最終章九節 代償と勝機を託す
黒の頬を覆っていた魔装が未来の平手打ちによって砕け、黒の肌が微かに垣間見えた。
思わず平手打ちをしてしまった未来が冷静になり、その場から一歩後退し。
二歩後退しそうになった自分に、渇をいれるように立ち止まり黒から一歩だけ下がる。
今の自分が恐怖を抱いて退けるのは一歩までと決め、このまま黒に切り裂かれても構わないと覚悟を決めて黒を見詰める。
黒が二歩三歩と後退するのに合わせて、未来が距離を詰める。
黒の獣の様な雄叫びに臆することなく、黒へと一歩一歩前進する。
未来が前進すると黒が後退し、黒はもがき苦しむように頭を抱える。
魔装の状態がさらに不安定になりはじめ、翔が息を切らし十五解禁を解除しようとした所で下位領域の創造神である色彩神が翔の解禁解除を止める。
「すこし、苦しいかもだけど…十五解禁の解除はまだ後だ。正確には、橘くんが自我を取り戻してから――二人同時だ」
色彩神が未来の肩を掴み、苦しむ黒を見届ける事を提案する。
未来や周囲に集まった騎士や竜人族が見守る中で、黒が悲鳴にも似た雄叫びを挙げる。
魔装が液体となり、四方へと逃げようと暴れるが黒の体から抜け出せずに暴れる。
「初めて十五解禁を見る今の子達はわからないかもだけど、本来の十五解禁と言うのはわざと暴走を起こし、怒りを抑え込み制御してた段階でスタートラインに立てる」
「……そして、今の黒はスタートラインを飛び越えて、心構えや覚悟を持たない段階で十五解禁を体得した」
色彩神と辰一郎が翔と未来の隣に近寄る。
多くの騎士が色彩神と辰一郎の言葉に耳を傾ける。
十五解禁の強大な力と必ず付いて回る暴走を抑え込む事が必須の絶対条件に、未来は祈るように目を瞑る。
漆黒の魔力が黒の体内で暴れ回るように荒れ狂う。
――今は、ただただ祈る事しか出来ないよ――…。
色彩神や大勢の騎士が見守る中で、黒は自分自身と戦う。
「それじゃ、辰一郎さんの言ってた。封印とかも嘘か?」
「まぁ、な。黒を暴走させるには、自分に覚悟が足りないと分からせる事と…。その覚悟の無さが原因で大切な者が傷付くと言う現実を叩き付ける事だからね……」
未来が握る手に力が入り、徐々に魔装や魔力を抑え込み始める黒に祈りを捧げる。
再び獣の叫びが聞こえ、未来が黒の方へと顔を挙げると黒が遥か彼方に置いてきぼりとなった神器である――【閻魔】――を呼びように右腕を閻魔が置かれた方角へと伸ばし、閻魔を魔力で引き付ける。
辰一郎と翔が動くよりも先に、閻魔を手にした黒が閻魔の鞘を抜き去りその刀身を自身の腹部に突き刺す。
大量の血液が地面を赤く染め、刀身を滴る血液が刀身を赤く染める。
口元から溢れ出る血液と共に、黒の体が元通りとなると黒は未来に笑みを向ける。
――悪い、ごめんな――……。
たった一言だけそう呟くと、黒は閻魔を放り投げ地面に深く突き刺さった閻魔と同時に、その場に倒れる。
未来が駆け寄ると、その体から血液は止めどなく溢れ未来の治療系統の魔法よりも速く、黒の体から血が失われていく。
黒の呼吸がゆっくりとなり、大粒の涙を流す未来に笑顔を浮かべて息を引き取る。
黒の師であり、多くの事を学んだ輿石祭と同じく笑みを浮かべて、冷たくなる。
薫や竜玄が駆け寄り、一目で黒が自分自身に勝てないと判断し、閻魔を持って自刃したのだと理解した。
しかし、梓と色彩神は倒れた黒に一度も視線を向ける事なく、自分深くに突き刺さった閻魔を見詰めていた。
「……多くの騎士が、自分と適性のある神器を魔力を通して遠くから手元へと引き付ける事は、そう珍しくもない」
