最終章三節 円卓の間と最恐の聖騎士
流れ落ちる水滴に混ざり、熱を帯びた弾丸が水滴を穿ち空を舞う。
水滴を振り払い、カーテン状に視界を遮る弾丸のカーテンの中を、1人の竜人が両手に握る二刀にて弾丸のカーテンを突き抜ける。
弾丸と刀から生まれた火花と金属音が静まる事はなく、水滴が地面を打ち付けるのと同じく切断または弾かれた弾丸の破片が地面に散らばる。
止む気配の無い弾丸と地面を濡らし続ける水滴の間にて、かの者は二振りの刀を振るう。
――流れ落ちる滝の迫力と降り頻る雨の中で、和傘に打ち付けている筈の雨音は、銃弾の銃撃によって掻き消されている。
微かな硝煙と霧が視界を遮り、前方で常に動き続ける人物を心配そうに見守る未来とその横で黒蜜ときな粉でコーティングされたお餅を美味しそうに頬張る梓の2人が雨の中で動き続ける者を見詰める。
4ヶ所に配置された機関銃に流れていた魔力が途切れ、弾丸のカーテンが消える。
「どうかな?……調律を意識した状態で、魔装と顕現の両方の持続は出来そうかな?」
「…ぜぇ……はぁ…。ッ……がはッ…!」
息を切らし、膝から崩れ落ちるように倒れた黒は早まった鼓動と乱れた呼吸を整える事だけに集中する。
辰一郎も黒が質問に答えられる状態では無い事など、見れば分かる。
鼻歌交じりに、機関銃へと銃弾を補充する。
大きな箱には、銃弾が敷き詰められその全てが後に自分の目と鼻の先に飛び込んで来ると思うと背筋が凍る。
良く言えば自分の調律が未完成なので、ゴム弾を用いての修行となっており比較的重傷な怪我などの心配はない。
悪く言えば、ゴム弾でなければ調律に意識を向けた状態で、魔装の維持は難しく、顕現など維持する事が困難と言う事だ。
ゴム弾程度でさえも、弾く事や切り落とすなどで防ぎつつあるが、神器やドライバと言った比較的魔力を通しやすく、自分の魔力か魔物の魔力のどちらかを巡らせれば良い。
簡単に言えば、神器やドライバは障害物はなく比較的緩やかな坂を巡らせるイメージ。
そして、自分の身体はサーキット場のように決まった道を高速で巡りつつ、自分の魔力と混ぜた魔物魔力を巡らせる。
自分の魔力と魔物の微少な魔力が、行く手を阻むように高い壁となり障害物が所狭しに並んでいる。
まだ調律を本格的に始めたばかりの黒は、自分の魔力と魔物の魔力を完全に混ざる事が出来ず。
微少な魔力の欠片が、黒の体内を流されるままに巡る。
辰一郎のような魔装を可能にするには、極限の命を掛けた状況でも、魔力を無駄にすること無く調律の精度を上げなければならない。
無駄の少ない最高の調律となった魔力を用いて、魔装や顕現を発動すれば今まで以上に魔物の力を発揮できる。
口で説明するのは簡単な上に、リスクも生じない。
未来が傘を手に、黒の側へと駆け寄り水を渡し手に持っていたタオルで濡れた髪の毛を拭く。
機関銃の銃弾を再装填した辰一郎が、現状の訓練方法で問題がないのかと疑問になった。
竜人族はこの世に生を受けた段階で魔物に覚醒している事がほとんどで、逆に物心付いてから覚醒する子供の割合が珍しい。
その為、生活の中で魔物の力を制御してくるものであり、橘家のように武術や剣術などの多くの流派を持つ家を取り込んだ血筋ならば、『調律』など容易く身に付けてもおかしくはない。
「であれば……黒ちゃんには、この方法は向いてない。って事でしょ?」
「やっぱり、梓もそう思う?」
梓と同じ考えを持った辰一郎は唸るように、黒の調律体得のメニューを考え直す。
そして、辰一郎の中に後天的に宿った黒竜【黒鎧竜】がその口を開く。
