最終章四節 精一杯の作り笑い
機密の強制執行と円卓に座ったハートが連れた3人の騎士の存在に我慢が出来ないメリアナが眉間に血管が集まり、今にもハートへと切りかかろうとするメリアナを落ち着かせようとする者もいなければ、2人の仲介しようとする命知らずもいない。
そして、互いの意見が通らないと理解したメリアナとハートの両者が聖剣を抜き去る。
怯え狼狽える円卓の間に集う騎士と、涙を流して大慌てのラティスとユリシアの2人が、メリアナとハートと同格である薫やルークに助けを求めるが――2人は先ほどから変わらず2人を見守る。
両者の研ぎ澄ました魔力が衝突すると思われた寸前で、2人はどこか遠くを見詰めるように同じ方角を見る。
円卓の間に集った騎士達が同じく2人の向く方角に目線が集まると、ゆっくりと大扉が開かれる。
清らかさを現す真っ白な服装と顔をベールで見えないように隠した1人の人間と思われる者がゆっくりと円卓の間へと足を踏み入れる。
円卓所属の騎士ではない存在にも関わらず、円卓に集いし聖騎士達は身動き一つ取れずにいた。
そして、かの者がゆっくりと円卓に集った聖騎士を見定めるように円卓の回りを歩く。
その者は満足したのか、メリアナ前へと歩み寄りその頬に白く透き通った肌をした手で優しく触れる。
メリアナの耳元に何か言葉を残し、かの者は大扉へと消えていく。
瞬間、誰よりも先に硬直のような金縛りが解かれたハートが、聖剣を大扉へと投擲する。
凄まじい魔力の衝突音と稲妻が円卓の間に走り、ハートの舌打ちと共に砂埃が薄れていく。
そこには、傷一つ存在しない大扉と凄まじい魔力で造られた結界が存在し、結界に突き刺さったハートの聖剣が円卓に集う騎士達の視線を集める。
「…メリアナ。これが、お前が隠し持ってる残りの聖剣へと続く――道か?」
ハートが結界に守られた扉を軽く叩き、メリアナが静かに頷いたのを確認した。
大勢の騎士が集う円卓の間にて、メリアナへと機密へと通じる扉を見つめるハートは、結界深く突き刺さった聖剣を引き抜く。
引き抜かれた聖剣と共に結界が粉々に砕け、メリアナの表情が変わる。
先ほどまでとはうって変わって、吹っ切れたような表情を見せるメリアナにハートは疑問を浮かべる。
(……一体何を考えているんだ。急に現れたあの白装束の姿を見た瞬間の魔力の乱れよう。あの白装束と何か関係があるのか?)
メリアナがハートに席に座るように席を指差し、席に腰を下ろしたハートは予想外な言葉に自分の耳を疑った。
「――十七の聖剣の凍結封印の解除と…。今ここで、機密に関する情報を開示します」
メリアナがハートを真っ直ぐ見詰め、ハートが求めていた情報を開示する。
だが、メリアナと違っていまだ機密開示に納得していない薫は、メリアナを止めるべきか迷っていた。
「……薫様…。本来ならば、円卓のような巨大組織の機密を安易に開示するのは、組織の統制や今後の力関係に大きく影響が生じる。ですが――情報が最も必要であり、力を集めなければならない現状で、出し惜しみするのは得策じゃない。そこは、理解して頂きたい」
「えぇ、分かっている。ですが、機密をここで開示する事で…四大陸に情報が漏れる事を懸念しているんです。情報しだいでは、直ぐにでも四大陸との戦争に陥ります。私達の判断1つで、火種が燃え広がると分かっていて、そう簡単に開示に積極的になれる筈がないでしょ……」
すると、円卓に腰を下ろしていたヴォルティナが右手を挙げ、自身が所有する神器【鎮魂と幻想の理想郷】を解放し、円卓を中心とした一定範囲に強力な結界を展開する。
「範囲内からの魔力探知開始…。範囲外からの魔力探知開始…。範囲内の防音能力強化…。光学迷彩能力展開…。超硬質結界維持…。――これで、外から私達の姿も声も視認できないし聞こえない。これなら、満足出来るまで話し合えるでしょ?」
「ヴォルティナ…。この結界だと、どれくらいの力までなら耐えられ―――」
「――アルフレッタ様…。その問い掛けにヴォルティナ様がお答えするよりも先に、彼らが動きました」
アルフレッタの言葉を遮るように、笹草が結界の外を見詰める。
透かさず、美月と笹草が展開した水と風の結界がヴォルティナの結界の上から、二重に施された。
「ハート、俺が結界外の敵勢力を一掃する。話はその後にしてくれると助かるのだが……?」
「いや、外の敵は…。アルフレッタと円卓の聖騎士で対処してくれ。美月と笹草でヴォルティナのバックアップだ。今の内に、話をしようか」
ハートが席に座り結界内に残ったのは、結界役のヴォルティナ、笹草、美月の3名。
円卓に座ったのは、薫とハートとルーク、そして、メリアナの7名が円卓を囲む。
「それじゃ…外の負担を減らすために、手短に話そうか――」
ヴォルティナが形成した結界に阻まれ、光学迷彩能力を持った戦闘服で固めた侵略者達。
円卓の間へと潜入した四大陸からの見えない客人を前に、アルフレッタ達聖騎士が周囲に目を光らせる。
現在円卓の間にて、展開された結界内部にて機密に関する話し合いが行われている。
その為、円卓の間に集められた騎士達には、その場から立ち上がることを禁じられていた。
緊急な用件がない限り立ち上がれず、説明を求める騎士達にアルフレッタ達は無言を貫く。
だが、その無言が裏手に出ると薄々と感じていた違和感に、騎士達が気付き始めた。
(並みの騎士じゃ傷1つ付かない、厳重な結界を二重掛け…?)
