最終章二十節 黒き竜腕が神を砕く
翔達が見詰める先で、橘 黒は試練へと挑戦する。
傷を回復してすぐに、再び傷を負う事も考えられる試練へと挑んだ。
黒は俺の時とは違って、宿した魔物の数は2体。
俺自身が挑んだ魔神が話していた『色彩神の恩恵の影響が強いほど、得られる魔神の恩恵は強力で、代償や試練に影響を与える』――つまり、黒がこれから挑む試練は、俺が挑んだ試練とは比べ物にならない。
―――だからこそ、信じて待っててやるよ――……。
翔が不安そうにそう呟くが、自分の『信じる』と言う言葉が、黒の無事を期待する事を指しているのか、試練の達成のどちらを指しているのか分からなくなった。
だが、それでもただ信じて待つのみであった。
富士宮 翔と言う男が、誰よりも知っている黒の底知れない強さと不屈な心を――……。
目を覚ませば、頭上は満天の星空に幾何学模様のが刻まれた床と、床と同じ模様の浮遊物が漂う不思議な空間に、黒は立っていた。
不思議な感覚とでも言うのだろうか――魔力に満ち溢れ、自分の潜在能力すらも全力で発揮出来るほどに、身体は軽く快調である。
全身の痛みも骨の軋みすら感じず、先ほどまでの自分が嘘のような状態の自分と自分の背後に感じる威圧感を肌で感じる。
(……試練か…面白い。神器は無いが、魔物と魔力は感じる。眠ってるのか知らんが、黒帝も黒鬼も反応が無い)
『汝にとっての力とは、なんだ』
黒へと問い掛ける低く重圧を感じる言葉に、黒は考える間もなく即答する。
「――大切な者達を守る力だ」
『であれば、汝の大切な者達を害す者達を殺めたとする…。その者達の大切な者達は、汝らを許さない。復讐の連鎖をどうやって、止めるのか聞かせよ』
何者かの続く質問に黒は唸る。
今まで倒し、また殺して来た者達の大切な者達をどうするかと言う問いに、黒はしばらく無言になって考えた。
そして、諦めたように呟いた。
「……分からん」
そう――……分からない、復讐の連鎖を止める方法も無ければ、戦いを止める方法も今の俺には存在しない。
だから、今自分が導き出せる答えは、たった1つ――……。
『なるほど――。人の命を殺め、その業をその小さき背で背負いながらも、無責任に答えを見出ださぬか』
「今の俺には、その答えを知り得ないだけだ。それに、自業自得とも言える……。何より、今は答えを出す必要は無い」
必要は無い――……。
上位と下位が戦い幾ら傷付こうとも、ここで俺が答えを出したとしても復讐の連鎖が止まったとしてとも、根本的な解決にはならない。
復讐が無くなろうとも、上位の侵攻は続く。
元の元凶が存在する限り――。
『で、あれば――。汝は、どのようにして、この長き戦いを終える。汝には、世界の命運がその手に握られている筈だ』
「知るか、世界の命運だとか、世界の結末とかは今はどうでも良いんだよ。必要なのは、どう四大陸を1つにする為だけだ――」
『汝は無責任――。世界を導く者であるか、否かを問いている』
「俺は、世界の未来よりも数日後の未来を見ている。だから、俺が今すべき事を全力でする。他国が争わず、1つになるために圧倒的な力を用いて、服従させるか……。手を取り合い、和平を結ぶかだ」
黒の問いに、何者かは黒の真意に気付いた。
橘黒は、神々が想像させし多くの世界の平和よりも、目の前の平和を優先した。
自分の器と技量では、世界を導く力を持たざるからこその答えであった。
(世界の平和とか、知らん。今は、四大陸と倭を1つに……。下位領域を1つにするだけだ……。――今は、それだけを考えろ。他は後回しだ)
黒自身も争わずして、平和を取り戻す事など出来ない事は理解している。
だが、少しでも争う事なく平和を取り戻す方法は決して無いわけではない。
ただそれには、力が圧倒的に足らないのが現実だ。
『汝に問いている――。汝は、世界を―――』
「おれは、世界を導く存在じゃねぇッ!! さっきから、世界だ命運だの鬱陶しい……。元は神々の悪戯が原因だろがッ!」
黒は怒りを露にし、周囲の魔力を吸収して無意識に力を解放する。