『やはり、ここは実戦あるのみだろ。そんなゴム弾程度で、死に勝る恐怖など作れぬものだ。お前も、橘の人間だろ…。小細工など労するよりも、正面から向き合うのが効率が良い』
「そうだね。本年を言えば、僕も少し退屈だったしね――」
梓が結界術を発動し、結界の生成と共に未来は黒の元から離れ再び梓の隣に立つ。
生成された強固な結界が何重にも重なり、錫杖を手に取った辰一郎と二刀を構えた黒が向かい合う。
黒が踏み込むと同時に錫杖が四節棍へと姿を変え、空を切る棍と黒の刀が火花を散らす。
高速で振り回され、変幻自在な四節棍の動きに刀で防ぐしかない黒は徐々に押され始める。
長く伸びた棍と端に追い詰められた黒は、最後の足掻きにと神器を手放し両腕に纏わせた黒竜の力で棍を掴む。
黒竜の力で棍を防ぐが、辰一郎が伸ばした棍を振り回し遠心力によって吹き飛ばされた黒は結界を破壊して、空を飛ぶ。
空の彼方へと消えていく黒を追って、未来が走りあずさの拳を脳天に食らって苦笑いの辰一郎も未来の後ろを付いていく。
「全く…。あの人は、加減を知らないのかしら?」
空を見上げた梓が晴れ始めた空を見て、思わず笑顔が溢れる。
辰一郎によって吹き飛ばされた黒は黒竜の両翼を広げて、吹き飛ばされた力を押さえ込み、何とか浮遊している。
普段であれば魔力で浮遊して空を飛んで簡単に戻れるのだが、場所の見当が付かないのと、魔力の消費が思いの他多かったのが原因で両翼を維持した状態での飛行が限界であった。
「あ~…。何で、うまく行かねーんだよ。調律って、俺の魔力と黒鬼とか黒帝の魔力を混ぜて、利用する事だろ?」
『むぅ……。言い方が悪いかもしれんが…単に黒。お前の調律の魔力制御が雑なんじゃろ』
『ギャハハハハ――ッ!確かに、それは言えてるぜ。主殿のじいさんを見るに――…。上限100%に対して、自分の魔力と魔物の魔力を無駄無く合わせて100%で練ってやがる。それに比べて、主殿は魔物51の自分85と上限オーバー所の問題じゃねーぜ』
黒帝と黒鬼の2人が分かっている事を幾度と指摘してくるので、黒の心は少し…傷付いていた。
(もう……泣きたい…)
山道をゆっくりと歩きながら、少しずつ回復する魔力で軽く飛んでは距離を稼ぐ。
自分が物凄く遠い所まで吹き飛ばされたと言う事が良く理解できる。
そして、獣道を歩き少し開けた山の中で、黒はその建築物を見付ける。
数百年もの時間誰の目にも止まらずに、雨風に晒され長い時間を山と共に過ごしたと思われる大きな半壊寸前の屋敷が黒の目に止まった。
木々が屋敷の柱や壁に纏わりつき、苔が岩壁を緑く染めている。
腐り壊れた木製の階段をゆっくりと歩きながら、ボロボロの廃墟の中を見て回る。
屋敷の構造は梓の屋敷と大分似ている。
違う点があるとすれば、それは屋敷の中庭に埋められた桜の木が大きく霊木と言われても信じるほどのたくましさと、神々しい姿をしていた。
黒が桜の木に触れると、桜が風に靡き黒の存在を知って喜んでいる様に感じ取れた。
すると、半壊寸前の屋敷の中から、見知った顔が姿を現し互いにここで会うのが以外だと驚いた。
「何だー。黒くんじゃないかー…。どうしたのこんな半壊寸前の屋敷に来て」
「いや、じいさんに吹き飛ばされてな。山の頂上から、落ちてきたんだよ」
「あはは――ッ!辰一郎くんに飛ばされたか…。全く、黒くんらしいね。いや、橘の血筋らしいかな?本当に面白い」
「そう言う初代は、何でここに?花見じゃねーだろ?」
お腹を抱えて笑う空に対して、黒が桜を見上げながら尋ねる。
