二章二十三節 雷帝降臨
大規模な範囲で押し寄せる異形や物資の枯渇によって、疲れ果て皆戦意を喪失する者が増えていた。
「くそッ! 敵が多いのに比べて物資が少なすぎる。このままじゃ、異形の手で多くの民が死ぬぞ!」
司令官が叫ぶが恐怖と疲弊により、多くの騎士がその足を止めていた。
「――こちらは、私が」
声のする方へ振り向くと、着物姿の可憐な女性が立っていた。
「水橋様! 何故ここに……北神の都の守護はよろしいのですか?」
「えぇ、とっても頼りになる方々が来て下さいましたから」
そう言と、水橋は扇子を広げ軽く右に扇ぐと横殴りの強風が目の前にいた異形を全て上空に連れ去っていった。
「それでは、ご覧あれ。――詩人の舞【椿・花ノ舞】!」
強風が束になり、巨大な竜巻を四つ造りだし、全ての異形を空に吹き飛ばした。
「お願いしますよ、コマねこさん」
「その名で呼ぶな! あぁ、イラつく」
南の白秋を守護したいた、コマネが跳躍やくし、両腕に巻いていた包帯を取り全身に魔力を巡らせた。
「炎魔法【烈火刃猪車輪】!」
全身をコマのように回転させ、回転で生じた熱量を炎と組み合わせ、炎のコマで竜巻に飛び込むと四つの竜巻は燃え盛る竜巻へと変化した。
「んじゃ……いただきまーす」
竜巻の更に上空には東を守護していた、ミミがスカイダイビングしながら向かっていた。
「後はミミさんに任せましょう」
「右に同じ」
水橋とコマネがミミの攻撃対象範囲を予測しながら、他の騎士達を連れて退いた。
「次元魔法【イーター】」
ミミの口が大きく開くと、竜巻と周囲の地面を丸ごと呑み込んだ。
「――ご馳走さまでした」
この世界の摂理として、両親やその先祖と同系統またはそれに近い魔法を得意とする魔力を持って生まれる。
だが、ごく稀に両親の魔力や先祖の中でも似ても似つかない全く別の系統の魔力を宿した子供が現れた。
この時、世間は大混乱した。
「家の子が……粋なり透明に!」
「全身が霧化してしまった! どうすればいい」
「子供が塵を操るの!」
その子供らは、普通の魔導師が鍛練に鍛練を重ねて修得する魔法を生まれた時点で身に付けていた。
世界でも類を見ない以上事態に世界全土で数多くの特殊な子供が生まれた事によって、魔導師にとって魔法の幅が広まると同時に子供を軍事利用等に使われてしまい、多くの子供の命が失われた。
もちろん、邪馬国でかなりの確率で生まれていたが、その時は軍事利用を禁止し、普通の子供として扱われた。
魔導に詳しい専門家が幾人も集まり子供が無事に自分の力をコントロールする、環境作りを進めた。
そして、『特異魔導師』と名付け魔導師が学ぶ専門の学院に一年入り自分の魔力をコントロールする事が世界で義務付けられた。
そして、ミミもその類に入るがミミの有する特異魔力はコントロール所か完全に制御していた。
そして、学院に入り自分で魔力をコントロールして性質を更に変え、魔導師の道を歩み始めた。
そして、昨年度の春に聖獣連盟から送られた称号通りに、辺りの地形事異形種を食い散らかしていた。
「【咀嚼】とは名ばかりだな、咀嚼しなずに丸飲みじゃん。咀嚼じゃなくて丸呑みでいいだろ?」
コマネが水橋と並んで、ミミの称号保持者としての働きぶりを見守っていた。
辺りの平地には、所々に歯形が付いているがその倍以上の異形がミミには飲み込まれた。
「さて、俺達もハートさんの加勢に行きましょう。――嫌な予感がする」
コマネが険しい表情でハートの魔力が感じる丘を見詰めると、水橋やミミも丘を目指して歩み始めた。
「ひゃぁー……凄すぎだろ…」
周囲を見渡し、コマネが絶句する水橋の肩を叩いた。
「すみません…。やはり、ただの聖騎士と禁忌の間には、簡単には越えられない壁があるのですね」
