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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
最終章 極東十王領域
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最終章十六節 たった一言


 未来とノラが同時に踏み込み、間合いが狭まるとノラの義足と未来の閻魔が火花を散らす。

 ノラが身体を捻り、斜め上から未来の頭を狙って振り下ろされた脚をヒラリと避ける未来が閻魔の刃をノラへと押し込む。

 魔力を纏った掌で閻魔を反らし、ノラの義足が地を蹴って未来の脇腹を蹴る。

 未来がノラの蹴りを食らって一歩二歩とその場から後退しノラからの追撃を恐れ、地を蹴ってその場から飛び退く。


 「昔のアンタなら、戦場にのこのこ出て来なかった。どういう心境の変化だ? 団長や十二単に守られながら、戦場を見詰めるのに飽きたか?」

 「そんなんじゃない。ただ私は、守られるだけのお姫様が嫌だった。みんなが傷付いて、無理して笑う顔を見たくないだけ……。守られるだけじゃなくて、私も一緒に戦ってみんなの痛みを和らげたい。ただ、それだけ――ッ!」


 未来が一本下駄を鳴らし、魔物の力を利用して超速でノラの周囲を飛び回り隙を伺う。

 地を蹴り、空気を蹴ってノラの視界全てを飛び回る未来は脳内で幾度もノラに致命傷を与えないギリギリを狙っていた。

 当然、『殺さない』を前提とした戦い方の未来と『殺す』前提のノラでは、『犠牲』とその為の『覚悟』に明確な差が存在した。

 ノラを出来るだけ傷付ないように思考を巡らせ続ける未来を見て、ノラは歯軋りする。


 「……そこだよ。アンタの()()()()()が、あの人を狂わせたんだよ――ッ!?」


 ノラが自分の真上を通った未来に、捻りを加えた蹴りを叩き込む。

 未来の魔装が強力であるがゆえに、ノラの攻撃もある程度耐える事が出来る。

 だが、それは未来の現在の実力ではノラと互角に戦うには魔力と経験が圧倒的に足りていない。


 ―――経験値不足と覚悟の差が、勝敗を分ける。


 「……ケホッ…ゴホッ――ッ!」


 未来が地面を転がり、全身に襲う衝撃の強さに思わず咳き込む。

 ノラの義足はドライバや多くの機械的な処置が施されているのは、容易に想像が着いた。

 元々は天童と同じく戦闘技術が高く、技術者としても頭角を出して来ていた。

 特に兵器やそれを応用したドライバに関する知識が高く、ノラの義足にもその知識が集約されている。

 装甲は微量な魔力の影響を受け、簡単に変化する極めて軽く硬い材質の金属や魔獣の素材を用いている。

 駆動している内部の細かな機械は、違法な改造ドライバを完璧に制御し出力を安定させている。

 ここまでで、ノラと未来では武器による差が大きく生じている。

 使いこなしたノラの義足と、黒の神器2振りに認められたとは言え。

 その能力を完全にコントロールすら出来ていない未来とでは、まず勝負にならない。


 だが、未来には魔力の低減をカバーする黒の『魔物』の力があり、自身の魔力を消費しなずに戦いを繰り広げている。

 その上で、自分の魔物の力を持ってすれば一撃の威力をさらに昇華し、ノラを倒す事など容易い。

 そこが、ノラと未来とでは決定的に異なった『覚悟』の差であった。


 「おい、ふざけんなよ……。殺せる隙なら、幾らでも合ったはずだ…。まだ、俺を殺さずに連れて帰ろうとでも思ってんのか――ッ!」



 ノラの義足が黒く変色し、咄嗟に防いだ未来の両腕の魔装を一蹴りで粉砕し、未来を空高く打ち上げる。

 黒いオーラを放ちながら、空気を蹴って宙に停滞する未来へと間合いを詰める。

 宿主ではないとは言え、未来が纏った魔装は黒の十五解禁によって上の段階へと進化していてる。

 現在確認されている『魔物』の中でも、トップレベルの能力を有しており。

 その硬度は一蹴りなどで、容易に破壊出来る物ではない。

 

