三章十六節 深紅と魂が明るく照らす
ミカは必死に涙を堪える。
何故なら……目の前で自分と戦う者が自分の愛する男であったから。
何度も火花を散らしてミカとレオンは戦う。
だが、ミカは攻撃を受けていないのに、心が苦しく締め付けられていた。
戦いたくない。
戦わないと、黒を殺すため。
戦いたくない。
戦わないと、黒を殺すため。
ミカの中で相反する二つの思いがぶつかり、心を締め付け苦しめる。
自分の決意が揺らぐ、葛藤していると記憶がフラッシュバックする。
「…戦うって決めたのに、黒を殺すため。自分の大切な物を全て捨てるって決めたのに――。私ってバカだなぁ……」
槍を握る手から力が抜け、槍は地面に倒れる。
それに気付いたレオンは動きを止め、その場に座り込んだミカへと近付く。
その時レオンが見たのは、嗚咽を抑えるがミカは涙を堪えきれずうずくまり涙を流す。
「何でミカは、そんなに苦しんでだ? 教えてくれ……」
ミカは涙を拭い、レオンに笑みを見せる。
「もう……鈍感なのか気付いてるのか、分からないよ。――レオン」
ミカは立ち上がり深呼吸1つのすると、再度レオンを正面から見詰める。
「――レオンは黒が私の故郷を消したとは思わないの? 知ってるでしょ、黒の炎がどれ程危険なのかは……」
ミカはレオンに詰め寄り、睨み付ける。
それに対して、レオンはミカの発言を鼻で笑いため息をこぼす。
「確かに、警備会社での記録や連盟のデータ両方とも黒がミカの故郷を消したと記してあった。でもな……」
レオンは目を剃らすがもう一度ミカを見詰め、ポケットから取り出した通信端末から、2年前の黒が原因となった事件のデータを見せる。
そこには、些細なことでも細かにその時の状況やその時居合わせた者の名前までもが記されており、写りは悪いが数枚の写真がデータとなって残ったいた。
「そのデータ通りなら、『黒が率いる騎士団が来る前に――既に何者かによって都は火の海となっていた』その場から何とか逃げ延びた人が言うには、『黒色の羽を生やした。仮面の男がいた』お前の言うとおり、黒がミカの故郷を消した。その事実には変わり無いが、ホントに黒がお前の家族を殺したと思うのか?」
レオンはミカに詰め寄り、肩を何度も揺らす。
「誰かの為に自分の身を犠牲にしそうで、本来の任務とは無関係なのにも関わらず、西欧の為に己の身を削り動くアイツが……ホントにそんな事すると思うのか?」
レオンは悲しそうな目でミカを見詰める。
ミカはどれが真実なのか別れなくなり、頭を抱えレオンから距離を置きもがき苦しむ。
「……ミカ! もう一度よく考えろよ、ミカ!」
「うるさい! ……うるさいうるさい―――うるさい!」
ミカは槍を拾い上げ、レオンに向け構える。
その瞳には、涙を浮かべた女性の瞳にしては、何かを決意した強い瞳をしていた。
それに応えるように、レオンはナイフを構えミカと正面からぶつかろうとする。
「これで、決める!」
「もう、迷わない! レオンも黒も、私の邪魔をする者は全て薙ぎ倒す!」
両者は同時に踏み込み、火花を散らし金属と金属のぶつかる音が爆発音と様々な声が響く戦場に響き渡る。
サーフェスは目の前の脅威に苦戦所か、命すら危うい状況であった。
時間が立つに連れ巨大化し巨体を生かした戦闘方法や優位な状況を作り上げられ、咄嗟の判断力と緻密な計算で変則的な攻撃を繰り出す教授によってサーフェス達警備員は苦戦を強いられる。
「敵はたったの1人だ! 油断しなずに、全員距離を取れ!」
しかし、その度に長くしなやかなモルモットの腕が警備員や魔導師一人一人に合わせて形や強度を変化させる。
銃などで遠距離から狙い撃とうとするが、巨体の割に素早いな反応速度で弾を避ける。
隙を突き人数で押し切ろうとしても、腕から更に腕を生やし弾き飛ばされ教授の体に攻撃どころか、近付くことすら困難を極めていた。
「サーフェスさん! 正面から叩くのは不可能です。一旦距離を……」
「んなことしてみろ! コイツが俺らを追うとは限らない。万が一結界の方へ向かったら、俺らの足じゃコイツには追い付けない」
サーフェスは唇を噛み、化け物に食われ無くなった腕に痛みが走るが堪えその場に立つ。
回復系の魔導師の治療によってサーフェスの腕は止血されはしたが、完全に塞がった訳では無かった。
そのため、戦闘中であっても腕に激痛が走りサーフェスを苦しめる。
「サーフェス会長……その体ではこれ以上は限界です。下がっていて下さい」
しかし、教授が負傷者を見逃し、撤退の隙を与えないことなどその場にいる全ての者が理解していた。
「誰が逃がすと思うとるんじゃ? ――バカめ」
教授の腕がサーフェスとその隣の女子生徒を襲う。
「――理解するのが遅すぎるぞ。肉の塊!」
教授の目の前には、切り落とされた腕とその腕を踏みつける男の影があった。
「――橘黒ォ……!」
腕を体の至る所から何本も生やしても、黒の抜刀スピードに勝てる筈もなく容易く切られる。
その都度腕を何度も生やすが、剣聖の一人が編み出した抜刀術。
最速の刀と言われる流派『泉流抜刀術』の前では、所詮肉の塊は肉の塊でしかなかった。
