七章八節 集いて、駆け抜けよ
海面をおびただしい数の異形と、初めて見る大型異形種と同等な巨体を持った――巨像―…。
天使の様で女神のような容姿に、大きな羽と右手に盾と左手に剣を携えた姿で列島目指して進む。
上空に直ぐ様展開された防衛部隊の第一陣営と地上の第三陣営が列島を固く守る。
上空の陣営は翔の合図と共に、地上の陣営はメリアナの合図と共に、先制攻撃を仕掛ける。
上空から至近距離から放たれた魔法とドライバなどの一斉攻撃によって、的の大きな大型や飛行型と言った異形は瞬く間にその数を減らし、中型や撃ち漏らした異形は地上の陣営からの集中砲火によって跡形もなく消える。
しかし、もともとドライバやある程度の火力を持った魔法などで異形とは戦えるが、初めて現れたかの巨像にはドライバや魔法での集中砲火であってもその足を鈍くさせるか、仰け反らせ後退させる事が出来るのみであった。
そして、状況は更に悪化する事となった。
それは、巨像の侵攻スピードが一気に跳ね上がり、異形の対処で手一杯な上に、異形を遥かに凌ぐ速度と固さを持った巨像が列島全域を囲む。
一瞬にして、絶望的な状況となった陣営の真上を高速で駆け巡る翔が巨像と異形の体を一撃で穿ち、列島全域を単身でカバーする。
息を切らし、陣営に集う騎士全員の士気を保つ為に、奮闘する翔だが、神器のエネルギーを補給し続ける事で人族でもある程度の長期間戦える。
だが、それは体を酷使しているのをごまかし続けることでもあり、翔の全身は、魔力の酷使と肉体の超負荷によって体力共に限界であった。
――だが、それでも翔は空を駆け巡る事を止めず、称号の名の通り空を大陸を海上を――縦横無尽に駆け巡る。
巨像の体を穿ち、異形を蹴散らし続ける翔を見上げた黒焔騎士団のあるもの達は、不思議と笑みが生まれた。
「ホントに、目立ってますね~。でも、体を酷使し過ぎて、ボロボロじゃないですか?」
「だな…。さながら、燃費が世界一悪いスポーツカーだな。満タンの燃料も1キロ走ってガス欠よ」
「でも、翔さんが前線で人一倍動くから、今は負傷者はゼロ。団長も何一つ心配すること無く。全力で相手に集中出来る……」
テレノワ、エーデス、クラウネの3人が空を見上げたまま、翔のボロボロとなった体を見て、イラつきを抑える。
―――仲間1人に、戦わせて満足か…?
「「「―――邪魔じゃァァァァァァ――ッ!!!」」」
3人が敵のど真ん中に突き進み、異形や巨像をまとめて蹴散らす。
「テレノワ。お前は、南西を…。エーデスは北東を……。私は、ここの敵を殲滅する。一匹たりとも逃がすなよ?」
「分かってるよ~…。南西…ね。そっちは僕に任せてよ」
「んじゃ、俺は北東か?……へますんなよ?クラウネッ!」
互いに背中を任せ、敵が集まる箇所へと飛んでいき翔の負担を減らす。
「――翔さん。一旦休憩を……ここは、私が繋ぎます。魔力の回復と治療を…」
クラウネの言葉を信じ、列島へと引き返す翔を見送り、クラウネへ二刀の刀を構え迫り来る異形と巨像を切り刻む。
すんなりと切れる異形に比べ、幾度と刃で傷を付けても切り裂く事の出来ない巨像を前に、翔がどれほどの実力を持っているのかを染々感じるクラウネ。
だが、クラウネの二刀がほぼ同時に巨体の傷の上に重なり、凄まじい金属音と共に、巨像は体を斜めに切り裂かれる。
「固くとも、切れないほどじゃない。同じ箇所に負荷が掛かれば体はダメージを分散できず……壊れる。一点集中で切り続ければ、破壊は可能だ……」
クラウネが無線機越しに、その事を全騎士に伝えドライバでの集中攻撃にて、巨像を対処する事を伝えると次から次へと集まる巨像を切り捨てる。
海面に向けて落下する巨像の残骸が、次第に積み重なっていくその姿は埋め立て地のようにも見えるこの光景は、灰となって消える異形に比べその数も規模も桁違いな巨像の多さを表しているようにも見てとれる。
圧倒的な戦力差にも関わらず、騎士団の士気は下がることなく。
