三章十五節 手加減の無い戦い 後編
結界周辺での戦闘は落ち着きつつあったが、北側ではサーフェスと黒の戦闘が激しさを増していた。
西北からは化け物の数は以前減る気配は無いが、東側から来る化け物は殆どいなくなっていた。
その理由として、東側から来る筈だった化け物達が突如として一斉に北へと向かっていたのであった。
そのため、北側で戦う黒やサーフェスへ増援を送ろうとしても二人を取り囲む化け物の数に増援どころでは無かった。
「二人の所へ増援を……」
「あんな量の化け物の中に増援何か遅れるか! 今でも人手が足りない状況だってのに、西欧を手薄に出来る訳無いだろ」
「警備会社に連絡を取って、人を送って貰おう」
1人の魔導講師が警備会社に連絡を取るという提案をするが、椅子にもたれ掛かるレオンは首を横に振る。
そして、静まり返ったその場に追い討ちとばかりに真実を告げる。
「西欧の皆さんには黙ってましたが。俺ら警備会社の人間がいるのは、西欧から久隆警備会社への正式依頼で来てる訳じゃない。――俺の個人的な行動に会社は一切手を出さないだろう」
それを聞いた魔導講師は膝から崩れ落ち、慌てて駆け寄った生徒も講師と同じ考えが頭を過る。
「……つまり、あれか? 黒さんとサーフェス会長が化け物とそれを指揮する人間を相手にやられたら。――西欧の完璧な敗北だと」
しかし、レオンは諦めることは無かった。
警棒を捨て、武器庫から新たな銃火器を持ち出し1人で結界の外に飛び出す。
「隊長! 考え無しに飛び出すのは自殺行為です!」
すると、レオンは笑みを浮かべ振り向く。
「俺がただ考え無しに飛び出すバカに見えるか? お前ら先に行ってるぞ」
それを聞いた警備部隊の隊長達はレオンに向け揃って敬礼をする。
すると、後ろで物音がすると部下である警備員が隊長へと数多くの武器を渡す。
「隊長――たまたま武器庫の中に迫撃砲の弾や爆発物が見付かりました。如何いたしますか?」
その場に居合わせた部下や隊長達は苦笑い共に直ぐ様設置へと取り掛かる。
「弾の数は少ない! 突撃したレオン隊長と奥で戦ってる二人には間違っても当てるなよ!」
「シャァ!」
警備員が横一列に並び一斉に迫撃砲から煙が立つ、空高く打ち上がる砲弾は空から地面に向け落下する。
迫撃砲の有効射程に入っていた化け物達は、土煙が挙がり前が見えない中で混乱する。
そこへ、何発もの砲弾が化け物を襲い確実に数を減らす。
「良いぞ! その調子だ」
この混乱に乗じて警備部隊が砲弾に当たらないように慎重に攻め、運良く砲弾から逃げ延びた化け物達に止めを刺す。
これを繰り返し行い、化け物はバラバラに逃げ回り統制が取れていない今を狙った作戦に出ていた。
「流石レオン隊長だ……武器庫の中を確認して、こんな大規模な作戦を思い付くとは……」
しかし、先頭を進む警備員が新人警備員に向け訂正する。
「違うぜ、レオン隊長は考え無しに飛び出したんだ。あの『俺が考え無しに飛び出すバカに見えるか?』ってのは、『俺は考える事を諦めたから、お前らで勝手に考えて行動しろ』って意味だよ」
それを聞いた迅警備員は苦笑いを浮かべつつ、レオンと言う隊長無しでもこれ程の行動を起こせる彼らの行動力と指揮系統の完璧さに驚く。
「こちらの戦況も安定してきましたね。これなら勝てますね」
その言葉と裏腹に、レオンの目前には白髪の男が立ちはだかる。
「お前さんさぁ……髪の毛ぐらい解かしたらどうよ?」
レオンは目の前の男から目を離さずに距離を置き、コンバットナイフを取りだし左手に構え、ホルスターから抜いた拳銃を右手に持ち銃口を男の額に向ける。
「君を殺したら……彼は喜ぶ。それだけで十分だ」
男は姿勢を低くしたままレオンに飛び掛かり首に噛み付こうとするが、レオンは咄嗟に横に飛び退き拳銃で男の足を撃ち抜く。
「ぐッ!」
男は足を撃たれた事などお構い無しに再度レオンに飛び掛かる。
「全く……獣みたいな戦い方をするなコイツ」
飛び付き噛み付く、まるで獣の戦ってるいる様な気分にレオンは背筋が凍る。
「ぐぅ! がぁ! うがぅわ!」
レオンは右や左に避けつつ、男の動きを見極め躱わす事で少なからず相手に隙が生じる。
そのため、レオンは男の動きを見極め反撃の隙を伺う。
