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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
最終章 極東十王領域
158/181

最終章二節 足らない部分


 列島再生計画と題した計画書が列島に住む住民や十王達多くの者へと時期王女である緋音とノアの口から宣言され、大和を含めた信濃や都市となる予定の場所を重点とした復興が最終段階へと進んだ。


 『獣人族』や魔王の血族である『魔族』と言った魔術師や魔獣師の拠点となる『魔教練』には、魔王と狼王達の血族である獣人族と魔人族が集まる。

 十王の内数名は四大陸に拠点を置いていたため、いつ何時四大陸からの攻撃によって血族が根絶やしになるか分からないと、広大な土地と連なる山々と深い森に囲まれた『信濃』には、妖精王と巨人王の血族である『妖精族』『巨人族』が信濃の近隣の土地を拠点とし、集まる。

 鯨王と共に海を渡ったのは、『魚人族』や『人魚族』といった海中を主な生活区域とする者達が、列島周辺の海域を拠点とする。

 馬王も自身の血族を率いるかと思いきや、十王の中でも特別な巨大さとその力を持つ馬王は『自身の血族には自身で永住する場所を決めよ』…とだけ告げ、自分は標準的な馬のサイズとなり騎士団の馬小屋でのんびりくつろいでいる。

 鬼嶽門の開閉によって、列島の秘境各所に点在した『鬼人族』の集落は、疲労と全身の傷の治療で寝たきりの閻魔の指示の元で鬼嶽門の内部と集落の全土が繋がり、鬼人族の行き来の幅が格段に拡大した。

 そして、極めつけには翼王率いる『天翼族』とその隠れ里と言われていた浮遊都市が大和の上空を浮遊し、大和や列島の各地に翼王と天翼族の集落が浮遊都市として、雲の隙間からその全貌を覗かせる。

 大和、信濃、魔教練で残った列島の全住民の住居の確保が終わり、鬼人族と大工達の活躍で、以前以上に整った環境と住居区域が確立した都市へと、住居が流れる。

 そして、ラックと羽織の提案で、列島へと移住した竜人族は要望を聞いて、3つの都市を拠点として数多くの場所へと移住を始める。

 四大陸の各国首脳が邪魔をするような動きを見せるよりも先に、新たな列島の姫2人の指揮の下で、列島は完全に生まれ変わった。

 過去何千もの歴史が存在した中で、伝説の十王が1つの島に集まり、その血族と共に住みかを確立し数多の異族が入り乱れる全く新しい島国が誕生した。

 大和を中心に生まれた国の名は、姫達が公表する前から既に住民や異族の間でその名が広く知れ渡り、新たな国の名前が囁かれた。



 ―――極東十王領域『(ヤマト)』――と…。




 現在の倭の首都であり、島国の存続を支える重要な拠点である大和の大和支部では、信濃と魔教練の情報や修正すべき点や問題点が次々と集められ、その要請に応える日々が長く未だに続いている。

 大和支部の支部長室には、一人の秘書とその助手2人が支部長の扉を叩き書類の不備や承認を求めて何度も往復する。

 医療関係の拠点である信濃と、魔法技術の研究開発の拠点である魔教練。

 島国の管理の拠点である大和では、連日支部長室から秘書の怒号と支部長であるラックの悲鳴が木霊する。

 活気に満ち溢れた大和市内では、白を貴重とした制服にそれぞれの所属を示した数字が記されたワッペンとローブが支給され、島国の警備の名目で、騎士団が巡回をする。

 久隆派遣警備会社の者達は、警備と言うよりかは四大陸からの驚異に対抗する防衛機関となり、梓と暁の母親である緋の持つ結界術の技術を集め、魔教練の魔術技術を元に強固な結界を確立する。


 これらの設備や生活の基盤となる準備期間は、少なく見積もっても約3ヶ月と言う驚異的なスピードであった。

 列島を立て直している間に、様々な場所で結界や首都と信濃などの各所を繋ぐ情報網を確立する凄まじい仕事をこなした者や、多くの職人や技術者達の活躍によってこの数字は叩き出された。