「……色彩神様が仰る通り、そうです。何ら珍しくもなく、この場合では――奇跡にも等しいほど価値の有るものです」
閻魔が突き刺さった地面を揺らすように、小刻みに震えだし。
地面を吹き飛ばし、高く上空へと飛ぶと同時に黒の腹部へと真っ逆さまに落ちる。
そして、黒の腹部に突き刺さると同時に、黒の近くに駆け寄った者達を凄まじい風圧で吹き飛ばし、冷たくなった筈の黒がゆっくりと立ち上がる。
そのまま、腹部に突き刺さった閻魔の柄を握る。
そして、閻魔へと氷のように凍結していたかのように黒の魔力が解き放たれるように、閻魔へと注がれる。
――神器…抜刀……――
未来達がそう黒が呟いた事に、震える体を押さえれなかった。
黒の腹部から抜き去られた閻魔が灼熱のように赤く、まるで閻魔と呼ばれる十王の焔を一点に凝縮したかのように閻魔の刀身を赤く染める。
――赤く、紅く、朱く、緋く―――刀身が燃え尽きるのではないかと言うほどに赤く色付く。
焔が息づくような刀身を振り下ろし、黒達の上空に広がっていた雨雲が両断される。
「どうやら、物にしたみたいだ。十五解禁…てか、腹切った意味は何だよ」
「おう、物にしたぜ。自刃したのは、閻魔の能力で――十五解禁を強制的に抑え込んだんだよ……」
翔が黒の内側を覗くように魔力を見ると、黒の言うように魔力の質や濃度は十五解禁と似た質であるが、押さえ込んだように内側に凝縮されている。
大勢の騎士達が黒の十五解禁制御に成功した事に歓喜する中で、未来は黒に目を合わせずに背中を無言で叩く。
そして、黒が苦笑いを浮かべながら未来に謝罪すると、翔と黒が十五解禁を解除する。
――だが、薫の呼び止める声よりも先に、2人は解禁を解除してしまう。
それは、十五解禁の持つ強大な力を得た代償として払われる全魔力の欠損であった。
翔と黒の2人が味わった魔力が無くなり、仮死状態となる現象を完全に忘れていた2人は地面に崩れ落ちる様に倒れる。
二人の体からは魔力の反応は限りなく無に等しいレベルにまで、消える。
近くにいた薫や梓が駆け寄り、黒と翔へと魔力を流す。
しかし、その体はまるで魔力が霧散するかのように煙を挙げて、2人の体は消えてなくなる。
元から居なかったように煙となって消えた2人を見て、静寂が周囲を包み込む。
―――黒達が煙となって消えてから約2週間が過ぎた倭では、円卓主体となって、これからの四大陸対策として騎士達の教育と一斉強化の名目で様々な所で演習が計画されていた。
久隆派遣警備会社の活躍もあってか、倭の環境は見違える程良くなり。
八割の悪党や四大陸の1勢力からの要望で動いていた諜報部隊などが、一斉に排除された。
倭の都市には、白を貴重とした円卓の制服を纏った騎士が巡回をしては、笑顔溢れる島国には僅かとなり始める平和を噛み締めていた。
そして、倭の首都である大和の支部長室にて、ため息を溢しながら秘書が持ち込む書類に判子を押して業務を淡々とこなすラックがため息を溢す。
「ため息が多いですよ。ラックさん」
「……そりゃーね…。この終わりの見えない膨大な書類の山を見れば、誰でもため息が出るよ。そう言う空ちゃんは、橘には最近顔を出してないよね?どうして?」
ラックが隣で書類整理を手伝う空を見て尋ねるが、空が橘の屋敷に顔を見せない理由に心当りがあった。
「……最近は、よく泣くの?」
「そう…。夜は時々しか泣かないけど……未来ちゃんや薫ちゃんが見えなくなると、泣き出すのよ…」