――そうだ。元は、お前ら神様の悪戯とクソムカつく好奇心から、この戦いは始まったんだ。
なら、結末は簡単じゃねーか――……。
黒は笑みを浮かべ、ひとまずのこの神様同士の戦いに一旦の結末を与えた。
「――神殺しだ――だ。そんなに、俺に神々が造った世界に結末が欲しいなら、やるよ。――神殺しだよ……無責任なのは、そっちだろ? なら、自分らが無責任に生み出した存在に殺されても復讐出来る立場じゃねーよな?」
何者かの言葉を待っていた黒の目の前に、真っ黒な肌に白色の布を巻いた見た目の鬼のような角と獣のような牙を持った華奢な体格の男が現れる。
小柄で華奢な体格からは想像出来ないほどの魔力に身構えた黒と、黒と対峙する何者かが突然笑い出した。
『くっははははははははははははははは―――ッ!? そうだ! その答えを待っていたのだッ!?』
なんだ…? この鬼のような獣のような雰囲気の男は、突然来たと思えば笑いだしたやがって……情緒不安定かよ。
笑い声をあげる何者かを前に、黒は生唾を飲み込み一歩下がる。
それは、生物としての生存本能が働いた証拠であった。
多くの戦いを経験し、その都度力を手にし力で圧倒した黒がナハヲと対峙した時に感じた威圧と、押し潰す重圧をまたしても感じる。
―――コイツが、正真正銘『魔神』だと理解した黒は、眠り続ける黒竜と黒鬼の2体を叩き起こそうと魔力を無理矢理繋げる。
しかし、魔物へと魔力が繋がった感覚が確かにあっても、黒の魔力は魔物へとは届いていなかった。
訳が分からず、その場から跳躍して退く黒の動きに合わせて動く。
魔神が飛び退いた黒の真横へと距離を縮め、拳1つで黒の身体を吹き飛ばす。
浮遊物を次々と貫通し、大きめな浮遊物に埋もれた黒が大量の血液を吐き出し、その口を拭う。
――魔物の域を越えたデタラメな力―――。
一言で表す事が可能な次元の力を前に、黒は思わず笑ってしまう。
強いとか、そんな言葉だけじゃ足らないほどの実力がある。
左手の曲がった人差し指と中指を元の方向へと曲げ直し、痛みを堪えつつ高笑いする魔神を睨む。
瞬発力も破壊力も黒を遥かに凌駕する域であり、まともに正面から殴りあって勝てる相手ではない事は一撃を食らった自分が良く理解している。
人族である翔がよく勝てたもんだと、ここを生きて出れたら拍手したいほどだ。
『汝の力は、この程度か? もっと、我を楽しませよ――』
空気を蹴って、一瞬で黒の真横へと移動した魔神の振り上げた右足が、黒の埋もれた浮遊物を粉々に粉砕する。
間一髪で逃れた黒が、息を途切れさせながら魔神を見詰める。
現状の打開策としては、神器が無い俺は攻撃力が極端に低い。今は魔物のアイツらが、どうにか起きるまで粘るしかない……。
そして、魔物が無くともそう簡単に負けないのが黒であり、難攻不落と呼ばれる騎士の底力であった。
魔神の引き絞った跳躍に合わせて、黒が空気を蹴って魔神の間合いに入り込む。
魔神の息つく暇も与えない速度の猛攻を、黒は全身を使って弾き、反らし――。
生まれた一瞬を狙って、魔力を込めた右足で空気を蹴って、魔神の顔に膝蹴りを叩き込む。
透かさず、魔神の頭を掴み魔力を込めた拳を続けざまに叩き、体術と魔法を組み合わせた連撃で魔神を床へとその身体を叩き付ける。
浅い……。元々かなりの防御力が備わっているのか、俺の攻撃が対したダメージになってないのが手に取るように分かる。
落胆する黒とゆっくりと立ち上がり、首の骨を鳴らす魔神の2人が笑う。
余裕の笑いな魔神と、絶望からか笑うしかない黒の2人では、その笑い声は別の意味合いであった。
「……神様ってのは、丈夫なんだな。呆れて、言葉を忘れちまうよ」
『汝は、そこそこ強いな。一瞬の隙すらも逃さない瞬発力と判断能力は見事だ。が――それだけだ…。力も魔法も弱く、児戯にすら及ばない』
黒の全力の攻撃が児戯と称され、魔力を全身に流した黒が立ち上がる。
児戯と呼ばれた事に腹を立てても、それこそあまり意味はない。
自分も魔法の才能があっても、今の実力に見合ってないのは理解している。