 既に四大陸が簡単には、手を出せないほどの強固さを持った列島に、四大陸の首脳達は苛立ちを隠せずにいた。



 「なぜ、新参者の…。それも、あのような女共に……これほどの期間で国の1つをまとめ事が出来た。その上、我々の対策として防衛の強化も同時に行うとは……」

 ワインの入ったグラスを叩き壊し、怯えるメイドなどお構い無しにと机や椅子を蹴り飛ばす。

 苛立つ男に恐る恐る来客の訪問を告げようとしたメイドに、男は邪魔だと言わんばかりにメイドの頬を叩く。

 「……誰が、発言を許した。来客の存在など…分かっておる」

 男がソファーに座り、メイドを全員下がらせると同時に豪華な装飾をあしらった衣服を身に付けた2名の男女が男の前に姿を現す。


 「召し使いは、もっと丁寧に扱えよ。君に回した召し使いの子達は珍しい能力持ちだよ?」

 「サイテーね、アンタ…。アンタに客の存在を知らせただけで、平手打ちとか…。頭わいてんじゃね?」

 男女が男の向かいソファーに腰を下ろし、男の過ぎた行動をする。

 「良いのだよ。所詮は、召し使いだ…。壊れれば、新しい者を君達から買う。古くなれば、棄てる。人も物も役目を忠実に果たせないゴミは、処分するだけだ――」

 男は立ち上がり、自慢の果樹園とその果樹園を一望できるほどの大きさを持つ屋敷の中から外の景色を眺める。

 男女が男に呼ばれた用件も既に察しが着いているが、事実ならば用件次第で、この男を殺さなければならない。

 男女の懐に隠された小銃が、外を眺める男の脳天をいつでも狙えるように殺傷能力重視の弾丸が装填される。

 そして、男が提案した用件は彼らの憶測通りであり、良い取引相手であったこの男を殺害する事となり、男は深い溜め息を吐き出す。


 ――列島への攻撃に手を貸してくれ。今のうちに、多くの戦力で襲撃すればまだ脆弱さが残っているであろう列島を撃ち取れる――


 人生最後の言葉をそう残し、自信に満ち溢れた笑みを浮かべて油断した瞬間―――。

 乾いた発砲音と共に鮮血が男の部屋を真っ赤に染め、女が男の頭部だけでなく。

 全身に弾丸を隈無く発砲し、空薬莢と弾倉が女の足下に落ちる。

 「……無駄撃ちは控えろ。ただでさえ、貴重な財布――取引相手が1つが消えたんだ。と言っても男の通帳の金と隠し金庫は押さえたがな。…ったく……金が掛かるのに、余計な仕事を増やしやがって…」

 「で、どうするの?コイツの財産は契約上は、全部私達の物だけど……。デカイだけの果樹園なんて、邪魔なだけだけど…?」

 女がそう尋ねると、メイドが発砲音のした部屋へと恐る恐る迎い死んだ主人と男女の姿を目にする。

 しかし、男は平然と立ち上がり事細かに契約が記された契約書をメイドへと渡すと『ここの全権利は、君に譲渡する。死体と事後処理は僕らでやっとくから……残ったメイドちゃん達で今後を話し合って』