 「――黒…ッ!」


 未来が閻魔に貯められた魔物の力を発揮するよりも先に、ノラが間合いを詰め、未来の鼻先を義足の刃が掠める。

 ノラが閻魔と火花を散らし、未来に黒鬼の力を使わせないように猛攻を続ける。

 義足による打撃と展開された刃による斬撃の2パターンの攻撃が、徐々に未来を追い詰める。

 閻魔で刃を防いでも直ぐ様義足による打撃が続き、斬撃と打撃を何度も防ぐ。

 閻魔から未来へと伝わるその攻撃の重さに、未来の手にノラの覚悟が伝わる。

 

 「――アンタに、俺は救えない。何故なら、アンタがそもそもの原因だからな……」


 ノラの回し蹴りが未来の腹部を直撃し、全身の魔装を剥がし未来を地面へと叩き落とす。

 地面に着撃する寸前で、受け身を取って身を翻してその場から飛び退く。

 閻魔に残された魔力も僅かとなり、次の魔装を纏ったとしても剥がされれば無意味となり得る。

 その上、閻魔の残存魔力量からして最後の魔装となる予感がした。


 (どうする…? 閻魔の魔力はあと僅か………。血燐の魔力は一切使って無いけど、ノラ君と渡り合うには血燐の力は不利になっちゃう。速度と身軽さ特化の閻魔…。ダメ、血燐の力じゃまともに動けなくなる)


 ノラがゆっくりと歩み寄る中で、未来は思考を巡らせる。

 ノラと同等な速度を維持したまま動くには『戦乙女(ヴァルキリア)』か『閻魔の魔力』この2つしか、現状渡り合う事が出来ない。

 ノラが義足に魔力を込め、未来との間合いを一瞬で詰める。

 閻魔を握る力を強め、未来は意を決して閻魔の力を解放する。

 ノラの速度を上回る速さで再び飛び回る未来が、閻魔の刃でノラの義足を破壊しようと傷を与える。


 「義足破壊が、アンタの狙いか? なら、俺の義足が壊れるかアンタの魔力が尽きるか――勝負だッ!」

 「望むところだよ……。でも、絶対に負けない!」


 ピンボールの容量でノラの周囲に限定して飛び回る未来と、未来の軌道を予測して義足を振り下ろすノラとの激しい攻防が続く。

 金属音と未来の地を蹴る下駄の音だけが響き、2人の表情が険しくなり最後の一撃に全てが掛けられた。



 (――閻魔の魔力が切れた…。後は、この一撃だけ……)


 未来がノラの周囲から離れ、空高く飛び上がり遥か上空からノラ目掛けて降下する。


 (――義足の耐久力も限界か……。アンタも一撃なら、俺も一撃だ!)


 ノラが右脚の義足を黒く染め、一点に集中し圧縮された魔力が義足に生じた亀裂をさらに深く広げる。




 音を切り裂く破裂音と2人の圧縮された高濃度な魔力が大気を震わせ、周囲を吹き飛ばす。

 砂埃が立ち込め、砂塵に視界を遮られた中で一人の人影が血を吐き出す。

 そして、一呼吸遅れて砂塵が切り裂かれ、晴れた砂塵の中で倒れたのはノラであった。

 全身に閻魔の魔装を纏ったままの未来が閻魔と()()()()を鞘に納める。


 「……閻魔しか使わなかったのは、使えば不利になるからであって…。使えない訳じゃないの……最後のは少し卑怯だったかな」

 「…く……くそ……がぁッ! ――ッ…」


 血を吐き出し、切り裂かれた身体の傷に触れる。

 流れる血の量と傷の深さから現在の未来の技量ならば、両断程度ならば出来た筈のこの身体を見て、ノラは屈辱を噛み締める。

 最後まで手加減をされ、その上あんな隠し玉を持っていた未来の駆け引きに敗れた。

 ノラはボロボロに崩れ落ちた義足の破片にふれる。

 立って数歩だけ歩く程度ならば、まだ動く義足に何故か安堵した。


 (負けたのに、悔しさがあるのか…。死ぬ事を覚悟して、無様に生きて安堵とは……勝てねーな…あの人にも未来様にも…)