魔法は、より使えば使うほど上達し、さらに複雑かつ難易度の高い調律魔法などと言った魔法の習得に繋がる。
――その逆も然り、使わなければ使わないほど腕は鈍り初級の魔法ですら、神器を有した名のある騎士よりも日々の鍛練に明け暮れる見習い騎士の方が初級魔法の威力も効果範囲も段違いである。
調律魔法や、幾つもの魔法を組み合わせた臨界調律魔法などと言った難易度の高い魔法。
習得したとしても使わなければ腕は落ちていき、魔神が黒の魔法の腕を『児戯』と称したほどに弱く見るも無惨な哀れな魔法となる。
そんな気はしてたが、予想以上に魔法の腕が鈍りに鈍った。
黒が魔力を両手に集め、炎を出しては消してを繰り返す。
自分の魔法に対する感覚が鈍った事を確認し、理解した。
自分が今まで戦えていたのは、『神器』と『魔物』の存在だと思い知った。
昔のように、壊してはミシェーレが修理や交換を繰り返していたドライバや魔法と魔物を組み合わせた戦い方の方が体術と魔法のどちらも鈍らせずに効率が良かった。
だが、神器を手にしてからと言うと、魔法は魔物の力を介してのより強力な魔法を多用し、魔力を流し練り合わせるだけの簡単な物であった。
その為、魔物と繋がらなくなり、神器もない自分は――雑魚であった。
自分が竜人族であるがゆえの驕りから魔物の力に頼りきった戦い方によって、魔法の腕が鈍りに鈍った。
その上、体術なども魔物の力を上乗せした状態でしか、戦っていない。
本当の自分は、魔物と神器が無ければ戦えないほどに弱くなっていた。
皇帝と呼ばれる以前の自分ならば、魔物の力に溺れずドライバも邪魔だと言わんばかりに捨てていた。
自分の力と魔法を組み合わせて、魔物の力を必要とせずに思うがままに暴れていた自分が懐かしかった――……。
――なら、過去の俺に出来て……今の俺に出来ない通りはない――。
間合いを詰めに来た魔神の猛攻を全身に巡らせた魔力と研ぎ澄ました感覚で、全て紙一重で避ける。
魔神の頭蓋骨を粉砕する勢いで拳が放たれ、凄まじい濃度の魔力を纏った拳とその衝撃に、堪らず魔神がその場から数歩後ろへと後退する。
黒の両腕に迸る黒色の雷が地面を焼き焦がし、大気を走り空気中に漂う微かな魔力を刺激し、火花が散る。
「……忘れてた、初心ってやつ? 思い出す良い機会だ。それに、簡単には壊れないサンドバッグもある事だ。身体に思い出させるには、またとない機会だ」
『神をサンドバッグと称する。その不遜な態度、神も恐れぬ戯け者――』
威勢良く言ったものの、あのバカみたく分厚い皮膚にプラスして、あの高い防御力。
付け焼き刃な魔法と魔法を纏わせた攻撃では、とても攻撃が通じる可能性は薄い。
身構えた黒が頬を伝う汗を拭いつつ、魔神の高い防御を突破する良い案を導き出す為に、必死に考える。
黒に合わせて構え直した魔神を見て、黒は昔の自分の影を重ねる――。
(そうだった……。高く困難な壁ほど、当たって砕いた。高く見上げるほどの壁を壊して進んだから、今の自分があるんだ――)
黒が魔力を練り上げ、純粋な魔力を全身に満遍なく纏う。
炎や雷といった属性を持たない単なる魔力を纏った黒に、魔神は特に警戒をする訳もなく。
ただ困惑しつつ、不思議と黒の纏った魔力に嫌な気配を感じる。
魔法を纏う訳でなく、魔法へと変化する前の魔力を全身に纏わせ、黒は構えた。
通常の騎士が戦う際にも魔力を全身に巡らせ、強力または得意とする属性に変化させ、魔法やダメージなどの耐性を強化する。
それに比べて、黒は強化ではなくただ純粋な魔力を纏っただけだった。
警戒するほどの脅威ではないにも関わらず、魔神は黒を警戒して間合いを詰める事が出来ない。
黒の実力の高さを証明するのは、多く強敵との戦いであり、強敵との戦いを経験している黒にだけ辿り着ける頂きが存在する。
純粋な魔力を纏っただけのこの異質な違和感が、魔神の神経を刺激する。
この後に何が来るかが予想できない事への恐怖と、魔神が知り得ない魔法の知識と技術を体験出来る瞬間の期待値が、魔神の興奮を最高潮へとさらに押し上げる。
来い、来い、来い―――ッ!?