そして、空が持っていた水桶と花束を見て、首を傾げる。
そんな黒を見て、空が手招きし水桶を渡し、屋敷の裏手へと向かう。
深い林に囲まれた石階段と石畳の道を真っ直ぐ進むと、そこには林から微かに溢れる光を浴びて、苔に覆われた大量の墓石が置かれた墓地があった。
空の後を付いて、一番奥の墓へと向かうと空の頬から涙が静かに溢れていた。
名前には空の名前は無いが、空の表情を察するに三千年前の過去に置いてきた家族の墓なのだろう。
墓の苔を取れる範囲だけ取り除き、荒れ果てた墓石の周囲を掃除し、花を供える。
両手を合わせた空は、その墓に刻まれた名前を見詰める。
名前をなぞるように、涙を噛み締める。
すると、黒達の元へと近寄る足音に気付いた空が涙を拭うと、花束を抱えた梓がまるで、黒達の存在を知っていたかのように笑みを浮かべて近付く。
「初代様の娘さん。……彼女達が頑張ったからこそ…。今の橘家が橘としての地位を確立した。そうお母様から、私は聞いてます」
梓が花束を供えると、苔に覆われた大量の墓石の苔を結界術で取り除き、空の娘達が眠る墓に苔や土で隠された箱を見付ける。
錆び付いた箱を開けると、少し傷んだ数え切れない量の手紙とビデオカメラが綺麗に収納されていた。
「――私が…。お母様から言い伝えられた。橘家の責務に、地盤の理由から住むことが叶わなくなったこの屋敷。――橘家創本家の維持と…ご先祖様の墓を守ること」
梓が空の手を取って、未来を守るために千年以上もの時を越えた空の暖かな手を握る。
「空様が家族との幸せを手放した犠牲で、この血筋と世界は存続しています」
涙を流す空を抱き締め、梓は感謝を述べる。
半壊し傾いた橘家の本家を見上げる黒は、桜の木の前で数千枚以上もの数え切れない手紙を笑みを浮かべて読む空を見詰める。
梓から後に聞いた話では、まだ幼かった娘達と離れ数千年の時を越えた。
普通であれば、幸せな一時と共に我が子の成長を見守りながら、親子となるものだ。
それが無かった空の娘達だが、便箋ぎっしりに書き綴られた父親の文章と幼い子供達が、写真に残っていた空をマネて書いた絵――…。
一人成長を感じる事が出来なかった空へと、子供達が書いた便箋と絵だけが、優一空が娘を感じる事ができる物であった。
便箋を1枚1枚丁寧に開き、時折笑っては涙ぐむ空を置いて、梓と黒は初代橘家の墓の前で再度手を合わせる。
―――初代から長い年月を掛けて託された使命が、40代の時を越えて黒の手に託された。
「……これで、世界を守る理由が増えちまった。はぁ…昔は、何で俺なんだとか…。何で橘何だよとかぼやいてな。重すぎる責任と使命に、先祖を恨んだけど――」
黒が前を向き直り、背後にて風に靡きながら綺麗な桜色をした桜を見上げる。
「――託されたからには、竜人族の国も人間の世界も両方守る。それが、橘に生まれた俺の運命かもな…」
黒の微かに発した魔力に気付き、付近を飛翔していた未来と辰一郎が空の前に降り立つ。
大量の便箋を抱き締める空と墓参りを済ませた梓と黒の2人が、未来と辰一郎へと手を振る。
橘家の本家であったこの屋敷を空は一人見詰め『全部終わったら、またここに来るね。子供達と一緒にね』…と呟くと桜の木が嬉しそうに靡いたと思った空は、箱を抱き締める。
梓の提案により、現橘家の屋敷に住むこととなり、束の間の平和と子供達から託された未来を守るために、空は気を引き締める。
―――倭の首都となった大和の支部長室に、山積みの書類と格闘するラックの前に一人の青年が影から姿を現す。
「暫くぶりだね。お弟子さんの五右衛門には会ったのかな?」