 ノラが未来の後ろ姿を見詰めると、どこか懐かしくも憧れた男と同じ位の力強さを感じた。


 「まさか……。落下と同時に魔装を『速さと身軽さ』重視の閻魔から『固さと重量』に重視した血燐に一瞬で切り替える。俺の一撃を無傷で防いで、直ぐ様……閻魔に切り替え…最後の僅かな魔力をもって一閃…。昔とは、大違いですね。未来様……」


 そのまま倒れるノラを未来が受け止め、戦乙女の魔力でノラの傷を癒す。


 「私何かで負けてたら、一生黒ちゃんに勝てないよ?」

 「はは……。そうですね、未来様は魔装を習得して日が浅いように見える。きっと、あの人なら……自分何か手も足も出ない内に沈められます…」


 目を閉じて、未来の治療に委ねるノラを見て、未来は最後の一瞬に感じた悪寒とノラの微笑んだように見えた最後の表情について尋ねる。

 ノラ自身も最後まで諦めないように足掻いておきながら、本心では諦めていたのだと思い笑みを浮かべた。

 未来が血燐の魔力を奥の手として使って勝利したとは言え、なぜノラ自身が隠していた奥の手を使わなかったのか、未来は不思議でならなかった。

 もしも、ノラが奥の手を使えば結果は変わっていた。

 だがそれでも、ノラは満足していた。


 ――勝敗ではなく、その過程――それをノラは望んでいたのであった。

 ただ憧れた人の背中に追い付きたくて、ただひたすらに鍛練を重ねた上で、憧れの男の力の一端に触れて理解した。


 「……まだ、自分は……あの人の足元にも及ばない…。なら、奥の手を披露するのは……まだ先でいいかな。そう、思っただけです」


 ノラが未来の記憶にある昔のような笑みを浮かべ、未来は一筋の涙を流す。

 この男が求めたのは、当時最強の一人に数えられた黒との戦いであり、黒と交わした『約束』を果たす前に、未来と出会って弱くなった。

 そう思い込み、ノラは縁を切って黒と道を分けた。

 だが、黒は以前にも増して強くなっており、それは自分など置いていくほどに強く高みに至っていた。

 その事実さえ知れた今だから、ノラは笑っていた。


 「みんなに……謝らないとなぁ…」

 「黒ちゃんと私も一緒に謝ってあげる」


 ノラが微笑み未来が微笑むと、未来の背中を貫こうと伸びた鋭利な魔力の刃が辺りに衝撃を与える。

 辰一郎達が駆け出し、僅かに感じ取った魔力の源を見て、言葉を失う。

 未来を狙った魔力の刃は、瞬間的にノラが奥の手を発動し、未来を突き飛ばしその身を持って盾となる。

 貫かれたノラの身体から大量の血液が流れ、ノラの口から吐き出される血液は見るからに致死量近くであった。

 地面の窪みから立ち上がったボロボロな神父が舌打ちし、ノラの身体を投げ飛ばし、未来へとゆっくりと近付く。


 「くそが……最後まで余計な真似をしますね…。だが、ここまで削ったのは誉めあげます。私を止める者は誰もいないのですから――」


 高笑いする神父が凄まじい魔力を発し、未来とノラを空高く吹き飛ばす。

 梓と辰一郎が未来とノラを受け止め、燃えカスのような魔力の梓達がノラへと治療を施す。

 塞がりつつある傷だが、その速度は絶命寸前のノラには意味がない。

 治療と出血の速度が間に合わず、未来が悔しさを滲ませる。


 「俺の……事は……忘れて下さい……」

 「何で……何でそんな事言うのッ! 絶対助けるから、絶対に死なせないからッ!」