胸の内でそう叫ぶ魔神とは、別に水の様に冷たく、そして大地へと落ちる稲妻のように研ぎ澄ました魔力と感覚の黒が地を蹴って、魔神の動きよりも速く。
黒の拳が魔神の鳩尾をめり込み、少し遅れて研ぎ澄ました魔力が魔法へと変化され凄まじい轟音が響き渡る。
魔神の皮膚を攻撃した拳は対したダメージではないが、純粋な魔力の塊はその皮膚を難なく貫通し魔神の内部から雷と炎の2属性の魔法が炸裂する。
『……ぅぉ……。ぁぁ……――――!?』
何が起きたか理解しがたい魔神が血を吐き出し、焼け焦げた腹部と全身へと走った雷を感じ膝を着いた。
先ほどまでの児戯のような魔法とは比べ物にならない、早業かつ積み重ねたな経験から出来る魔法と体術を組み合わせた戦い方に、魔神は目を疑う。
黒が幼少の頃に泉家から叩き込まれた多くの武術を掛け合わせた泉の体術と万物に流れるほどの純粋な魔力の2つを用いた戦法に、魔神はただ歓喜した。
『――ブッ…。汝の純粋な魔力で我の体の内側に魔力を流したのは理解した。が、我の硬い体を容易く粉砕する可能性すら有り得るその一撃……。実に見事だ』
「だろうな……。これは、俺が母方のジジイから教わった物だ。俺もちゃんとやるのは、久方ぶりだからな…。お前の油断していた柔らかい装甲を貫けた程度だ。今思えば、以外と凄い体術だよな……」
黒が川柳から教わった武術の基礎や多くの武術は、ドライバや神器を持たずして、如何にして異形と戦うと言う術であった。
魔物の力を纏わせる『魔装』と類似し、泉家の武術は魔法や魔力を体の一部に纏わせる事で、相手の内側にダメージを与え。
また、相手の魔法や魔力を逆手に取って、自らの力へと転じさせる対魔力戦闘に特化した武術――。
魔神の炎や雷系統の魔法を逆手に間合いを詰めては利用し、急激に高まった魔力を用いて高い防御力を有するその鉄壁の皮膚を殴打で着実にダメージを与えていく。
唸り声を挙げる魔神の動きに反応出来る事だけが唯一の救いであり、攻撃も当たらなければ致命傷にはならない。
高い防御力も今となっては、ただの硬い肉となり攻撃が決して通らないと言う状況ではない。
油断も隙も与えず、確実に殺す―――。
凄まじい連打と強力な蹴りによって、魔神の身体は徐々に蓄積されていったダメージに耐え兼ね、身体が悲鳴を挙げ始める。
一転を狙った攻撃によって、右肩はすでに破壊され片側の防御が薄くなった隙を狙って、確実にダメージを重ね続ける。
ジジイに武術を骨の髄まで叩き込まれてなきゃ、今頃死んでたな。ジジイに感謝しつつ、魔物と神器が手元になくともある程度の敵であれば自分は戦える。
そう確かめるように自分の実力を見詰め直していると、不意に笑みを浮かべている魔神と目が合う。
『――汝は、1つ勘違いしている。この精神世界は、言わば我の領域だ。神とはその領域の絶対の支配者だッ! つまり、『掟』であり『法』である。故に、この領域内では、汝に我を倒す未来は存在せぬ――ッ!』
防御に回っていた魔神が突然、黒の背後へと一瞬で回る。
何が起きたか理解できないままの黒が魔神から距離を置こうと、その場から飛び退くが魔神の手からは逃れられない――。
速い何て、言葉じゃ表せない――。まるで、場所を入れ替えた様な不思議な感覚だな……。
