二章最終節 西欧へと
渚が暁率いる錬金術師側に着いた事は、直ぐに騎士の間で広まった。
その影響は姉である、三奈にまで影響していた。
「お前の弟が裏切ったんだ。お前はいつ裏切る?」
「敵の姉ってことは、コイツの近くにいたら殺されるかもしれない」
「弟が敵なら、お前も敵だろ」
適当な事を言いふらし、学院内での三奈の立場は先月に比べて危うくなっていた。
だが、その状況を打破するかのように都合良く現れた存在は、星零学院の理事長の悩みの種だった。
「翔が来てからと言うもの……。学院内で小競り合いが起きているのは、なぜなのかしら?」
理事長が正面に立つ翔を睨む。
「仰る意味が分かりません!」
翔は両腕を後ろで組み背筋を伸ばして、理事長の前で立ったまま二時間もの静寂を貫いていたが、理事長の静かな威圧には耐えられなかった。
「私の話の意味が分かりませんか?」
理事長はニコッと笑みを浮かべるが、翔とソファーでくつろぐ黒はあることを思い出す。
星零学院の絶対的掟の中には不吉な掟があった、その掟の言葉は。
『――静寂を突き破るほどの威圧、鎮めたければニコッとスマイルの前に真実をさらけ出せ――』
その意味は、星零学院の中でも特に選りすぐりな特別戦士にしか理解出来なかった。
もちろん、それを目撃した者だけでなくとも言葉の意味は分かるが、どれ程のニコッとスマイルかは理解出来なかった。
同時に星零学院の頂点に君臨する者の力量を垣間見た瞬間なのだろう。
「ブッハッ!」
ロークが手に持っていたドリンクを吹き出すと、ステラが手際良く拭き取る中で淡々と話は続けられた。
「その情報は信じて良いのか?」
綾見が殺女に近寄り、殺女が取り出した書類に目を通した。
「一概にそうとは言えないけど、信じて損は無いでしょ」
殺女は手元のドリンクを一瞬で飲み干し、席を立つ。
「殺女さんの情報を信じるか否かの前に………何でファミレスなの?」
ステラがその単語を発した瞬間、綾見やロークが辺りを見回すが意味が分かりません的な顔をした。
「――だから、何で機密資料をファミレスで広げて話合ってるんですか! 普通個室でしょ!」
ステラが大声で怒鳴ると、綾見達は他のお客さんの迷惑になる前にステラと機密資料が入ったファイルを鞄に詰め込んで店を後にした。
「――あれ? あぁ……なるほど」
一人取り残された殺女はメロンソーダを飲み干し、その足で店の会計を済ませ後にした。
機密資料を片手にステラは星零学院内に設置された安眠室に全員を入れ、後から来た殺女も同様に放り投げた。
「ここなら、誰かの目を気にしなずに話が出来る」
「ここって、安眠室だろ? 夜間の仕事や警備のオッチャン達が使う休憩所だぞ」
ロークが指摘するが、ステラは知ってると言わんばかりにロークに向け資料を投げ付けた。
後日、ステラと綾見が資料を読み作戦を立てその作戦を元に茜や碧と新たな団員を入れた部隊編成を造り挙げた。
そして、それを元に組み上げられた各部隊には、ローク、ヘレナ、綾見、殺女、ステラが隊長となり茜からの指揮を受けた各部隊の隊長が付き、作戦の配置が決まった。
「今回の依頼は、団長直々の依頼です。各自の担当を頭に入れて作戦に挑んでください」
「はい!」
茜の部下が各部隊に作戦内容を記した書類を配布するなかで、少数の部隊が部屋から退出していった。
「また、不良グループが出ていったよ」
「居ても居なくても対して変わらないでしょ」
新人団員が声を揃えて話ている声を、不良と言われている者達は聞き流してその場から姿を消した。
「はん! 鬱陶しい」
「誰が禁忌の聖騎士様の言いなりになるかよ」