一撃で尚且つ、相手に反撃の隙を与えむよう。
「くそッ! 素早いな……」
紙一重で躱わし男の額に銃口を近付け発砲。
しかし、男は寸前で体を捻りレオンが放った銃弾を避け、透かさずレオンの首目掛けて足を降り下ろす。
後方にレオンは躱わし、数発男に発砲すると後ろに下がりつつ男と距離を置く。
「このまま、戦いを長引かせれば確実にこちらの残弾が無くなり不利になる――どうしたもんかな」
レオンは手持ちの弾数の確認と相手の出方を伺うために一旦、その場に煙幕を張りその間に森へと姿を隠す。
「隠れた……でも、逃がさない!」
男はレオンの匂いを辿り、レオンの位置を探る。
「そこ……だ!」
落ちていた小石を木の上に向けて投げる、レオンの匂いがする場所に何度も投げるが一向にレオンが降りてくる気配が無かった。
「あれ? おかしい……ぞ?」
そこに間髪入れずにレオンのナイフが男の背中を切り付ける、男は吐血と共に地べたに這いつくばる。
「その傷じゃあ……満足には戦えないだろ? 諦めな」
すると、男の体は凄まじい量の蒸気に包まれ、その中から男ではなく『少年』が姿を見せる。
その光景にレオンは驚きその場から後退る。
「男が少年になった? ……いや、少年が大人になってたのか……」
レオンは恐る恐るその場に縮こまった少年を見詰める、その姿は一般的な子供と大差ない見た目でこちらを見つめ返す。
「殺せ……彼の願いを叶えられなかった。彼の願いのためなら……僕は……僕ッ」
少年が口にした言葉にレオンは胸を締め付けられ、咄嗟に少年の胸ぐらを掴む。
「――お前がホントにそう思うなら、その彼とやらがお前に一回でも微笑み、お前を褒めたことがあるのか?」
少年は口を開き答えようとするが、直ぐに閉じる。
「――身に覚えが無いなら。そいつのためにお前が死ぬ必要性は無い。それに、彼とやらはお前のために命を投げ出すのか?」
レオンの言葉に少年はうつむき、レオンから目を剃らす。
それでも、レオンは少年に向けて何か言葉を投げ掛けようとする。
だが、頭では分かっていても、いざ少年を前に言葉に出来なかった。
そんな自分の情けなさにレオンは、少年の胸ぐらから手を離し少年に背を向ける。
「今の俺は戦ってた時に比べて、隙が多い。まだやるのなら相手になってやる。――次は殺す気でな」
レオンの瞳には殺気が満ちており、少年を震い挙がらせる。
「全く……余計な時間をかけやがって。早く、黒とミカの所に行かないと」
レオンは黙ったままな少年を横目に見るが、敵意が無いと分かりその足で黒が戦う場所へと向かう。
黒とミカが相対する中で、山の麓からその光景を見詰める姿があった。
「ヒッヒヒヒ……。ミカちゃんも自分の敵討ちが出来て尚且つ、わしの新しいモルモットが増える。これ程嬉しことは無いじゃろう。一石二鳥とは、この事よ!」
機械仕掛けの瞳にはミカの姿と苦戦する黒の姿が映る。
麓には教授の他に、大量のモルモットと呼ばれる化け物達が教授の後ろに控えていた。
その数は西欧を攻めてきた化け物の倍の数はあり、もしも攻めるようなことになれば、勝てたとしても西欧に幾らかの損害がもたらされるだろう。
「ヒッヒヒヒ……もっともっと、削り合え! わしのモルモット達が増えより良いモルモットと完成だ!」
西欧から離れた山の麓では、機械仕掛けの老人の不気味な笑い声が響き渡る。
ミカは不思議に思った。
ミカの故郷を一夜で跡形も無く消した魔法、そんな魔法が使える人間がいつまでもこんな茶番劇の様な戦いをするのかと。
もしかしたら、その魔法には特別な儀式かそれ沿おうの手順を踏まなければ行けないのではないか。
それとも、単に使いたいが使え無い状態である、それともその2つ条件が揃わないと発動出来ないのではとミカは考えた。
両者は息を上げ、その場に立つのもやっとな状態まで疲れきっていた。
それでも、ミカの有利な状況は揺るがない。
黒とミカの周辺を囲むように配置されている、化け物達は完全に疲れきり地面に倒れる黒を襲う為に黒から一定の距離を保つ。
「まー。ミカの考えも読めてきたぞ」
ミカは黒の挑発だと警戒し聞く耳を持てなかったが、黒の動きが止まりミカを見詰める。
「何のマネ? まだ、私をバカにしてるの……」
ミカは拳を強く握り、黒へと槍を向ける。