幾度も距離を離そうと、地を蹴っても直ぐ様魔神は黒の真横や真後ろへと移動する。
目を離せばその姿はなく、自分の死角から魔神の攻撃が通ってしまう。
真後ろへと回った魔神が黒の脇腹や頬に肘や蹴りを入れ、一撃浴びせて消えてを繰り返す。
鼻から流れた血を拭い、魔神の移動の原理を探ろうと周囲の魔力の流れを注視する。
だが、魔力の流れもいたって普通であり、魔神の転移が魔法による物でない事だけが判明した。
つまりは、ただ単に俺の反応よりも速く動いて、死角から一撃浴びせてるだけって事か……。
一撃一撃は対しダメージではないが、長く変則的な攻撃によって、黒は完全に魔神の姿を見失う。
そして、魔神の攻撃を受けた後にその姿を捕らえる事が出来ると言う状況となり、一方的な攻撃に黒の防御すらも無意味となった。
激しさを増していく魔神の猛攻に、黒が唇を噛み、冷静になって魔力で研ぎ澄ました感覚を頼りに、魔神の攻撃を予測する。
足音、気配、呼吸、風の微かな揺らぎ――。ありとあらゆる可能性をヒントに、魔神の居場所を特定する。
魔神の放った攻撃を紙一重で避け、透かさず全力の魔力を込めた拳で魔神を叩く。
魔力の衝突で生まれた衝撃波と黒色の雷が、魔神の皮膚を捕らえた。
僅かに黒の動きが遅く、魔神が直ぐに身を引いて黒の攻撃によるダメージを僅かだが反らす。
そして、魔神の放った蹴りが黒の腹部を貫き、黒の吐血と共に床一面に真っ赤な血液が流れる。
魔神の足を伝って落ちる血の音だけが黒の耳に入り、霞む視界のまま見上げた黒は笑みを浮かべる魔神の顔に、黒は激しい憤りを覚えた。
――負ける訳には行かない――胸の奥から響いた自分の声と共に、黒は雄叫びを挙げ、魔神の足を掴むと透かさずその足を魔力を一点に込めた手刀で切り落とす。
驚き、思わずその場から飛び退いた魔神が切り落ちた足に目線を落とす。
断面からは血が滴り、魔力を込めた手刀にしては、綺麗な断面であることに魔神は素直に拍手した。
膝を着いて、血を吐き出す黒が腹部に突き刺さった魔神の足を見詰めて、歯軋りする。
……出血が酷い。思いの他、ダメージを貰った事と意識が朦朧とし出したな。
一度に大量の出血をした黒は、既に立ち上がる気力も力も残っていない。
立ち上がろうにも足に力は入らず、魔神の不愉快な笑い声だけが脳内に響いた。
暗転した視界の中で、黒は自分の実力不足と魔神の圧倒的な強さに悔しさを噛み締めながら倒れた。
『所詮は、人だ。神々が創造せし子らに、神殺しなど不可能――。分かっていたとは言え、時間の無駄であった』
魔神の言葉が黒の自信をズタズタに切り裂く。
これまでの戦いは、全てが『人』であり自分と同じステージに立った者達――。
そう思えば、自分の強さなど神からすれば羽虫程度の脅威だろうか――。
薄れ行く意識の中で、黒は自分の弱さを身に染みた事と自分を信じてくれた仲間達に会わせる顔が無いことに涙した。
家族が何一つ言わず危険な試練へと自分を送り出し、泣きながらも無理して作った笑みで――『待ってるから』と言ってくれた未来に会わせる顔がない――……。
(……言葉で、神殺しって言っても………。所詮はこの程度の実力か…。情けねーな)
意識が闇に溶けていき、黒の覚悟も絶望へと落ちていく。
