二章十二節 故郷へ
瓦礫が宙を舞い、紅き鬼が巨像の体を切り捨てていた。
  
碧は研究員や騎士団の医療費チームの簡易テントにて、治療を受けていると何名かの騎士に呼ばれ外に出ると。
「あれは……兄さん!」
驚く碧の隣で険しい顔のハートは碧に尋ねた。
「碧ちゃん。黒には楔の封印が掛かってるよね、封印されている筈なのに何で三解禁してるの?」
ハート同様に碧ですら原因すら分からずにいた。
「お父様の封印魔法が解除されれば、必ずしもお父様から何かしら連絡が来る筈ですが……ん?」
すると、碧は黒の持つ刀が黒幻では無いことに気が付いた。
「あれは、血燐一刀……つまり、お婆様?」
碧は笑みを浮かべたまま、泉に近づいて来たが、泉は顔全体に汗をかいたまま顔を反らした。
「お婆様、何故兄さんが泉家の神器血燐を持ってらゃるのですか?あれなら、黒竜に封印が掛かっていても血燐に宿る魔物には、影響ありませんからねえ」
「碧ちゃん……綺麗な顔が台無しですよ…」
恐る恐る泉が碧の顔を伺うと、既に碧の表情は鬼の形相だった。
 
「ハートさん、兄さんの三解禁の原因が分かりました」
「…話しは聞こえてた」
碧の形相が原因なのか、泉は魂が抜けた様に棒立ちしていた。
「あらあら、碧ちゃんも大分強くなったのね」
碧に声を掛けたのは、茜に抱き付かれたチャイナドレスの女王だった。
「碧ちゃん、知り合い?」
ハートが碧に聞くと。
「あっ!お母様、お久しぶりです」
「碧ちゃんの、お母様……は!」
すると、ハートは何かを思い出したのか、恐ろしい速度で片膝を突き早口で謝罪を述べた。
「誠に申し訳ありません!あの名高き、騎士団最高峰【円卓騎士団】の一席に座す方とは露知れず、先程までの無礼、誠に申し訳ありません!」
ハートに釣られるように、その場にいた騎士団全員が頭を下げ片膝を突いたまま固まっていた、恐怖で。
「構いません。そんなに堅くならなくても、もっと砕けていただいても」
「珍しいねえ、薫が出向くとは。川ちゃん何て言ってた?」
薫は泉に向き直り、苦笑いを浮かべながら。
「父さんは、母さんのことを「黒に甘過ぎる、血燐の件と言い甘やかし過ぎだ!」そうです」
泉は額に手を当て小さい声で、「お前もだろうが……」と吐くが薫に丸聞こえだった。
薫は、抱き付いてくる茜に優しく尋ねた。
「黒との生活はどうだった?」
咄嗟の質問に茜は、母から離れると、今な巨像と戦い続ける黒を見つめ、愛らしく向き直り、満面の笑みで答えた。
「楽しいし、毎日が輝いてたよ。騎士団の皆も優しいかったし何より温かかったよ、黒兄との生活は」
それを聞いた薫は、笑みを浮かべ茜を抱き締めた。
「そう、なら良いの。辛い思いさせてごめんね」
茜は涙を堪え、母親の温もりに身を委ねた。
その頃、ロークと綾見は崩れる瓦礫に潰されないように水路を走り抜けていた。
「あの野郎!俺らが出てから暴れろってんだよ!なあ!?」
ロークがカバンを揺らしながら、隣で同じように血相変えて走る綾見に同意を求めた。
「本っ当それ!第一、アイツに敵と味方の区別ついてんのかも怪しいがな!」
何とか潰される前に水路を抜け、碧達に合流すると、綾見が碧や殺女に敵対されたが、何とか説明をすることで綾見は安心する。
 
「それで、今はどうなってんだ?」
ロークが尋ねると、辺りの騎士達は化け物との戦いでかなり消耗していた。
「皆さんは、先程の戦いで体力気力共に消費してしまって現在はテント内で皆さん治療を受けてます」
ステラの両足にも包帯が巻かれたり殺女に至っては全身を包帯でまかれていることから大分無茶をしたらしい。
すると、ロークの背中に粋なりキークが抱き付いてきたため、バランスを崩すが何とか耐えキークを降ろすと、キークはナース服でロークに笑みを見せた。
「無事だったか、キーク」
「うん、お姉ちゃん達が守ってくれた」
キークの頭を撫でていると、瓦礫の上に上空から凄い速度で落ちてきた物体を見つめると、綾見とロークは瓦礫に向け歩み寄った。
「ばかにしおって……今度はそうは行かんぞ!」
老婆は改造ドライバのありったけを自ら首に打ち込むと、みるみるうちに、巨大な化け物へと変わりおぞましい雄叫びを挙げ、ローク達に向け突っ込んで来た。
 
