三章三節 拳の約束
西欧学園では毎朝全生徒での朝礼が決まりだった。
朝早くにアナウンスが流れると、生徒は校庭に集められ理事長やその他の先生による話を聞きその足で食堂へ行き朝食を取る。
初めは黒も朝礼には出ていたが二回目から出なくなり、教師の三坂ちゃんに追いかけ回されるのが日課になってきた。
「コラァ! 逃げるな橘!」
三坂に追い回される度に校舎内の怪しい所を見回るが、特に怪しい場所は無かった。
一通り走り終わると、三坂のげんこつと長い説教が始まる。
「毎度毎度ようやるよな」
「本当だぜ、三坂先生に反抗してるの黒さんだけだぜ」
クラスでも何人かは話す相手ができたが、何やら妙な胸騒ぎがする。
「――レオン。怪しい所は確認したんだが相手さんも上手く隠すもんで、痕跡1つ見付からない」
「黒の探知魔法でもか?」
黒は静かに頷く、するとレオンは腕を組み目を閉じた。
西欧に来て数週間が過ぎレオンと行動を共にしていて気付いた点があった。
「―――なぁ、レオン。その腕組みって癖か?」
「ん……あぁ、昔っからなにかと考え事をする時は大抵腕を組んでるな。そんなに変か?」
「いや……警備会社の奴も人間なんだと思ったんだよ」
「何だそれ」
レオンは久隆派遣警備会社の人間、騎士とは違いまた魔導師でもない。
分類分けをするなら、どちらにでも捉えられる。
そして、どちらでも捉えられる。
つまり、レオンは本当に信用に値する者なのか、黒は迷っていた。
(分からん。―――レオンはいい奴だ。だが、だからと言っておいそれと信用していいのか? くそッ! 敵が見えず味方すらどうかも怪しい。あぁ! 頭が痛ぇ!)
黒は頭をかきむしりながら思考をまとめる。
(――明日また、考えるか)
そうして、黒は自室に戻り眠りについた。
黒は朝早くに目が覚めてしまい、ちょうど中庭近くを歩いていたので中庭にある庭園付近を散歩していると女子生徒に集まる数名の男子生徒を目撃した。
「……ついてないな」
黒は女子生徒の元に駆け寄ろうとするが、横から現れた人影が目にも止まらぬ速さで男子生徒を吹き飛ばした。
「大丈夫?」
言い寄られていた女子生徒の側には、綺麗な紅色の髪色で身の丈以上の大きな刀を背負った一人の女性が立っていた。
「二人共。西欧の生徒か?」
黒は近くに寄り、話し掛けた。
「何者!」
紅色の女は自分がスカートだというのを忘れているのか、黒の顔を蹴ろうと足を上げたが黒に捕まれてしまう。
「――ッ!」
女はスカートを抑えつつ黒を睨んだ。
「そっちから仕掛けたんだ。文句言われる筋合いは無いぞ」
黒は足から手を離すと、女の背後から襲いかかろうとしていた男子生徒を押さえ付ける。
「……はッ! 礼は言いません……あの位私でも対処出来ましたから」
「嘘つけ」
その直ぐ後の事はうっすらとしか覚えていないが、黒は庭園近くのベンチで目を覚ました。
記憶は混乱しているが、頬に真っ赤な痕が残ってい事だけははっきりしていた。
「――ついてないな」
黒は立ち上がり、授業の支度をするために自室に戻ろうとした瞬間、黒の後頭部に衝撃が走りそのまま意識を無くす。
「――チョロいな」
「全くだ」
「こんな奴に、教授は警戒していたのか?」
「直ぐに………教授の……」
微かに聞こえてきた声に黒は声の方を見上げるが、そこで意識を無くしてしまう。
身が覚めると両手には鎖が巻き付けられており、天井に吊るされた状態であった。
「あー。封印前だったら何の問題でも無いけど、流石に今はなぁ」
黒は両手を動かし鎖を自力で解こうと奮闘するが、その直ぐ後に全身を襲う痛みによってそれどころではなかった。
「がっ……がはっ! ハァハァ」
全身を襲う痛みが引き、脱力感が一気に黒に押し寄せてきた。
「―――やあやあやあやあやあ」
声のする方に振り向くと、目の前には顔の半分を機械化した小汚い老人が目に入った。
「誰だじいさん、所でここは何処だ」
「なんだ、お前さんは大分冷静だな」
黒は両手に魔力を巡らせようとするが、またも全身に痛みが走る。
「無駄じゃ。お前さんが魔力や力をいれようとすれば、全身に痛みが走る様に魔法をかけさしてもらった。ヒッヒヒヒヒ」
黒は全身に巡らせようと魔力を解き老人の方へ向き直った。
「ありゃ? 以外と素直やな。てっきり暴れるかと思ったんじゃがの」
老人は白衣から小型の注射器を取り出した。
「何すんだ?」
黒は問い掛けると、老人は気味の悪い笑みを浮かべるとその注射器を黒の首筋に近付けた。
「お前さんの血を元に新しいモルモットでも作ろうと思ってなー。ヒッヒヒヒヒ」
「モルモット……?」
黒は不思議な表情をしており、その表情を見ていた老人は驚いていた。