 男は召し使い達に、この農園を管理維持して生計を立てるか自由となった身の上で世界を見て回るかの2択を与えて、その場を後にする。

 広大な果樹園を横切って、黒塗りの高級車が2人を待っていた。

 「ココ様。ルル様…。本国からの帰還命令が届いております。どうなさいますか?」

 「当然、帰るよ。本国からの帰還命令ってことは……島国『倭』の件が耳に届いている証拠だ」

 「それ、ホント?本国の王って、外交とか頭に無いでしょ?……邪魔だからとか金になるとかで、戦争吹っ掛けるイカれた王様…。今度こそ死ねば良いのに…」

 ココと呼ばれた男とルルと呼ばれた女が、高級車へと乗り込み本国へと向かって帰還する。

 だが、その車の死角から彼ら2人の同行を探っている真っ黒の装いに包まれた男達が車を目で追う。

 しばらくし、完全に車が消え周囲に人の気配が無いことを男達は互いに確認する。

 まるで、初めからそこに居ないかのように自身の影へとその姿を落としていく。

 数人の姿が影と1つとなり、静寂が果樹園を包み込む。








 朝方には必ずと言っても良いほどの割合で、深い霧が龍隠全域を包み込む。

 その存在を認識されぬように、霧が山全域に覆い被さり日の光すらも微かにしか通さない。

 龍隠の山頂付近に流れる大きな滝に、薄着で煙管を咥えた辰一郎が孫と朝からトレーニングに励んでいた。

 流れる滝によって、全身を水浸しになった黒が濡れた髪を掻き挙げ、胴着姿の黒は息を切らす。


 「――それで、まだ続けるの?」

 辰一郎がそう訪ねると、地面に仰向けに倒れた黒は首を横に振る。

 「……そう。分かった…」

 辰一郎が意識を手放して寝入った黒を片手で担ぎ上げ、水が身体から滴る孫と共に屋敷へと向かう。

 霧が薄れ初め、徐々に日光が差し込む龍隠を見下ろしながら、辰一郎は妻である梓の淹れたお茶で一息付く。

 「……あなた…。私に隠し事してますか?」

 「はは……まさか、僕が梓に隠し事なんてしないよ」

 そう言って、立ち上がった辰一郎の肩を掴み梓は上着を奪い取る。

 そして、辰一郎の身体に無数の打撲傷と火傷の痕が残っていた。

 痛々しくも辰一郎は顔色1つ変えずに、対した傷ではないと言うが梓は手厚くその傷に薬を塗り、包帯を巻き付ける。

 竜人と人間の狭間に位置する辰一郎は、竜人族よりも傷の回復は遅いが痛みの感じにくさは竜人である。

 人間であれば動けぬ傷も辰一郎は何事も無く動けるが、傷の回復は人間と大差ない。

 辰一郎の感覚では、後に大きな傷や命に関わる状態に繋がる。

 だからこそ、梓は常に目を光らせているのであった。

 息子の竜玄も孫の黒もその対象である。

 唯一の救いとしては、薫と碧と茜がしっかりしており、黒と竜玄の隠している傷やちょっとした変化をいち早く発見することであった。

 より一層これまでとは比べ物にならない力の持ち主との戦いに備え、厳しい修行に耐える日々を送る黒達。

 新体制確立し始めた騎士団も既に各々のすべき事に全力であった。


 「梓ちゃん。ホントに大丈夫?」

 「梓様……。また、お話をしましょう」

 「じゃあ……帰る。親父も元気でな」

 「お義母さん。近い内にまた様子見に来ますね」

 そう言って、辰一郎と梓は大和の管理や騎士団の仕事がある竜玄達を見送り。

 ベッドで熟睡中の黒を梓は満面の笑みで黒を自分の胸に押し込み、熟睡していた黒を窒息寸前の息苦しい状態にしてから、起こし廊下へと黒を放り投げる。