「風の噂で、メチャクチャ元気だとは聞いた。アイツに会ったら会ったで…怒鳴って再会の空気じゃなくなる。だから、まだ会わねーよ」
『そうか』とだけ返したラックに、男は数枚の写真と手早くまとめた書類を渡す。
「……四大陸の中で、噂されていた。――次期皇帝の候補と大陸の権力者共が隠していた皇帝…。その数人の大まかな所在と所属の国を調べ上げた。なかなか骨のある仕事だったが……こないだ弟子に取った。皇帝の元側付き共は、なかなか使えるぜ?」
青年が近場のソファーで一息付くと、書類に目を通すラックが疑問を口にする。
そして、その内容に答えるように色彩神が手を振りながら姿を現す。
そんな神のテンションに付いていけない、ラックと青年の口から溜め息が溢れる。
「あれ?まさか、僕って歓迎されてない?でも、まぁ……ラックくんの質問に答えてから、帰るから我慢して…っね」
色彩神がラックの手に持った書類を手に取り、既に在籍または除籍処分を受けている者を含めた皇帝の12人と、青年が集めた四大陸の次期皇帝と呼ばれる者達の情報を見詰める。
「……ラックくんは、知ってるかな?皇帝が誰が決めるか…」
色彩神のふとした質問に、ラックは小声で『12の魔神』と呟く。
リラックスモードであった青年も、姿勢を前のめりにしてラックの粒やいた『魔神』の情報に耳を傾ける。
「正解。現在の皇帝達の原型となった12の魔神は、僕の神としての力を魔物として具現化させた存在だ…。そして、その存在に選ばれた選りすぐりな実力者で、上位領域の聖職者とぶつける」
色彩神が両手を合わせて、不適な笑みを浮かべた。
「――が、神様の思惑もそう上手くは行かなかった。現状を見れば分かるでしょ?」
色彩神が書類をラックに渡して尋ねると、青年が閉じていた口を開いた。
「倭の皇帝の他に、魔神が四大陸に居る他の皇帝を選抜した。1体の魔神に2人の皇帝って事か?」
色彩神が指を鳴らし、青年の答えに『正解』……と元気良く肯定した。
色彩神の思惑通りに動かない魔神が、本来ならば一人に一人の皇帝の筈が上位領域との決戦を焦った為なのか、四大陸へと散らばった騎士を手に入れる。
その中でもトップクラスの実力を持った騎士を権力者の圧力によって隠蔽され。
攻め込んできた創造神の動きから、次期を早まった魔神達の行動によって、次期皇帝と呼ばれる新たな皇帝に足り得る猛者が生まれた。
本来ならば12人の皇帝とそれに近しい能力を秘めた者達がピラミッドのように均衡を保っている。
皇帝と近しい者達にも越えられない差が存在する筈だったが、その差を魔神の力によって越えた存在が生まれた。
「――それが、次期皇帝と呼ばれる四大陸の皇帝…か」
ラックが頬杖を付いて、唸る。
本来ならば味方として共に戦う存在である筈の彼らも、今では海を挟んだ向こう側と言うだけで、敵になり得る存在であり、皇帝と呼ばれるだけの実力を秘めた実力者達である。
並みの騎士達程度では当然相手にはならない。
だからと言って、放置すればいずれ予想を上回る力で倭を潰す可能性もあった。
幸い所属する四大陸内の国と地域は大まかに判明している。
四大陸を味方に付けるか、敵となって争うかの決定はまだ先となる。
倭側に付いた皇帝もそれなりの実力者揃いだと、ラックは思う。
しかし、何一つ情報が存在しない皇帝と世界全土に情報が漏れた皇帝では、対策のしようがない。
ラック達倭が四大陸の皇帝と戦う事となれば、求められるのは次期皇帝を上回る力を12の皇帝が持っていると言う事だけだ。