辺りの地形を変化させるほどの両者のぶつかり合いは、今のなお続いている。
一般の騎士ではまず、両者の放つ驚異的なまでの威圧には耐えられないであろう事は、既に水橋は気付いていた。
「皆さんは、危険ですのでここで待―――」
「――水橋!」
コマネが水橋を呼ぶ声がするないなや、凄まじい速度で翔るハートが水橋の真上を通過した。
水橋は魔力探知を行ってハートの進む先を探ると、水橋の魔力探知を解除させるほどの戦闘の余波が水橋を襲う。
「――あッ……!」
水橋は力無く膝を突いた。
「各地の部隊に伝達! 称号保持者のみハートさんのいる場所に近づくな、各部隊は戦闘区域から至急離脱し負傷者の救護に当たれ!」
コマネが指示を出した直ぐ後に、急激に魔力濃度が濃くなり数名の新米騎士が急激な濃度変化に耐えれず、血を吐いて倒れた。
「医療班はすぐに手当てを! 一体何がどうなってやがる」
「コマ……あれ」
ミミがコマネの袖を引っ張り、コマネが言われた方へ振り向くと黒色の光を放つ物体が目に入った。
物体は徐々に高度を挙げ、コマネ達が見上げなけばならないほどの高さに達すると、弾けた。
「何なんだ………? 今の」
コマネが不思議そうに空を見上げていると、唐突に天候が崩れ先程までの晴れ模様とは売って変わって雷鳴すら聞こえ始めた。
「一体何なんだよ……」
コマネは後ろを向き肩で息をする水橋を安全策な場所に連れていこうと歩む寄る。
すると、ハートや黒のいるであろう場所に巨大な落雷が落ちるとその影響か辺りの魔力濃度掻き消された。
「今度は何だよ!」
コマネが水橋に駆け寄ると、水橋はコマネを払い除けた。
「――私より、最優先事項があるでしょ……ハートさんを頼みました」
水橋はそのまま意識を失い、ミミの部隊と共に区域から退いていった。
「最優先事項……ねぇ。そこまで言われたら、やるしかないだろ」
コマネは小銃をホルスターから抜き、慎重に丘の上から頭を出すとそこには、ボロボロの黒に肩を貸してこちらに近づくハートがいた。
「ハートさん!」
コマネは急ぎ二人に近づき黒に肩貸し、そのまま丘を越え黒を安全な所に避難させた。
「あの……ハートさん。この状況で聞くのはなんですが、敵は?」
コマネが恐る恐る聞くと、ハートは苦笑いして答えた。
「頼りになる元魔導師が来てくれたからな……この状況じゃ、俺の力は皆無かな?」
ハートは胸ポケットから端末を取りだし、全部隊に一斉に状況説明をした。
ハートに肩を貸したまま、意識を無くした黒は庭園の中で目を覚ました。
「――やっちまった……。まさか【黒丸】使った上に、俺が先にやられるとはな。アイツにまた、小バカにされるな」
黒は黒竜と鬼極の手を握り二人の魔力を返すと、意識は暗闇の中へと消えて行った。
黒が目を覚ますと、コマネが治療魔法で治療している所だった。
「治療魔法……あぁ、意識無くしたのか…俺」
黒は起き上がろうとするが、コマネが寝ているようにと黒を押し付けた。
「あんたはもうボロボロだろ、援軍が来たのならその人に任せて休みましょう。貴方の魔力もう無いんですから」
しかし、黒はコマネの手を退け立ち上がった。
「お前らは、魔力が無いと戦えないのか? 何のためにドライバがある、何のために腕がある。―――何のために体があるんだ?」
黒は傍らに置いてあった黒幻を取り、鞘から抜きその足で丘を登り始めた。
「魔力がないなら、己の身1つで戦い抜け。――それがどんなに不利な状況でも」
前を進む黒を止めようとしたが、ハートがコマネを掴みメモを渡すとコマネを転送魔法で本部まで強制転移させた。
「――良いのか? 本部帰るチャンスだったんだぞ?」
黒が尋ねるが、ハートは鼻で笑い黒の背中を思いっきり叩いた。
「お前一人で行かせる訳ないだろ。それに……雷帝様がお待ちだ」