空が目の下のクマを指差して、支部の仮眠室で爆睡する空を知っているラックは、『…そっちもそっちで大変だな』と声に出ないよう心の中で呟いた。
なぜ、健康的な生活を送っていた空が睡眠不足なのかは、2週間前に遡る。
2人の皇帝が姿を消した事で、全員が十五解禁による影響だと思い込み。
未来は現実を受け入れずに、その場に崩れ落ちる。
すると、黒の服の下で何かがもにょもにょと動き数秒後に、赤ん坊の泣き声のように大泣きする声が聞こえた。
未来が恐る恐る服を捲ると、産まれたままの姿をした黒髪の赤子が涙を流して泣いていた。
大泣きする赤子を未来は大慌ててあやすと、そんな大泣きの声に釣られて翔の服の下からも同じように大泣きの赤子が薫に抱かれていた。
そして、ニヤニヤと1人だけ現状を面白がっている人物を未来が見て、色々と察する。
「……色彩神様…。何か仕掛けたんですか?」
「なーに、簡単な設定を見直したんだよ。元々の創造神の適当な十五解禁の代償だった。仮死状態を少しだけ弄って、幼児状態に変更したの――」
色彩神が手元のビデオカメラで大泣きする黒と翔を映像に残そうと、熱心に様々な角度から映像に撮す。
未来が黒を抱き抱え、梓が屋敷から急いで持ってきた布で2人をくるむ。
そして、翔と黒は赤渕や未来と共に橘家にて、魔力が戻るまでの期間だけ育てられた。
幸いにも、手慣れている梓や薫の指示や橘家の従者の手を借りて、翔と黒は何事もなく時間を過ごしていた。
「うわぁーッ!碧姉、黒兄が哺乳瓶で遊んでるよ~」
「茜ッ!熊の…熊のぬいぐるみはどこ?」
「みみみみ未来ちゃん、翔が泣き止まないよ。何で、何でぇぇぇ――!!」
「オムツはこうしてこうで、こうして完成。分かりました?」
「梓さん早すぎ…」
「こうで、こうで……梓様、もう一度お願いします」
「お義母様…。熊の赤ちゃん用の服出来ましたけど……前の猪の服とどちらにします?」
「ママ、私はこっちのカエルが良いと思う」
「翔ちゃんは、お利口さんでちゅね~」
茜、碧、陽葵、梓、薫、未来の6人が騎士としての責務を完全に休み、外せない重要な確認事項以外の時間以外はほとんど屋敷にて、首が据わっている翔と哺乳瓶をたまに手で掴んで遊んでしまう黒の育児に集中していた。
いつもならば、月明かりの下で屋敷の管理をしている梓とその従者の者達のみの屋敷だが、いつのまにか笑い声や赤子の泣き声などが賑かに聞こえる。
未来が朝早くに起きれば、黒と翔ようのミルクの準備に取り掛かり。
恒例のように、手元にお気に入りの薫お手製のぬいぐるみが見当たらないと言うことで泣き出す黒をあやす薫と前日に遠くに放り投げられたままのぬいぐるみを持って来る梓と共に、泣き出さずに陽葵に抱かれた翔と共に広間に集う。
従者が未来と共にミルクと全員分の朝食を運び、何気無い朝を迎える。
「……翔さんはすごい勢いで飲むのに、兄さんは遅いですね」
「碧姉…。多分だけど、翔さんが早いんだよ。きっと…」
ミルクを飲み終わった翔と違って、いまだミルクが残っている黒と共にご飯を食べる未来は黒との間に産まれた子供もこのような光景なのかと考え、顔を赤く染める。
色彩神曰く、個人差はあるが十五解禁の代償である幼児状態はその者がもつ元々の魔力によって状態の時間が前後するとの事であった。
人族である翔だからなのか魔力の質も戻り始めつつあり、魔力が着実に貯まっているのが見受けられる。
しかし、竜人族の黒は翔よりも掛かると予想され、四大陸の脅威と上位領域からの侵攻などを考えるとあまり時間は残っていない。
だが、黒と翔の十五解禁同士の戦いから、他の皇帝達の意識にも変化が見られた。