ざわつく騎士達と結界から現れたアルフレッタ達聖騎士を警戒し、未だ姿を現さない敵勢力。
重く張り摘めた緊張感がひしめく円卓の間にて、四大陸と思われる勢力との戦いが水面下で巻き起こる。
「アルフレッタ…さん。で、よかったかな?」
アルフレッタへと話し掛けたハイリが携帯しいる聖剣の柄に触れたまま尋ねる。
どんな状況下であろうと、直ぐ様抜剣可能な状態にて待機するハイリや他聖騎士達を見回すアルフレッタ。
「…名は合っている。だが、この状況だ。用件は手短に頼むぞ?」
「なら、単刀直入に聞こうか。あのハートと言う人間は、何者だ?……どこからどう見ても、ただの人間は間違いない。だが、あの内側から飲み込むような魔力は聖剣に選ばれただけの要因とは、到底思えない」
「……だろうな。俺も正直、アンタら聖騎士に聞きたいよ。だが、昔のアイツを俺は知ってる。噂や議会に持ち込まれた情報じゃない話だ」
ハイリが生唾を飲み込み、自分が持ち得る情報と照らし合わせる。
記憶改竄によって曖昧となった記憶だが、ハートと呼ばれた騎士の実力は折り紙付きと言うのは理解している。
一度だけ、多くの者から恐れられた黒竜帝と刃を交えて、ほぼ互角の戦いを繰り広げた。
その後、黒竜へと下ったと言う情報だけは、入手している。
しかし、その戦いの規模やどれほどの被害が生じたかなどの詳細なデータはどこにも存在しない。
まるで―――意図的に抹消された――…かのような情報量に大勢の騎士がぎもんを浮かべる。
だが、誰も深く追及はしないのは、利口だと認知されてきている。
議会や連盟が機能してきた時は、数多くの騎士のある態度の情報閲覧が許可され、中でも皇帝やそれに近い者達の情報も閲覧が出来た。
しかし、決まって黒竜帝やハートと言った一目見て意図的にデータを抹消された存在も少なからず存在する。
そして、そんな者達の情報を追及した者達は、等しくデータと同じく存在を抹消されるか、人知れず騎士団から離れ遠い田舎にてのんびり余生を過ごしている。
そう噂されてからは、誰も情報の追及は無くなり真偽を確かめる者も居なくなった。
「――追及は禁句…。それを踏まえて、俺の話は信憑性が低いと思って聞き流せ。そして、これも俺の独断と偏見からの憶測だ」
アルフレッタが腕を組むと、それを承知したハイリが静かに頷くのを確認する。
「……。何でも、ハートと黒との戦いでは、雷帝も同席していた。それも、薫様と言った当時の上級騎士が数名一定の距離を取って、周囲の完全封鎖と戦いの為と思われる結界が張られていた。認知阻害と防音と言った姿を隠す、隠蔽措置を徹底した上でだ。そして、2人の戦いはそんな結界を吹き飛ばすほどだったと言われている」
「……それで?」
「当時は、巨大なガス爆発で話は解決した。そして、その後直ぐに黒と翔の皇帝入りが正式となった。…俺からすればハートも皇帝入りが決まっていたのではと考えている……。そして、辞退したんじゃないか…とな」
アルフレッタの話を受けて、ハイリもあのハートの発する上級騎士のさらに上位の位置に達していても不思議はない。
その実力にも納得が行くのも、薫やメリアナが警戒していた事も辻褄が合う。
だが、そうなると、その当時から創られた黒率いる騎士団の実力がずば抜けて高い事が問題となる。
現在の倭を結成当初から拠点としていた円卓や四大陸を拠点にしていた巨大な騎士団は、議会や連盟の指示下で均衡を保っていた。
2人の皇帝と言うだけで、その規模も実力も計り知れない1つの騎士団に、3人目の皇帝候補など世に情報が知れ渡れば四大陸との均衡は一気に崩れる。
そして、なぜ黒の騎士団にそれほどの力を集める必要があったのだろうか、そんな事がまず先に思い浮かぶ。
