫でる。
「むー……分からない!」
ナナは頬を膨らませ、その場でジャンプする。
「んー……分からないか。! ――なら」
マルグスは何か閃いたのかナナを抱き上げ、空を自由に泳ぐ鳥を指差す。
「ナナとママのパパは、あそこに見える。鳥さんよ様にどこかで傷付いた人を助けてた強くて優しくて、誰よりも世界を愛してた人だよ」
「世界?」
ナナはマルグスの言う『世界』がわからないが、自分の父親は優しい人なのだと思った。
マルグスは草原から吹く、そよ風に新たな時代の幕開けを予感し遠くを見詰める。
二人が暮らす家の屋根には、英雄を夢見た男のシンボルが掲げられている。
旗は風が通り過ぎる度にゆらゆらと靡く、まるで世界が幸せで満ちているこの状況をどこから見ているかの様に。
「団長ー! 今戻りましたー」
小さな家の周りには、続々と鎧や毛皮に覆われた多種多様な種族が集まりだす。
「団長、準備できましたよー」
多くの団員に囲まれながら、マルグスはラックの夢の実現に一歩でも近づけてるかと自分に問い掛ける。
「――ラック。そっちで見てて、ラックの夢を追いかける。子供達に誇れる騎士団を作るよ」
黒はソファーにもたれ掛かり、騎士団の創設秘話を語る。
「良い話だ」
「うん。良い話だ」
「良い話ですね」
「良い話ね」
「良い話だなぁー」
「良い話です」
綾見、ローク、ステラ、見知らぬ女性、茜、碧達がハンカチを片手に涙を拭う。
「その一糸乱れぬ動きは、劇団の人間か? 」
黒はソファーの上であぐらをかき、見知らぬ女性を指差す。
「この無茶苦茶強者オーラ出してるコイツは誰だ? 碧が入れた新団員だったらちゃんと調べとけよ」
黒は女性の正面に立ち、女性の顔を間近で眺め見詰める。
流石に危険と判断した茜と碧は、黒を女性から距離を置かせようと袖を掴む。
しかし、突然後ろに飛び退く黒に二人は驚き一歩下がる。
「ホントに、コイツ何者だよ。本能的に飛び退くほどの殺気とか……生まれて初めて体験したわー」
黒は額から流れる汗を拭い、呼吸を整える。
あまりの黒の鈍感さに呆れる綾見は1枚の写真を黒に見せる。
「コレが前の殺女で、こっちが……今の殺女だ」
綾見が指差す先には謎の女性が立っている。
そこでようやく女性が殺女だと気が付く。
しかし、黒が西欧に任務で行っていた2ヶ月弱の間に筋肉質だった体が女性らしい丸みを帯びた体つきになり、身長も女性陣の中では大きい方だがスタイル抜群な女性にしか見えない。
黒が気付かないのには見た目が激変したのもそうだ。
しかし、それ以上に殺女の内から滲み出る威圧的な魔力を帯びたオーラが原因だった。
「どこでその技術を習った……」
黒は殺女を見詰めたまま尋ねる。
すると、唐突に黒の後頭部に衝撃が走り黒は辺りを転げ回る。
「よぉ……久しぶりだな。黒」
黒以外の全員が声の方を振り向くと、真っ赤な髪色をした男が執務室の机に腰を下ろしていた。
「……一体…どこのどなたですか?」
碧は隙を伺いつつ男から距離を置く。
同じように、綾見とロークはドライバを取りだし構え、男を睨み付ける。
殺女とステラは全身に強化魔法を掛け、男の両脇に素早く移動する。
「良いねぇ……敵を逃がさない所は、評価しよう」
男はニヤニヤした表情のまま机の上で、碧達が片付け忘れていた銀弾を指で回す。
茜はゆっくりと執務室の扉に近付くが、ドアノブが回らない事に気が付き顔色を変える。
「やっと気付いた。そう、茜ちゃんの考えてる様に――ここは密室だ。さぁ楽しもうぜ。……殺し合いってもんを」
男は懐から取り出したナイフを逆手に持ち替え机から降りる。
「やってくれたな……ボケ」
頭を擦りながら立ち上がる黒に男は笑みを浮かべる。
「流石は、名高き『帝王』の一角『黒竜帝』だ。面白くねぇからな……」
一件平和で何もないかの様に感じる、橘支部。
しかし、執務室に突如として現れた見知らぬ男との戦いが、今まさに火蓋が切られようとしていた。
 




