二章十六節 狙われたリーラと朧月
碧のデスクには山の様に書類が積まれ、床に落ちている書類やデータの入ったメモリカードがそこらかしこに、散乱していた。
「……もう、嫌だ……」
ここ最近まで、星零学院の仕事を溜め込んでしまったいた。
そのため、碧のデスクには騎士団での仕事、調査書類や妹が送る研究データ等が溜まりにたまっていた。
碧は頬を叩き、デスクに置いてある書類を処理し始めた。
「大分ましになったかな?」
デスクはキレイに片付き、碧は椅子に凭れ掛かると、1枚の封筒が机の下に落ちていた。
中身を取りだし書類に目を通すと、直ぐ様支部の内線電話を取り茜と黒を自室に呼んだ。
碧の部屋に黒が着くコロには、茜と碧が既に集まり話をしていた。
「お兄様は、ご存知でしたか?」
「いや……実例がなかったしな、確証がないものを信じるのには無理があった。まっ結局、神器を反応しないって言う証拠に加えて制御出来ないと来たら、信じるしか無い。それに、元老院も俺より先に気付いてたしな」
黒はポケットから封筒を出し、中を広げると、事細かにリーラの事が書かれていた。
当然、リーラが二種の魔物所有者だと言う事も知られていた。
「元老院が動き出したら、もう手遅れだ。その前にリーラの魔物を使えるようにしないと」
「でも黒兄。使えるようにするにしても、いつ動くかわからない奴を警戒するのは、骨が折れるよ」
茜が数枚の書類を手に取り、机の上に広げた。
「現状から考えると。一応ここは、邪馬国の国境内に入っているけど、元老院に国境って言う概念が無いからねえ………私達が大和支部を拠点にして活動し続けたら、大和が危ないし……」
すると、碧がある提案をしてきた。
「茜ちゃんの研究所を使うのはどう?」
「どういう事だ?」
黒が首を傾げていると、碧は通信端末を起動すると、茜の研究所の図面が出て来た。
「茜の研究所の上は病院が有るけど、それら全ては一応茜の物のでしょ?」
「そうだけど……まさか!?」
「そう――。その研究所を拠点にすれば、邪馬国の国境内だから手を出してきても防衛行為になるし、邪馬の王様も後ろ楯になってくれるよ」
「なるほど、リーラの魔物制御は俺に任せてくれ。考えがある」
そうと決まれば、三人は行動に出た。
茜は研究所の職員や研究員に説明をすると、直ぐ様研究所に戻り病院施設や研究所を周り、防衛装置を付け始めた。
碧は、邪馬国の王に面会すると、元老院の事や研究施設の件を話、後ろ楯になってくれるように働きかけた。
黒は大和に残っていた団員を全て邪馬に移送するために、転送魔法の準備をして、ミッシェルと千夏にリーラの一件を任した。
全て移送を終え黒が、夜の裏路地を一人歩いていると、月明かりに照らされ建物の上に立つ人影が黒と重なっていた。
「人の上に立つのが好きらしいな、お前は」
人影はピクリとも動かず、長い髪が風に揺れていただけであった。
「反応位しろよ……ま、良いや。お前らが必要だったらいつでも呼ぶ。だから呼ばれても言い様に、準備だけはしといてくれよ」
強風が路地を抜け、黒が夜空を見上げると、先程の人影はいつの間にか居なくなり、残ったのは夜空を埋め尽くす星と静けさだけだった。
後日黒達は、茜の研究所に訪れると意外な事に驚いていた。
「『橘総合病院』コレって、茜ちゃんの研究所が橘の管理下になったのかな?」
碧が首を傾げていると、白衣を着た二人組が近いて来た。
「おっ……、なるほど。院長と教授のご登場だ」。
「似合わないかな?……この構図は」