「3人の皇帝となれば、均衡うんぬんなど問題ではないな。列島を含めて、この地球すべての騎士団から危険視される。当時の連盟と議会は、黒竜帝の力で全世界に戦争でも引き起こそうとしていたのか?」
「いや、違うだろ。この情報は不確かだ。だから、憶測として話すと…。上位領域などの対抗勢力だと思うがな。そうでなければ、列島の力は凄まじいぞ。出来れば黒焔には3人の皇帝だけで十分だが…まだ隠されてそうだがな…」
アルフレッタが目蓋を閉じ、微かに感じた殺気と気配が消えたことを確認する。
同じくアゼス姉妹がアルフレッタとハイリの元へと歩み寄り、周囲を必要に見渡しながら敵の微かな魔力の痕跡を探す。
「……探しても無駄ね、レティ。痕跡は完璧に消されてるわよ」
「うん…。お姉ちゃんがそう言うなら、そうなんだね。みんなの役に立てると思ったのに」
レティスとラティスの姉妹2人が警戒を解いて、ラティスがハイリ達がどんな話をしていたのか興味本意で尋ねてくる。
しばらくし沈黙を続けていた結界が弾け、席に座ったままの薫とルークの2人と、魔力を大量消費したヴォルティナと結界役であった笹草と美月の3名の首筋から汗が見えた。
そして、向かい合ったメリアナとハートの2人が口を閉じたまま円卓の間にて、本来行われる予定であった円卓騎士団の今後の方針が淡々と薫の口から告げられる。
その後、何事もなく方針が定まり誰1人として居なくなった円卓の間は、気配も足音も消えた静寂に包まれ。
円卓に1人孤独に座るハートが天を仰ぎながら、円卓の間へ入ってきた人影に気付き目線だけ向ける。
「……まだ、迷ってるの?…私の予想通りの返答は貰えないと思うけど、一応尋ねるよ。――本気で、扉の向こう側に行く?」
円卓の席へと腰を下ろしたのは、メリアナであり議事の時とは違ってハートの正面ではなく。
ハートの隣に腰を下ろして、天を仰ぎ続けるハートを静かに見詰める。
返答が返ってこない事に、メリアナは苦笑いを浮かべ円卓にうつ伏せになる。
ひんやりと冷たい大理石製の円卓が光源を下げた微かな光に反応して、うっすらと光を反射する。
沈黙がしばらく続き、メリアナとハートが一言も話すことなく10分以上が過ぎた。
メリアナが円卓から起き上がり、席から立ち上がり天を仰ぎ続けるハートを横目にその場から立ち去る。
予想していた通りに反応がなかった事に少しショックを受けつつも、メリアナはその場から立ち去る。
すると、沈黙を続けていたハートが円卓に2本の聖剣を並べると、メリアナに自分の小さなワガママを頼んだ。
「――聖剣は返す。それと、黒には変わりに謝っといてくれ…。どうやら、数年程度じゃ…俺の性分は変わらなかったってな。やっぱり、根っからのゴミはゴミらしく裏方に回るとするよ」
ハートが伸びをして精一杯の作り笑いをすると、ハートとメリアナの正面に置かれた扉の結界が解かれ、ゆっくりとハートを誘うように扉が開かれる。
まるで、ハートの意思が固まったのを汲むように、開かれた扉にハートは迷うことなく進む。
しかし、ハートとは別にメリアナはそんなハートの手を思わず取ってしまう。
――ただ一言告げると、ハートは手を振りながら円卓を後にする――…。
円卓の間に1人残されたメリアナは、ハートが携えていた聖剣を手に取る。
丁寧に手入れされ大切に扱われていた聖剣を手にしたメリアナは、この聖剣とハートとの微かな繋がりが確かにあった事を感じた。
既に魔力で繋がった痕跡は見えるものの、扉が閉じるとその繋がりは途絶えてしまう。
ハートの聖剣を抱き締め、メリアナは円卓を後にする。
一晩明け、メリアナの元に薫を中心とした聖騎士と、ハートの推薦によって、『アルフレッタ』『笹草 姫』『紅 美月』『ヴォルティナ』の4名を新たに円卓所属の聖騎士として、円卓騎士団に更なる発展と団員の増員が行われた。