 未来が少ない戦乙女と自身の魔力を振り絞って、ノラの身体に幾つも開いた傷痕を治療する。

 薄れ行く意識の中で、ノラは走馬灯のように過去の記憶を思い返す――。


 『黒さん……。俺と勝負してください。それで、俺が勝ったら『俺』を認めてくださいッ!』

 「また、か……。いい加減諦めろ、お前が俺に一撃も与えれずにやられたの前回で何度目だ?」


 他愛ない一時の小一時間の黒とノラの約束、ノラのあまりにも必死な姿勢とそんなノラをうざがる黒とのやり取りを見て、笑い転げる翔と暁――。

 ハートが『無謀だが、挑むには丁度良い壁だな』とノラの背中を叩き、ミシェーレとマギジが治療用の包帯や鞄を手に取る。


 『『さぁ、全力で行こうぜ――』』

 『お前らがノラのやる気を底上げさせてんのかッ! たく、制限時間はまた数分程度で良いな。流石にそれ以上やると、お前の身体が持たんだろ?』


 ノラがナイフを手にとって、黒が嫌々だが刀を手に取ってくれた。

 ある日の昼下がり、大勢の仲間達に囲まれた鉄屑と瓦礫の中にポツンと開いた空き地にて、声を挙げ時には笑い声が聞こえるあの時間――。

 手を叩いて笑い急かすように、歓声とアドバイスが飛び交う。

 ノラが軽くとも一撃を受ければ、黒に対して大ブーイング。

 黒に軽くとも攻撃が掠れば、周囲の野次馬からの拍手喝采の嵐。


 『――どっちの味方だッ!? 毎度毎度、テメーらの俺に対する当たり、日に日にキツくなってねーか!? なに、負けてほしいの!?』

 『誰が……お前の勝つ様を見て喜ぶ。到底勝てそうにない相手に、必死にもがき、抗い、噛み付く。そんなノラの姿勢と根性に俺らは胸打たれてんだよ……』

 『まぁ、黒ちゃんが勝っても……普通? とか、当たり前って考えが先に出ちゃうからね~』

 『ハートと暁の言う通りだ。誰もお前のネチネチ粘る姿なんて、見たくもねーよ。さっさとくたばって、ノラに花を持たせてやれよ』


 周囲からのヤジやブーイングをものともせずに、黒はノラの一太刀一太刀を捌く。

 体勢を崩したノラの脇腹を蹴って倒しては、ブーイングという行動をループをし続ける。

 時には、マギジとミシェーレが持っていたタイマーが残り3秒の所で何故か止まっており、ノラの身体が動かなくなるまで闘いは終わらない事などザラであった。


 『なー……諦めろよ…。なんで、そこまで認められてーんだよ。執念としぶとさだけなら、お前はこの場の誰よりも強いわ。もう、諦めの悪さは折り紙つきだ――』

 『それじゃ、ダメなんです。俺は、黒さんと肩を並べたいんです……。一緒に戦いたいんですッ! まるで、兄弟のように兄貴分と弟分のように方を並べて、戦いたいんです――ッ!』


 ノラがナイフを放り投げ、拳一つで黒に果敢に挑む。

 周囲の者達は何一つ言葉を挙げず、煽てるような拍手も無い。

 ただ静かに、ノラを笑い者は無くその真剣な姿勢を見届ける。

 ノラがボコボコに黒に叩きのめされてもなお、ノラは立ち上がり構える。

 あまりの諦めの悪さから、黒はある1つの提案を持ち掛ける。


 『――数年後に、またやろう。そこで、お前が俺の弟分に相応しいかを見定める。それは、勝ち負けじゃねー…。俺がお前を弟分として、相応しかを見定める。数年は修行して、多少なりとも強くなってろよ?』


