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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
最終章 極東十王領域
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最終章十五節 かつて、果たせなかった『約束』の為に


 白は自分の喉をその手で切り裂いた。

 だがしかし、白の喉には傷などなく血の一滴すらも出てすらいなかった。

 薫と竜玄の心配そうな顔を見詰めて、白は恐る恐る手元へ目線を落とすと剣には確かに刃が付いている。

 人の喉など容易く切り裂ける刃だが、実際には白には傷一つ付いていない。


 「まったく…。ご両親から頂いた大切な身体ですよ? そう簡単に傷付けては、悲しまれますよ?」


 神父が笑みを浮かべながら、白達のもとへと歩み寄る。

 しかし、その笑みは全身を舐め回されているような悪寒と、寒気を催すほどであった。

 強力な結界を挟んで、神父と竜玄の2人が真正面に立つ。

 神父の笑みに比べ、眉間にシワがより血管が浮き彫りになった竜玄は冷静になろうと、息を吐く。

 だが、竜玄の全身へと回った魔力と怒りは静まる事はなく、沸々とさらに怒りがこみ上がる。

 既に沸点ギリギリを耐えている竜玄を嘲笑うかのように、神父は硬い結界を軽く叩く。


 「言いましたよね? この結界を解くには戦うしかないと……。そして、ミスホワイト――。貴女には、失望しました。二度に渡って私の期待を裏切りましたね?」


 その時、白は神父とは反対方向へと振り向き、結界の外へと出ようと結界を必死に叩く。

 だが、白が自身の首を切る時に願った願いすらも神父は見抜いており、白自身が命を断つ事で戦いにケリをつけようとし結界を解こうとした。

 それを神父がそれを許さず、白の希望を薫達の知らない所で破壊する。


 「ミスホワイト、期待を裏切った罰です。神による天罰を受けなさい……」


 神父が手を振り下ろすと、凄まじい稲光が雲を突き抜けある一点を吹き飛ばす。

 凄まじい風圧と轟音が響き、白はその場に座り込む。

 その顔は、絶望に染まり涙が溢れて止まらない。

 自分が真実を知りたいと言う一心で、神父に過去の真実と全身の血の臭いを問い詰めた自分の愚かさを呪った。

 自分が本当は愛されていて、恩人だと思っていた者によってその間は引き裂かれ。

 数十年もの間、神父の嘘と手によってねじ曲げられた白の幸せが今の一瞬で消え去った。


 「……ッ…ああ…。あッぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!?」


 白が結界を無我夢中で叩き、神父の雷によって消え去った場所にあった白の唯一の温かい場所――。


 ()()()の建っていた場所に手を伸ばそうとするが結界に阻まれ、白の手は届かない。

 神父か告げられた真実に絶望しても、シスターや子供達が白を抱き締めてくれた。

 真実を打ち明け『何一つ神父に逆らう事は出来ないけど…。何一つ気にせずに、本当の両親の元へ行って生きなさい』と自分の背中を押してくれた姉のようなシスターの顔が浮かび、涙が止まらない。