あまり倭の防衛に回らなかった者達や救護や支援に徹していた者達が演習や上位騎士同士での訓練に意欲を見せ始める。
黒達の圧倒的な力に感化されたのか、メリアナが各騎士部隊よ大幅な戦力増強にこれまで以上に力を入れる。
12人存在する皇帝でも、上位3人や翔と言った目立った者達のみが実力を世界に知らしめたが、他の皇帝はあまり表舞台に姿を表さない。
四大陸への対策として、完全な結界の中で皇帝同士による組手が計画され、数十人体制の結界が数分で弾けた事には、周囲の騎士達も皇帝の力に自然と納得していた。
「それで…。共子ちゃんとナドネちゃんは、こんな昼間からお酒入れて良いのかしら?」
自身の判断にて騎士としての称号と証を副団長の未来に返上し、倭にて小さなカフェを経営する元騎士であるミッシェル。
そんなミッシェルが似合わないカフェの制服に身を包み、二人揃って酔っている共子とナドネからお酒を奪う。
「ぅぅ~…。こら、ミッシェル…私の酒返せ…」
「そうですよ…返してください。それに、騎士職を降りた途端に、敬語やめるとか…。何ですか…違和感しかありませんよ~」
完全に出来上がった2人に溜め息を溢すミッシェルが、コップを磨きながら仮にも黒焔と言う現在の倭の最大戦力の一角である組織。
その頂点に位置する12人の師団長の内2人が昼間から、飲んで酔っている。
統制があまり取れているとは言えない組織かつ、団長やその他上位幹部の自由さが黒焔と言う組織の最大の利点にして、弱点である。
未来と言う人物の元で、統制が取られているが基本的には黒は命令を下すだけの組織である。
単独での作戦実行能力は高いが、師団同士での連携や他の騎士との連携はほとんどない。
だからこそ、2人のように自由に遊んでいる師団長が多いのご黒焔である。
所属していたミッシェルが、今さら師団長の弛み具合に呆れてもこれが普通となっている。
――だが、そんな実態があろうとなかろうと、それでも1つになれるほどの実力と決して揺るがない絶対の忠誠心から最大戦力と呼ばれる組織の黒焔である。
自身の実力を知っているミッシェルが言えるのは、例え今この瞬間に敵が来ても、すぐに対処出来るだけの戦力と手筈が揃っている。
だから、一時の休暇を楽しんでいるのだろうと、ミッシェルは酔い醒ましようにと、特別に調合したドリンクを2人に何も言わずテーブルに置く。
ここまで登り詰めることすら出来なかった自分でも、少ない支援だが支援はいとわない。
それが、戦力にならないと騎士職を自身から降りた者の最後の足掻きなのだから――…。
「ミッシェル…。アンタの悔しさは、私達が背負う。だから、影からこっそり見守ってて……」
共子がそう呟くと、ミッシェルの頬から自然と涙が溢れた。
これまで以上に過激化する戦いから逃げた自分達を責める所か、最後まで共に歩めない者達の悔しさや情けなさを笑わずに、その背中に背負って心の片隅に抱いてくれる。
それだけで、ミッシェルは救われた――…。
ミッシェルだけでなく、大勢の退役した騎士達が共子の一言に救われたに違いない。
多くの騎士が、恐怖から騎士職を降りるがそのほとんどが未来や黒達上位幹部から騎士職を降りるべきだと提案されている。
その者達の実力不足と言う理由は建前であり、十二単将や幹部を除いた騎士の中で、家庭を持った者や持ち始め子持などの簡単に死ねない者達に全て漏れ無く通達した。
倭の現状では、一人でも多く戦力を必要としているが、黒焔は円卓のように希望者ではなく。
先程の条件に当てはまる全ての騎士から騎士職を返すように告げた。
