三章十節 並ぶ山には屍が立つ
レオンからの手紙を受け取った黒は自室に戻ると、帯刀ベルトから血燐を外す。
『主殿は、今夜も魔法の勉学か? 真面目じゃのう…我なら寝てしまうぞ。ガハハ』
鬼極が黒の庭園から話し掛けて来るのに、黒は苦笑いを浮かべ答える。
「別に真面目じゃねぇぞ。―ただ、アイツが強くなってんのに、俺だけ前のままだと合わせる顔が無いからな」
黒は分厚い本を手に取り、黙読する。
すると、血燐の鞘からぼた餅が一匹だけ現れ黒のマネをして本を読み始める、向きが逆だが気にしなずにそのまま本を読み進める。
「ぼた餅…向き逆だぞ」
それを聞いたぼた餅は向きを変え、大喜びで本を持ち上げ読み進める。
その速度は黒の読む速さよりも速く、次々と本がぼた餅の回りに積み重なっていく。
「また読み終わったのか……速くない? 俺なんかまだ一冊だぞ」
今のぼた餅は黒から見れば、絵本をせがむ小さい子供にすら見える。
しかし、読んでる本は絵は無く文字だけの本であったとしても魔法式等が載ってるだけである。
それをぼた餅は黒から渡される本を読み、黒の読む本以外の本を全て読み終わると再度読み返す。
しばらく経つと、ぼた餅は黒の足からよじ登り机に閉まってある紙を取りだし、魔法式を書き始める。
それに気付いた黒は驚き自分たちの目を疑い、その光景を眺めていた。
「―おいおい、マジかよ!」
ぼた餅は自らペンを持ち新たな魔法の研究を初めた、何枚もの紙を使い沢山の魔法式を作り出す。
それを見ていた黒は庭園に意識を繋げ、鬼極を素通りし黒竜の眠る下の階層へと向かう。
「黒竜ー。黒竜? おーい……寝ちまったか……」
真っ暗な檻だらけな階層、黒は辺りを見回し、変わり果てた庭園を眺める。
本来の庭園であれば、天を突き抜ける程に伸びる本棚の数は壮観である。
辺りを埋め尽くのは、読み終わり積み重なった本の山――
しかし、今の庭園は封印の影響によって鬼極のいる階層にだけ本棚が並び、その数も大きな図書館と同じ位の数である。
黒竜に至っては、二重の封印により光さえ届かない暗闇が広がり、四方を檻が囲む。
まるで、牢獄そのものだった。
黒竜からの反応がないと、黒は渋々鬼極の階層へと戻ろうと跳躍しようとしたが、自分に向かって歩いてくる足音に気付く。
「何だか…久しぶりだな。黒竜」
目の前には、ゴスロリ衣装に身を包んだ黒竜が大きなウサギの人形を抱き抱えて立っていた。
「そうだな…しばらくぶりだな。しかし、私は見ていたぞ? お前が鬼極――いや、血燐を使って仮面と対峙してるときは――」
黒竜は話を続けるが、黒は後ろの光景に目を疑っていた。
「おい、黒竜……コレは嘘だろ?」
「むん?」
黒は恐る恐る、黒竜の背を指差す。
「コレは本当だ――」
黒の目の前には、大量のぼた餅が黒竜目掛けて歩みよってきた。
その数は封印前の量を遥かに凌駕する量だった、檻をくぐり抜けるぼた餅は徐々にその数を増やしていく。
「話の続きだ。―私は、お前が血燐を使っている間はぼた餅達を自分の目や手足として操作させてもらっていた」
その言葉に今度は耳を疑う。
「おい…冗談はよせ、お前は封印されている身だ。それも、二重に封印された状態のお前は自分の魔力を一切使えない。俺の魔力を使ったとしても、こんな量を出せる筈がない。まさか…封印を解いたのか?」
黒は、額から汗が滴り落ちるのが見える。
「封印はといてはいない、別に解けなくはないがな。その気になればの話だ…脱線したな話を戻そう。私は自分の魔力は一切使えない、しかし…黒の魔力は使える」
それを聞いた黒は、異常なまでのぼた餅の量に納得した表情を浮かべる。
「そう言う事かよ…」
「そうだ…これも全てお前自身が強くなり、魔力の貯蔵量が増えた事によって私が使える魔力量も増えた。お前は常に鬼極の魔力で戦っているため、自分の魔力は使わず自分が成長したと言う実感が沸かなかったのだろうな」
黒竜にそんな事を言われると、実際ぼた餅の動きが最近になって活発になったり。
血燐越しで伝わる鬼極の魔力がやけに少なく感じたりと、思い当たる節が多かった。
  