「でかくなったからと言って、お前に俺らに勝てる保証は1つもねえ」
ロークが袖を捲り、片腕に強化魔法を何重にも掛け。
「その通りだな。そう言えば、まだお前に倍返ししてなかったな」
全身に纏わせた塵を爆塵に変え、爆塵が周辺を巻き込みながら化け物を浮き上がらせると、透かさずロークの拳が化け物の顔面に叩き込まれると、巨大な塵の球体が化け物を押し潰し綾見が指をならすと、今まで以上の爆発で化け物の体を塵1つ残さず消し飛ばした。
「ギイャアアアアアアアア」
おぞましい雄叫びが塵と一緒に消えて無くなった、綾見は無意識だったのか、自然と妹を助けるため奮闘する黒を見つめていた。
 
「おっ、やっと終わったか。まぁ、改造ドライバを何本も使った奴を相手にして、生きてるだけで上出来かな」
「グッガギャイイイイイイ!」
暴れる巨像の頭の上でくつろいでいた黒は、老婆の消滅を確認すると、巨像の頭から立ち上がり辺りを見回した。
「両手両足に二本と、口に一本それと細かいの合わせて……十本か、あれだけ暴れて一本も壊れないか。妹ちゃんの魔法を応用した巨像、案外失敗作だな」
巨像の全身に突き刺さる、炎で出来た釘は巨像の自由を奪い尚且つ、魔力を奪い続ける釘であった。
 
「鬼極丸、核の妹ちゃんを切らずに周りだけを切れよ」
『なるほど。任せるのじゃ、主殿!』
空高く飛び上がり、血燐に更に魔力を流し刀身から漏れる魔力が、蒸気を纏った刀身へ変わり、巨像目掛けて蒸気の刃が両断した。
「泉流抜刀術 【蒸気刃】!」
蒸気の刃が核諸とも覆っていた瓦礫を粉々に切り裂き、落下する少女を抱き抱えながら着地すると、綾見が急いで黒の元に走って来るのと綾見に妹を渡し、薫の元に向かった。
「どんな気分、久しぶりの解禁は?」
薫が黒に尋ねるが、黒は返答しないままでいた。
「まだ、気にしてるの?碧ちゃんが連れ去られたの黒ちゃんの所為じゃないよ」
薫が近付き、黒を抱き締めようとするが、黒は薫から離れると笑みを浮かべたが、薫はその笑みに驚いた。
「そうだな、この力を最初から持ってれば、碧は連れ去られずにすんだ……暁を殺してれば、未来は死なずにすんだかもな」
黒の頬は吊りあがり、狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。
「今の俺なら、暁を殺せる!」
だが、薫は復讐に燃える黒の頬を叩くと、大樹魔法で黒を拘束した。
「何すんだよ!」
薫は拘束された黒を見下ろすと、涙を堪えていた。
「…母さん……」
「……黒にはその力を制御することは出来ないと判断しました。よって、更に強固な封印をするために身柄を拘束した後に橘の封印式を行うためにお父さんとお祖父ちゃんの所に戻るから、覚悟しときなさい」
薫の冷たい眼差しに自分に起きるこれからの事を理解したのか、黒が暴れだしたが、祖母の千湖が黒の首を叩き気絶させた。
「碧と茜、貴方達もお父さんの所に行くのよ。母さん、行きましょう」
「分かったよ。ハート殿には後処理を任せますが宜しいですね?」
泉が尋ねと、ハートは何も言わずに深々と頭を下げ5人を見送った。
転移魔法が発動すると、辺りには沈黙と瓦礫しか残らなかった。
「お母様、これから兄さんはどうなるのですか?…」
碧が尋ねると、薫は碧を抱き締め頭を撫でた。
「お父さんの事だから、きっと寛大な処置を施す筈よ。だから、寝なさい、ほとんど寝てないんだから…」
碧は言われた通りそっと目を閉じると、これまでの疲労が押し寄せいつの間にか深い眠りについた。
釣られたのか、茜も眠りにつき千湖の膝の上で可愛い寝息を立てた。
「あらあら、茜ちゃんも疲れたのね」
茜の頭を撫でながら、笑みを浮かべていると、薫が千湖に尋ねた。
「母さん、ごめんなさい。子供達が迷惑を掛けてしまって…」
謝る薫に千湖は、首を振って答えた。
「迷惑なんてこれっぽっちも考えてないよ。そもそも、黒に血燐を渡したのは私だし、黒を甘やかし過ぎた責任もあるよ」
千湖は黒に向き直ると、寝息を立てて眠る碧と茜を見つめ微笑んだ。
「立派に成長したもんだよ。三人共」
何故か、薫も微笑み二人は故郷へと伸びる転送魔法の中で子供達の成長を喜んでいた。
 




