三章一節 西欧の革命者
西欧学園の周りは、豊かな自然に覆われ評議会や連盟から隠れて何かをするのにはうってつけな地形だ。
黒は案内されるがままに、西欧学園理事長の居る理事長室に通された。
「ようこそ。あなたが星零から西欧に来たと言う事は………私の事を少しでも信用してると思って良いのかしら?」
西欧理事長が椅子から立ち上がると、黒は1枚の小包を西欧理事長に渡した。
「星零の理事長からだと、俺は興味無いけどな」
黒は理事長室を出てその足で教室に向かった。
「――ふふ……流石は星零の理事長さんですね」
小包の中には、小さなケースの中には3本の注射器が収納されていた。
だが、西欧理事長はその注射器の中身に衝撃を受けていた。
一般の魔導師や騎士にはただの魔力増強剤だと勘違いするが、理事長クラスの魔導師や1つの団を任せられる程の上級騎士ならその存在を認知している品物だった。
「【MP生成薬】」
黒は担当教師に言われた通りの教室を探していた。
「どこだよ……Sクラスって」
黒は同じ階をぐるぐる回り、ようやく教室に付く頃になると教室の前をうろうろする小柄な担当教師の姿があった。
「――何してんすか?」
黒は自分の担任に近付くと、小柄な体型からは想像出来ない程の綺麗な背負い投げを繰り出され、あまりの衝撃に廊下で大の字になって倒れた。
「転校初日の1限をすっぽかすとは……舐めてんのか?」
幾ら小柄で女性らしい顔立ちでも、頬をピクピクさせながら黒を睨む。
自分の倍の身長の生徒を投げ飛ばす小柄な教師の存在に黒は驚きつつも平常心を保って起き上がる。
「三坂先生ー。その子の紹介まだやってませんよ」
長髪の委員長系の女子生徒が顔を出して三坂を呼んだ。
「おっと、忘れてた。コイツがとろ過ぎてそれどころじゃなかった」
三坂が黒の首を掴み教室に入る。
「えーっと。コイツが理事長先生が特例で入れた、編入生だ。適当に仲良くしろよ」
三坂の隣に立った黒を三坂が小突き自己紹介をさせようと、何度も小突くが黒は気付かず、対には三坂の持つ出欠表で脳天を叩かれてしまった。
「特例編入生の黒だ。よろしく」
すると、一番後ろの席で先程まで眠っていた茶髪の生徒が黒に向けて歩み寄り、黒の肩に手を置いて笑顔で話し掛けてきた。
「お前さ……俺の下に付けよ」
周囲の生徒は恐る恐る茶髪の生徒から距離を置くのが見えた。
周囲の生徒が距離を置くということはそれなりの力を有している、Sクラスの中でも相当強い地位にあると黒は見た。
「俺がお前の下に付け?」
黒は少し賭けに出てみようと、男の腕を掴み少しだけ魔力を外に出してみた。
すると、茶髪の生徒は対抗する様に黒以上に魔力を高めた。
(この辺かな……)
黒は更に魔力を高めるが、脇から現れた女子生徒が二人の間に割って入る。
「その辺で良いでしょう。回りに迷惑ですよ」
女子生徒は茶髪の耳を掴み席まで引きずっていった。
「えーと、自己紹介がまだだよな」
三坂が名簿を取りだし順々に自己紹介を差せていく。
「んで、おい。茶髪!」
先程の茶髪生徒を指差すと、嫌々立ち上がり黒を睨見付けた。
「レオンだ………レオン・ボナパルト」
その名を聞いた瞬間に黒は歴史上の皇帝【ナポレオン】を思い出した。
「お前て、ナポレオンの子孫か?」
黒が質問するが、質問に答えずあっさりと席に据わった。
「んで、その隣にいる尻軽女」
三坂はゴミを見るような目で先程レオンを引きずった女子生徒を指名する。
「尻軽じゃないでーす」
三坂に向けて、ウィンクする。
「はいはい。皇帝の馬になってヒンヒン言ってろ尻軽野郎」
女子生徒はむっとしたまま黒に向き直り、会釈と共に笑顔で自己紹介を始めた。
「ミカ・トライデントです。以後お見知りおきを」
自己紹介も済み、午前の授業が終わり3階の教室から1階の食堂に向かって階段を降りていると、数人の生徒から暴力を受けている生徒が目に入った。
「ここの生徒は、サンドバッグを知らんのか」
黒が階段を飛び降りる前に、その横をレオンが通り抜け暴力をしていた生徒をゴミ箱にネジ込んだ。
「おい、お前。大丈夫か?」
レオンが手を差しのべるが、生徒は手を払いのけて走って行った。
「カッコいいねー。皇帝陛下は」
黒がレオンの側に向け降りると、レオンは黒をテラス席に呼びつけた。
「んで、何のようだよレオン陛下?」
「その陛下呼ばわりは止めてくれ、普通にレオンとでも呼んでくれ」
「分かった。所でレオン」
黒は椅子の背もたれにもたれると、いつもの目付きとはうって代わり、殺気剥き出しの目付きで辺りを見回した。
「――あれはレオンの客か?」
レオンが見回す頃には、殺気に満ちた黒装束の集団に囲まれていた。
黒とレオンは席を立ち、背中合わせになって黒装束達と向き合う。
「黒。教室での話しの件だけど……良い忘れていた事がある」
「レオン、今する話か? 第一この客は誰の客だよ」
黒はレオンの話を聞こうとしなかったが、黒装束達が動かない事を察知すると、レオンの話に耳を傾けた。
「この学園には、ランク制度がある」
「ランク制度? 何それ」
