四章一節 黒焔の魔女
橘支部へと向かう車の中は壮絶な有り様だった、恐怖のあまり震えるステラと助手席で気絶する新人団員、車のハンドルを握ったまま涙目のこちらも新人団員。
このような現状にいたった原因は新人団員の発言が原因であった。
「橘碧団長」
――その言葉を耳にした。
元団長黒は助手席に座った新人団員の頭を掴みもう一度尋ねる。
その時、瞬間的に出てしまった圧倒的な魔力に恐怖し気絶。
隣では何とか意識を保っているが、内心大声で泣きわめきたいと思っているだろう。
そうこうしている間に支部へと着き、運転席で頑張った団員はその場で気絶し倒れる。
迎えに来た他の団員達が事の不思議さに困惑している間に、黒は支部への入口へと向かう。
黒が団長をしていた頃に比べ、支部全体とその周辺も綺麗に舗装されており、橘総合病院と橘総合研究所が綺麗に建て直され、立派な施設へと様変わりしていた。
山を活用した新たな病院の形に黒は内心驚く。
しかし、それ以上に、2つの施設の山中に建てられた橘支部が寄りいっそ大きくなっており、秘密基地ぽっい見た目が完全に無くなり。
山肌に建てられた施設と山肌から剥き出しの本部の姿に黒は「コレはコレで良いな……」と思っていると、入口を入って右のカウンターの女性に話し掛けられた。
「今日はどのような案件でしょうか? 討伐、護衛などのご依頼でしたら。我々黒焔騎士団は、お客様のご要望に出来る限りお応えしたいと思っています」
黒はあまりの話の速さと、用件の確認でどんどん話が関係の無い方へと進む。
「では、討伐の依頼ですか?」
そして、黒の我慢は限界に到達しカウンターを叩き壊す。
「キャア!」
「ウワァ!」
「なになに何なの?」
その場に居合わせた他の騎士団利用者やカウンターで接待する人、騎士など色々な人が黒の周りに集まる。
「俺が行動を起こしてからの、騎士団の対応が遅すぎる。コレが本物の異形種だった皆死んでんぞ?」
「何だてめぇ、ガキが遊び半分で来て良い場所じゃねーぞ。さっさとお外で遊んでな」
大男は黒の頭を数回撫でて飴を渡し、外へと出るように促す。
「この件はコレで終わりだ。俺から碧団長に報告しとくから、自分の仕事に取り掛かってくれ…」
ステラが入口に入り男に走り出すが間に合わないと思い男に向けて忠告する。
「ベネロテさん! その人から離れてくださーい!」
「――は? 」
ベネロテと言われた男はステラの忠告が微かに聞こえた次の瞬間には、入口の外で目を覚ます。
「俺をガキ扱いしてんじゃねーよ……」
黒の捻りを加えた後ろ回し蹴りを食らった、ベネロテは外で止まっていた騎士団所用の車両まで飛ばされる。
突然の事に騎士達は動きが固まるが、黒の手を叩く音で我に帰る。
「俺も暇じゃねーんだよ。さっさとお前らの団長に会わせろ」
黒は集まってきた騎士に向けて押し潰すような魔力で威圧する、咄嗟に何名かの騎士は黒から距離を置くが約半数の騎士は黒と自分の力の差に気が付かずに近付く。
当然のごとく、爆発的に高めた魔力に耐えれずにその場で気絶する。
黒とそれなりに出来る騎士と睨みを効かせていると、入口の奥から3名の見知った顔の騎士が向かって来る。
黒は魔力を解き、その者達の威圧的な魔力に全身の毛が逆立つのを感じた。
「おーおー。知らぬまに大分強くなったな、お前ら」
一歩一歩の足に威圧を感じ、黒と向かい合っていた騎士達は直ぐに奥へと退散する。
良い判断だ――
自分の力を過信し睨み合ったままだったら、後ろに控えていた3人の魔力に怖じ気付いて一歩も動けなかっただろう。
「お久しぶりです、黒さん。貴方がいなくなったこの間に支部も大分変わったでしょう? 我らが碧団長の顔の広さは侮れませんよ…」
黒の正面に立つ綾見とその両隣に立つ細身の女性とローク。
綾見は眼鏡を掛け、碧の秘書と呼ぶに相応しい立場なのは一目瞭然だった。
その隣のロークは黒スーツをピシッと決めてる見た目は、騎士団に入った頃のヤンチャな雰囲気は無くなっていた。
しかし、黒はその二人よりも興味を抱いたのは女性の方であった。
魔力は高いとは言えないが、中から感じる生命力と歴戦の猛者を感じさせる独特な威圧。
3人の中で特に異質な威圧と魔力に警戒していると、黒は背後から迫る女性に全く気付かないでいた。
「………」
異質な威圧に耐えれず一歩下がる。
「……下がらないでくれますか? 兄さん」