――だが、黒の背を押す弱々しくも強い暖かさを持った一人の手が、黒を絶望から救う。
「情けないぞ、黒……。今も、私達はお前の側にいる。お前はまだ、心の底から負けてないだろ? なら、立ち上がれ…。立って――未来を掴み取れ」
懐かしくも暖かな声に黒は目を覚まし、声の方へと向くと僅かに見えた我が師に黒は情けなく不甲斐ない姿を見せるなと、自分に鞭を打った。
――まだ……だ――。
笑いながら、その場を後にしようとした魔神の背後に漆黒の殺気が自分の肌を刺した事に気付いた。
恐る恐る振り返った魔神が目にしたのは、血の池から立ち上がりながら、漆黒の魔力を全身から放つ人の姿をした竜であった。
漆黒よりも黒く、黒色の暗闇からこちらを睨む青い瞳した黒を見て、その場で固まる。
――まだだ……まだ――。
魔神は、自分の背筋を凍らせる殺気と異常なまでに異質な魔力を肌で感じ、自分でも知らぬまに頬がつり上がる。
神が創造せし『人』と言う1個体の限界を超越しようとしている者を目の前にし、歓喜で震え上がった。
『それだ……。その、汝の力があれば可能だ。掴み取れるぞッ!? 神殺しの大偉業が――ッ!?』
黒の腹部に空いた穴が闇に呑み込まれ、魔神が造り出した空間が闇に呑み込まれていく。
魔神が辺りを見回し、黒一色へと呑み込まれていく世界を見て珍しく焦りを覚えた。
直ぐ様黒から距離を取り、広がり続ける闇から逃れようとする。
だが、黒を中心として広がりを見せる闇は一向に止まる気配を見せない。
あれが何なのかは、魔神ですら見当が付かない。
だが、並大抵の魔力程度では直ぐに呑み込まれる事だけはハッキリ分かる。
広がる闇から逃げ続ける魔神が苛立ちを覚え、黒の様子を伺いつつ死角から黒を狙った。
『……我を遠ざけるだけか……? 汝の攻撃は我には効かぬ。どう足掻こうとも、結果は変わらぬ。ただ、無駄に痛みを負うだけぞッ!?』
床を蹴り、漂う浮遊物わ足場に黒の頭上へと移動し浮遊物を蹴って真上から黒に深傷を与えたその剛腕を振り下ろす―――。
だが、振り下ろした直後に、魔神の余裕に満ちた表情が豹変した。
青い瞳がゆっくりと魔神を捕らえ、魔神よりも速い速度で鳩尾に拳を叩き込んだのだ。
魔神の硬い皮膚を容易く貫き、肉の間を抜けて神自らが作りし身体の中心である骨へと至る一撃に、魔神は堪らず血を吐き出す。
身体が後方へと飛び、満ちている魔力で魔神は貫かれた腹部を回復しようとする。
が、魔神の周囲にあった筈の魔力が―――塵1つ存在しなかった――……。
魔力が存在しなくなるなど、魔力の無効化か反魔法による消滅作用などでしか起こり得ない。
だが、無効化も反魔法も感じられず、ただ魔神は魔力の消えた仕掛けに惑わされた。
前方の男は、狂喜的な笑みを浮かべて魔神を指差す。
魔神が傷を自身の魔力で修復させていると、黒は魔神に指した人差し指をくるりと回す。
次の瞬間、圧縮された超魔力領域が造り出され、魔神の体を地球に存在する重力の数万倍の力で、魔神を握りそうとする。
黒が人差し指を動かせば、魔神の周囲の物質が圧縮され変形する。
魔神が黒の造り出した魔力領域から脱出し、黒の周囲を飛び回る。
何だ――何なんだ今の攻撃は、いや……。そもそも、攻撃なのか――?