ラックの願いとは裏腹に、今日も倭を照らす太陽は眩しくも温かく確かに輝いていた。
黒が皇宮にて辰一郎の力を借りて修行する中で、倭に新しく建設された『円卓騎士』の騎士団本部が白を貴重とした巨大な城となって、大和から少し離れた荒れ果てた地域に建設された。
2日足らずで巨大な城壁が組み立てられ、みるみる巨大な城が積み上がっていき、妖精王の力によって城の周囲一帯に草木が芽吹き。
巨大な城と綺麗に色付く花畑が目印となった新たな円卓の本部を前に、マントを靡かせながら真剣な眼差しで城を見詰めるメリアナが城の正面に仁王立ちで立っていた。
「レティス上位騎士…ラティス上位騎士……。2人に質問する」
普段のような子供のようで、遊び心満載な女の子と言うイメージが強く。
円卓の第1席と言う事を忘れてしまうような彼女だが、レティスとラティス姉妹を呼び止めた声音とその立ち振舞いからは、円卓を率いる者の風貌を嫌でも肌で感じた。
冷たく鋭い仁美と肌を切り付けるような鋭く尖った刃のような、微かな魔力が姉妹2人を震え上がらせる。
そして、メリアナの口が開くと2人の震えが――止まる。
「旧円卓の本部ってどうなったのかな?」
「「……え?」」
「えっ…。気になんない?私だけかな、前の本部ってどうなったのかな~とか…。ほら、前の本部も色々とお金掛かってたから…どうなったのかな~って」
メリアナがモジモジしながら、旧円卓本部の現状を気に掛けていると、新円卓本部の上空に薄い影が覆い被さり。
雲を突き抜けて、巨大な浮遊艦隊がその姿を現す。
全員が見上げていた艦から、飛び降りてきた一人の見知った顔にメリアナがその者へと近付く。
その者はメリアナ達と同じく聖剣と呼ばれる神器を携え、新しく建てられた豪華なお城その物な本部を見て、言葉を失う。
「凄いですね。……前の本部よりもお金掛かってますよね?」
「ハイリー。ねぇ、ハイリーッ!あの浮遊艦って、ハイリの?」
ハイリの元へと駆け寄ったメリアナが自分達の頭上に浮かぶ艦を指差す。
「あぁ……。あれは、旧円卓本部ですよ」
メリアナやレティスとラティスが驚くと、ハイリは笑みを浮かべながら一部改装した本部を浮遊艦としての機能を与え、遠征用の基地と言う役割を与えたと語る。
「少し内装も弄ってありますが…。浮遊艦と言う事で、防衛設備やそう言った迎撃設備も万全にした遠征用の飛行機です」
「本当に…。凄いですね。あれを飛行機って、簡単に改装して実用化に至るなんて…」
アゼス姉妹の妹であるラティスが、円卓をこの短期間で改造し浮遊艦へと変貌させた技術者達の力量の凄さを感じた。
ハイリ達の頭上からはハイリの名を呼びながら、同じく円卓に属する騎士の中でも新米騎士であるユリシアが、恐る恐る空気を魔力で蹴って時間を掛けて地上へと降り立つ。
「はぁ、はぁ……。ハイリ先輩、速いですよ」
「あぁ、ごめんね。速く新しい本部を正面から見たくてね…焦っちゃよ」
にこやかに謝るハイリを見て、気分を変えようと頬を叩いて気合いを入れるユリシアだった。
だが――ユリシアの気合い入れを無に返すように、細剣が数本ハイリ目掛けて頭上から投擲され、一瞬焦ったハイリを追い込むように素早く着地したリオが細剣の刃をハイリに向ける。
「ユリシアお嬢様の気分を害させるとは……この醜い汚物が…。この世に存在した形跡すら残さず。今ここで――滅するッ!」
ユリシアの専属メイドとなった『リオ(旧名里緒菜)』が両手に構えた2本の細剣でハイリ執拗に追い詰める。