「―黒竜。少しの間だけ、俺の相手をしてくれ」
「むん…良いぞ。私も、少し暇をしていたからな、現にぼた餅を操ってお前を見ていたのだからな」
黒は庭園に繋げた意識を外し、目の前で棒立ちのぼた餅を見詰める。
「さーて…やるか。――起きろ、黒竜」
ぼた餅から魔力が流れ、黒の魔力と混ざる。
 
翌日の朝になって黒は、書類と本で散らかった部屋で目を覚ます。
部屋の片付けを後回しにし、足早に理事長室に向かう。
途中ですれ違う、生徒や教師達の焦り具合と手に持つ重火器の数で物々しさは理解出来る。
校舎の窓から顔を出せば、バリケードや魔法で作られたゴーレムやワイバーンが至る所で待機していた。
「2班と4班は東を、3班と5班は西門の守備を任せる。誰1人入れるなよ」
大勢の武装した集団が生徒に混ざりながら、東門と西門に集まりだした。
 
「全く…少しの間で大分昇格したな」
黒はゆっくりと西欧学園の正面にたたずむ、北門へと向かう。
そこでは、大勢の武装した警備部隊が黒に銃口を一斉に向ける。
「おい! 止めとけ。お前らが束になっても、ソイツには勝てねぇよ」
男の声がすると、警備員は銃口を下げ道を開ける。
防弾チョッキと銃器を身に付けた警備部隊とは違い、警棒を片手に西欧の町を眺める男に黒は歩み寄る。
「どこまで昇格したんだ? レオン」
黒に名を呼ばれると、振り向き笑顔で返す。
「お前を顎で使える位までは、昇格したと思うぞ。黒」
レオンは満面の笑みで黒の肩を叩く、黒は叩かれその場でよろめく。
すると、狼の形をしたぼた餅と、その背に乗る通常のぼた餅が黒に近づく。
『主殿。正面にある山の麓に仮面を着けた小型の生き物を多数発見したじゃが…どうする?』
狼の口から聞こえてきた声に黒は反応する。
「分かった。―鬼極はそのまま偵察と監視、少しでも動きがあったら報告を」
鬼極は人間の域を超越した視力で黒に遠くから敵が来ることを伝え、そのまま背に乗るぼた餅を降ろし町へと走って行く。
「今のは…お前の体に宿る2体の【魔物】の鬼極か? 鬼にしては、狼見たいな体だな…」
レオンは不思議そうにしていると、もう一体のぼた餅が話し掛けてきた。
「本来の姿は鬼そのものだが、今は具現化する魔力も封印されており自ら具現化は出来ない。主である黒の魔力を使ったとしても、黒に負担が掛かる。―しかし、黒の魔力と私の魔法で作られた【ぼた餅】の体を通して戦況を見ることで本来の力の一部を発揮できる。今回は鬼極の千里眼を使ってるがな」
しゃがんでいる黒の肩に一生懸命よじ登るぼた餅がドヤ顔らしき表情でレオンの方を向く。
しかし、顔が無いためレオンから見れば、ちっこい手足を生やした饅頭が喋ってる様に見える。
「コイツも…魔物の1匹か?」
レオンはぼた餅を突っつこうと指を伸ばした瞬間、ぼた餅の顔らしき所から竜の首が生える。
それを目の前にしたレオンは、ゆっくりと指を戻す。
「コイツはこれでも、神級クラスの魔物だぜ。甘く見てると、食われるぞ」
レオンと久々に他愛ない話をしていると、鬼極から報告を受ける。
『麓に集まっていた仮面が一斉に動き始めた。そっちに来るのも時間の問題だ』
レオンは各場所に配置した部隊からの通信と鬼極の情報を地図に照らし合わせる。
「やっぱ…北門だよな。黒、俺の足を引っ張るなよ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
黒は隣に立つレオンに拳を向ける。
「何だかんだで、またこうしてお前と隣に立てるとはな」