思考が定まらない魔神が周囲を飛び回る中で、黒は右腕を魔神に合わせ、まるで自分の元に引き寄せるように勢い良く引いた――。
魔神の視界が急に切り替わり、黒の目の前へと転移する。
自分の体をその場の空間や魔力ごと引き寄せた黒は、本能の赴くままに魔神の体を爪で切り裂く。
鮮血が吹き出し、堪らず飛び退いた魔神が目にしたのは、黒色の髪の毛が白く色づく瞬間であった。
黒の依然とした高まる魔力と、背後の闇からうっすらと見えた2匹の竜に、魔神は恐怖を抱いた。
神々と同列に近い魔神とは言え、恐怖などの感情が無いわけではない。
痛みもあれば、恐怖も感じる。
そして、魔神は『眠れる獅子』ならぬ『眠れる竜』を呼び覚ました……。
黒が両腕をクロスさせ、一気に魔力を解放しその魔力の矛先を魔神へと向ける。
一点に凝縮された魔力が周囲の魔力を引き寄せ、大気や浮遊物なども魔力に引き寄せられ、その一点に押し潰される。
床に腕を差し込むことで、魔力の渦から逃れた魔神が黒の異常なまでの強さとその仕組みに気付いた。
――だが、その時には、黒が放った最強の一撃に存在を消される数秒前であった。
魔神である筈の自分が走馬灯の様な物を見る事になり、その光景とともに1つの仮説が浮かび上がり、その仮説に思わず笑みが溢れた。
―――あぁ、そうか――。汝は血を分けた双子の片割れであったか……。故に、その力に目覚める可能性もあり得た……。
魔神が作り上げた世界を包み込んだ真っ黒な閃光が、音を置き去りにしたのちに、轟音を響かせる。
黒が立っている位置から目の前には、一切の存在を許さないほどの強い憎しみが込められた魔力の放出によって、辺りは灰塵と化していた。
下半身と上半身の半分を消された魔神が視界の隅で動いたのを黒は逃さない。
白髪を風に靡かせ、ゆっくりと魔神の元へと向かう。
意識があるのか定かではないが、負けられないと言う強い意志によって黒はただ標的である魔神を狙う。
いつの間にか貫かれた腹部は完全に完治し、黒の手が魔神の首を掴み挙げる。
強い憎しみに思考も体も支配された黒の目には、魔神に対する怒りと憎しみしか存在しない。
魔神がそんな黒を見て、笑った。
そうであったな、魔物は宿主の強い感情の変化で強くも弱くもなる……。怒りと憎しみは人を強くするがまた、脆くもさせる……。
白髪が闇の中で光を放ち、黒が宿した黒帝竜の青とまた別の流出が干渉したのか、黒の両面は―――歪な紫色を灯していた――。
魔神がある1つの仮説を考え、魔物の力に呑まれ、理性を失った黒を魔神は試すようにありったけの力で力を拒絶した。
勢い良く弾かれた黒が頭を抱え、もがき苦しむ。
獣のような叫び声を挙げ、周囲の瓦礫や床に頭を打ち付ける。
仮説の証明が第一だが、これは元よりそ試練であり黒の狂暴な力を魔神はついでに試す。
――汝に、自分を思い出す事が出来るか……。それすらも叶わなければ、ただこの力に呑まれるのみ。
魔神が黒の額に指を当て、僅かに魔神の持つ魔力を流すと、黒がさらに苦しみだした。
辺りを呑み込んでいた闇が晴れ、黒の白かった髪が元の黒色へと戻る。
それは、魔神が課した試練に破れた事を意味し、黒が魔神の力を持つに値しない証拠であった。
――種族としても見所や可能性があったが、自身の魔物すらも捩じ伏せ従えれぬ弱者に、魔神の力など手に余るものよ。
魔神がそう判断し、黒をこの世界から弾こうとするのを黒の背から現れた巨大かつ純白に光り輝く竜が魔神を止める。
魔神がその存在に驚きつつも、思わずその存在が放つ魔力と宝石の様な美しさに見とれてしまった。