 竜玄と薫達が、笑う神父から白が血の繋がっていないが自分の命よりも大切な家族である孤児院が人質であった事を告げられる。


 そこで、ようやく白の呟いた『家族を助けて』と言う意味を理解した竜玄の怒りは最高潮に達し、神父の結界を突き抜け放った拳が神父の顔面に叩き込まれる。

 クラトが竜玄の攻撃に驚き立ち上がると、竜玄は自分の目の前に貼られた結界を破壊し、結界によって傷つけられたボロボロの腕で神父をさらに殴り飛ばす。


 「おい……。もっと強力な結界を貼っておけ…。さもないと、お前らを殺して、ぐちゃぐちゃにして地面に縫い付ける事になるぞ」


 竜玄が結界の破片が突き刺さった腕を振り払い、結界の破片を取り除く。

 血が滴る腕で、神父へと掴みか掛かり重力と雷をプラスした拳を容赦なく神父へと叩き込む。

 凄まじい稲光と超重力によって、神父と竜玄が揃って塔の最下層へと落ちる。

 その直ぐ後に、薫が聖剣を抜刀しクラトへと飛び掛かる。


 「碧、茜ッ! 黒を守って…速く――ッ!」


 薫の剣を光剣で受け止めたクラトが一瞬の油断を突かれ、黒が置かれたテーブルから離れた。

 碧と茜が黒を奪取すると、吊るされたナドネの傍らに立っていたノラはその光景をただ見ていた。


 「ノラ…貴様ッ! なぜ、黒竜を守らないッ!」

 「そんな指示は受けてない…。それに、来たとしても守る気すらねーよ」


 ナドネが吊るさていた台座をノラは壊し、ナドネを解放する。

 その行動にクラトが怒りを覚えると、薫達の脳内に聖職者達を引き付けていた皇帝8人の退場(リタイア)が告げられる。

 そして、塔の最上階へと吹き飛ばされた竜玄の全身を切り裂かれた傷痕と竜玄の身体を蝕む猛毒の痕跡を見て、薫は碧達へと声を張り上げる。

 だがしかし、その声が聞こえた直後には神父の放った魔力が碧と茜の足下に炸裂し、2人を塔の床もろとも吹き飛ばす。

 碧が身を呈して黒を庇い床を転がり、塔の内部から現れた神父は、タコの足のように竜系魔物の魔力をうねらせながら薫達の前に現れる。


 「どうやら、彼は私を見くびっていた様ですね。当然と言えば当然ですけどね…」


 竜魔物の魔力が八つに別れ、それぞれが別々の魔物の魔力を宿し薫達の前へに現れる。

 特に異族の中でも魔力量も高く魔物の能力に秀でている竜人族を遥かに上回る異質な神父の姿を見て、薫はクラトから瞬時に離れ碧達を守るように結界を貼る。

 神父が床を削るような薙ぎ払いを咄嗟に防ぐが、八つに別れた魔力が鞭のように結界を叩く。

 薫が魔力を結界に集中させ、少し離れた場所に立っていた白へ視線を送る。


 「神器、解放――ッ!?」

 

 薫の神器である聖剣が魔力を放ち、瓦礫や大気を操り神父とクラトの2人を塔から遠く離れた場所へと吹き飛ばす。

 塔から落ちてしまった竜玄の退場の報告がない事から、微かに息がある事を察知した薫は自分自身が今やるべき事を全力で果たす。

 白がナドネを抱き抱え薫の結界へと飛び込むと同時に、薫の魔力は一気に解放される。

 

 唸り声に似た瓦礫と大気が衝突する轟音と共に、神父達をさらに彼方へと弾き飛ばす。


 「…はぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」


 雲を突き抜け放たれた薫の大出力な魔法によって、どうにか神父達を遠ざける事に成功する。

 直ぐ様薫は白達を自分の側へと寄らせるが一向に、転移が発動しないことに疑問を浮かべる。

 そして、その一瞬の隙を突いて彼方から放たれた一撃が薫の背中を抉り、薫をその場から弾き飛ばす。


 薫が口から血を吐き出し、攻撃のした方へと向くと凄まじい速度で空を飛翔する。

 猛スピードで大気を切り裂く神父が指を軽く振るうと、指先から伸びる鞭のような魔力が碧と茜の足下の床を削る。

 咄嗟に碧が展開した結界も神父の鞭が容易く破壊し、破壊され飛び散る破片と削られた床の破片が碧と茜を襲う。

 白は黒を抱き抱えたまま2人の前に飛び出ると、神父に背を向け2人を守るように強力な結界をその場に展開する。


 「……なるほど…。孤児院の家族は守れなかったが、実の家族は死んで守る。そう言いたいのですか?」

 「えぇ、そうよ。アナタが無慈悲にも私から奪った十年と孤児院のみんな……。もうこれ以上、奪わせないッ!」


 神父が鞭による攻撃の手を止め、白は確信した。


 「やっぱり、私が大事なモルモットだから……その鞭で死なれたら困るんでしょ? そうでしょッ!?」


 白が神父を睨み付けると、その神父は笑みを浮かべて白の結界に鞭を叩き付ける。

 徐々に削られ始める結界に、碧と茜が結界の維持と補強にと魔力を巡らせる。


 「ミスホワイト……寝言は寝ながら言いなさい。なぜ、私が()()()であるアナタの身を気にして戦わないといけないのですか…。モルモットはアナタではなく、アナタの胸に抱かれているその赤子だけで、十分ですよ――ッ!」