唐突の妹からの言葉に黒は驚き、前方によろける。
「またまた、知らぬまに偉くなったな。碧」
碧は黒を横切り正面のエレベーターへと向かい、上の階へと昇る。
無視られた事に少しばかり傷付く黒の背に思いっきりぶつかる天真爛漫な少女に2度目の衝撃。
「今ちゃ~。黒兄、元気してた?」
「今の状況見て、元気じゃないように見えるか?」
他愛ない会話をしている二人に辺りの団員達は驚きを隠せずにいた。
端か見れば久し振りに再会した兄妹だが、先程の黒の騒動に団員達は警戒したまま黒を睨む。
「んー…黒兄、場所を変えようよ。ここじゃ出来ない話もあるし……」
黒は茜に付いてエレベーターへと向かうとその後ろからはステラを含めた四人が黒の後に付いて歩く。
その行動には黒の逃げ場を無くす魂胆なのだろうか、それとも何かしらの策があってのことなのだろうか。
エレベーターは4階で止まり、黒の団長室があった場所は現在の執務室に変わっていたがその名残は少しばかりあった。
「滝は潰したが、空洞はそのまんまなんだな」
黒は執務室へと入ると、巨大な机には多くの銃型ドライバがあり、それぞれに合った口径の銀弾も用意されており正面の黒を威嚇するかのように配置されたドライバに黒は笑みを浮かべる。
碧は黒のその笑みの謎に違和感を覚える。
「兄さん。どこか私は可笑しいですか?」
碧は首をかしげ黒が笑みを浮かべる原因が未だに理解出来ずにいた。
「俺が笑みを浮かべる理由なんて今はどうでも良い。先にはっきりしたいのは、何でお前が黒焔の団長なんだ?」
黒は先程まで笑みを浮かべていたとは思えないぐらいに、眉間にシワを寄せる。
碧は立ち上がり、机に置いてあった小銃に手を掛け銀弾を装填する。
銃のセイフティを下げ、黒に歩み寄る間にコッキングして黒の額に銃口を押し付ける。
「兄さんは――1度でも団のためにその力を使いましたか?」
碧は黒の胸ぐらを掴み大声で怒鳴り、黒や茜ですら見たことも無い程の声で怒鳴る。
「兄さんが少しでも騎士団の事を考えていたのならば、私はこの団の団長に何かになる気は無かった。でも、兄さんは何か一つでも団長として活動しましたか? 星零学園や他の支部から回される依頼書や議会や連盟から通達される命令文に目を通すだけじゃないですか? そんな事をしてるから……今黒焔騎士団が置かれている立場や他の事も何も知らないんだよ!」
胸ぐらを掴んだまま碧は黒の胸に顔を押し付け、涙を流す。
「未来さんから色々な物を託されているのが、兄さんだけだと思って…勘違いしないでください! 兄さんが未来さんから命や希望を託されたように私は――未来さんからこの団を任されてるんです。「困り果てて疲れた黒ちゃんの力になってあげてほしい」そう言われ、この騎士団の兄さんの事を任されたのに……」
碧は涙を流しながら下を向き、黒から一歩下がり黒の眉間に向けて発砲する。
綾見達四人が銃弾から身を守ろうと頭を抱えるなかで、黒は碧の放った銃弾を避ける事をしなかった。
放たれた6発の弾丸は執務室の扉を貫通し通路まで通り抜ける。
銃の引き金を引き、何発も何発も黒に向けて発砲するが尽く黒に命中せずに壁や床に被弾する。
「兄さんは一向に何もしない! 力や才能だって、少しの知識や時間を割けば何だって出来るのに…何でやらない!」
弾切れを起こした小銃を黒に向け放り投げ、急かさず机に置いてあった別の銃で黒を撃つ。
「いつもいつもいつもいつもッ……兄さんは何もしない! 力に恵まれているのに、多くの騎士団から頼られていっぱい…いっぱい活躍出来るのに……何でしないの?」
碧は糸の切れた人形の様にその場に座り込み銃から手を離す、黒に向けて溜めに溜めた思いや言い出せずにいた感情のすべてを吐き捨てる。
「碧姉…1人でそんな事思ってたんだ」
茜は崩れる碧の肩に手を掛けそのまま抱きしめ、碧の頭を撫でる。
他の団長であっても1つの例外無く、騎士団を率いる団長である前に1人の人間である。
悩みや葛藤――時には他の騎士団を恨み妬み、少なからず手を悪に染める者もいる。
そして碧も例外ではない、こんな殺伐とした騎士団などに入っていなければ、現役女子高校生で友人に囲まれていたかもしれない。
黒の妹ではなかったら――もしも、橘の家に生まれていなければこのような悩みや葛藤をしなくてすんだのであろう。
