三章十一節 第一防衛戦
黒は最終防衛地点で戦況を眺めていた。
「黒さん、第一防衛地点にレフリが到着したとの情報が入りました」
黒の隣では大きな本を抱えた小さな少年が黒に報告を続ける。
その姿は兄と弟に見える。
しかし、少年の発するオーラは可愛らしい弟オーラではなく、殺気その物であった。
「戦況は現在の所では、計算の内だと言えま――」
「頼むから…そんなに殺気を出すな。お前を恐がって誰も近付けないだろ…」
少年は黒に指摘され殺気を抑えるが、無理に殺気を抑えているため少年の顔は、思わず吹き出してしまう程の顔であった。
黒は口を押さえ、吹き出すのを我慢する黒に少年は首を傾ける。
少年は不思議に思いつつも、黒に指示を仰ぐ。
「俺はなにも言わない。第一防衛地点の指揮は警備会社が受け持ってる、お前らは第一防衛地点が突破された後の事を考えて念入りに準備してればいい」
黒はソファーに倒れ込みそのまま目を閉じ眠りに付く。
その姿に少年は眠らしといて良いのかと心配であったが、黒の言うとおり第二防衛地点に念入りに準備するように伝え校舎から見える外の風景を眺める。
防衛地点からはいくつも煙が立ち、大勢の化け物が押し寄せて来るのが見える。
黒の言うようにその場の指揮は、その場に合った指揮系統を用いる方が断然効率が良い。
現状―――警備部隊の指揮の元、魔導師は後衛に回り前衛に警備員が列に作り化け物と対峙している。
レフリも加わり、第一防衛地点は不利な状況を建て直しつつあった。
が――敵もそれだけでは終わらなかった。
壁に押し寄せる化け物の数は、一向に減らないのは分かりきっていた。
「…嘘だろ」
警備員の1人が口から漏れた言葉は、その場にいた全員が同じことを思った。
「第一防衛地点から入電! 新たな敵の増援で、第一防衛地点は崩壊寸前。指示をお願いします!」
それを聞いた黒とレオンは、外に飛び出し外を確認する。
そこには、全長十五メートルの巨大な化け物達がゆっくりと防衛地点に押し寄せて来ていた。
もしも、あの化け物が一斉に押し寄せたらまずは持たないと確信出来る。
黒は撤退の命令と、その場にありったけの罠を設置させ少しでも動きを止めるように命令をする。
「あんな奴隠し持ってやがったか…戦況は断然こちらが不利。各自気を引き締めろ、まだ何か隠してる場合も考えられる。どんな状況化でも対応できる様にしとけ」
黒はそれだけ言うと理事長室に向かう。
理事長室では、教師や講師のために来た魔導師達が魔法陣の前で並び、詠唱をしていた。
並の人間ならば、魔力が直ぐに枯渇して死に至ることも考えれるが、彼らは汗を流しながら魔法で可能限りの支援をしていた。
その姿に、人間強さである団結力の強さを目の当たりにした。
だが、理事長室で行われている魔法支援だけではあの化け物達は止まらないと黒は感じていた。
「駄目だ。何か他に打開できる作戦は無いのか…?」
すると、黒に向かって缶ジュースが飛んで来る。
黒は驚くが透かさず掴み取る。
「お前はゆっくり缶ジュースでも飲んでのんびりしてな。あぁ…でも、ここにいる魔導師で第二防衛地点の結界を限界まで強めておいてくれ」
レオンは警棒を抜き、その後ろに何人も警備会社の警備員が集う。
「お前ら、第二防衛地点に敵さんが着くより先に俺らで叩いて数を減らすぞ!」
警備員全員での一斉射撃、第一防衛地点の時よりも射撃精度は増し3つのグループに別れて敵の集団を効率よく減らす。
弾薬が足りなくなれば、転送魔法で弾を補給する。
何度も繰り返す内に敵の進行も徐々に遅くなり、敵の動きを抑えつつあった。