「既に、黒竜帝を筆頭に多くの騎士や名のある実力者が、自身のやるべき事を理解し動いている。我々のすべき事も……。誰かに任せることの不可能な仕事だ。全騎士に通達せよッ!既に戦いは始まっている。―――我々に勝利をもたらすのは、我々人身だッ!」
薫を筆頭にメリアナの後ろをついて歩く聖騎士達を待っていたのは、数千以上もの数の円卓所属の騎士と倭のラックや女王となった緋音達であった。
「準備はよろしいかな?――円卓の王よ…」
ラックがひざまづくとそれに続くように、薫達聖騎士がひざまづきメリアナと正装の倭女王のみが立ったままの状態となる。
メリアナがゆっくりと女王の前でひざまづき、決意を固めた瞳で倭に対する忠誠を約束した。
そして、メリアナの両肩に緋音とノアの女王の手が乗せられ、メリアナとそれに従うすべての騎士達の忠誠を認めた事を宣言する。
晴れ渡った空を見上げながら、メリアナはハートへと『ぜったいに、守って見せるから…。ハートくんも頑張ってよ』と心の内で呟く。
倭と円卓の正式な主従関係が結ばれた事は、全世界へと一斉広がり四大陸は慌ただしく倭に明確な敵意を向ける。
「…それで、どうなさいますか?陛下――」
豪華な装飾が施された服装からどこからどう見ても王に見える1人の男に白髪の老人が尋ねる。
「……決まっておろう。戦争じゃ…。我が全軍勢を持ってして、目障りな島国を蹴散らせッ!この世に生まれた事を後悔させながら、大陸を消し去れッ!地図から消し去れ――ッ!!」
王笏を乱暴に振り回し配下たちに宣戦布告の準備を急がせ、玉座の間に現れた二人組の騎士を見下ろし、その不細工な顔をさらに不気味かつ不細工に仕立てる。
「わーお…、ずいぶんテンション高めじゃね?王様も遂に、倭を潰す気になったの?まーだ、速そうだけど?」
「どうでも良い…。早く用件言って、私ってそこまで暇じゃないんだけど?」
「貴様ら……。陛下の前で無礼であるぞッ!」
二人組の騎士が王様に対して無礼な態度な為、側に控えていた配下の1人が怒りを露にする
「……よい、我が許可する。この者達の無礼極まりない態度も許そう。我は寛大だからな」
上機嫌な王様と2人の騎士が向かい合うと王の前に、大勢の甲冑を身に纏った騎士が姿を現す。
「お前達に、我が軍勢の一部を与える。この軍を率いて、倭と名乗る島国を蹴散らすがよい。そして、お前達が我が国の皇帝であり、倭の皇帝よりも強い事を他の大陸の愚民共に知らしめろッ!」
上機嫌な王が玉座に響くほどの大声で笑うと、釣られて皇帝と呼ばれる2人も作った笑みで笑う。
場に合わせて作り笑いを浮かべ、国王の機嫌を良くしたまま2人は玉座を後にする。
「お疲れ様です、ココ様…ルル様。既に兵隊の準備は万全であります。後は、国王様の宣戦布告が告げられるその日を待つだけです」
黒スーツの男が2人の傍らに付き従い、足早に王宮を後にする2人に付いていく。
「本当…気分悪いわ……。ココは平気なの?あのろくでもない王様に、無理して合わせて?」
ルルがココを覗き込むように尋ねると、顔を片手で隠したココを見て、ルルは少し歩く速度が落ちる。
付き従え従者の男の近くから、2人の前に現れた白髪の老婆から渡されたマントとドライバをココは早々に受け取り、国王の前で浮かべた作り笑いを浮かべる。
が――その微笑みは国王の前での作り笑いとは違って、正真正銘の不気味な笑みが男の顔に浮かび上がる。
宣戦布告が予定されているその日が来る事が、ココは心の底から待ち遠しかった。
そして、戦いにあまり積極的ではなかったココ自身が気付かない内に、ココは自分の実力が一体どこまで通用して、どの皇帝と方を並べれるかが知りたくて堪らなかった。
(…速く……。速く、闘わせろよ…。倭の皇帝とどこまで余裕で殺し合えるんだ?今の俺はどの程度の人間なんだ?)