 その言葉を信じて、ノラは雨の日も雪の日もただひたすらに自分を磨き強くなろうと努力した。

 だが、一方の黒は騎士団の団長として、その地位を確立し日を追う事にノラが憧れた者の背中から遠ざかっていった。

 未来という『太陽』に照らされ、多くの仲間達もその陽射しに当てられ、ノラが憧れた背中から遠ざかっていく。

 いつしか、時は流れノラと黒の約束は泡のように消え、ノラの記憶にしか残っていなかった。

 だが、あの場にいなかった未来だけが、ノラと黒との約束を覚えていた。

 ――否、()()()()()()()()()()()―――…。



 竜玄や辰一郎達が神父の攻撃に耐え凌ぎ、目を覚ましたナドネの回復魔法によって、命は繋ぎ止めれた。

 だが、神父の猛攻は止まることを知らず、辰一郎達を吹き飛ばし、未来達へと振り下ろされる。

 振り下ろされる魔力の刃に碧と茜が身を強ばらせ、梓と薫が碧達を庇う。

 ナドネが未来の前に飛び出て、僅かな魔力で結界を展開する。

 ナドネの結界を突き抜け、振り下ろされた刃が地面を穿つ。

 しかし、その刃は未来達を切り裂く事はなく、全身を今にも消えそうな漆黒の魔力で覆ったノラが刃を弾く。

 フラフラと神父の前に立ち塞がるノラは、奥の手であった力を無理矢理にでも絞り出す。

 既に恩恵は消え、残ったのは下位領域の恩恵のみとなった。

 だが、それでも、ノラは立ち塞がる。


 「……あの頃の僕らからすれば、団長だけが闇に射す光だった。でも、黒団長の『太陽』だった……未来様は、僕らにとっても()()()()()()……。だから、()()()()()()()()()――ッ!?」


 ノラが全身を奮い立たせ、全身にカス同然の魔力を巡らせ命を削ってまでの特攻で神父と対峙する。


 「――脳ミソまで、カスになったのですか?」


 神父の竜魔物の刃がノラの身体を切り刻み、追い討ちと凄まじい熱量の炎を浴びせる。

 漆黒の魔力が剥がれ、ノラの全身を焼く炎を前にノラは一歩も退かずに立ち塞がる。

 例え、この場で命を落とす結果となっても、あの人に認められなくても、ノラは立ち塞がるのであった。

 黒の太陽でありながら、認めることが出来なかった――『太陽』である『未来』を守る為に、ノラは心から叫んだ。

 喉が焼かれ潰れようとも、叫びながら炎に焼かれた―――……。
















 「『ゼ・ルトゥール・(癒しを与えよ、共)トゥカ・セッテレセ(に未来を歩む為に)』――」


 神父の炎が斬撃によって掻き消され、ボロボロに焦げたノラの身体が徐々に回復し始める。

 思わず倒れたノラに肩を貸す人影にノラは涙を堪える。

 嗚咽が堪えれず漏れるなか、その者はノラの頭を乱暴に撫でた。


 「上出来じゃーねか、流石は――()()()()()


 ノラはその場に崩れ落ち、何年も何年もただその一言を待ち望んでいた。

 ただの『呼び方』であってもノラからすれば魔法の言葉であり、どんな地位や富や名声などよりも価値があり、大切な仲間を裏切ってまで欲した言葉であった。


(覚えててくれた……。僕が、俺が勝手に決め付け、勘違いしてただけなんだ。黒さんは、団長は、兄貴は……忘れてなかったんだ――) 


 崩れ落ち泣き崩れるノラに黒は背を向け、未来がノラの側へと寄り添うと黒が呟く。


 「未来……色々と迷惑掛けたな。そんなに、傷付いて……」

 「ううん。私も自分の未熟さに呆れてるし、何より――黒ちゃんの側に居続けたかったから」


 未来が笑みを浮かべると、黒が少し照れながら頬を掻き『みんなを頼んだ』と未来に背中を任せる。

 未来が頷くと未来が鞘に収まった閻魔と血燐一刀を渡す。

 黒が鞘から閻魔と血燐を抜き、右手に持った閻魔の刀身が目覚めたように紅に色付き薄紅色の炎を纏う。

 左手の血燐一刀も閻魔同様に刀身が朱色に色付き、魔力が脈を伝うように刀に流れた事によって、刀身に紅色の脈が宿る。

 血燐と閻魔の2刀けら燃え盛る炎が現れ、黒の瞳に黒鬼の赤が宿る。



 「さて、神父……。色々と派手にやったよな、覚悟出来てんな?」

 「ふっ…。覚悟? 何を言うかと思えば、それはこちらのセリフです。今の私は我らが神からの恩恵と下位から奪った魔物(恩恵)の2つが備わっている。あなた方に勝ち目はありません」