迫る異形と巨像を切り捨てる光景に、レセプトとフローデは舌打ちする。
文字通り、ただ手の内にある巨像と異形を撒き散らすだけで、済む筈の今回の大規模侵攻。
フローデは三千年前から用意周到に、次から次へと試行錯誤するレセプトの侵攻計画に対して、そこまでする必要があるとは思えなかった。
だが、ナウゼスのように力の持つ者を選抜する考えや、レセプトのように時間を掛けてより優れた人材を作り出す考えなども、良い考えとは思える。
――だが、一瞬で抵抗する間もなく攻めることで、力無き者を一掃し生き残った幸運な者から選べば手間や時間を大幅に削減できる。
結果だけを見れば、時間も掛からずに上位領域に適合できる人材を見付けれる。
(……なのに、なぜナウゼスもレセプトも時間を無駄に労する。理解できない)
フローデがそう思いつつ戦況を眺めていると、隣のレセプトが魔教練へと指を指した。
「フローデ…。お前の思うように、時間を労するのは得策ではない。だが、ナウゼスのように話し合いよりも……殺し合う事で、眠った力は目覚め大きくなる」
フローデが魔教練に目を向けると、戦闘の準備を始める集団と魔教練の結界維持の要となっている梓が何やら作戦を練っているように見えた。
見た目は非力そうなカス同然の彼らに、フローデは妙に興味を抱いた。
レセプトに全軍の指揮を委ねると、フローデは天使の両翼を広げて、魔教練の結界を通り抜けて降り立つ。
魔獣師や補給部隊の騎士が身構える中で、フローデは光を収束させて二本の剣を造り出す。
「……ナウゼスもレセプトも、時間を掛けた方が良いって言うの…。口を揃えて、だから……私も時間を掛けてみようと思うの…」
腰を落とし、踏み込むと同時に正面の騎士を鎧諸とも切り裂き鮮血を撒き散らす。
群がる魔獣や魔法の類いを切り裂き、まるで踊るかのように一瞬で、騎士と魔獣の山を作る。
しかし、不思議な事に騎士や魔獣が傷を負っても死ぬことはなく。
直ぐ様意識を取り戻し、傷が少しずつ癒えていた。
すぐに、結界内部に充満する回復系統の魔法と結界に、フローデは頬を緩める。
「これほど、難度の高い魔法の同時使用。レセプトの言う通り、時間を掛けた方が逸材に会える確率が高まるようだ……」
フローデが剣を構え直し、結界術の維持に魔力を集中させている梓の正面まで間合いを詰める。
すると、無数の銃弾と炎を纏った拳や蹴りが、フローデの頬を掠める。
その場から退くフローデと、銃に弾を装填する碧と魔力を練り直す茜の2人が立ちはだかる。
「……結界維持の女と似た魔力に、似た雰囲気…。なるほど、三姉妹か――」
「いえ、祖母です」
「うん、おばあちゃん」
碧と茜が速答し梓が頬を赤く染め中で、フローデは梓を見てさらに頬を緩める。
「そうか、祖母か……。なるほど、結界術と回復魔法…さらに、時を圧縮させて、老いを遅らせていると…。常に魔法を行使しているにも関わらず。魔力が尽きないそこの女…逸材だな」
フローデが茜と刃を交え、息ぴったりな碧と茜の連携に舌打ちする。
魔力はそこそこ高く、連携も良く並みの敵であれば油断していても十分互角にやりあえる実力を有している。
――無論、フローデにとっては雑兵と何ら変わらない。
フローデの光剣が光を帯び、碧と茜を吹き飛ばし群がる魔獣と騎士団を切り捨てる。
しかし、視界の外から現れた1人の人影によって、光剣は宙を舞い腹部に強力な一撃が叩き込まれる。
その場から退く前に、透かさず2撃3撃と拳が叩き込まれ、フローデの両翼が目の前の人影を吹き飛ばしながら、空へと舞い上がる。
――だが、同じように光の両翼を羽ばたかせたその者は、フローデと同じ高度へと飛翔し、光剣にてその者の攻撃を防ぐ。
「――レセプトが言うには、戦闘への参加経験が少なく。戦闘技術はそれほど高くない。その代わり、魔法と魔物の力は未知数。そう言われた気がしたけど、中々筋は良いのね」
フローデが光剣を両手に持ち、向かい合ったその者と刃を交える。
似た光の両翼を持ち、同じ女性と言う事から、自然と力む様子はない。
