一章十七節 霧と三人
目の前は、見渡す限りの森だった。
青年はいつからそこに居たのか、何故ここに居たのか分からなかった。
分かる事があるとしたら、後ろを振り向いては駄目だと言うことのみであった。
背後から微かに聞こえてくる音はまるで、悪魔が囁く声の様にも思えた。
青年は、脇目も振らず走り出した。
光の漏れる場所まで、走って走って走って森を出ようとした。
しかし、足が縺れその場に倒れこんで起き上がる時に、不意に後ろを向くと。
そこには、巨大な長剣を片手に持つ全身を黒色のローブを纏った。
“亡霊”が立って青年を見下ろすと。
「オマエ………チガウ………アイツヒトリ……」
森に響き渡ったのは、青年の断末魔と木が倒れる音だけであった。
時計は時刻は朝の五時を示していた。
クローゼットから適当な服を取りだし身支度を整え、床に畳まれて置いてあったロングパーカーを掴み羽織り下のリビングに行く途中でリビングに明かりが付いているのに気が付いた。
リビングのドアノブに手を掛けると、そこには、エプロン姿の碧がいた、黒が起きて来るのを予知してたかのようにテーブルには、和食で統一された朝ご飯が置いてあった。
テーブルにあったご飯を手早く食べ終わると黒は、靴を履き外に出ようとしたが、腕を掴まれその場で止まると。
碧が、白色のアタッシュケースを渡して来た。
「碧は、どう思う」
碧の方を向かず、目の前に広がる霧の世界を見つめていた。
「私がどう思うよりも、これが、連盟の考えだと思ってますわ」
俯く様に碧もまた、黒を見ずにいた。
「そうか」
碧が持っていた、アタッシュケースを受け取ると、そのまま霧の世界を進んで行った。
黒が玄関から少し歩くと、目の前に車と一緒に黒色の執事服に身を包んだ、男がアタッシュケースを預ると黒が乗った車が動きだした。
黒の乗った車が聖獣連盟大和支部に着くと、黒を待って居たのは。
「重鎮殿はもしかして暇人なのか?」
黒がイタズラっぽく笑みを浮かべ隣の巳様を馬鹿にしてると。
「暇なものですかッ!」
巳様が黒に詰め寄ると鳩尾に拳がめり込むと、黒は鳩尾を押さえながらその場で気絶した。
「馬鹿野郎!主役気絶させてどうすんだよ」
龍馬が黒を起き上がるのを手伝う。
三人は本部の硬い扉を押し開け、本部長室に向かった。
本部長室には、世界評議会議長獅子都の姿もあったが、その後ろに居た女の子に三人の目線が集中してしまった。
「あの……彼女は?」
巳様が恐る恐る質問すると。
獅子都は机に置いてあった、ペンを持つと三人の目線が女の子からペンを握る獅子都の腕に注目した瞬間。
獅子都が三人の前に瞬時に動くと、黒の脇腹に裏拳をねじ込み、巳様の脇腹に回し蹴りを食らわせその速度のまま、龍馬の顔面に踵落としを食らわせると。
「お祖父様、良いのですか?三人にお願いが合ったのに有ったのでしょ?」
後ろのに控えていたボブカットの白髪の女の子が心配した挙動で尋ねる。
「心配要らんよ、ホレッ見てみな」
獅子都が指を指すと、三人共無傷のまま獅子都の攻撃を弾いていた。
巳様は回し蹴りが繰り出されると同時に後ろに重心を傾け紙一重で避けた、龍馬は踵落としを片手での掌底で弾き、黒は裏拳を膝蹴りで相殺させてそのまま腕を上に弾いた。
三人の姿を確認すると、女の子は獅子都の前に立つと。
「獅子都紬です、以後お見知り置きを」
軽く三人に会釈をする。
「さて、メンバーも集まったし、そろそろ行きますか」
鯨王の杖から濃霧が漏れだすとたちまち部屋全体を覆い隠す様に霧が形成され、藤十郎の前には霧が密集し大きな扉を造り出すと。
「この先が、お前達に会いたいと言ってる奴がおる所だ」
藤十郎が杖で床を突くと扉が開き中は、霧で見えなくなっていたが。
中から漂う魔力はただの魔力では無いのは三人共に感じていた。