それを知った黒は理事長室に駆け込み、第二防衛地点全域に厚く巨大な結界を張り直し第二防衛地点へ向かう道筋に幾つもの罠を設置する。
警備員の1人がその場の全員に「準備完了。撤退の準備を」と連絡を伝える。
その言葉を聞き付けたレオンは手持ちの弾薬を全て敵の足下に向けて放つよう命じる。
敵の足下には銃弾と手榴弾がばら蒔かれ、敵は一瞬動きを止める。
その瞬間に、レオンは地面に両手を突き土魔法で敵集団の足下を崩し埋める。
間髪いれずに再度手榴弾の投下、地面からは火柱が幾つも上がり一瞬にして多くの化け物達を炭へと変えた。
「お前ら、後退だ。さっさと行くぞ!」
「――さッ!」
レオンに付いて警備員が一斉後退する。
その後退の最中で、レオンは黒フードの女を見付ける。
「――おい! お前もはや―」
「レオンさん! 止まらないでください」
レオンは腕を部下に掴まれ、そのまま第二防衛地点の結界に入る。
「あそこには、まだ民間人が居たかも知れないんだぞ!」
レオンは部下の腕を振り払い結界から飛び出そうとするが、目の前に現れた空間の裂け目に吸い込まれる。
「――レオン隊長!」
「レオンさん…!」
裂け目は徐々に小さくなり、跡形も無く消える。
その場に残ったのはレオンが持っていた、警棒だけがその場に落ちる。
「黒さん。レオン様が何者かの魔法によって連れ去られたとの情報が……」
「は…?」
黒は驚きの余り、手に持っていたコーヒーカップを落とす。
その報告を受けた黒は直ぐ様手の空いた魔導師を集め、レオンの捜索をしようとしたが。
――その必要は無かった。
黒は強大な魔力反応を感じ外に出ると、上空からとてつもない速度で落下するレオンがいた。
「――レオン!」
黒はレオンが地面にぶつかる瞬間に水魔法で作った水のクッションでレオンを受け止める。
「大丈夫か? 大分無茶したみたいだな」
「そうでも無いぜ…腹に穴を開けられかけただけだ」
そう言うと、レオンは服を捲し上げ血だらけの腹部を見せる。
その場にた折れ込むレオンを黒は抱き止め、急いで医療系の魔導師を呼ぶ。
魔導師がレオンの治療をしている間に黒は住民が一人も居なくなった町に向けて歩みを進める。
「黒竜…俺の背後を警戒してろ」
『むん……了解だ』
少女の様な声が黒の頭に響く。
「鬼極は神経を研ぎ澄まして俺の神経と同調させてくれ。それ以外は何もしなくて良い」
『むん…』
『主殿。神経は繋げたぞ、それほどに強い奴な……』
鬼極は尋ねようとしたが、黒の表情を見て口を閉じる。
『鬼極、黒が鬼の貴様に神経を繋げたと言うことは鬼の反射神経をプラスすると言うことなのか?』
『そうじゃ。元々異族の主殿であれば、並の人間以上の反射神経や運動神経ではある。しかし、それ以上に鬼の神経は他の異族よりも優れている』
黒本来の身体能力に鬼族のそれも魔物の身体能力を足した状態となった黒。
今の状態は三解禁の下ではあるが、同等の力を有している。
「その状態は三解禁程ではないけど、それぐらいの力はあるよねー。うーん…二解禁って所かな? ねぇ?」
「私に聞かれても」
声のする方に黒は血燐を投げ付ける。
中世風の家の屋根に突き刺さる血燐に驚く2つの人影のうち1人は足が縺れる、その一瞬に黒は片手で屋根に刺さった血燐を抜き、人影を切り払う。
人影は体を斜めに切られ大量の血飛沫をあげる。
「―つぅッ!」
人影は宙で受け身を取るが、透かさず黒の回し蹴りを首に叩き込まれる。
真下に叩き付けられた人影は足早にその場から逃げるが、黒の足の前では無謀過ぎた。
踏み込みだけで追い付かれ、首を掴まれそのまま真横に投げ飛ばされる。
「クボァッ…」
血燐に魔力を流し、殺す気で振り下ろされた。
