二章十七節 元老院VS橘支部
月明かりに照され、草原を大勢の馬が砂ぼこりを上げながら、目的の橘支部に近づきつつあった。
「隊長……何か変じゃないですか?」
「どうした? 新入り。まさか、この任務にビビってんのか?」
「ち…違いますよ。先輩の方こそいつも適当なのに、今だけしっかりしちゃって」
「バーカ。俺はいつも適当なのは、めんどくさいからだ。でも―――この任務で、そうは言ってられねえんだよ」
新入りは先輩の姿が、先頭を走る隊長と皆から慕われる男の背中に重なって見えた。
「所で新入り君」
「はっ…はい!」
新入りの隣を走る女性隊員が声を掛けると、驚いたのか高い声で反応した。
「フフッ ――余り緊張してたら、大事な所でミスしちゃうから。肩の力を抜いて」
「…はい!」
女性の提案は惜しくも、逆効果ではあった。
「それで、変な所ってどこなの?」
「そうです! 前に一度偵察に来た時に比べて、支部への距離が長く感じるんですよ。…気のせい?」
「気のせいよ。ほら―――目的の山が見えてきたでしょ?」
目的の山が見えると、隊列を組み換え、隊長はそのまま直進するなかで、隊の人数を半々に分け西側と東側から攻め込む作戦だ。
直進した隊長が、草原と崖の間を流れる川に差し掛かると、馬から降りると。
腰に下げていたサーベルを鞘から抜き、男の頭上に落とされた巨大な石を真っ二つに切り裂いた。
「野蛮だな。影や音で察知出来る攻撃をしてくるとは―――。所詮は異族の騎士団と言った所か」
溜め息を溢し、全身に纏わせていた魔力を解きサーベルを鞘に納めた。
「こんな三下に、神器を使おうとしていたとは……」
崖の上に立つ人影に手招きをした。
「お前如き三下には特別に、一発殴らせてやるよ。殴れたらな………クッハハハ!」
人影が崖から飛び降りると、腰を落とし全身の魔力を右腕に流すと。
男に一歩踏み込めと同時に一気に男の懐に潜り殴ろうたが、男は魔力を両足に纏わせ一気に跳躍して人影から距離を取った。
「ッ!――――何だ今の。俺以上の魔力反応だと、一旦距離を置いて……はっ!?」
空に待避した男の頭上に影が覆い被さると、男は振り向かずに逃げようと体をバタつかせるが、降り下ろされた蹴りが男の顔に入る。
「あっ……」
人影が思わず声を出すが間に合わず、地面に叩き付けられた男は頭から血を滴ながらも、魔力を全身に纏わせ神器を掴んだ。
「…この…俺様のッ!――――顔をその汚ねぇ足で蹴り飛ばしたこと、万死に値するぅ!」
男が神器ことサーベルを地面に刺すと、男は神器を解放した。
「神器解放―――へし折れ【圧し刀】!」
男の持つサーベルが徐々に変形すると、日本刀の様に形を変わり、上空で停滞し続ける人影の近くに瞬く間に移動すると、神器を降り下ろした。
すると、辺り一帯の地面が捲れ上がり、場所によっては地割れ岩盤が出てきた所もあった。
「何だよ……以外と頑丈なお嬢ちゃんだな」
男は砂ぼこりを挙げながら、這い上がって来たステラに驚いていた。
「……強い…かな?」
『気を引き締めなさいよ。アイツは今まで以上の敵を相手して来たのよ、相手は強敵よ。――だから、本気で相手しないとね』
「そうだね……。目覚めろ【凍てつく刃】!」
ステラが叫ぶと、ステラの周りの砂や岩が徐々に氷始め、遂には、氷の木が生えたり氷の花等が形造られていった。
「お前も、魔物使いか。ならば、俺も本気で挑まないとな………溺れろ!【礎の巨人】」
地面から現れた石の巨人は背中に背負っていた、巨大な戦斧を天高く掲げ、天に轟く程の雄叫びを挙げた。
西側の森から支部に向かって攻め込む部隊に盗聴していた通信が入った。
「正面……ザザ……巨…ザザ……魔力確認………ザザ……正…を固め……」
盗聴器から流れる声を聞いた部隊は、林を抜けて森に入って支部の中から黒焔を襲う作戦に切り替えて、林を突き抜けるために走り出した。
「……絶対出待ちされてるよね……」
小声で帽子を弄りながらも、隊員は他の隊員の後を付いて走っていた。
「ちょっと待つすっよ」
林の奥から男の声が聞こえると、透かさず木の上や茂みに隠れ周囲を警戒していると。
「ぐぁッ!」
木の上に隠れていた隊員が地面に落ちると、巨大な大鉞が隊員目掛けて飛んで来た。
「――クソッ!」
隊員の1名が倒れた隊員を茂みに投げ、飛んで来た大鉞を躱わし腰から取り出した拳銃で飛んで来た方向に発砲するが仕留めた気がしなかった。
「殺ったか?」
「まだです」
発砲した隊員に木の上で隠れていた隊員が聞いた。
「今のは惜しかったよー。まっ当たって無いすっけど――ねッ!」
風を切る音がすると、木々を薙ぎ倒しながら再度鉞が飛んで来た。
「避けろ!」
隊員が声を挙げると、各々が鉞を避けると、部隊の中で一番ゴツイ男が戻ってくる鉞を掴み取り回転を加えて投げ返した。
「うおッ!――って、マジかよ!」
鉞が林の奥に消えると、男の声も聞こえなくなった。