「レオン。俺は信じてたけどな、また戻って来るってな」
黒とレオンは正面に聳える山から押し寄せる敵を見詰める。
レオンは警棒を伸ばし敵を今か今かと待っているが、黒は山肌を滑り落ちながら迫り来る敵の数に少し驚き、苦笑いを浮かべる。
(敵の量尋常じゃねぇだろ、あれが今から突っ込んでくるとか…勘弁してくれよ…)
弱気の黒を余所に、レオンは部隊の指揮を取る。
「全員持ち物の確認急げ! 直ぐにでも大群で押し寄せてくるぞ、ちんたらしてるとやられるぞ!」
警備員全員がレオンに向け、姿勢を正した綺麗な敬礼をする。
その一糸乱れぬ姿に、黒は自然と拍手してしまう。
「おいおい…俺らにとっちゃ今のなんて当たり前だぜ? そんなに驚かれると、逆に不自然過ぎるぜ」
レオンは部隊全てに敵の通るであろうポイントとを伝えると、レオンの命令通りに部隊が散らばりながら所定の位置まで走る。
その姿はまるで統一された軍隊そのものだ。
「―各部隊から入電。敵の軍勢は現在、学園の西北と北に別れ行動を続けています。約5分で第一防衛地点に到達します」
敵の進行を止めるために理事長自ら防壁系魔法で作った小さな防衛拠点がいくつも点在し、理事長と教師の多くが協力して作られた強固な防衛地点が3つ存在していた。
まず1つ目に、西欧学園が立つ山から半径十五キロの場所から山を囲うように立てられた土魔法で作られた土の壁と樹木魔法で作られた木々が壁の前と後ろに建ち並ぶ。
そして2つ目に、山の中腹に作られた町全体に入り乱れて立てられた鉄魔法の壁と土の壁。
3つ目に、西欧学園の周辺を土の壁や鉄の壁、多くの防壁系の魔法で作られた強固な壁の最終防衛地点。
そんな防衛地点に仮面の化け物が迫っていた。
「第一防衛地点に到達する前に、出来るだけ数を減らせ! ここで約半数を蹴散らす気で行けぇ!」
警備員全員での一斉射撃に加え、生徒達の上空からの魔法により徐々にその数を減らしていく。
「断続的に攻撃するんだ。敵を集めさせてから一斉にだ」
絶え間なく響く銃声と爆発音。
綺麗だった川は多くの仮面が渡りそして倒れ、川の澄んだ水を土砂で泥水へと変わっていた。
第一防衛地点では、薬莢が散らばり埋め尽くす。
大量の銃弾が消費されていき、その度に押し寄せて来る仮面の数は増える一方であった。
「隊列を組み直せ! ここが押しきられる前に少しでも数を減らすんだ!」
「隊長、北側より敵の増援です! もう、ここはもちません!」
更に数が増し、壁を保護していた木々が剥がされ始めてきた。
「くそ…やむを得ない。全員撤――」
「撤退しなくていい」
その声はその場を指揮していた隊長の耳元で聞こえると、目の前に迫る仮面の大軍勢を水流が押し退ける。
「ここは任せてくれ、この僕に」
男は指を鳴らす度に、水流の質量と動きを変える。
水流は壁や木々にぶつかりながら、徐々に敵を巻き込み勢いを増す。
その姿は巨大な大蛇と言ってもおかしくはないだろう。
「君は、何者だ…」
隊長は懐にしまってある拳銃に手をかけつつ尋ねる。
「僕? 僕は…」
男は指を鳴らし、水流を空高くまで登り仮面諸戸も弾けた。
 
「西欧学園二年生『レフリ・L・ルヴェルク』君らの味方さ」
レフリは胸に手を当て右手を高く挙げて軽く会釈する。
「僕の水魔法で華麗に、敵を殲滅してあげよう」
彼の登場によって第一防衛地点での戦いに大きな風を巻き起こす、そんな気がしてならない警備員一同は屍の山を見詰め苦笑いを浮かべる。
  
  
 