 神父の鞭がさらに加速し、その威力と速度がさらに増していく。

 その中で、碧が神父の攻撃の手が僅かに緩む一瞬の隙を伺い、残りの魔力を注ぎ込んだ大出力の雷で神父に攻撃する。

 一瞬だけ緩んだ神父の攻撃を見抜き、一撃で葬る覚悟を持って神父の頭上へと雷を叩き落とす。

 だが、神父はそんな碧の全力の雷魔法ですら片手で受け止め、そのまま白達へと雷を投げ返す。

 稲光が弾け結界が粉々に破壊され、碧と茜が余波によって床を転がる。


 「はぁ……ダメダメですよ。例え、一瞬でも隙があったとしても、私に傷を負わせれると本気で思ってます?」


 神父が指を振り、黒を守ろうと丸かった白の背中を鞭が容赦なく傷を与える。

 白の上着が削れ、皮膚が切れ血が流れる。

 白い綺麗な肌が鞭によってズタズタに傷つけられる。

 鞭が白の肌を削り大量の血液が流れ出てもなお、白は黒を抱き締める。

 唇を必死に噛み締め、動けない薫や碧達の代わりに白はその身をもって黒を守る。

 血が辺りに飛び散り、このまま行けば肉が削り落とされ骨すらも削れるだろう。

 それでも、白は黒を守る――()()()()()であり、自分の側へ駆け寄ってくれる家族なのだから――…。


 白が唇を強く噛み締め、涙を堪えながら不安げな黒に精一杯の笑みを浮かべるが、神父の鞭が白の身体を吹き飛ばし宙へと飛んだ黒が神父の手に渡る。


 「……や……止めろ…」

 「『やめろ』ですか……。モルモットにすら成り得ないゴミ虫風情が、私に意見するな。もはや、私の計画も最終段階に到達しました……。これでようやく、報われますよ。無能で無価値だったお前を捨てなかった私の努力と我慢強さがね―――ッ」


 神父は泣きわめく黒を持ち上げると、黒はその小さな手を白へと伸ばし助けを求める。

 だが、白の手はまたしても届かない。

 後少しのほんの少しの距離が、白には途方もない距離に感じてしまう。

 必死にてを伸ばしても、黒へは届かずに虚空を掴むのみであった。


 (――まただ、また……守れない。私の大切な家族が、コイツの手に引き裂かれる――)


 目の前が涙で霞み、朧気な魔力の糸を白は手繰り寄せるがそれでも白の手は黒へとは届かない。

 魔力が底をついた薫と余波によってしばらく動けない碧と茜も白同様に黙って見ている事しか出来ない。

 神父とクラトが目的の人物と実験体となり得る碧達を見て、不気味な笑みを浮かべる。

 神父が碧達に向けていた視線を薫へと向けると、薫とその側で意識を失っているナドネの2人を始末するように、クラトに指示を与えるとクラトが光剣を抜いて、渋々神父の命令を承諾する。

 

 「全く、実験が成功すればその恩恵を私に与える約束ですよ? ……人使いが荒く大変ですよ…」

 「そう言わないで下さい。これも未来への投資と思って下さい」


 神父が泣き止まない黒を小さな結界へと閉じ込めると、碧達へと手を伸ばす。

 クラトの光剣が薫に振り下ろされ、碧と茜には神父の魔の手が近付く。

 悔しさを噛み締める白は床を叩いて、掠れる声で『妹達から離れろ』と叫ぶが、神父が碧の首を掴み上げ締め上げる。

 足をばたつかせもがき苦しむ碧を見て、優越感に浸る神父と薫へと振り下ろされたクラトの光剣から鮮血が噴き出す――……。






 「――十数年も、孫の白を惑わしてくれたようね…。そして今回は、薫さんと碧ちゃん達を痛め付けた。これ以上、橘に手を出したら……私がお前達を殺す」


 白の霞む視界の中で神父の腕を鋭利な空気の刃にて切り落とし、クラトの光剣を反射に特化した結界でクラトへと跳ね返す。

 クラトの二の腕に突き刺さった光剣をクラトは引き抜き、気付いた時には腕を失っていた神父の2人が白達の前に現れた梓の存在に、対して驚きもせずに冷静に傷を治療する。

 梓が頬から首へと流れる汗と肌を切り付ける強力な魔力に、手が震える。


 梓も橘家の者としてある程度の実力を有しているが、梓の実力でははこの2人を相手取る事は難しく。

 子供たちを守りながらとなれば、さらに困難を極める。


 「……懐かしい顔の方ですね…。何一つ変化が見られない所が、よりアナタの美しさとミステリアスさが引き立ちますね」

 「戯れ言は後にして、孫娘達に手を出した事を謝罪するなら半殺しで許してあげるわよ?」


 梓の余裕さを持った口振りとは裏腹に、その手は未だに震えている。

 神父とクラトがそんな梓の状態に気付いて、嘲笑うように梓へと手を伸ばす。

 神父が伸ばした腕が梓へと伸びるが、神父の前には目に見えないほどに薄く貼られた結界が神父の伸ばした腕を焼き、梓が白達に手を出させないように貼った結界の能力の高さに驚く。