「俺らのトップは俺らで決めんだよ」
入りたての新人の中でも、ゴロツキと同期で言われている彼らは、多数の学院内でちょっとした小競り合いになり学院を辞めさせられた者達が集まり1つのグループを作った。
そこに目を付けた黒が誘ったのだが、言うことを聞かないことは目に見えていた。
各地の学院内で不良と呼ばれた者には全くと言って良い程に、入団できる騎士団は無かった。
世間体を気にする騎士の多いこのご時世、手を差し伸べる騎士団など普通の騎士団ではない。
ところがその不良達ですら、かの光景を目にすれば話は変わる。
手や足に手錠や鎖を着けた集団は行き交う同じ団の団員ですら彼等を避け、入りたての新人達は道を譲る。
真っ黒な黒焔のローブを更に黒くするような見た目をしている集団には、誰が付けたのか【始末組】と呼ばれていた。
そして、その始末組を統括する者は団員の全てをまとめ挙げている黒の右腕である。
目立ちたがりで少しだけブレーキが効かないが、現時点で黒がもっとも信頼を置いている翔だった。
「ようこそ。学院内でも居場所が無く、ただただ暴れる事しか脳のない新人諸君」
その一言は、不良やそうでないものに影響を与えた。
「――暴れてぇなら、俺の下で……黒焔の名に恥じぬやり方で暴れな」
その後、作戦は無事に終わったとの報告を受けた黒はデスクに足を置き、くつろいでいた。
「――あと、四歩か」
扉の向こう側から聞こえてきた足音が扉の前でなくなると、黒は魔力を右腕のみに集中して流した。
すると、扉が勢い良く開くが目の前には人影すら無かったが、背後に迫る殺気に向けて右腕に集中させた魔力を放つ。
殺気を発していた人影は支部長室の後ろの巨大な空洞に流れる滝目掛けて落ちて行った。
構造上の問題で病院と研究所を一本の巨大な柱で支えるとなると、強度に問題が出るため研究所の回りを支部が囲い小さな支柱で柱を支えることになったが、山の中腹辺りでは支部が山から見えてしまい、これでは隠した意味がないとの事で支部長室だけでも安全な場所をと言われて来てみると。
「何で、支部長室だけ滝の真ん前何だよ……」
山と山の間に流れる巨大な谷には、流れの急な場所が幾つもあり敵からしたら自然の防衛装置と言っていたが、その水が横穴から支部の地下を流れ落ちている。
団員や支部の職員は口を揃えて「滝が支部の中にあるなんて他の支部には無いですよ」と言うが黒は。
「いや、山の中に作った支部の方が無いから……滝は……コワイね」
自室の窓から見える滝は美しく、たまに隙間から座す光で虹を作るが、もしも水位が上がったら支部所かその下の茜の研究所が水に沈むと思っていたが。
先日暇で暇で支部内を探索していたら魔法で造り出した壁で水位を利用して水の中に研究所を隠すというプランを立てていた。
「滝は、コワイねぇー」
すると、先程投げ飛ばした人影が滝坪から現れると、流れ落ちる滝を泳いでいるのが見えた。
「やるな、翔の奴」
黒は笑みを浮かべ頷く。
「いや、助けろ!」
「んで、何のようだよ翔」
黒が召喚したぼた餅達と戯れていると1枚の封筒が渡された。
黒が翔に振り向くと、バスタオルで髪を拭いていたがその目は本気だった。
「――誰の指令だ」
黒が尋ねるが翔は、見れば分かるの一点張りだった。
黒が封筒を空けると、どこかの学校名と校章が同封されていた。
「理事長の指令だな。でも何で俺?」
後日黒が星零学院に向かうと、話の通り学院内がギスギスしていた。
「やだねぇ……こうも学院が殺気立ってると、いざって時に動けないぞッ!」
黒は角を曲が瞬間、背後をつけ狙う人影目掛けてナイフを投げ付けた。