「行きましょう。この感じだと、敵も気が付いているでしょう」
拳銃をリロードし終わり、後ろを振り向くと。
木の上から渚が現れ、ゴツイ男の首に凄まじい速さの手刀が叩き込まれ、男白目を向いては気を失った。
全員の気づく時間が遅れ、距離を置こうとするが、殺女と三奈に挟まれていた。
「…チッ!」
帽子の隊員は袖からナイフを地面に突き刺し、ナイフに纏わせた魔力を開放した。
「ッ!――ただの煙っす、一旦距離を置きましょう」
渚に釣られるように、三奈や殺女も距離を置くが、煙の中から出てきた帽子の隊員に気づけても、目の前に迫る銃弾を躱わすのは不可能だった。
「――チェックメイト!」
銃声が林全体に響き渡り、風に吹かれ木々の擦れる音が銃声を掻き消した。
その頃東側では、魔物と魔物の戦闘の余波をほとんど受けず、元老院の残り戦力が山の中腹に隠されている支部を目指して攻めていた。
「何だこのザル警備――これなら、支部攻略も造作もないですね」
眼鏡を直しながら、一人の隊員が余裕な表情をしていると、後ろに立つ女性隊員に頭を叩かれると、真剣な表情に戻った。
「どんな時でも、警戒し続けること。ここはもう敵側の拠点であることを自覚する様に……ね」
女性隊員が注意を呼び掛けると、他の隊員達も同様に警戒しながら森に向かう。
森の中腹に差し掛かると、隊員の一人が足を止めた。
「どうしたんですか?」
新人隊員が先輩隊員の背中から顔を出すと、目の前に行く手を阻むように立つ綾見とロークの姿があった。
「そりゃ、そうだよな。見張りの一人二人必要無いって事は………必要無い程の実力者が見張りってことかよ…」
先輩隊員がドライバを構え、他の隊員達を守るように一歩前に立った。
「お前らは戻ってEルートから行ってろ――ここは、先輩に任せて任務に専念してろ」
「――じゃあ、私も残らなきゃね」
「お前もだよ」
女性隊員がクナイ型のドライバを構え、先輩隊員よりも前に出た。
「先輩なのは、何も君だけじゃないんだよ。私にだって先輩らしい所を見せなきゃ」
両者が一定の距離保ったまま、時間だけが過ぎて行き、元老院の二人は他の隊員がEルートに行くために森を出たのを確認すると、溜め息を吐きながら、額から流れる汗を拭った。
「ハハッ………本当についてねぇな。弱体化した筈の黒竜が、こんな凶暴な番犬を飼ってる何てなー……勝てる気しねぇよ」
「勝てなくても、時間位は稼ごうよ……」
二人が同時に踏み込み、綾見とロークに詰め寄り攻撃を繰り出す度に、木々が倒れ木々で隠れていた山肌が見え始めた。
その後も両者共に激しいさを増し、支部の東側は隣接する山と山の間に出来ていた谷が寄り一層深くなり。
しばらくして激しいぶつかり合いが終わり、ボロボロになった隊員が現れたが、その直ぐ後ろには、真っ青な炎を纏った影と獣の様な姿の影が両者を見下ろしていた。
「どうした!どうしたぁ! 逃げてばかりでは、私に勝てないぞ!」
ステラは巨人の猛攻を躱わしながら、支部とは真逆の草原まで逃げていた。
「あと……もう少し――――」
戦斧が降り下ろされる度に地面が捲れ上がり、紙一重で躱わすも巨人の石魔法で生成された剣や柱等がステラを追い詰めていく。
「ホラホラホラッ!ホラーッ!」
攻撃が更に激しくなり、躱わしきれなくなったステラは足が縺れ戦斧の餌食に…………なることはなかった。
「なぁにぃ!」
男は魔物に魔力を送るが、凄まじい音を立てるだけで一向に戦斧がステラに届く気配がない。
「どうした、潰せぇ潰しやがれぇ!礎の巨人!」
巨人が両手で戦斧を掴み、地面に足が沈み込む程に体重を掛け戦斧を押し込んでも、戦斧はピクリとも微動だにしなかった。
「何故だ……ッ!?何だ、その氷は!」
戦斧の刃全体に巨大な氷が覆い被さり、徐々に戦斧全体を凍らし始めた。
「くっ……クソが!―――戦斧が使えないなら、素手だぁ!」
男が巨人が戦斧を手放し、拳1つで突っ込む巨人を見ていたステラは、溜め息を溢し片手を前に突き出し魔物に命じた。
「行くよ、凍てつく刃―――氷魔法【冷凍】」
吹雪が一瞬起こると、巨人の体を一気凍らせて巨人の氷漬けが出来上がった。
「な…何故だ…たかが魔導騎士一人に、この私が…敗れる筈が―――」
ステラは崩れ落ちた男の前まで近づき、右手には氷を凝縮させた球体を浮かせ男の顔に近付ると。
「―――貴方の敗因は、自分の実力の無さと勝てもしない相手に手を出した事です。今度は――もう少し、私を楽しませて下さい」
ステラは微笑み、男の頭上に球体を落とした。
ステラは向き直り、支部に向かって進んでいるとステラの背後から凄まじい爆発音が静かな夜の草原に響き渡った。
「帰ったら、碧さんお手製のクッキーでも食べようかな」
『ステラ……貴女太るわよ』
「お…美味しいから仕方ないし! 食べ過ぎなければ良いの」
アイシクルは美味しいからつい食べ過ぎてしまい太るのではと思ったが、今のステラに言っても意味がないと分かっていた。