 「ブッ……シュッ――!」

 床に投げ出された黒は梓に引きずられるように広間へと向かう、そして用意されていた朝食を半ば強引に口へと放り込まれる。

 梓の膝の上でご飯やら味噌汁やら、卵やら魚やらが次々と口に突っ込まれる。

 もがき苦しい黒を他所に、梓は孫との戯れを楽しむ。

 夜まで、屋敷に持ち込んだ資料の整理や書類仕事を済ませ、まだ眠り足りない未来が寝惚けながらも少し遅れて、広間へ顔を出す。

 目覚めていない未来を見て、梓が未来の幼さを残した子供らしさに母性を刺激され、未来を抱き締める。

 未来も梓の持つ魅力的な容姿と微かに香る良い匂いによって、その身を委ねてしまう。

 少し離れた台所にて、調理の片付けを行う従者の彼女達もその平凡な風景と笑い声に思わず頬を緩める。



 龍隠は比較的一目に付きにくく、霧が濃い山道と魔力が遮断されやすい環境から隠れ里と呼ばれる。

 長い年月が経過し、龍隠に忍ものの血筋裏の世界に生きる者、表の世界から姿を消したい者達などが身を寄せ合った事で、龍隠に隠れ里が誕生した。

 だが、当然のように見付けにくいや認識しづらいと言うだけであって、()()()()()()()()()――と言う訳ではない。

 だからこそ、隠れ里を迂回さえすれば、目的の龍隠頂上に建てられた橘家の屋敷を狙う事など、造作もない。

 山の斜面を駆け抜け、木々の隙間を足音を可能な限り消して駆け抜ける。

 朝方の濃い霧の中を、闇雲に走るのでは無く。

 1つの目標を狙って、各自の判断で突き進む。

 木々が風に靡き、隠れ里の長老が靡く木々の音の中から、微かに聞いた不吉な足音と気配に、眉を動かす。

 煙管の灰を落とし、娘が淹れたお茶を手に取り一息付く。

 「――当主様に…連絡じゃ……」

 霧の中に蠢く影にそう長老が指示すると、長老の家には娘夫婦も孫達も姿が無く。

 台所にて、朝食の準備をする妻だけが長老の魔力領域内に存在するだけであった。

 竜人族ではない、四大陸のいずれかの勢力が暗殺か敵情視察かのどちらかと思われる部隊編成で、頂上へと一直線に向かう。

 だが、行く手を阻む様に、前後左右頭上を固めた隠れ里の忍達が侵入者を取り囲む。

 中には、女子供も見受けられるがその実力は相当な者である。

 隠れ里に隠れ住む為か、気配の遮断能力が秀でている彼らに見付かれば、それこそこの作戦は破綻する。

 だが、彼らの任務への執念はそこで尽きず、忍達などに目もくれずに屋敷へと突き進む。

 背後から飛来するクナイや手裏剣に身体を突き刺されてもなお、屋敷へと飛び込む。

 10数人が懐に隠し持っていた爆弾のピンを外し、自爆してでも橘を潰そうとする。


 「まぁ、不可能だよね。僕が存在する限りは――」


 10数人の敵が持っていた爆弾を目にも止まらぬ速さで奪い取り、爆発と同時に爆音も衝撃も熱さえも漆黒に染まった両腕にて、圧縮し1つの鉛玉に変化させる。

 「結界術を駆使すれば、あの程度なら小石程度で封印できる。特攻もこうも実力に差があると、虚しいね」

 梓が微かな人の気配に気付き、玄関へと顔を出す前に、辰一郎は敵を掴んで遥か上空へと飛翔する。

 そして、長老の嫁夫婦がエプロン姿で、今朝出来たばかりの漬物を手に梓にお裾分けする。


 「いやー…。流石は僕の奥さんだ。微かな魔力の変化にすら気付くとは、これでも抑えた方なんだよ?現に黒も未来ちゃんも気付いてない。きっと、僕の奥さんが特別過ぎ何だよね?」