「だな! さて、魔法は使えないが。竜人族のポテンシャルの高さ見せてやる!」
暁は目の前の雷帝から逃げ回りつつ、出来るだけ速度の早い魔法で交戦するが尽く、それを上回る速さで自分の倍以上の力でねじ伏せられていた。
「くッ!……そがぁ!」
暁はどうにかして、攻撃を堪えていたが思いの他黒との戦闘で体力を削られていた。
「闇魔法、ディク――」
暁の魔法の発動する直前に、暁の全身を雷が貫いた。
「――どうした? 大分へばって来たな」
暁は痺れる体に鞭を打って更に遠くへ逃げるが、雷の速度で追い付かれ再度落雷によって全身を駆け巡る激痛は激しさを増していた。
「くそッ! ……たれぇ!」
暁は自身の体を強化するが、黒の時以上の強化を何度繰り返すが
雷帝の前では無力だった。
「――さて、どうする?」
雷帝が暁の前で仁王立ちしていると、雷帝の正面から治療を終えた黒が歩いて来た。
「流石は黒だな。全く懲りねぇな……」
だが、雷帝が黒の方へ振り向いた僅かな瞬間を狙って、暁は転移を行い二人との距離を置いた。
「よく見てろよ、ボケ」
黒が歩み寄り、雷帝の肩を叩いた。
「お前待ちだったんだよ。速く済んだら折角の祭りがつまらないだろ?」
雷帝は黒の左側に立つと、パーカーを脱ぎ捨て黒色の羽織に着替えた、4本の剣と竜を模した黒い羽織に。
「当たり前だろ? 俺らの騎士団だぜ」
雷帝は自身に落雷を落とすと、ストレートだった髪型がトゲトゲした髪型へ黒髪から金髪へ全身に流れる魔力が先程とは比にならない程増していた。
「スッゲ……いや、全く。コイツが俺と同じ【帝】とはねぇ」
黒は黒幻を暁に向け構えると、雷帝が一歩前に出る。
「俺の名は……『富士宮 翔』【雷帝】の称号保持者であり、黒焔騎士団四天の一人。『一天の雷帝』とは俺の事よ!」
翔がどや顔で良い放つが、上空から出現した異形の大軍勢によって、敵おろか味方にすら聞こえたいなかった。
「…だ……大丈夫だー、俺は聞こえてたぞ!」
黒が翔の自己紹介を聞いていたと言ったが、翔はまるで自分の登場シーンを取られた主役のように地面に突っ伏していた。
「あちゃー……こりゃ当分、立ち直らんな…」
黒が翔の横を通り過ぎると、辺りを囲んでいた異形の尽くを青い雷が貫き、塵へと変えた。
「もう、立ち直ったのか?」
「お前に……獲物を横取りされたら、それこそ俺が目立たない!」
翔が指鳴らすと、異形種一体一体の頭上に周囲の電気が集まり1つの球体を生成した。
「燃えカスになりやがれ!」
腕を降り下ろすと同時に、球体が破裂し中に蓄えられていた雷が降り注いだ。
「雷魔法【降り頻る雷玉 】」
周囲の異形を一掃すると、遠くで見下ろす暁を睨んだ。
だがそこには、暁の他に異形との混合体のNo.3No.4が左右に立ち、その後ろには学院で禁忌と対峙したギャラハとベイドもいた。
ギャラハとベイドは以前に比べて全身に身に付けている骨の数も増え二人から滲み出る魔力も以前とは段違いだった。
その後ろには、全身を布で隠した大男とシスター服に身を包んだ笑顔のシスター。
そして、マフラーを巻いた渚の姿もあった。
「随分と大人数で……逃げるか、黒?」
「逃げたいね……逃がしてくれたら」
暁が立ち上がる瞬間、光の槍が赤ちゃんを襲うが、ベイドが巨大な骨で相殺した。
「やっぱ……不意撃ちは無理か」
ハートも黒に合流すると、暁は笑みを浮かべた。
「今回は、翔に邪魔されたけど今度こそ黒を倒すよ。ここの皆で……」
暁が真っ赤な三日月が造り出す黒い雲に消えるなかで黒は渚に質問した。
「渚! ……次会うときは、敵なのか…」
渚は黒の問いには見向きもしなずに雲の中に消えて行き、その後ろ姿を眺めるしかなかった黒は、またもや自分の無力さを味わった。