 だが、現在の神父であればその結界を容易く破壊する事が可能であるため、梓の結界は無意味と言えた。

 神父が指先に魔力を込め、鞭を伸ばして梓の結界を破壊しようと叩くが、神父の肩に触れた凄まじい力が神父の動きを止めさせる。


 恐る恐る背後へと振り向いた神父が目にしたのは、光を呑み込む闇その物を彷彿させる瞳をした辰一郎であり、その手には首がネジ曲がったクラトがぐったりしていた。


 「……ねぇ、何してるの?」



 神父が辰一郎の黒と似た異質な魔力に恐怖を怯え、その場から飛び退くが辰一郎の五指が鋭利な刃物のように神父の片足を透かさず掴みそのまま足の肉をネジ切る。


 「……ッ!? ぐわッァァァァァァ―――――ッ!?」


 ネジ切れた足から噴き出す鮮血と、一瞬で全身から溢れる脂汗が神父に更なる恐怖を与える。

 クラトが恩恵の力である超速再生をもって、首を治すと同時に辰一郎がクラトの首を掴みねじ曲げる。

 そのまま両腕を魔装にて黒くし、クラトの脚を持って神父へと叩き付ける。

 神父とクラトがぶつかり、生々しい音と共にクラト身体が弾ける。


 「教えて上げるよ。僕が……僕が一番許せない事を……」


 両腕と両足を魔装で魔力を固め、強固な武者鎧を身に纏う。

 黒と赤色の不気味な色合いの鎧が辰一郎の魔力がさらに増していき、神父の鞭に何一つ怯む事なく一歩一歩確実に神父の元へと歩み寄る。

 辰一郎の膨れ上がる魔力とその背から現れた漆黒の竜が、鋭い牙を剥き出しに咆哮を挙げる。

 辺りに充満した魔力を掻き消し、雨雲を吹き飛ばした辰一郎と黒鎧竜(ベリゼス)の咆哮に怖じ気付いた神父に振り下ろされた拳が大気を叩く。


 半壊寸是であった塔を木っ端微塵に吹き飛ばし、大気を踏み固めたノラと結界で空中に停滞する梓達以外の存在を木っ端微塵する。

 辰一郎の一撃をもろに受け、瀕死の重症な神父が崩れた塔の瓦礫の中から這い出る。

 右肩は吹き飛び、左腕の骨は粉々に粉砕されている。

 咄嗟に辰一郎の攻撃を腕で防いだ為に、左腕の機能と右肩は消失した。

 地面を這うように移動し、どうにか竜人族から奪い取った回復能力に秀でた魔物の力で身体を再生させていると、瓦礫を踏みつけて現れた男の闇その物なオーラに神父はその場から走って逃げる。

 腕の再生を後回しに、傷と切られた足を再生すると一目散にその場から飛ぶ様に逃げる。

 ただ一心不乱に神父は、辰一郎の元から逃げる、


 「おーい…。どこ行くんだよー」


 辰一郎よ声が自分の背後から聞こえ、すぐ近くに辰一郎が来ていると錯覚し、プランプランな左腕を思わず振る。

 が、神父の目の前には辰一郎の姿は無くすぐにその場を離れようと再び走り出す神父の顔に、辰一郎は掌を叩き付ける。


 『ビンタ』――辰一郎が神父を頬を叩いたのはまさしく、『ビンタ』であるが、それとは比べ物にならないほどの破壊力を有していた。

 破裂音に似た音が周囲の空気を震わせ響く、神父の身体は浮き上がりその場で一回転する。

 そのまま神父の顔を踏みつけ、地面に縫い付けると同時に辰一郎が足元に魔力を集中させ辺り一帯を凄まじい魔力で吹き飛ばす。

 更地となった周辺一帯を見下ろすノラは辰一郎の圧倒的な力を前に、震えていた。

 だが、その震えは恐怖から来るものではなく歓喜から来るもであった。


 「そう言えば、教えて無かったね。僕が一番許せない事について――」


 辰一郎が再生する神父の胸ぐらを掴み上げ、ぐちゃぐちゃに歪んだ顔が元通りになるまで待っていた。

 涙を流し、謝罪の言葉を述べる神父にため息しか出てこない辰一郎は魔装を解除する。

 それは、端から見れば魔力が底をついたとも解釈出来る行動に、梓達が辰一郎の行動が理解できずに見守っていた。


 「……私にトドメを刺さなかった事を……。今さら後悔しても、遅いですよッ!?」


 神父が魔物の魔力を再生した腕に集中させ、魔力が尽きた辰一郎の胸へと突き刺そうとするが、辰一郎は神父に向き直る事なく呟く。




 「――家族を傷付けたお前を許さない…。それは、()()()()()()()()()