 「左様…。梓様は、この隠れ里の真の長であられる。我々……隠れ里の忍びの生涯の指命。…梓様の身内、橘一族の繁栄こそがが……。我ら龍隠の存在意義も同然――」

 隠れ里にて捕らえられた敵は情報を吐かせる事無く、黒装束に身を包んだ龍隠の忍の手によって殺された。

 そして、長老と辰一郎の前に隠れ里に住まうすべての忍と呼ばれる実力派が勢揃いした。

 「これから、僕らの命を狙う者がさらに増えると思われる。僕も警戒するけど、君らの活躍を期待するよ」


 「「「「「「――ハッ!」」」」」」


 風が吹くと音もなく消えた忍を前に、辰一郎は煙管を吹かす。

 手に持った錫杖と返り血にて真っ赤に染まった頬と両腕を水にて軽く洗い流す。

 「さて、僕はこれから…未熟者な孫との楽しい修行だけど、任せても良いかな?」

 「はい、問題はありません。辰一郎様の屋敷には何人たりとも、侵入者を近付けさせはしません」

 「それじゃ、言葉に甘えて……任せるね」

 辰一郎が錫杖を携えて、屋敷へと向かうその後ろ姿を長老は昔の自分が憧れを抱いた人物と何ら変わらない背中に、思わず頬が緩んでしまった。


 『――気配を悟らせずに音すら置いて、人に知られること無く己の武器を闇夜に光らせる――』


 アニメに出てくるキャラクターのように、あの時代を生きた少年少女の憧れであった半竜人の背中に、長老は頭を下げる。

 屋敷への山道を鼻歌交じりに陽気に上がる辰一郎は、黒の修行をどうすべきか考えていた。

 自分も梓や薫のように、上手に教えるのがうまくはない。

 ましてや、誰かに修行を付けると言う行為その物が経験が乏しい。

 梓から手解きを軽く受けた程度で、歴代の黒竜のような達人の域に達している訳でもない。

 自分でも自分は強い方だと理解しているが、強いからと言って教えを授けれるほどの知識を持っている訳ではない。

 黒の練習相手程度には申し分無いが、師としては宛にはならないと思っていた。

 既に梓も未来も朝食を済ませており、やる気十分な黒は胴着に着替え、道場にて待機していた。

 「んじゃ……俺に稽古付けてくれよ」

 「良いけど…。あんまり向いて無いかもと、薄々思い始めました……」

 閻魔と血燐一刀を抜刀し、辰一郎へと間合いを積めた黒の剣筋が虚空を切る。

 飛んだり跳ねたりと悠々と辰一郎は黒の太刀筋を見極め、余裕の笑みを浮かべたまま躱わし続ける。

 焦る黒と余裕の辰一郎だが、梓の扇子が音を挙げると辰一郎の右足と左腕が一瞬だけ動き、黒の刀を弾く。

 無言のまま唸る梓と何かを察して、梓へと振り向く辰一郎は互いに視線が合う。


 「……黒…。黒竜の力を使え」

 「は?本気で言ってんのか…?ボコボコになっても知らんぞ?」

 「そこは、抜かり無いよ。梓がいれば怪我は直ぐ治療してくれるから」

 「あら、私は治すなんて一言を言ってないわよ?黒ちゃんを治療して挙げても、辰一郎さんを治療する気はありせんよ?」

 梓が扇子で口元を隠して、辰一郎へと笑みを浮かべる。

 「おーう…。これは、かすり傷も出来ないな…。」

 辰一郎が苦笑いを浮かべていると、黒の蹴りが辰一郎の首を狙って大きく弧を描く。

 黒の身体は軽く浮き上がり、弧を描いた脚をそのまま二刀の神器が真下から辰一郎の首を掠める。

 蹴りを躱わしたタイミングで、崩れた体勢の辰一郎へと黒は宙へと浮き上がった状態からも刀を振る。

 辰一郎の前髪を掠めた一撃は、辰一郎も驚き着地したと同時に黒は辰一郎へと肉薄し錫杖と刀剣が火花を散らす。

 黒の全身へと巡った魔力が勢いを増し、両腕両足に黒竜の鱗を纏わせそのまま力で押し切る。

 ――しかし、突如錫杖を手放した辰一郎は、漆黒に染まった右腕で黒の頭を掴み壁へと叩き付ける。

 刀を手放した黒が辰一郎の腕をへし折ろうと、辰一郎の腕をおもいっきり掴むが辰一郎の漆黒の腕は非常に硬く自分の魔法と魔物の力で強化した握力と筋力でも、ピクリともしなかった。

 その上、辰一郎は黒を棒のように勢い良く振り回し、目を回した黒を床に投げ捨てる。

 「一応聞いとくけど…。梓が教える?それとも…僕?」

 「私でも良いけど、私が教えてホントに良いの?」

 梓の不適な笑みに辰一郎は苦笑いと共に、寝そべった黒を踏みつける。

 クッションのように踏まれた黒が目を覚ますと、目前で頭を悩ましている辰一郎を見上げる。

 「どけよ。てか、その解禁の力って黒竜だよな?」

 「あぁ、そうだ。黒ちゃんと同じ黒竜の魔力を纏った状態だよ」

 黒の腕と辰一郎の腕は確かに真っ黒に染まっており、硬い鱗に覆われた黒に対して、辰一郎の腕は鱗は見当たらず漆黒に腕が染まっているだけにも見える。

 見た目も全く別物でありながら、その硬度も比べ物にならないほどの差が存在した。

 辰一郎が掌を広げ『打ってこい』と黒へと挑発し、黒が魔力を高め振り絞った拳も空気を叩いただけで、辰一郎の掌を吹き飛ばす事は出来ずに易々と片手で受け止められてしまった。

