二章二十節 戦の始まり
静かな夜を照す明かりは、大きな満月の他に真っ赤な満月が並んでいた。
だが、少したつと徐々にぼやけていき、遂には影も形も無かった。
「今のは何だったんだ?」
大きなリュックを背負った男がヒゲを必要にいじりながら先程の現象に疑問を抱いていた。
しかし、首は傾げるが自分は疲れていだけだと思い込みその場を後にした。
黒が率いる黒焔騎士団と薫が手を回して集めた騎士団が合流すると、黒に大小の地図を渡すと薫の元に集まりだした。
その中で、黒率いる黒焔はいや、綾見は今回の作戦に余り乗り気ではなかった、綾見同様にロークや殺女も同じだった。
ステラは三人の姿を見詰めているが、声を掛けれずに戸惑っていた。
「ステラちゃんの気持ちも分かるよ」
茜がステラの両肩に手を置きながら話し掛けてきた。
「――茜さん…私はどうすれば良いのでしょうか」
ステラは顔を曇らせるが、碧がステラの手を握ると、笑みを浮かべた。
「何も心配何ていらないんですよ、ステラさん。渚さんもきっと戻って来ますよ……」
そう言うと碧は笑みを浮かべた、端から見たらいつもの笑みに見えるが、茜やステラには見抜けた。
我慢して作った笑顔だと。
「橘殿――ご子息の方がお見えになっております……」
「ご子息? まさか……」
薫は机から勢い良く立ち上がり書類を部下に押し付け、テントの隙間から外を覗くと全身を武装した黒が立っていた。
「あの子……本気のようね」
薫は少しだけだが、笑顔になるが直ぐ様険しい目付きに変わり、黒の元へ向かった。
「――母さん……いや、円卓騎士団第8席上級銀騎士橘薫殿……」
黒が薫の前に腕を突きだすと、右手の甲に赤黒い竜の紋章が浮かび上がると、黒の紋章に反応したのか薫の右手に3本の剣を模した紋章が浮かび上がる。
薫は其を確認する事なく左手を前に出すと、黒の紋章が薫の手に移り黒の紋章は消えて無くなった。
「――橘殿、私の万が一の時は……黒焔騎士団全団員をお任せします」
薫は静かに頷くと黒は頭を下げ、小型の飛竜を呼ぶと空高く飛んでいった。
「その紋章は一体何なんですか?」
1人の騎士が尋ねると薫は、静かに答えた。
「貴方はどこ所属なの?」
騎士は胸に手を当てながら答えた。
「ハッ、【千羽の騎士団】の新米騎士です!」
薫は騎士に背を向けると、一枚の紙を取りだし騎士に見せた。
「この紋章、橘殿の左手の紋章と同じですよね」
「そう。それは全ての騎士団に必ずある、シンボルの“騎士の旗”の紋章よ」
『騎士の旗』
全ての騎士団が掲げ、その旗を己の団のシンボルとしてまた、大規模な衝突で疲弊した兵を鼓舞する時などに掲げる物だったが。
今では、全ての騎士団共通の証でありプライドの具現化と言われている。
「旗を無くしたり傷付いた時は、我々騎士団のプライドが傷付いたと思え!」と言われる程の価値があった。
そして、その旗を持つ騎士団団長は自らの手に騎士の旗と同じ模様の魔力刻印を刻み、旗を持ち出せない場所や戦場で紋章を空に浮かばせて鼓舞する物だ。
だが、騎士団長の仲ではもう一つの意味があった。
自分が死ぬ間際や団から離れる時に、紋章を与えた者にその先の騎士団を任せると言った意味が込められていた。
「まさか! では、先程の彼は今から死にに行くと言うのですか!」
それを聞いた騎士は黒を止めようとするが、薫の部下に止められた。
「お前は、男が命を張って決めた事に口を出すのか?」
落ち着きを取り戻した騎士は、一礼すると自分の持ち場に戻ったて行った。
「ですが、彼の言い分も分かります。本当に行かせるのですか? 橘殿」
薫が書類を手に取り、作戦を立てるために椅子に座る。
部下の言葉に耳を貸さない薫の態度に部下の1人が歩み寄ると、薫は人差し指を立て、部下の足を止めさせた。
 
「今、通話中。静かにね」
薫の前に現れた数個のモニターには小さな子供が写っていた。
「それじゃ、宜しくね」
薫が微笑むと、子供達が一斉に手を上げて答えた。
「はーい、マザー」
子供が笑顔で手を振り、モニターは消え薫は椅子から立ち上がり全ての騎士団を呼ぶようにと部下の数名に命令した。
黒は先程の飛竜から変わり黒色の毛並みの馬を走らせたていた。
幾つもの林や谷を越え、立ちはだかる異形を蹴散らしながら突き進んでいた。
数多くの異形種を倒す中で黒はある疑問を抱いた。
「この異形の数は以上だ……まるで、何かに引き寄せられているような」
黒は馬に魔力を流すと、馬は目を赤く光らせると更に速度を上げ禍々しい魔力のする方に馬を走らせた。
「黒が1人先行した。と――」
ハートは黒焔の団員が並び、黒の単独行動を報告していた。
「――所で、君達は何で俺に報告を?」
ハートが正面に立つ碧に尋ねた。
「母様がハートさんに言えば分かると……」
すると、ハートは腹を抱えて笑い転げた。
「成る程……成る程ッ! 流石は円卓に席を置く方だ」
ハートは自身の団の副団長を呼び右手の紋章を迷いなく譲渡すると、通信端末を操作して何処かにメールを送った。