多少の反発などもあったが、それ以上に黒焔と言う組織で培った経験から騎士達は理解していた。
円卓は倭の防衛としての役割が強いが、黒焔はその逆の役割が最も強い組織である。
生半可な気持ちでは簡単に命を落とし、残された者達に深い傷を与える。
だからこそ、黒達は騎士職を降りるように反発した者達に半ば強制的に騎士職を奪った。
抵抗する者達には力を持って、納得出来ない者達には威圧を見せてその証を変換させた。
当然、残った者達や学生上がりの者達には、これまで以上に過酷な訓練を強いた。
十二単将との単独戦闘訓練や集団での皇帝との戦闘訓練が行われ、経験を積ませる。
自分よりも圧倒的に力の上の相手に初めは怖じ気づいていた者達も、押し潰そうとする魔力を払いのけ前進する。
円卓の騎士達が日々巡回や防衛訓練を任務とする中で、黒焔は十王達の足下や十王の領域内で戦闘に明け暮れる。
泥まみれになろうとも、血を吐き出そうとも、悔しさを滲ませて去っていた同胞達の悔しさを胸に秘め、伝説上の生物である十王に挑み。
12人の皇帝や十二単に挑み続け、黒焔と言う組織の強さは今までに類を見ないほど洗練された。
称号上では、銅騎士や銀騎士と言った一般的な騎士階級だが、その実力は既に並みの銀騎士を遥かに凌駕している。
一際優秀な人材は、金騎士と同等かそれ以上の実力を有している。
人型の戦闘を担当している十王の閻魔に、数回攻撃を与えた者達や巧みな連携を光らせる者達に閻魔は――手加減しない。
「おらッ!?どうした、どうしたッ!?……そんなもんじゃねーだろぅがッ!?」
焔を纏った拳や地響きを生み出す攻撃の数々に、周囲への影響を低減させる結界が数分と持たずに吹き飛ぶ。
言い換えれば、強固な結界を破壊する閻魔の攻撃に耐えきれる黒焔の騎士達は化け物なのではないか、そう言い表すほどに黒と翔の穴を埋めるように、戦闘に力を入れる。
「……痛ッ!?…ッ…」
ステラが信濃に多数存在す温泉に浸かり、土汚れや戦闘で疲れた体を癒す。
ヘレナやリーラ達学生上がりの騎士達が多くこの時間は、温泉に浸かり疲れを取る。
信濃のお湯と薬草などの効能が加わったお湯は傷を癒し、疲れを瞬時に取ってくれる。
「やだ…。少し、筋肉付いたかも」
多くの女性騎士が自ら進んで黒焔に入団し、過酷な訓練に明け暮れる。
ヘレナの前進に浮き彫りとなった閻魔による火傷は、笹草達に事前に塗り薬を処置して貰った事で大事にはならなかった。
それでも、リーラ達の訓練は激しさを増していき、憧れていた騎士の戦いの過酷さを痛感させられた。
「あの…。ステラさんは、なぜ騎士団に入ったのですか?聞いた話では、その……。元は王族だったと聞いてまして」
ヘレナが聞いて良いのかと、リーラとステラの会話に混ざるとステラは昔を思い出すように語る。
「小さい頃に、よくお母様に聞かせて貰ったの…。元々王族の従者だったお母様が…。その頃にお父様…陛下がお話してくれた有名な騎士のお話に『黒焔を纏った黒竜の畏怖の象徴とされた騎士』と言うのがあって、お母様と離れ離れになって……国から追放された私がその騎士団を目標にした……感じかな?」
「そうですか、お母と離れ離れになってるんですね。…ごめんなさい辛い事を思い出させてしまって…」
「……今も元気かな?ステラちゃんのお母さん」
ヘレナとリーラが懐かしそうに空を見上げたステラを見る。