しかし、黒は血燐の刃先で槍を先程までとは比べ物にならない力で真横に弾き飛ばし、数体の化け物を巻き込み岩に突き刺さる。
「俺が本気を出せば、お前なんか秒殺よ。でもな……お前の相手は俺じゃない。――アイツだ」
黒の背後には、汗だくのレオンがこちらに向かって歩み寄る。 ミカはレオンを見詰めると、一歩後退り逃げようとする。
「お前達! 二人を殺せ………ッ!」
しかし、回りを囲んでいた化け物達は皆黒の炎に焼かれ灰へと変わり果てており、見渡す限りの化け物達は数える程度になっていた。
それも、警備員や魔導師達が各個撃破すれば完全にこちら側の勝利であった。
「……ミカ」
「………レオン」
二人の間には沈黙が流れる、しばらくしてレオンの背中を黒が叩き教授がいる山に向かって黙って進む。
レオンは深呼吸して、ミカへと歩みを進める。
「お前が、あの爆発の一件で行方不明になった時は俺と黒も必死で探したよ」
「そ……」
ミカは素っ気なく返し、一向にレオンと目を合わせようとしない。
「こんな事になるなら、もっとお前とも話しておけば良かったな。そうすれば、こんな気持ちにもならなかった筈だ」
ミカは必死に涙を堪え、槍を強く握り締めレオンへ振り向き睨み付ける。
「レオン……私は、黒を殺すために――貴方を倒す!」
レオンはそっと目を閉じ、ミカを見詰め構える。
「そうか……なら俺は、黒を殺させずに――お前を救う! お前はモルモットじゃねぇ、俺ら元Sクラスのクラスメイトで俺の友達だ!」
両者は同時に飛び出し、槍とナイフが火花を散らす。
同時刻、サーフェスと鉛の化け物の周りには多くの警備員がその戦いを固唾を飲んで見守る。
警備員から見れば化け物はサーフェスの出方を伺ってる様に見えなくもない。
しかし、出方を伺う化け物の目にはサーフェスの風魔法で作られた結界が鉛の化け物の動ける範囲を狭めていた。
「グゥァ……ガァ!」
「とうとう……まともに会話すら出来なくなったなー。そんじゃ、終いにするか?」
サーフェスを守っていた風の結界が無くなると、化け物はサーフェスに向けて飛び掛かる。
サーフェスは向かって来る化け物に向け、風の剣を作り出し放つ。
化け物は四方八方から向かって来る剣に、見向きもせずにサーフェスに向けて飛び掛かる。
それを見据えていたかのように、化け物の下から一際巨大な剣が襲う。
化け物の体は両断され力無く地面に倒れる化け物に、サーフェスは近寄る。
「化け物……いや、俺と互角の戦いを繰り広げた戦士よ。既に人の言葉も喋れないかもしれないが、1つの情けとして言い残す事はあるか?」
化け物は自分の首に風の剣が突き付けられ、自分の人生が終わる事を察知したのか大人しくなり、口を微かに動かす。
「――ハッ……ハハ…。まさか、こんなサイゴとは……思いもしなかった。…せいぜい…アガイて、くたばれ人間共!」
サーフェスは目を瞑り、目の前の戦士の首に刃を突き立てようとする。
だが、刃が所かサーフェスの腕が無くなっており、目の前には鉛の化け物だった戦士と歪なまでに膨張した肉塊がそこにいた。
「助手1号くん……よくぞここまで健闘してくれたのう、ヒッヒヒヒ。――そして……サヨウナラじゃ」
助手1号の両断された体を頭から食らい、鮮血が辺りを赤く染める。
サーフェスは肉塊の正体が教授だとに驚き、後ろに飛び退く。
「ほぉー、凄いのう。咄嗟に勝てない相手だと察知し、距離を置く。流石は西欧屈指の実力者は違うんじゃのう」
肉塊こと教授の、丸みを帯びた体格からは想像出来ない速さでサーフェスに詰め寄る。
体の至る所に、化け物の顔や手足が引っ込んだり伸びたりと様々な動きをするなかで、サーフェスは教授の首下には食われた助手の顔が生えていた事に驚くがそれ以上に、教授が辺りの化け物を食らい尽くしていることに危機感を感じる。
「まさか、お前自身が造り出したモルモットとか言う化け物共を食らって自分自身が化け物になろうってか?」
教授の体はさらに膨張し、2階建ての家と同じ位の姿へと豹変する。
「さて……わしをはよ倒さんと、西欧がただの瓦礫の山になってしまうぞ?」
教授の体から生える手がサーフェスに向かって一斉に伸びる。
「くそめんどくさい事になったなぁ……」