 辰一郎の言葉の真意に気付かない神父だが、辰一郎はその場を後にする。

 何故なら、神父の背には2人目天敵が存在していたからであった。

 神父の背中に容赦なく叩き付けられた拳が地面を抉り、紫色の稲光が地面を焼く。

 神父の叫び声を掻き消すほどの雷鳴と、その男の怒りに満ちた殺気に当てられ神父は言葉を失う。

 全身を猛毒と裂傷によって重傷であるはずなのに、その男『橘 竜玄(たちばな りゅうげん)』は再び振り下ろした拳が神父の臓物を焼き尽くす。

 残り僅かとなった微かな魔力を燃やし尽くす勢いで、竜玄は最大火力の雷と共に神父を叩く。

 現在の上位領域の天候は『悲鳴時々落雷』の悪天候であり、辰一郎が若干引く程の竜玄の激怒っぷりに冷や汗を流す。


 「……わーお…。我が子ながら、凄まじいな」


 太鼓のように神父へと振り下ろす雷と拳がさらにその勢いと威力を増していき、いつしか神父の再生速度を上回る破壊力で竜玄は神父を叩きのめす。

 この親子には『やり過ぎ』などと言う言葉はなく、徹底した容赦の無さが橘と言える。

 魔力が尽きた竜玄がフラフラと辰一郎へと歩み寄り、そのまま肩から倒れる。


 「ぅおっと……たく、世話が焼ける。だが、父親らしい事が出来るだけでも嬉しいな」

 「何言ってんだ? 速く……帰ろう。ここに長居するとは、身体に毒だ」


 辰一郎と竜玄の2人が梓達の元へと近付くと、神父の身体から恩恵の魔力が溢れる。

 そして、窪みから現れた神父の胸にはクラトが賜っていた『1』の聖痕が光を放っていた。

 またしても、到来した絶望的な状況に舌打ちする辰一郎だが、神父の背後から音速で迫る人影を見て、辰一郎は安堵の息をついた。


 「タイミングバッチリだよ。未来ちゃん」


 神父の背後から閻魔にて、その身体を一刀両断する未来の模倣抜刀術によって、神父は背中から血を噴き出し倒れる。

 未来が閻魔を鞘に納め、梓達の元へと合流する。


 「……白ちゃん。白ちゃんの助けてって言葉は、私達にちゃんと届いてたよ」

 「え……?」


 白達が梓から貰った上着の袖を力一杯握り締め、未来が向かってきた方向から翔とメリアナの2人が運転する車に乗った孤児院の子供達とシスターが手を振っているが見えて、白はその場に崩れ落ちる。

 未来と梓の2人が塔を登っている際に未来がいた白の心の叫びに、たまたま合流した翔とメリアナと共に動いた。

 神父の雷を翔が弾き、メリアナと未来で子供達を保護した。

 その事実に白は涙を流し、未来に感謝の言葉を幾度も告げる。



 「なぁ……。ハッピーエンドはまだ速くねーか?」


 

 頭上から降り立ったノラが義足の擦れる金属音を響かせながら、未来の前に立つ。

 未来が閻魔を抜き、ノラに刃を向ける。

 神父の雷を弾くのに魔力を使いきった翔と守るのに使ったメリアナが、ノラの登場に眉をひそめる。

 だが、未来が閻魔と血燐一刀から魔力を溢れさせ、高濃度な魔力をノラに感じさせる。


 「……なるほど、そう言う事か…。何で、竜人族でもない未来さんが、魔装を多用しても魔力が底を尽きないのか…。簡単なからくりで、上位の連中じゃ絶対気付かない仕掛けだな」

 「でしょ? この為に黒ちゃんが備えていたって、私は思う。ノラ君を()()()()()――」


 未来の発した『救う』と言う単語に、ノラの眉が反応する。


 「救うだと……今さらか? 今さら、どの口が言ってんだよ…。俺が救われることは決してない。それは、()()()()()()()()()()()()()()――ッ!!」


 ノラが義足の刃を展開し、魔力を集中させる。


 「そうだね。私がノラ君を救うなんて大それた事は言えないよ。でも、救う責任があるッ! 黒ちゃんは忘れてると思う。でも、私は『覚えてる』……ううん。()()()()()()――」


 未来が閻魔を構え、黒が神器に貯めていた魔力を用いて全身に黒鬼の魔装を纏う。

 白色の着物に鎧武者の鎧兜を纏い、両足には長い深紅の一本下駄の姿の未来とノラは見詰め合う。

 ただ一つ、黒が果たはずにノラが縁を切った――かつての約束を果たす為に、未来は閻魔を強く握る。




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