背の高い大人の色気を出しまくりの女性は胸に名札で『橘総合病院院長』と描いてあり、隣の茜には『橘総合研究所所長』と描いてあった。
「意味分かんない……何で私が院長じゃないのよ」
茜が頬を膨らませながら愚痴を溢していた。
「まっ、所詮は研究者止まりなんだよ」
「ナニを!言ったな……黒兄、今言っちゃいけない事言った!」
「ねえ、私も話に混ぜてよ」
少し甘い声で話しかけてきたのは、院長だった。
「神影叔母さ……」
碧が叔母さんと言い終わる前に、神影が碧の口を押さえ込み、そのまま足払いをして手慣れた手付きで碧を拘束した。
「うん?……誰がオバハンだって…」
碧は震えたまま硬直していたが、それを見ていた茜震えていた。
「叔母さんって仕方ないでしょ。母さんの妹だったら、俺らにとって叔母に当たるんだから」
黒が事実を述べると、神影は黒に抱き付いた。
「わーん! やっぱり、私にとっての一番の理解者は黒ちゃんだけだよー……」
抱き付き黒の顔に胸を押し付けると同時に、黒の胸ポケットに小型注射器を忍ばせた。
(今の注射器は、一時的に魔物の封印を強制的に解除する薬品が入ってるの。一応持っといて、おじいちゃんと義兄さんにも許可は得てるけど、無理はしないでね)
神影は静かに黒から離れると、タイミング的に仕掛けていたのかポケットの端末から着信音が鳴り、黒達に手を振りながら早々と病院の中に戻って行った。
「さて―――。病院には、叔母さんがいるなら安心だし。真っ向からぶつかる準備は出来たな」
黒は高鳴る鼓動を抑えつつ、黒達の新たな拠点に向けて病院に入っていった。
病院の下では、異形種や古代兵器又は神器に付いての実験やデータを取る研究施設がある。
そして、隣接山に2つの施設を造ったため、山の中に黒達の拠点『黒焔騎士団』が造られた。
邪馬国国境近くに、聖獣連盟橘支部と付けられた騎士団本部が出来たと言う話は、各国の世界評議会の耳に入ると、聖獣連盟にも当然の如く情報が入っていた。
その後、数ヶ月間黒は、禁忌の聖騎士の仲間数名から「橘支部……ププッ」「橘支部の騎士団団長様……ブッ」と小馬鹿にされていた。
「くそッ! ………みんなバカにしやがって……」
黒が自室で愚痴りながら休んでいると、扉を叩き少したってたから、ロークと綾見その後ろには殺女とステラが入って来た。
「大分ましになったな。気分はどうだ?」
ロークから漂う魔力は、つい最近までのひ弱な物とは様変わりしており、綾見もローク同様に魔力の質も量も段違いだった。
殺女に関しては、会った時は魔力量だけは人一倍だったが質に問題が有ったが、目の前の殺女からは、質も量と並ぶ程になっていた。
ステラは魔力の質も量も問題は無いが、魔物 の制御や魔力制御が余り得意ではなかったらしいが、茜の指導の甲斐があってか漂う魔力を抑えているのが見てとれる。
「さて、俺らの拠点を攻め込もうとする、元老院の魔導師達を完膚なきまで痛め着けてくれよ。今の俺では、お前らを守りながら戦う事が出来ねえからな―――当てにしてもらうぞ」
四人は、目の前の黒に、片膝を突き頭を下げながら忠誠を誓った。
『我が主にして、我々の力の象徴。主の命ならば、我らこの命をも捧げ。主の邪魔をする者の尽くを凌駕し、我らが誇り。黒き旗に誓い団長の新たな道とならん―――』
黒に忠誠を誓い、各々が覚悟を決めると。
ロークのピアス、綾見のブレスレット、殺女のネックレス、ステラの指輪が神々しく輝き、更なる力を感じた。
黒達の橘支部に向け進軍する、元老院の部隊は精鋭揃い、だが、元老院は気が付いていなかった。
月に溶け込み、空を翔る人影に。