――未来は深く深呼吸し、暁や翔達団員が常に感じていた戦場の空気を肌で感じる。
遠い安全な所から眺めることしか出来ず、痛みも命を危うく感じる恐怖もない安全圏にしか立っていなかった自分の恵まれた環境下に、憤りを感じる。
騎士に成り立ての新人であった頃のような心臓の鼓動が高まる。
みんなに守られて、傷を負うのは常に黒達の役目。
――知らず知らずの内に、その役目を押し付けていた。
長い間、無意識で黒達に痛みを背負わせ、自分はその痛みを分かち合おうともしなかった。
ただ、安全圏から支援する事しかしなかった自分が、本当の意味で前線へと立った時、内に宿した魔物がそっと手を繋いでくれた。
『――1人じゃない』
そう思えば、全身から力沸き上がってくる――…。
間合いを詰めたフローデの光剣を躱わし、しなやかな動きでフローデと似た光剣を振るう。
光と光が互いに衝突し火花を散らしながら、360度全範囲から光剣同士の軌跡が空に輝く。
徐々に速度が増すフローデの動きに、その場で合わせ続ける未来の反射神経と洞察力にフローデは恐怖を感じた。
このまま刃を交え続ければ、未来の速度がフローデを容易く追い抜き、その刃の餌食となる。
考えるよりも先にその場から退くフローデだが、未来の驚異的な反応を前に、二本の光剣は宙を舞う。
高速所の話ではなく文字通り、光を越えフローデの認識する間もなく翼が片方切り落とされる。
霧散し、光の粒となって消えた翼を見て、肩に触れる。
(おかしい…。どう見ても、動きは素人。…魔力操作と魔力制御は卓越しているが、所詮はそれだけだ。)
地に降りたフローデと剣を構えたまま降りた未来は、決して視界からフローデを見逃さない。
きっとどれほど高速魔法と強化魔法を多重に使ったとしても、あの光を越えた速度を前では、無意味である。
だが、魔法関連は卓越していても先ほどの光速で動いた動きは、どこか慣れていない様子も感じた。
――だが、感じたに過ぎず万が一にも、あの速度で斬られれば致命傷は避けられない。
逃げることは出来ず、倒すか倒されるかの2択となったフローデは、再度両翼を展開し、両手に光剣を構える。
互いに踏み込み、ほぼ同時に光剣が火花を散らし、互いに負けず劣らずな戦いに周囲で治療を受けた碧や茜達騎士は、黒の影で隠れていた1人の女性騎士の姿に視線を奪われた。
一歩も引かない戦いだが、未来は薄々感じていた。
――否、刃を一度交えた時からフローデの実力は、自分を遥かに越えた位置に達している事など、分かっていた。
だが、だからと言って、この場で退く事も易々と切り捨てられる気など無い――ある筈が無い―…。
フローデが振り上げた光剣に対して、全く同じ力で合わせ互いの光剣が火花を散らす。
確実に、そして徐々に速度も力も増していく未来の能力に、フローデは恐怖からなどではなく。
この女を今ここで、確実に殺す事こそが自分のすべき使命だと直感で感じた。
敬愛する主神が導いた道標に従い、フローデは光剣に魔力を集中させ、一撃で周囲を薙ぎ払う。
――だが、目の前の女騎士はその時を初めから待っていたかのように、魔物の力を解禁し左腕のみを戦乙女と一つにし、軽鎧を纏った乙女の腕でフローデの力を受け止める。
左腕から流れる魔力が、全身へと流れ伝わり右腕へと到達すると同時に、未来の放った掌底がフローデの腹部を押し上げ、凄まじい魔力の爆発と風圧によって、フローデの身体は空高く飛び上がる。
驚愕と困惑が共にフローデの脳内を満たし、受け身や防御体勢を取る事すら無く。
舞い上がった身体は未来の目の前へと落下し、未来の魔力を集中させた光剣がフローデを切り裂いた。
地面を転がって倒れたフローデだが、少しの間を空けてからゆっくりと立ち上がる。
ボロボロに汚れた服を軽く払い、口から流れた血液を拭いボサボサに乱れた髪を解かす。
光剣を構えた未来をフローデは、睨み先ほどまでとは比べ物にならない速度で、未来の背後へと回る。