「チッ」
惜しくも人影には当たらず、壁を利用して黒の背後に回った人影に黒が驚くがそれ以上に、その人影が持つ物に心当たりがあった。
霧の霊弓
黒は背後に回ったリーラの顔面目掛けてドロップキックを食らわせようとしたが、一瞬の内に再度黒の背後を取った。
「神器解放――穿ち晴れろ!【霧の霊弓】」
霊弓が造り出した霧が周囲を囲むと、黒は完全にリーラを見失った。
「やるじゃんか……リーラ」
黒は霧の中から放たれた矢を紙一重で避け、飛んで来た矢を掴み取りリーラに向けて投げ返した。
「ふゃうッ!」
投げ返えされた矢に思わず驚いたリーラは、その場でしりもちをついていた。
「なかなかだが、経験の差よ」
黒が誇らしくにやけるつつも手を差しのべる。
「流石は黒団長です。私なんかじゃ相手にすらなりませんね」
リーラを立ち上がらせ、理事長室に向かうが途中で神器を使用しての戦闘行為が理事長にバレたリーラはこっぴどく説教を食らった。
「で、俺を呼んだのは指令だろ? 詳しく聞かせてくれ」
黒がソファーに腰を掛けると、青白色の制服を1着渡された。
「は?」
黒は制服を受け取り言われるがまま着替えると、理事長自ら黒の寝癖が目立つ髪をとかしてくれた。
「コレでよし」
理事長は手鏡を渡し黒に髪は切るかと聞いた。
「いや、良い……だいたい分かった。こんなことするんだ、この学園に何がある?」
理事長に尋ねると、少し間があったが黒の問に答えた。
「【私立西欧学園】星零とは違って騎士になるために必要な一般的な魔法や自分に合った戦闘スタイルを見いだし鍛えるここと違い。魔法のみを鍛え挙げ、騎士ではなく【魔導師】を育成する機関なの」
「魔導師……ねぇ」
黒は西欧の制服の至る所に六芒星や魔方陣らしき刺繍があり、校章にも使われていたのを思い出す。
「つまり、西欧に入学しろと?」
黒はひきつったまま尋ねると、理事長は笑みとは違い真剣な眼差しで頷く。
「――訳ありか」
黒が尋ねると、理事長は先日の大規模戦闘での疑問点を教えた。
「なるほど……てことは、碧達が見つけた砂の神器使いが裏切り者であると、そんでもってその場所で倒れた部隊にいた西欧出身者だけが行方不明か………気のせいだろ?」
黒がソファーで寝転がるが、ふと何かを思い出す。
「――西欧生徒が力を付け、多数の騎士団や評議会上層部に西欧生徒が採用されてるのと関係あるのか?」
理事長は静かに頷く、もしも西欧生徒全員が裏で暁と通じていたら現状の評議会や騎士団の5割は機能しなくなることが予想できた。
「なるほどね……で何をすれば良い」
理事長は特製ピアスを黒に渡し、任務内容を告げる。
1つ目。――西欧が裏で繋がっているかの真偽を確かめること。
2つ目。――西欧が急激に力を強めた理由と方法を見つけそれの妨害もしくは破壊。
最後に―――。
――西欧生徒の中で危険と判断した場合、その対象者を抹殺もしくは再起不能にすること。
「楽しくなってきたじゃねぇか。なっ、ぼた餅」
黒の腰には普段下げていない血燐が下げてあるが、黒幻の姿は見当たらなかった。
それ以上に黒の背中には、真っ黒な生物のぼた餅と呼称された者が体を伸ばしたりしていた。
西欧の校門を通り抜け、敵と思われる物が暗躍する私立西欧学園に入る。
「お話は聞いております。――転校生の……えっとー……」
校舎から現れた教師と思われる人に向けて挨拶を兼ねて自分の名前を教えた。
「――黒だ。よろしく」
笑顔と共に、教師と握手を交わす。
ここ西欧学園でこれから始まる、潜入任務が少しだけ楽しみな黒であった。