 神父が両手を広げ、背中から顕現した数十体の竜魔物を見せ付けるように、黒の前に立っていた。

 聖痕が光を放ち、一斉に竜の口から炎が吐かれる。

 だが、黒が閻魔をゆっくりと炎に向け振り下ろすと、炎が2つに分かれ黒の横を通り過ぎる。

 神父が黒の行動に疑問を抱きつつも宙へと浮き上がり、魔力によって造り出された刃や炎などの10体それぞれの魔物の力を黒へと放つ。


 地面を容易く吹き飛ばし、黒の閻魔が地面に突き刺さり血燐が瓦礫の下敷きとなる。

 神父が目を凝らし、黒の魔力が消えた事を確認し黒の亡骸を火葬するように魔物の炎をこれでもかと浴びせる。

 地面が溶けドロドロのマグマが出来上がると、神父は再び高笑いと共に手を叩く。


 「どうだ、見たか!? あなた方の希望が私の手によって容易く葬られた様を……。勝てもしないのに、私に抵抗するからですよ。今の私は、お前達とはまったくの別領域の存在だ。半竜人や竜人族などは、ただの紛い物に過ぎないッ! 私こそ、真に()()()()()()()存在だ……。私こそが、真の竜人だ―――ッ!?」



 背に顕現した竜魔物が神父に合わせて咆哮を挙げている。

 神父が歓喜に震え身悶えしていると、神父を見詰める白の視線に気付く。

 モルモットとして、白の血液データを元に現在の自分があることを再認識し、神父は白の感謝の言葉を並べる。

 だが、白だけでなく。

 白と同じように、神父を見詰めている未来や碧達の視線の先が自分に向いている事に気付いた。

 そして、自分の背後で指の骨を鳴らす黒に気付き、慌てて距離を取る。


 「どうした? さっきも何もねー所に、魔力をぶつけて……。ストレス発散か?」

 「ど、どうやって逃げた……。それに、確かに魔力は消えた筈だ」


 神父が冷や汗を拭い黒との適切な間合いを見計らっていると、黒の回し蹴りが神父の鼻先を掠める。

 透かさず上空へと逃げた神父を見上げ、黒は1つの質問を投げ掛けた。


 「なぁ……。さっきの発言だと、自分が本物の竜人みたいな口振りだよな? まさか、俺や親父達よりも優れてると……冗談で言ってんだよな?」


 黒が地面に突き刺さった閻魔と瓦礫の下敷きとなった血燐を手元へと引き寄せ、再び刀を手にする。

 黒の瞳から光が消え神父の返答を静かに待ち、神父の返答に黒は頭を掻いた。

 黒の予想通り、神父は自分が真の竜人だと告げる。

 迷う事なく神父が自分の存在が黒達よりも優れていると断言する。

 ならば、と黒は目蓋を閉じて神父に向かって挑発する。


 「来いよ……。お前が本物なら、俺程度赤子の手を捻るよりも簡単だろ? まぁ……今の俺が親父やじじいと同じレベルだと思ってんなら、覚悟しとけよ?」

 「面白いですね。なら、お言葉に甘えて……。一撃で葬むッ―――ッ!?」


 神父が黒に向けて魔物の力を行使する前に、黒が空気を蹴って神父の下顎に膝蹴りを力一杯叩き込む。

 神父の下顎が砕かれ口から大量の血液が吹き出すと、黒が不適に笑った。


 「まぁ……。誰も、待ってやるとは言ってねーけどな。来い、とは言ったが――」


 黒が神父の後頭部を掴み神父の顔面へと、再び膝蹴りを叩き込む。

 鼻と口から血を吹き出し、魔物を顕現させている力が弱まった隙を狙って、黒は神父を地面へと向け叩き付ける。

 力一杯に神父を地面へと押し当てた上で、その上から黒は容赦なく魔力をぶつけ地面を吹き飛ばす。