まるで、これからが本気の戦いと言わんばかりの力で未来の腹部を蹴り上げ、浮いた所を見計らって未来を地面へと叩き付ける。
今までの戦いとは違って、未来の体を完全に壊しに来た戦い方に周囲の騎士達が立ち上がる。
だが、フローデの広げた両翼によって、難なく薙ぎ払われた騎士達の力では、未来を助けることは不可能であった。
「…死ぬ前に…幾つかの質問に、答えて下さい。いえ……私の質問に答えて下さい」
フローデが未来の首を掴み上げ、苦しむ未来に幾つか質問を投げ掛ける。
もがきフローデの腕から逃げようとする未来は、質問には一切答えず、もがき続ける。
だが、フローデの尋ねたある1つの質問を未来は答えた。
「――なぜ、敵わないと分かっている筈の存在である。我々に、そこまで立ち向かうのですか?…言わせて貰いますが、この下位領域の貴女方が幾ら抗おうとも、この世界の運命は変わりませんのに…無意味ですよ?」
「……む…無意味だからと言って、私達が…抗うのをやめる…理由にはならないッ!」
未来がフローデの腕を払いのけ、その場に倒れると戦乙女わ解放したまま、手に持った光剣をフローデに向ける。
「――無意味と思う事こそ、無意味ッ!…諦めない限り、人の可能性はどこまでも膨れ上がり、例え運命だって凌駕するッ!」
未来は全身の魔力を集中させ、フローデへと間合いを詰めフローデの光剣と未来の光剣が衝突する。
「――私は、この世界が大好きだッ!大好きな人と一緒に歩む道が存在する。この世界を愛してるッ!……下位領域だからとか神が定めた運命だから何て関係無いッ!――私は、この世全てを守る騎士だッ!神だろうと、私は戦う。この手がある限りッ!」
未来がフローデの光剣を粉砕し、体勢を崩したフローデへとその刃を突き付ける。
だが、そこで未来の魔力は底をつき、光剣も纏っていた魔力も全て消えた。
透かさず、碧と茜が魔物を解放しフローデへと立ち向かうが、騎士共々フローデの両翼に薙ぎ払われる。
加勢したい気持ちを抑え込んだ梓は、唇から血を流しながら耐え続け結界に意識を集中させる。
12の皇帝も十二単も各所の防衛へと回って、比較的安全な大和と魔教練は比較的手薄であった。
そこを狙われ、敵の侵入を許してしまった。
助けを呼ぼうにも、救援を受けても間に合わないのは目に見えている。
碧と茜が叫び梓が耐えきれず結界を緩め駆け出すと同時に、天を貫く雷鳴を引き連れ、フローデの頭上から現れた1人の騎士がその剣を持って雷を一閃する。
切り払われた雷は、雷鳴となりフローデを吹き飛ばし隆起する地面と妖精王の力を持って急成長し森が竜のように暴れ、魔教練全体が命を持った生物のようにフローデ目掛けて畳み掛ける。
退くことで精一杯なフローデが目前に迫った殺意に反応が遅れた。
森と地面が荒れ狂う竜となって襲い掛かって来た事で生まれた、フローデの一瞬の隙を狙った超音速の一太刀がフローデの片腕を吹き飛ばす。
鮮血が吹き出し、苦痛によって叫ぶフローデが目にしたのは鬼でもなければ、怒り狂う竜でもない。
ただ、子を守る為に奮起した――女性騎士の姿であった―……。
「泉流抜刀術…口伝奥義…。【紫雷一閃】――ッ!」
抜き放たれた紫色の雷を纏った剣が、フローデの体を一刀両断し凄まじい魔力の爆発と雷がフローデの体内を破壊するように流れ、フローデを空の彼方へと雷と共に連れ去っていく。
周囲には、フローデの焼け焦げた血液と紫雷の影響で抉れた地面と吹き飛ばされた大木の数々は、圧巻であった。
直ぐ様、碧と茜が介抱へと回った未来は魔力の酷使によって、意識は失われていた。
今のところ命に別状もなく、安心した碧達であった。
梓が結界の維持に意識を向け、隣へと立った薫は娘達に気付かれないように、先ほどの一撃の反動で火傷した両腕を隠れて治療する。
――が、碧と茜の2人が母親の両腕をそれぞれ手にとって、酷い状態の腕を回復魔法で元の綺麗な腕へと戻す。
「……東側の海岸線は良いの?ここは、比較的安全だし…」
「未来お姉さまも、落ち着きました。ここは、もう……」