神器を鞘から抜く暇すら与えない怒涛の猛攻に、汗を滴しながら焦り始めるハイリを見て、メリアナとラティスが笑い、レティスが2人を止めようと懸命に声を上げる。
そして、リオの死角を利用し背後へと瞬時に回ったハイリが神器を鞘から抜き、リオと剣を交えて対峙する。
ヒートアップし始めた本部前の噴水が目立つ噴水広場で、白熱するリオとハイリの戦いに横槍を入れるように、ルークの手刀と掌底がリオとハイリの動きを一瞬で奪う。
手刀で細剣を叩き落とされたリオと掌底で神器を弾かれた両者を見下ろす、ルークの瞳が鋭く2人を見詰める。
リオの頭を軽く叩いたユリシアがリオを叱り、ついつい暑くなったと反省するハイリをルークが叱る。
「あのさ…。聞きたいんだけど、何でルークもここに来たの?てっきり、薫かアンタが私達をこの広場に集めたのかと思ったんだけど?」
「あっ……私もそうです。てっきり団長か薫さんのお二人のどちらかが私達を召集したのかと思ってました」
レティスとラティスが自分達が呼ばれた理由を尋ねると、揃った者達が自分達も呼ばれた理由も呼んだ者が誰かも知らない。
残るはこの場に来ていない薫となり、薫の登場を待っていると案の定空間が開かれ、碧や茜を連れて家族仲良く登場した薫に目を丸くする。
「なんで…娘を連れてきてんのよ」
「あら、良いでしょ?たまには家族の仲を深めないと…。それにしても、新しい本部って大きな城よね」
碧と茜が気さくに話し掛けてきたメリアナと会話が弾んでいると、薫がここに全員を呼んだ理由を告げる。
「私達の円卓には、団長のメリアナちゃんとルークくん。そして、この私を覗いて、最も強い力を有した騎士が存在している事をみんな覚えてる…?」
ラティスとレティスの姉妹が、薫の質問の意味を瞬時に理解し『あっと』声を上げるよりも先に、円卓に所属する予定や所属している大勢の騎士が広場に集まって来たにも関わらず、その男の魔力とオーラによって広場へと続く道が開かれる。
黒色のローブを羽織り、腰に下げた2本の剣から生じる異常なまでの殺気と魔力は常人には、到底扱えない代物であった。
生唾を飲み込み、頬から滴り落ちる汗と背中を凍り付かせる悪寒が襲い掛かる。
世界の危機であろうと、円卓に在籍する全ての騎士を召集する公の場にも決して現れず、在籍しているにも関わらず公私ともに一人の男の傍らでその剣を振るう男が、今まさに円卓の前に現れる。
「…私情で、公務を放り投げるのも――今日限りだな。おい、クソ共。私……俺の不在の間の休暇は楽しかったか?」
その男が前髪を掻き上げると、髪で隠された竜の彫り物がその姿を現し、雰囲気が一変する。
普段から彼を知っている者からすれば、優しく温厚であった彼が不意に狂気を感じさせる彫り物とその不適な笑みをみれば、全員が寒気を覚えるだろう。
「現黒焔…。十二単将が一人。『第一師団師団長』ハート・ルテナワークド…。現時刻を持って、円卓が所有する最高機密――」
ハートの背後から、アルフレッタ、美月、笹草、ヴォルティナの3名が現れる。
そして、ハートの言葉を遮るように薫とメリアナの2名が聖剣を鞘から抜き去り、ハートの目前で殺気を込めた瞳で睨み付ける。
「それを、言ってしまえば……。いくら、黒ちゃんのお友達でも今ここで殺す事になるのよ?分かってるの?」
「さすがに、私も公務とかを薫ちゃん達に押し付けてるけど――今回の仕事は、真面目にやるよ。薫ちゃん…。その先の言葉次第でお前を殺すッ!」
薫とメリアナが振り払った剣をハートは、同じ聖剣を持って防ぐ。
火花と高濃度な魔力が衝突し、晴れ渡っていた筈の天気が曇り始める。