 寸前で神父が意識を取り戻し、その場から飛び退くのを計算していた黒が砂埃の中から飛び出し、神父の顔目掛けて飛び蹴りをお見舞いする。

 のけ反った神父を足場に、黒が身体を翻し一点に集中させた魔力の斬撃を至近距離から神父へと浴びる。

 神父が地面を転がり、斬撃で切り裂かれた身体と魔力で焼け爛れた顔の皮膚に触れる。


 「………卑怯…ですね。油断させた上に、相手の視界をとことん狙った攻撃…。本当に騎士ですか? アナタの騎士道には、正々堂々と言う言葉はありますか? そもそも、その言葉を知ってますか?」


 神父が掌から魔力の刃を黒へと投擲し、黒の意識が刃へと向かった隙を狙って、地面を食い破って現れた魔物で足下から崩しに掛かる。

 だが、黒の血燐が地面もろとも魔物の首を切り落とし、空中に置くように手放した血燐を蹴って、神父の右肩に突き刺す。


 「正々堂々……? んなもん、知るかよ。てか、俺に『騎士道』なんてご立派な言葉があると思ってんのか?」

 「……模範的な立場の方だと思っていたのですが、私の早とちりでしょうか……」


 神父が肩の血燐を抜き取り捨て、黒が再び血燐を手元に引き寄せる。

 神父が魔物を顕現させ魔力の刃を2本携え、黒を睨む。

 黒がその場で軽く跳ねながら、閻魔と血燐に握り締め感覚を呼び覚ます。


 「……お前にだけは、俺が『卑怯』だのなんだのと、言われたくはねーな…。そのムカつく顔をボコボコにして、惨たらしく殺してやるよ」

 「無駄口を叩くのは構いませんが……。そうしている間に、私の体は再生していますよ? 私の再生力をどうにかしなければ、アナタに勝ち目はありません」


 神父が微笑むと、黒は閻魔と血燐を振って砂埃を発生させる。

 それは、未来や白達妹に自分のおぞましいほどに歪んだ笑みを見せない為に、砂埃を発生させる。

 どうやって、コイツを殺すかのみを考えた――。

 考えに考えて、考えて、考えて、考えて、考え、考え、考え、考え、考えた―――……。


 「1つ質問だ。『一撃で葬られる』か『ボロ雑巾のように葬られる』……どっちが良い?」

 「何を尋ねるかと思えば、私はアナタよりも優れた竜人である。葬られるのは、アナタの方だ」


 神父が笑みを浮かべると、黒が振り下ろした閻魔が神父の左腕と左足の側面を切り落とす。

 閻魔の刀身が地面深くに入り込み、神父の背後に伸びる綺麗な一本の斬撃が地面、瓦礫、木々を両断する。


 「――()()()()()()()()()()()()……」


 黒の真っ黒な瞳がさらに黒く暗く不気味になり、悪寒を覚えた神父が一瞬で再生した体に触れる。

 体が確実に再生しているかの確認と恩恵が健在かの確認を済ませ、黒へと向き直る。

 深紅に染まる刀を持った漆黒のオーラと共に、顕現していない筈の2体の魔物の存在を確かに感じる。

 神父の頬や手から一筋の汗が流れ、黒の吐いた一息と共に黒と神父の目が合う。

 静かに時間が流れ、砂埃が風に拐われ白達の視界に直立で向き合っている2人が見えた。


 神父の汗が地面へと落ち戦いの合図とばかりに、黒が一言呟く。




 「――ここから先は、手加減無しだ」




 そうたった一言呟き終えると、神父と黒が同時に動く――…。





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