薫は2人の娘を抱きしめ、2人の震えた体を優しく包み込む。
「――怖かったなら、2人が落ち着くまで一緒に居てあげる。母親だもの…。作戦中だからと言っても、2人は私の大切な宝物…。心配なのよ」
今まで以上に死への恐怖を肌で感じた碧と茜は母親の体を強く抱き締め、声を押し殺して涙を流す。
梓も結界の維持を任されなければ、2人を抱き締めていたのにと思っていると、梓の結界に不穏な反応が増大する。
それは、先ほど彼方へと吹き飛ばされたフローデの執念と言える小型化した巨像の大軍勢が、結界に張り付いていた。
それは雨のように降り続け、海面だけでなく。
新たに、上空の2方向から迫ってきた巨像の侵略攻撃であった。
騎士の大半は、海岸線にて海上の巨像と異形に手が一杯であった。
そこへ、畳み掛けるように上空から、結界に守られた避難地域となった拠点への奇襲に、誰も反応出来なかった。
だが―――ある1つの部隊には、そんな奇襲作戦など通用しなかった。
『第二師団から、第十二師団へ通達するッ!各自、訓練の成果をここで示せッ!近くの避難地域と結界に、即座対応し奇襲してきた敵共を殲滅し続けろ――ッ!』
暁の声が列島全域に響き渡ると同時に、海岸線に集まっていた筈の黒焔騎士団が全員即座に向き直り、結界へと走る。
アリスが呼び出した戦艦の一斉射撃とユタカタの体で暴れるウタカタの炎が小型の巨像を蹴散らし、獣化した大揮がユタカタと共に敵を蹂躙する。
佐奈が後ろに控えた回復部隊の援助の上で、魔物の力を解放し上空の敵を同じ質量の魑魅魍魎で迎え撃つ。
第二から第十二の師団の騎士がそれぞれの持ち場で頭上から迫る、キリがない敵の軍勢を迎え撃つ。
鳴り止まない銃声と魔法による爆発音が列島各所から響き渡り、避難した一般市民の不安は膨れるばかり……。
だが、それでも――希望を絶やさないのは、皇帝がこの地を守護しているから、それが彼らの希望であり。
神の奇跡にすがるよりも、手が届く奇跡である。
巨像と異形の侵攻速度がさらに増し、その規模も初めとは比べ物にならないほど増大していた。
今回の作戦を暁やメリアナ達の意見を聞かずに考案した黒の作戦は、ド素人の作戦だった。
だが、万が一全戦力で列島の防衛に当たれば、負傷所の騒ぎではなく。
列島の防衛は不可能であったやも知れない。
その為、回復部隊に力を集中させ、皇帝や十二単が大いに力を発揮し続ける事を重要視し、魔力や傷の回復を短時間に抑えハイサイクルで彼らの力を頼った。
今までの黒では、考えれない他力本願なその真意に気付いた十名の師団長達は、思わず笑みが溢れた。
『――未来を守り続けろ、それだけをしていろ』
かつて、そう告げられこれまで守り続けていた大切な人も、戦に身を投じる事で、自分の弱さを克服しようとした。
そして、団長であり自分達の王は、自分以外の他者の力を頼ることが少なかった。
――だからこそ、笑みが生まれる。
――頼られた以上の成果を、あの団長に見せ付けよう…。
――配下の底力を見せ付けて、あっと驚かせてやる…。
師団長の顔から絶望したような顔は1つもなく。
勝利しか見えていないその表情に、他の騎士達も屈すること無く自分自身の役目を果たす。
東西南北、視界を埋め尽くすほどの驚異を前に、皇帝も十二単も騎士達も、誰1人として勝利を確信して列島の空を覆う影を払い除ける。
「メリアナちゃーん…。やっぱり……戦力が足りないよー。シエラちゃんはまだ塞ぎ込んでるの?」
メリアナの隣にて、珍しく弱音を溢した男が、手に持った刀を地面に突き刺し、一息付く。
そんな男の態度に、メリアナはため息を溢し男を冷ややかなめで見詰める。
「うわッ!……怖いなー…。流石にそんな目で見られたら、サボりにくいな…」
「そもそも、君も皇帝何だ。他の騎士の数百倍は働かないと……まさか?…怖い?」
メリアナが男の働きに文句を口にしつつ、敵に怖じ気付いたのか尋ねる。