「さぁ。――腐った肉塊の解体ショーのお時間だ。……たっぷり楽しみな」
黒は血燐を構え、その後ろには何にもの魔導師が各々の魔法で教授の周囲を囲み、逃げ場を与えないように配置する。
「や……やって見るんじゃのォ! この……ゴミ虫がァ!」
「【鬼極丸】ぶちかますぞ」
『仰せの通りに――主殿!』
ミカとレオンの戦いは人知れず終わる。
「はぁ……はぁ……しぶと過ぎ…はぁ…レオンは」
槍を杖のようにして自分を支えているが、立つのがやっとな状態であるのは見れば分かる。
「うるせぇ…はぁ…だぁー……誰かさんが、しつこく突っ込むからだろ」
ナイフや小銃をしまってあるホルスターを取り外し寝そべる、レオンは完全に隙だらけだった。
だが、ミカにはレオンに攻撃をする素振り所か、レオンの隣へ歩き隣で座り込んだ。
その親しげな雰囲気はまるで、夫婦のようであり、恋人の様にも見えた。
「……っと、こんな所に居ると危ない。ミカは結界の中に入りな」
レオンはミカに手を差し出す。
「……そうだね。でも、私は…敵だったんだよ?」
ミカはレオンの差し出す手に応えれずに、後ずさる。
しかし、関係無しと言わんばかりにレオンはミカの手を取る。
「んなもん――関係無い。俺達は友達だろ?」
レオンの言葉にミカは涙する。
「こんな私を……まだ仲間だと言ってくれるの?」
レオンは笑顔でミカの手を引く、それに応えるようにミカもレオンの隣を歩こうとする。
だが、それを阻む闇がレオンの首に手を伸ばす。
「はッ! 逃げて、レオン!」
ミカはレオンの背中を押し、その場から遠ざける。
「危なッ! ミカ、後ろから押す……なよ……」
レオンの目の前には、切り刻まれた教授の姿と教授の腕にお腹を貫かれたミカの姿が目に入る。
「――ッ! ミカァァァァァァ……!」
「邪魔を、この小娘がァ!」
教授は腕を振り払い、ミカを空へ高く飛ばす。
飛ばされた衝撃でミカのお腹から教授の腕が抜けお腹には穴が空きそこから大量の血が流れる。
ミカは口からも大量の血をを吐き着ていた服が真っ赤に染まる。
空から落ちてくるミカをレオンは受け止め名を呼ぶ。
「ミカ! ミカァ! ミカ……」
レオンは真っ赤に染まるミカを見詰め、大粒の涙を流す。
「…へ……へへ……こんな事なら……ちゃんと言っとけば……良かったな……」
「もういい、もう喋るな! 誰か……誰かミカを助けてくれ! 誰か……誰か…」
結界までをミカを背負って歩こうとするが、ミカに止められる。
「何すんだよ! 直ぐに魔導師を呼――」
しかし、ミカは首を横に振る。
「自分の最後位……自分が良くわかってる……ありがとレオン」
レオンは急いで通信機で魔導師を呼び、ミカの名を呼ぶ。
「目を閉じんなよ、ミカ! まだ…まだ楽しい事や面白いことがあるんだよ、この世界には。――だから、だから……」
ミカはレオンの頬に触れ笑みを浮かべる。
「私の……最後の願いを聞いて…くれる?」
ミカの言葉にレオンは怒りを露にする。
「縁起でも無いこと言うなよ! ほら、魔導師が来た! お前は助かるんだよ!」
ミカはレオンの首に手を回し最後の力を振り絞り、自分の顔に近付ける。
その瞬間、レオンとミカの唇が触れ合いレオンは頭が真っ白になる。
「私……レオンの事が好きだったんだ……2年前から復讐に取りつかれていた…私を復讐以外の感情を持たせてくれた……貴方に。一目見たときから……ずっと……」
その時レオンの体の奥底から、燃えるように熱い何かが暴れだす。
「ミカ……嘘だろ……ミカ、ミカ!」
レオンは次第に冷たくなる、ミカの体を抱き締め涙を流しながら応えるように答えた。
「――俺も好きだよ。ミカのことが、だから……だから……」
「うん……嬉しい……」
ミカは涙を流すレオンの頬に触れると、静かに目を閉じる。
『レオン、ありがと。こんな私を好きになってくれて、そしてさようなら』
レオンは冷たくなったミカの体を抱き締めたまま涙を流し、駆け付けた魔導師の目を気にしなずに、男が子供のよう大声で泣いた。
『私の想いと、この魔法を受け取って。――私の大好きな、皇帝陛下――』
「―――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
レオンの声は爆発音よりも味方の声よりも大きく響き渡り、いつしか戦場にはレオンの声だけが響いていた。
「――レオン。嘘だろ……」
黒は血燐を強く握り締め、教授を睨む。
「なんじゃ。二人共、愛し愛した仲だったのか……これはイカンな。ちゃんと二人同じ所に送らないとのう」
教授は何本も束ねな腕をレオン目掛けて叩き付ける。
「レオン! ――レオン!」
黒が急いでレオンの元へ駆け寄ろうとするが、巨大な火柱がレオンのいた場所に上がるのが見えた。
「……え?」
その後に丸焦げになった教授が空から落ちて来た。
「レオン……それは何だよ」
黒の目の前には、涙を流し真っ赤な髪色と全身を包み込む様な深紅の炎を纏ったレオンが立っていた。
「ミカをよくも、お前だけは…お前だけは! ――俺の魂に賭けてぶっ倒す!」