「Sクラスの奴らと言いレオンと言い。…お前らは俺達を本気にし過ぎたな」
斬激は道を這い町のあちらこちらを切り刻む、血だらけとなったフードの人間のフードを外す。
目の前には、命の灯火が尽きた人間が倒れている。
「お前らは何がしたいんだよ」
「―復讐だよ」
黒はその場から距離を取る、血燐を強く握り声のした方へ向くが誰もおらず、気配を探る。
「う・し・ろ・だよ」
耳元で声がした時には遅かった。
「がはッ…!?」
女性の色白い綺麗な両腕が黒の腹部を突き破り突き出してきた。
「う…嘘だろ?」
黒は吐血し大量の血を腹部と口から流がす、女は腕を抜き値だになった黒は屋根から転げ落ちる。
屋根には大量の血が滴り落ちる。
「さよなら…黒さん」
女性の腕からは黒の血が滴り落ちる、何故だかフードで隠された顔はどこか悲しそうに見えた。
「そう…だった…二人居たんだった…」
「レ……オン……レオンさん…レオンさん!」
気が付くとレオンは見慣れない天井と見慣れた部下の顔に驚く。
「黒…はどこだ?」
よろめきながらもベッドから立ち上がる。
「黒を……一人にするな、敵の狙いは黒だ!」
「えッ…!?」
その場にいた全員が別れて黒を探すが黒の姿は見えない。
「黒さん。一体どこに…」
「【黒竜帝】って案外弱いのね…」
女の声が暗い闇の中から聞こえる。
「んなわけないでしょー。そう思うのは、封印される前の黒を知らないからだよー」
女性の声は少し嬉しそうに語る。
「それは言えてる。封印前の黒ちゃんは『最強の称号に一番近い』と言われた程の奴だよ」
声の主は静かに付け足す。
「なら、私に殺られた【黒竜帝】は本気じゃなかった」
「――そうなるな」
女は手元にあったコップを壁に向けて投げ付ける。
「そんなの…そんなの意味が無い! 私は…私は、本気の本物の…あの!」
女は徐々に声を挙げ、頭を掻きむしりながら叫ぶ。
「ふざけぇるなぁ!」
「おいおい! 落ち着け、少し落ち着けって」
男は止めようとするが、女は徐々にイカれ狂う。
「アイツは…私の。―私の故郷を家族を殺した本気のアイツを殺さないと意味が無いのよォ!」
女は魔力を高める、徐々に膨れ上がった魔力は男達をビビらせる。
「どうしたんじゃ? そんなに叫びよって…」
「教授…」
「少し、昔を思い出したらしい」
男達は教授を睨み付けながら、話す。
「そんなにワシを警戒するのか…ワシは君達の
味方だよ」
教授は女に手を伸ばすが、女の体を貫通する。
「ありゃ? そうかそうか、空間魔法で異空間に入っとるとこちらから干渉出来んのか…」
「そうだな。それに俺らはお前を信用なんてしてない、こんな罪の無い女を利用するなんて」
男は教授を睨む、二人の男と女はフードを付けているため教授からは顔すら見えない。
「フホホホッ……そうか、警戒しているからこそマギジちゃんでワシの監視|とは、大分ワシを舐め腐っとるのぉ ミスターブェイと暁の坊主共」
自分の正体がバレたとわかると、暁は空間魔法を閉じる事には成功したが、発狂していた女は教授に連れてかれてしまう。
暁はソファーに凭れ掛かり溜め息を溢す。
「どうやら、バレてたな。警戒してることや自分らの正体も、てか、干渉出来ない程離れてるのに干渉してくるとか化け物かよあのじいさん」
ブェイは少しだが、笑みを浮かべる。
「なんでブェイは嬉しそうなの? 全くここから先は僕達は動けないね、教授と西欧の2つを相手にするのは分が悪い」
暁はソファーに倒れる。
「あぁー、計画が狂ったー。マギジお茶ー」
「ハイハーイ」
嬉しそうにお茶出すマギジとは違って、やる気を無くした暁を笑いながら眺めるブェイの声が異空間に響く。