 ここまでの実力差が存在した事に歯軋りする黒に、辰一郎は本気で黒の腹部に拳を叩き込む。

 黒竜の純粋な魔力を上乗せし、解禁にて可能となった黒竜を纏った拳で黒の腹に拳をめり込ませる。

 肉が押され、骨が軋み、黒の口から吐き出される血液が床を赤く染める。

 拳の痛みで膝を付いた黒へと、辰一郎は間髪いれずに無理矢理立たせるように黒の下顎を蹴り挙げる。

 ――ゴシャリ―――生々しい音と共に背中から倒れた黒に対して、辰一郎は両足にも黒竜を纏わせ、そのまま倒れた黒の顔を踏みつける。

 道場の床に埋め込まれた黒に、辰一郎は溜め息を溢す。


 「数十年ぶりに目覚めて、僕の孫が『皇帝』だの『黒竜帝』だのと、言われてるからスゴいのかと思ったら……。凄いのは血筋と生まれ持った『魔物』が凄いだけだよ。別に、黒が凄いわけじゃねーの」

 辰一郎が錫杖を手に取り、倒れたままの黒を痛め付けるように錫杖を黒へと叩き込む。

 あまりの仕打ちに思わず立ち上がった未来を結界術にて閉じ込めた梓が未来の手を取って、首を横に振る。

 そして、辰一郎が未来へと目線を向け、黒の耳元で囁く。


 「梓も良い身体してるけど、やっぱり若々しい未来ちゃんの身体も良いよな。今夜は未来ちゃんとで―――()()()()()()()()()


 辰一郎がそう囁き未来へと振り向くと同時に、凄まじい勢いと速度で魔力がうなぎ登りに上昇し、全身から溢れる漆黒の魔力とその奥にて、真っ赤な眼光が辰一郎を捕らえる。

 「お…怒った?」

 辰一郎が錫杖を回し、両腕両足を黒く染め床を蹴って間合いを詰めた黒のラリアットを防ぐ。

 道場が吹き飛び、遥か上空へと吹き飛んだ辰一郎を追う様に黒は跳躍し、圧力で身動きの取れない辰一郎を掴み。

 そのまま皇宮から遠く離れた山間部へと、辰一郎を投げ飛ばし特大サイズの魔力砲にて、山を吹き飛ばす。

 燃え上がる山とドロドロと削り取られた山間部にて、漆黒に染まった男が錫杖を掴んで立ち上がる。

 全身を強固な漆黒の鎧に身を包み、真っ赤な眼光と黒と同等な魔力にて発生した魔力領域が焼けた岩や地面がマグマとなり、マグマに熱せられていた山間部を辰一郎は一瞬にしてすべての熱を吸収する。