黒の目の前にいるのは、1人か弱い女の子なのだと一同が気付かされる。
女――それだけで騎士にとって、マイナスな印象が強い。
「弱い」「力が無い」などと女性と言うだけで、マイナスなイメージを持たれる事が多く。
実際に多くの騎士団では任務を受けるどころか、団の中でも浮いた存在となり相手にされない。
「騎士団は男のこなす仕事であり、女は不必要」
そんなレッテルから、多くの騎士を志した女性は道を断たれていた。
しかし――甲殻型異形種【バジリスク】の出現とその撃破が世界中に広まり、それを撃破した世界初の女性騎士の存在が注目され一気に騎士団の中で女性の立場が変わるキッカケとなった。
黒はその一件以来、騎士としても半人前の碧を1人の騎士として見ていた。
騎士として仕事をする上で、碧を妹として扱わずに自分の部下として時には厳しく接していた事が多く「碧は大丈夫」と自分勝手に決め付けていた。
実際は黒に本心を打ち明けることの出来ない、女性であり黒の妹であった。
次女である茜と比べれば、茜の様に何事もポジティブに考え自分のペースで物事を進めるのに対して、碧は周りの状況や相手を思う優しい子だった。
優しく相手の事を真っ先に考えてしまい腹を割って話すことも出来ない事など、碧を小さい頃から見ている黒は気付いていてもおかしくなかった。
「……兄失格だな」
碧の抱え込んでいた悩みにすら気付けずに、自分が守り率いるべき団を無理やり押し付けることで碧から自由を奪い取る。
兄としても団長としても失格だと気付いた黒は、一体のぼた餅を呼び出す。
ぼた餅の体内に腕を突っ込み、黒幻を取りだし碧に向けて差し出す。
「俺は団長としても、1人の兄としても失格だ。碧は…そんな俺を裁く権利を持ってる」
執務室に設置された巨大な窓から、差し込む夕焼けに照らされ黒色が特徴的な黒幻の刀身が光を反射して輝く。
碧は立ち上がり、黒が持つ黒幻を持ち上げ黒の首筋に剣先を突きつける。
「ッ! 碧姉まっ――」
茜の言葉より先に碧の降り下ろした黒幻が、黒の首を捉える。
しかし、黒の首は掠り傷があるだけでまだ繋がったままであった。
黒は出血する首を手で押さえながら、立ち上がり碧に微笑みかける。
「あまいな……碧は」
「フフッ……今ここで兄さんを捌いたら床が血だらけになって汚れますし、何より――未来さんに怒られちゃいます」
碧は黒幻を黒に返し涙を拭う、黒は碧の頭を撫で妹に笑顔で微笑む。
黒は碧の周りに寄り添うようにいるステラと殺女、ロークと綾見達の姿が昔の自分と重なり次々と辛い思い出や嬉しく楽しい思い出が甦る。
「碧――黒焔騎士団はお前に任せるこれからはお前の好きなようにしていい」
その発言に茜は驚きのあまり片付けた薬莢を落とし、床に散乱する。
綾見は頭を手で抑え、ロークはやれやれと溜め息を溢す。
殺女は冷たい目線を黒に送り、ステラはキョトンとしている。
「…黒兄は、碧姉の話をちゃんと聞いてたの?」
茜は立ち上がり、黒に詰め寄る。
しかし、黒の目は真剣そのもので碧を見つめる。
「決めるのは、碧。お前だ。周りがどうかとか関係ない、自分が黒焔騎士団を率いる気があるかないかを聞いてるんだ――無理強いはしないぞ」
碧は唇を噛み締め、立ち上がり黒の前で片膝を突く。
「――黒き旗の下に、私――橘碧は団を率いる騎士団団長となりましょう。この身が朽ち果てようとも、掲げた旗印を胸にこの身は盾となり、また矛となりましょう」
碧は片膝のまま右腕を黒に向けて突き出し、それを確認した黒も碧に向けて右腕を前に突き出す。
すると、黒の右手に刻まれた紋章が浮き出て碧の右手に移り紋章が刻まれる。
「今日から、この黒焔騎士団の団長は正式に碧の物だ」
碧は右手に刻まれた紋章を擦り、碧を囲む茜達も碧の団長就任を喜ぶ。
「うん……兄さん。私、頑張るね」
満面の笑みを浮かべる碧。
黒は心の底から笑う碧を何年ぶりに見たのだろう、そう思い碧の頭を撫でる。
「頑張れよ。――5代目黒焔騎士団団長」
その発言に茜は目を丸くし尋ねる。
「黒焔騎士団って、黒兄が創立者じゃないの?」
黒は茜の質問に大笑いし、大昔の話をする。
「昔東京と言われてた場所に、古代兵器と異族が現れたのは知ってるだろう? その時に初めて東京の地に足を着けたのが――初代黒焔騎士団団長『マルグス・ネルベスティ』【黒色の魔女】と呼ばれた女の話だ……」