「――なッ……団長! 何をしてるのですか、私に紋章を与える意味を分かっているのですか!」
副団長の言葉を聞く前に、木陰で休憩していたグリフォンに股がると空に飛び去っていった。
「――えーと」
碧が後ろの茜やローク達の方に振り向くが、唖然としたままハートの後ろ姿を見詰めていた。
黒は巨大な山脈から敵の勢力が集まる場所の中で、ただ1つを見詰めていた。
「――暁。 やっぱりお前はそっち側か……」
黒が黒幻を持つ右手に力を込めると、黒竜が黒に話し掛け黒竜の話に耳を傾けていたため、背後に近づく影に反応するのが遅れてしまった。
「――くそッ!」
蜘蛛の様な容姿をした異形に襲われる瞬間、無数の水の刃が異形種を切り刻んだ。
「全く――注意欠如だ」
巨大な酒瓶と樽を抱えた1人の男が黒の前に現れた。
「何でお前がここにいるんだよ……」
黒は驚きつつも、自分の影と重なる影に気付き見上げると同時に、空からハートが降りて来ると納得した顔をした。
「何だよその顔は、まるで俺がお前の考えを読んでた見たいな顔をしてるな」
「お前なら来ると信じてただけだよ……ハート」
黒の見詰める先に居たのは、異形種を従えた暁だった。
「黒ちゃんにハートか……それで、お前はなんだよ。邪魔だ」
暁が睨むと、男の両側から一斉にに異形種が群がるが、瞬く間に塵となった。
「俺は、世界評議会直属称号保持者【酔魔】の花海だ――覚えときな!」
花海が叫ぶと、異形種が花海目掛けて再度群がるが、花海はゆっくりと樽の中に入っていた酒をがぶ飲みした。
暁は鼻で花海を笑い、片手を空に掲げると同時に空間に歪みが生まれ、ぞろぞろと大型異形種のヘカトンケイルの姿があったが、その後ろには甲殻型や飛行型等と言った異形が見えたが何より、人形の様な新種も見受けられた。
「何だ何だ? こんなに隠してやがったのかー?」
花海が樽を放り投げ、頬を赤らめたまま黒の前に出た。
「花海よー まさか、俺が足を引っ張るとでも? 」
黒が黒幻を鞘から抜き、全身に魔力を巡らせて髪が逆立つまで巡らせていた。
「こちとら、バリバリの本気だぞ? 逆にお前が足を引っ張んだよ」
「二人とも俺を忘れてないか?」
ハートは花海の横に立つ黒の肩を掴み、全身を光魔法で生成した鎧で身を包むと。
「俺ら3人とお前1人……こちらに分があるな」
ハートが尋ねると、暁は両手で笑いを堪えるのに必死だった。
「3対1? 違うよ。3対――60憶だよ!」
暁が両手を広げると、真っ赤な満月が暁の背後に現れると、空間が歪み更に先程の倍以上の異形種が現れた。
「――ハート。さっきのこっちに分があるってのは取り消してくれるか?」
黒が一歩後ろに下がろうとしたが、背中を押されバランスを崩しかけた。
「危ないだろう……が……」
黒の目の前には、見知らぬ女性騎士が立っていた。
「お初にお目に掛かります! 世界評議会直ちょッ!」
勢い良く黒に挨拶しようとしたのか、騎士は自分の所属を言おうとしたがその直前に噛んでしまい、顔を赤らめていた。
「――テイク2……」
花海が小声で言うと、騎士は真っ赤な顔のまま大声を上げた。
「私は、世界評議会直属称号保持者【瑠璃の皇女】の称号を頂いた、幸崎千歳と言います。結成して間もない新米騎士団【瑠璃色騎士団】で騎士団団長をやってます! 橘先輩に憧れて、騎士を目指しました!」
千歳が先程の赤面を忘れる程のキラキラした目で黒を見詰めていると、長髪の男が千歳と黒の間に割って入ってきた。
「橘殿、お初にお目に掛かります。世界評議会直属称号保持者【転生】の称号を持ってる、【ストラト・リート】と言います」
ストラトが黒にお辞儀をすると、千歳がストラトの腕を掴み自分の方に向かせた。
「ストラト! 私が先輩と話してたの、邪魔しないでくれるかな?」
千歳が頬を膨らませてストラトを睨んでいると、ストラトは千歳を持ち上げ後方に投げた。
千歳の悲鳴が彼方に消えたのを確認しまストラトは黒に向き直り、その先で群がる異形種を睨んだ。
「これで、邪魔な奴はいなくなりました。さっさと仕事を終わらせましょう」
「あ……そうだな」
ハートや黒が困惑しているなかで、花海は1人で異形種目掛けて先行していった。
「あの野郎、酔ってやがんな」
「まあ、酔ってくれた方がこちらてしてはありがたいな」
ハートと黒を置いて突き進む花海の猪突猛進ぶりに少し、黒は引いていた。
「さて、俺ご指名かな?」
黒の周辺を取り囲む様に現れたヘカトンケイルにストラトが後退ると、ハートがストラトの肩を掴んだ。
「この数のヘカトンケイルを見たら誰でもしり込みするもんだ。壮観だろ? 見上げれば雲を隠す程の巨体だらけ。けどな、俺達はな……」
ハートは向かって来る大量のヘカトンケイルに向き直り、右手に貯めた魔力を解き放つ。
 
「俺達騎士は、この光景以上のする奴と戦ってんだ覚えとけ。――新米称号保持者さん」
解き放った魔力が巨大な光の槍となり、ヘカトンケイルの頭上に降り注ぎ巨大な光の柱を幾つも造りだした。
その光景はさながら、光その物を従えた神にすら見えた。
 