一触即発と思われた両者の前に、円卓上位能力の一人に数えられるルークが3人の聖剣を片手で強奪する。
神器を奪われ、拍子抜けする3人を前にルークは自身の聖剣の柄を握る。
神器抜いてすらいないにも関わらず、その凄まじい魔力と聖剣から感じる高濃度な魔力に、円卓所属の騎士達が固唾を飲んで見守る。
「はぁ……。ルークがでしゃばって来られると、俺も本気ではやれん。だが、機密の件は一歩も退く気はない」
「それが、どういう意味か分かってるの?万が一にでも、失敗すれば…。四大陸側へと円卓の最高機密が渡ってしまう」
「こんな、一般騎士の前で堂々と機密を喋るって事は……。失敗した後の責任は、取るつもりでしょ?」
ハートが聖剣を鞘に納め、薫とメリアナもそれに続くように鞘を納める。
笑みを浮かべたルークが柄から手を離し、本部へとゆっくりと向かう。
それに続くように、円卓の聖騎士が本部内部へと集まり、騎士が続々と本部へと足を踏み入れる。
本部の最下層に作られた巨大な円卓とそれを上から見下ろすように騎士達の席が置かれた円卓の間に、肌を切り付けるようなピリピリとした雰囲気が騎士達の緊張を刺激する。
中央の円卓に座った聖騎士と呼ばれる円卓の中でも、トップクラスの実力と聖剣に選ばれた騎士が集う。
円卓の中でも、最も聖剣に選ばれてからの日が浅い――『ユリシア・エールトゥイス』
元四大陸の巨大都市国家直属銀騎士にして、円卓の聖騎士として活動する――『ハイリ・ハイレーン』
姉妹揃って『天才』と周囲から称される騎士、数多くの魔法と戦闘技術を熟知し会得した――『レティス・アゼス』
天才と称されようとも姉に比べて劣る自身に、妥協せず誰よりも努力する努力家――『ラティス・アゼス』
円卓の中でも特にトップクラスの力を有する4人に数えられるがあ、女性騎士やスタッフからの苦情などもトップクラスの男――『ルーク・メセス』
剣聖と呼ばれる流派である泉流の剣術と人族でありながら、卓越した魔法のセンスを有する法則制御の上位銀騎士――『橘 薫』
円卓の最高指揮権利を有し、円卓の有する神器聖剣の原型を持つ、円卓最強の騎士であり倭の最高戦力――『メリアナ・サー・ペンドラゴン』
そして、一人静かに円卓の席に座り正面に向かい合ったメリアナを睨み付ける男――『ハート・ルテナワークド』
ハートの傍らに付いていた筈の騎士、アルフレッタ、紅 美月、笹草 姫の3名が自分の席であるかのように腰を下ろす。
その光景を見た円卓所属の騎士達は驚愕や唖然とした表情を浮かべる者や、固唾を飲んで最高指揮権利を有す騎士の決定を見守る。
「………ハート…。お前……その席に、この円卓にソイツらが座るって事が、何を意味するのかちゃんと教えた?」
瞳を曇らせ歯軋りするメリアナが、目の前のハートを睨み付ける。
メリアナの両隣であるラティスやハイリが怒りを必死に抑え込むメリアナへとゆっくりと視線を向ける。
肌を切り付ける程の魔力と雰囲気に涙目のレティスとユリシアが、円卓にて向かい合う2人へと交互に視線を向ける。
そして期待は可能性的に低いが、どうにか2人を押さえて欲しいとユリシアが薫へと視線を向けると、視線に気付いた薫が笑みを浮かべながらユリシアとレティスに手を振る。
そんな薫を見て、レティスとユリシアは瞬時に『私じゃ、手に負えないわ~』と告げていると理解し、隣のルークへと視線を向けるがルークはニコニコと2人を見守っていた。
((…う……嘘でしょ~!?))
広場と逃げ場のない円卓の間にて、再び一触即発な場面に2人は互いの両手を固く握り締める。