 黒竜の魔力をその身に纏わせた辰一郎へと肉薄した黒の拳が硬い鉱石。

 まさに、鎧を素手で殴った様に黒の拳が流血し、魔力と鎧が衝突しカン高い音が響く。

 魔力を幾度と叩き込む黒に、辰一郎は再度溜め息を溢し振り上げた片足で黒を上空へと蹴り飛ばす。

 辰一郎の錫杖が魔力を帯ると、錫杖の色が真っ黒に変化し四節根から数十節まで増えた錫杖を用いて、落下する黒を四方八方から叩きのめす。

 地面へと落下した黒へとその攻撃の手は緩まず、土煙が辰一郎の視界を妨げ始めた頃にようやく辰一郎の手は止まった。

 そして、好機とばかりに地面から飛び掛かった黒の右腕が、辰一郎の左肩の鎧部分を粉々に吹き飛ばす。

 一瞬驚く辰一郎に、黒の漆黒に染まった両腕が次々と辰一郎の鎧を叩き次第に鎧に亀裂が生じる。

 ただ怒りに身を任せた大降りな攻撃と単調な動きに、辰一郎は冷静に黒の動きを見極める。

 そして、怒りを制御出来ずに魔物の力にただ振り回され続ける孫へと、同じ黒竜を宿した身として力の扱い方を伝授する。

 「動きが単調すぎるぞ…。たく、少し頭に血が登っただけで冷静さを失う。誰に似たのかな~」

 黒の攻撃を腕で弾き、人差し指に魔力を込め黒く染まった指先で黒の身体を突く。

 狙った箇所は、魔力が一番溜まり全身へと巡らせる言わばポンプの働きをする場所――…。

 『心臓』と『両肩』を軽く突き、黒の制御が雑な魔力を無力化する。

 循環を乱され、無力化された魔力に気付いた黒が膝を付いて、辰一郎の前で倒れる。

 「よし、冷静になったかな?一応誤解は解いとくよ…。僕は梓一筋だからね」

 「んだよ…。まぁ、未来に手を出したら……梓も俺も黙ってねーからな。てか、梓がキレたら……辰一郎は死ぬんじゃね?」


 手を差しのべた辰一郎の手を黒は掴み、そのまま勢い良く引いて油断した辰一郎の顔面に先ほどよりもより洗練された漆黒の腕で、辰一郎を殴り飛ばす。

 黒鎧竜を顔面に纏わせ、兜にて黒の一撃を凌いだ辰一郎は自分の鼓動の速さに驚いた。

 つい今しがたまで、雑な魔力制御と黒竜の力の扱い方も完璧とは言えなかった黒が、辰一郎の黒竜の扱い方を見よう見まねで再現した。

 竜の鱗は見られず、完全に両腕の皮膚が黒く染まっただけの両腕からは、とてつもない魔力が凝縮されていた。

 「……さて、コツを掴んだ所で…」

 辰一郎が立ち上がり身体に着いた土埃を払って、冷静になった黒へと質問した。

 「黒ちゃん。その腕に纏わせた黒竜の力の一端…。何か感じるでしょ?」

 「……俺が…黒竜の力を十分発揮出来てなかった事か?」

 黒の返答に、辰一郎は指を鳴らして『正解』と告げる。

 そして、辰一郎が黒竜だけでなくすべての魔物の力を扱う上で、知っておくべき状態の説明をする。


 魔物の力を武器や身体の一部に纏わせる『魔装』――。

 魔物の力や魔物に魔力を与え、実体となって顕現させる『顕現』――。

 宿主の魔力と魔物の魔力を混ぜその波長を合わせ、時に身体に循環させ、時には魔法として放出する『調律』――。

 『魔装』『顕現』『調律』を体得し、完璧にコントロールが可能になることで、初めて真の力を発揮できると言う『恩恵』――。


 そして、辰一郎の先に挙げた『魔装』『顕現』『調律』の3つの中で、最も重要な状態である。

 ――調律――…。

 この状態が全くと言っても過言ではないほど、不完全な黒は半竜人である辰一郎の力に劣っていた。

 そして、調律が不完全と言う事は、顕現や魔装の精度にも影響が生まれ、消費魔力の増大や魔法の威力やその効果範囲にも影響が出る。

 宿主の魔力と完全に合わさっていない魔物の力では、如何に魔物の力が強大でも、その半分の力さえも発揮出来なければ宝の持ち腐れ。

 今の黒が見よう見まねで再現した黒い両腕を辰一郎が指を指す。


 「――それが、『調律』で魔物と自分の魔力をミックスさせて、両腕に魔物の力を纏わせた『魔装』…。顕現も魔装も、ほとんど問題の無いレベルの黒だ。調律を完璧にマスターした状態で、顕現と魔装を使ったらどうなるかな?」

 「なるほど……。今の俺に足りない部分は『調律』…か」


 やる気を見せ魔物の魔力と自分の魔力を合わせる練習へと取り掛かる黒を横目に、辰一郎は咄嗟に纏わせた兜を外してその兜を見詰める。

 (咄嗟とは言え、見よう見まねの段階で…僕の宿した【黒鎧竜(ベリゼス)】の黒鎧に傷を付けるとは……。黒はきっと、歴代最強の破壊力を持った晴様の【黒燼竜(ガルメディン)】や僕の黒竜のような最強の防御力よりも――圧倒的な力に目覚めるかもね)

 辰一郎が兜を捨て、魔力を高める黒を見詰めて小声で呟く。


 「――【黒帝竜(バハムート)】…。黒竜の帝……。帝王、皇帝……。いや、まさかね。昔の学者の血が少し騒いでしまったかな…」




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