「何じゃ、この儂の事を知らんのか? 並ば答えよう!」
しかし、老人の背後から飛び出てきた鉛色の液体に黒は掴まれると、部屋の隅に突き飛ばされた。
「先生、余計な事は言わないでください。彼がもしも議会側の人間だとしたら少々厄介です」
「どうせ殺すんじゃ、喋った所で大差無いだろ? うん?」
老人は黒に背を向け影の向こうにいるであろう人に向けて話をしていた。
黒はその隙を逃がさず、激痛に耐え口内で溜め込んだ魔力でぼた餅を二体作り出すと、唯一動かせた足で二人の立つ場所に向け蹴り飛ばした。
「――ッ! 教授!」
影から老人を掴もうとした手より先に老人の背中にへばり付いたぼた餅を触媒に大爆発が起こる。
ぼた餅を中心に辺りは粉々に吹き飛び、辛うじてもう一体のぼた餅で身を守った黒は無事ではあったが、辺りは吹き飛び、瓦礫と砂ぼこりで視界を埋め尽くしていた。
「逃げられたか………まぁ、回りも壊れたし上手く行けば逃げれるな」
黒は手を縛る鎖をぼた餅に切らせ手早く瓦礫をどかし、瓦礫の隙間から外を覗く。
「――辺りに人影無し」
黒はぼた餅を細長くなるように命令し、ぼた餅と感覚を繋げぼた餅の視界を通して外を見回す。
当然外も砂ぼこりで視界を遮られていたが、黒は瓦礫をどかし急いでその場を後にした。
「早く西欧に戻らねぇとな……。鬼極!」
『いくぜ――主殿!』
全身に鬼極の魔力を巡らせる。
黒竜同様に鬼極も封印はされているが、黒竜と違い完全にされてはおらず。
少量の魔力は使えるため、制限付きではあるが解禁状態に近い状態へなる事が出来る。
その状態での魔力はほとんど失われるが、その分身体能力は向上している。
「時間が惜しい。一気に行くぞ!」
足に力を入れ、地面を踏みつけそのまま力いっぱい跳躍する。
黒は上空から辺りを見回し、そこで魔力が一番集まっている場所へ向かう事を決めた。
「――さっそく動き出してきたな、西欧側も」
黒は鬼極との一時的な解禁状態での身体能力を生かし、大気を踏みつけ跳躍と加速を繰り返し西欧があるであろう場所魔力が集まる場所へ進む。
その後、黒は自身の魔力量の半分を削って西欧学園にたどり着いた。
「―――あれ?」
しかし、想像してたよりも生徒や学園は無事だった。
無事だった所か、襲撃を受けた事自体無いようだった。
「なんだよ……急いで来たのによ」
疲れが押し寄せたのか、黒は自室に戻って休もうとした矢先に三坂に見付かり、そのまま生徒指導室へ放り込まれた。
「……三日間どこでサボってたのかな?」
三坂の拷問の様な説教により、更に疲れが貯まる。
「レオン、お前は無事だったんだな」
クラスで配られた魔導式のレポートを片手に黒は尋ねる。
「なんとかな。お前は油断し過ぎなんだよ、捕まる前に逃げた俺の方が騎士らしいぜ」
「それだと、俺が腑抜けてると言ってると同じじゃねぇか」
「そう言ってんだよ」
レオンは分厚い本を読みながら、レポートに書き込んでいく。
「――そう言えば。黒は魔物て言う力を持ってるよな?」
レオンは本を閉じると、黒に向き直る。
その目は、何かを覚悟した男の目だったが、黒は全く気付く素振りすらない。
「あぁ。持ってる、欲しいのか?」
「譲渡なんて出来んのか?」
「まさか。一般的に魔物は宿主の何かしらの変化や影響を受けて覚醒する。譲渡したなんて事は事例が無いが、仮に譲渡出来たとしても覚醒した魔物がそいつを宿主と認めるかは分からん」
黒はレポート用紙に目を落とす。
レオンは天井を見上げる。
その姿は、初めて出会った時の迷いが無い自信に満ちた姿とは違い、自信を失い本来の目的を忘れ迷ってしまった姿にも見えた。
「――何のために力がいるのか知らんけど。力を得たのなら、それ相応の代償と責任が常に付き回る」
黒はレオンに向け指差し真剣な眼差しで告げる。
「どんな力にも、万人を幸せにする事が可能だ。また万人を不幸にすることもある。力を得た場合は、力の使い方を間違えるなよ。俺みたく」
その顔はどこか切なく後悔している目をしていた。
レオンは分厚い本を机に置き、黒に向けて笑ってみせた。
「例えばだろ? そんな力得てバカをしそうになった時は、お前が全力で殴ってくれ」
レオンは拳を黒に突きだす。
「何それ?」
首を傾げる黒の手を掴み自分の拳を黒の拳を合わせる。
「警備会社の中で流行ってんだ。信頼しあった仲間同士でやるんだと」
「そうか………なら任せとけ!」
黒は拳に力を入れレオンの拳にぶつける、二人は自然と笑みを浮かべる。
二人を照らす月明かりがやけに温かく感じるのは、その日を境に始まる二人の試練の前祝いなのかもしれない。