「……昔は、お母様から聞かされた騎士の物語りよりも…。そんなに凄い騎士なら、この魔物の力を制御出来る術を持っている筈だっていう気持ちが強くてね。制御した後で、またお母様に会いたいって思ったけど……もう、無理かな。四大陸との戦いも迫ってるし、上位領域との戦いも予想されるから――」
「――から、母親に会えないと…。中々泣かせる話ではないか…。」
突如話に混ざってきた見知らぬ人の声に、ステラ達が声の方へと振り向くと、そこには並々ならぬ魔力と黒焔所属ではない女が脚を組んで湯に浸かっていた。
「ふむ……中々気持ちの良い湯だな。このような湯と景色は、あちらには無いからな。風情があって新鮮だな」
女は夜の星空と草木の風景を堪能する。
立ち込める湯気の中で女は素肌を曝し、不適な笑みをステラ達へと浮かべる。
その白く抜群なプロポーションの彼女の首筋に、隠れるようにだが密かに刺青の様な物が刻まれていた。
そこには『5』と言う数字と天使の羽根が象られ、ステラはその刺青のようなイニシャルとシンボルを見て、全てを理解した。
暁や師団長から聞かされた話や残されていた戦闘データには、団長と対峙していた聖職者と名乗る者達の首筋で光を帯び、微か確認出来た聖痕と瓜二つであった。
聖痕を見たステラが迷うことなく、魔物である凍てつく刃を顕現させ、全身の水分を鋭利かつ強固な鎧へと変化させる。
「――皆、逃げて下さいッ!?上位領域からの敵襲ですッ!」
ステラが氷の刃を振り下ろすと、その刃は女の片手で難なく受け止められ容易く砕かれた。
ステラが温泉のお湯を氷へと瞬時に変化し、女を閉じ込める。
全員が逃げる僅かな時間を作る為だけに、ステラは必死に魔力と神経を研ぎ澄ます。
氷付けにされた筈の女だが、先程同様に容易く氷を砕いてステラの正面に立つ。
濡れていた髪や体が氷によって凍結し、女は身体の表面に付いた氷を指で軽く突く。
「ちょっと…。髪の毛も氷ってるじゃない…傷んだらどうするの?」
「知りませんよ。ここで、アナタは倒されるんですからッ!?」
ステラが踏み込むと女が不適な笑みを浮かべ、氷の鎧に身を包んでいるステラの腹部目掛けて強烈な手刀を叩き込み、ステラを脱衣場まで吹き飛ばす。
吹き飛んだ扉と崩れた棚から整頓されたタオルや籠が床に散乱する。
再度氷の鎧を身に纏ったステラが正面からゆっくりと歩く女を睨む。
手早く服に着替えた女が自分達が敬愛する主神へと祈りを捧げるように、胸に下げていた銀の十字架に軽くキスをし胸の前での十字を切る。
女の浮かべた笑みがステラには、自分の背筋を舐めるかのように錯覚し全身に悪寒を覚えた。
魔物の力を纏ったこの氷の鎧ですら、彼女にとっては単なる氷であって鎧ではない。
手刀一つで簡単に吹き飛ばされた事から、今のステラでは勝算は無い。
だがしかし、ステラに勝算が無いとしても今ここを引き下がって良い筈もなく。
引き下がらないのではなく死なずに、多くの仲間に勝機を託す為に、ステラはこの場に立っている。
その為に、血反吐を吐いてまで耐えた訓練と死に物狂いで強化した魔物の力を今発揮する。
ステラの全身に纏わせた氷な鎧から微かに冷気が発生し、背後から顕現させた魔物と共に前方の敵を見詰める。
「――面白いそうね。いいわ…乗って挙げる。全力で、掛かって来なさいッ!?」
「ここで、倒せなくとも…。仲間に勝機を託す為に――ッ!?」
ステラの冷気が脱衣場全体を一瞬で凍らせ、鋭い刃のように研ぎ澄まされていく氷の鎧を見て、女はワクワクする好奇心を抑え込めなかった。
両者の研ぎ澄まされた神経と魔力か衝突し、互いにほぼ同時に踏み込み。
一点へと集中させた魔力が轟音と共に衝突する――…。