だが、魔神の仮説は正しかった証明にもなり、試練に破れた黒へ視線を向ける。
――まだ、結論を急ぐには早すぎます――。
白色の竜がその大きな両翼を広げ、辺りに充満した高濃度魔力領域を――消し去った。
魔神がその能力を前に、先ほどまで黒の体を動かしていたのが憎しみでもなく怒りでもなく。
この竜ではないのかと答えにたどり着き、そうであれば黒が双子の片割れである条件とこの者の存在が1つの可能性が答えとなった。
異常なまでの強さもそうだが、竜系統魔物の中でも特殊で、異質な力を持っている『黒竜』――。
竜人族とは言え、2体の魔物を簡単に宿す事が可能な黒の可能性も、全ては1つの結論へと繋がる。
試練に合格出来ずに、倒れたこの男にこの白竜は――結論を急ぐには早すぎる――と言い切った。判断基準も単なる我の魔力に打ち勝てるか否かだ……。
打ち勝てぬ者は敗れ、勝てた強者が我らの力を手にする――。
魔神が拳を握り締め、前方の白竜にその真意を尋ねる。
すると、返ってきた返答は予想外であった。
――この子が、普通であれば難しい2体の魔物を宿した答えは、あなた様の考え通りであっております――
『であれば、我の読み通りなれば……。この男は我との戦いで全力を出したが、魔物1体分と?』
――左様です。そして、1体でもあなた様の体を容易く貫き破壊する力を有しております――。
魔物の強さもそうだが、この男には可能性が詰まっておる。が、我の力を扱うには心が不安定過ぎる。
すると、魔神が気付いたその時に白竜の姿は朧気に消えていき、最後に『勝負はここからですよ』とだけ告げていく。
完全に治癒した体を軽く動かし、再び闇が黒から広がると魔神は理解した。
黒が今まで戦っていたのは、単なる暴走でもあるが怒りの矛先は魔神に対する物ではなく――黒が自分自身にに対する物であったと――。
ボロボロになりながらも、血を吐き出し立ち上がった黒は黒色の髪の毛を白く変化させる。
今度は、自分の意思で――力をコントロールした。
確かに、我の判断は早すぎたな……。たった一度で、力を制御しつつ意識を保つとは、精神は脆く脆弱だがその分可能性に満ちている。
黒が闇を展開し、地を蹴った魔神の動きに合わせて残りの魔力全てを解き放つ――。
背後から漆黒の竜が顕現し、咆哮と共に黒は魔力を解き放つ。
これが、本来の力って事だろ……? 分かったよ…ここに来て、ようやく翔と同じスタート地点だ。
黒色の魔力が周囲を呑み込み、間合いを瞬時に詰めた魔神の動きに合わせるが、既に魔神の拳は黒へと放たれた。
周囲の魔力を全て吸収し、黒は黒竜の持つ力を全力で魔神へと叩き込む。
「……第十五解禁! ――『不倶戴天』――ッ!」
周囲の魔力が黒に吸い込まれ、黒の十五解禁解放時のみに扱える究極の魔法を発動し、その真価を存分に発揮する。
魔神の放った拳に纏っていた魔力さえもが黒に奪われ、その場から後退しようとした魔神の体から漏れた魔力を瞬時に奪い取る。
そして、集めに集めた強大な魔力の全てを1つの魔法に注ぎ込み、一点に凝縮し放った――。
黒竜の魔力と俺の魔力に周囲の魔力をかき集めても、これだけか。どっか別のタイミングで辺り一帯の魔力はほとんど消えてるからな……
まぁ、贅沢は言えはしないが……難しいかもな――。
黒の腕に集められた魔力が漆黒の稲妻を走らせ、魔神の体へと叩き込まれると同時に漆黒の閃光と共に黒の叫びが木霊する。
「黒帝竜魔法――『黒腕』ッ!!」
黒が無意識下で放ち魔神の肉体を消し飛ばした力と似た魔力が拳に纏われ魔神の肉体へと振り下ろされる。
鳴り響く雷鳴と魔力が一瞬で解放され、周囲を巻き込む大爆発を引き起こす。