黒が首を傾げると、1人の黒装束が黒達に向けてはしりだしたが、直ぐ様飛び上がり黒達と距離を置いた。
それに続く様に幾人も動き出すが1人も手を出して来なかった。
「何がしたいんだよ!」
黒は我慢出来ず、黒装束に向かって行こうとしたが、レオンに首を捕まれた。
「焦るな……此方から手を出したら相手の思うつぼだ」
レオンは脱線した話を元に戻した。
「ここではSからEまでの生徒をクラスごとにランク付けにしている。ランクが低い程上のランクの者に虐げられる、階級主義の学園なんだよ」
「それが何だよ」
黒はレオンとの話を聞くなかでも、黒装束からは目を剃らさずにいたが、不意に黒装束が消えてしまった。
「くそッ! 逃がすか!」
黒装束を追おうとしたが、またしてもレオンに止められた。
「何で!」
「――階級主義の学園内だと、ちょっとした行動でランクが下がり立場が逆転することがある。元々Sなら大したことでも無いが、それが粋なりEにでも下がったとたんに、辺りの生徒のストレス解消道具に成り下がる、そんな中で密偵なんて出来んだろ?」
その瞬間黒はレオンから一歩下がろうとしたが、レオンが騎士側の密偵である事を示す金の懐中時計を周囲に見えない様に取りだし見せた。
「俺は、世界評議会直属組織【久隆派遣警備会社】の者だ。久隆社長と星零理事長からは話を聞いてる。俺も3年前から密偵してるけど、尻尾が掴めなくてな。ここじゃなんだ、場所を変えよう」
レオンはテラスに置かれていたコーヒーを飲み干し、テラスを後にした。
「なんだよ……さっさと手を出して僕達生徒会に手を出したって理由で、Eランクに叩き落として潰そうとしたのに」
屋上から黒達を見下ろす人影が、一人二人また一人と増えていき学園を覆う不穏な影はより一層増していった。
黒はレオンに案内された場所は西欧生徒が暮らすただの寮の一室だった。
「まだ言ってなかったが、ここがお前の部屋だ」
「ここが、俺の部屋か」
黒は寮長から受け取った部屋の鍵で開けると、レオンが黒より先に部屋に入りそのまま部屋の中に入り椅子に腰を掛けた。
「部屋の主より先にくつろぐな」
黒は部屋に置かれていた私物を整理しながら、レオンの話を聞いていた。
「情報の整理といこうか……レオン」
黒は淹れたてのコーヒーと共に椅子に座り、レオンにも同じコーヒーを渡す。
「そうだな。まず、この学園内では生徒を使ってある実験をしているって事は分かったが、その内容は不明。そして、この学園で逆らっちゃいけない存在がある」
「逆らっちゃいけない存在?」
黒は砂糖を入れては味見を繰り返し、レオンの話を聞いていた。
「理由は定かでは無いが、自分以上のランクの人間には逆らっちゃいけないとのが学園の方針なのかもな。その結果が階級主義制度で闘争力が増しって自分を高める者が増えた」
「学園の方針って、あの理事長は何してんだよ」
黒は段ボールの中からせんべいの入った袋を取りだし、愚痴を溢しつつめ話は進む。
「それとは別に、一番接触を避けたいのは―――」
レオンが最も大事な事を言う前に、黒の寮室のインターホンが鳴らされた。
「……黒、生徒会には気を付けろよ」
はいはいと軽く流すと、黒は扉を開ける。
すると、そこには1人の男子生徒が立って笑顔で挨拶をしてきた。
「やぁ、転校生君。僕は生徒会役員で風紀を担当してる者だ」
その瞬間、黒とレオンはフラグと言う現象は実在するとその実に染みたのだった。
「どうしたのかな? あれは……レオン君じゃないか、久しぶり」
扉の中に入りそうになった男子生徒を回れ右の要領で部屋から出すと、勢いよく扉を施錠してレオンの元に駆け寄った。
「ここは、一旦落ち着つこうか。さぁ、コーヒーでも飲もうか」
既に現実から目を背けたレオンは、清々しい程の笑顔だったのを覚えている。
暫くして、黒達は現実に戻り現状をどう打破するか思考を費やすが、相手側も痺れを切らしてきたのかドアをノックする音が聞こえた。
「――えーと、あまり誤解しないでくれ」
黒とレオンは向き合い、首を傾げる。
「在校生の中に生徒会をあまり良く思わない人達がいてね、評判を悪い話が広間ってしまってね、あくまでその訂正と挨拶だよ」
そうして、生徒はその場を後にした。
「今のが生徒会の役員だ。もしも、校内でバッタリ会ったら逃げ出すなよ? 余計な警戒心を持たれて、後々面倒だ」
こうして情報整理が終わり、黒は自室で頭の中を整理した。
レオンが3年かけても尻尾が掴めなかった西欧の闇を黒が掴めるのかと物思いにふけていると、窓の外が妙に明るいことに気がついた。
「なんだ? ――ッ!」
窓に近付くと、目の前には妙な機械的な仮面を着けた西欧生徒が周囲を飛び回りながら、炎魔法で辺りを燃やしていた。
「どうなってんの………これ…」
黒は溜め息をつきつつ、テーブルに立て掛けていた血燐を帯刀ベルトに取り付けて部屋から出ようとしたが、部屋の前で待ち構える人の気配に気づいた。
「そんなに警戒してんのか? 数は3……いや5か、さてどうしたもんかな」
黒の手は血燐に触れており、いつでも抜刀できる態勢に入った。
「――さて、どうする」