「確かに、数が多くて嫌になるけど……。間違っても――恐れる事はない。それがこの僕――【随風倒舵の流浪人】の称号を持つ。イーサンさんだからね、風のままにゆらゆら放浪するのさ…」
イーサンが風を感じるように、両手を広げその場に倒れると、頭上から巨像が剣を叩き付ける。
しかし、風が巨像に吹き付けるとその体をバラバラに切り裂き、鞘を口に加えたイーサンが空高く舞い降りる。
群がる異形と巨像を斬り倒し、自分が任された防衛地点を頑なに死守する。
「……メリアナちゃんは、シエラちゃんの所に行ってあげて…。女同士じゃないと、話せない事ってあるでしょ?」
イーサンが刀を軽く振り、彼方の異形を切り捨て上空の目障りな巨像を蹴散らす。
メリアナが魔力で飛翔したのを確認すると、両手で刀を握りしめ構える。
「流石に、放浪癖の凄い僕でも……。人類を舐め腐って敵に回したお前らを、黙って見過ごす事は無い。そして、列島にはまだ僕でさえも行ったことの無い秘境がまだあるんだよ――」
風が靡く度に、イーサンの刀が振るいその障害を難なく切り捨てる。
魔力が枯れれば、点在する回復部隊に回復して貰い、幾度となく戦場へと舞い戻る。
疲労を重ねた体に鞭打って戦うこの戦い方は、どうしようもなくブラック過ぎるが、ちょうど暇潰しや刺激に退屈していたイーサンにとっては、これほどよい刺激は無い。
巨像や異形に怒りを覚えるのは、1割とすれば残りは退屈しのぎであろう。
だから、自然と笑みが溢れていたのだろう。
メリアナが自身の持ち場をイーサンに任せ、魔力を全開にし目的の場所へと向かう。
そこは、信濃に張られた結界の中でひっそりとその姿を隠す元老院の浮遊式協会の1つが森の中で人の目から遠ざかっていた。
協会の扉をメリアナが押し開くと、中には大勢の人や隊士が暗い顔のまま俯いていた。
メリアナが彼らの姿を見ても足を止めず、強力な結界と魔法によって封印された大扉の前で立ち止まる。
『メリアナは…ここ……?』そう一言尋ねると、女性隊士が静かに頷き。
メリアナが封印と結界を神器で切り裂き、強引にその大扉を押し開く。
扉の先では、布団にくるまって怯えきった元元老院の最高位の貴族階級のトップであり、12人いる皇帝の中の1人――…。
鴉による記憶改変が解かれ、自身の行った所業に身も心も焦燥しきり、かつての皇帝の威厳など微塵も感じられない。
ただの女性騎士がそこに、静かに座っていた。
「シエラちゃん。……大規模作戦が始まってる。話しは、聞いてるでしょ?……みんな、自分の大切な物の為に戦ってる。私も…橘君も」
メリアナが『橘』という単語を口にすると、シエラの体が畏縮しメリアナに背を向ける。
「……きっと、大勢の人が死ぬかもしれない。それか、数名の騎士だけが死ぬかもしれない。今分かってるのは、大勢か約2名かの犠牲での決着だけ…。でも、それはシエラちゃんが皇帝として、みんなを指揮しなかったらの場合だよ」
メリアナが言葉を続けても、シエラは布団に潜り込んで亀のように甲羅に閉じ籠ったまま、メリアナの話を聞いおる。
もっとも、聞いているのか耳に届いているのかも怪しいが、それでもメリアナはシエラに言葉を投げ掛け続ける。
「――いつまで、そうして逃げてるの?」
メリアナが痺れを切らし、シエラの布団を奪い取り寝巻き姿のシエラを布団から追い出す。
暗い瞳に涙が枯れ、光さえ見えない淀んだ顔に、メリアナは憤りを感じた。
「――いつまで、被害者面をしている気だッ!そうしてれば、傷付かないと、自分の身を守ってるつもりかッ!……自分の手で傷付けた人の顔を見るのが怖いのか…?その手を赤く染めたのは、記憶を弄られていた為とは言え、実行したのはシエラ自身だ。被害者とは言え、罪が無い訳じゃない。それでも、この運命に抗え……戦えッ!」
メリアナがシエラの服に掴み掛かり、シエラの頬を強く叩く。
痛みなのかメリアナの言葉に胸を痛めたのか、シエラの瞳から大粒の涙が流れる。
啜り泣くシエラにメリアナは、止めとばかりに自分の直感で語る。
「――きっと、シエラのやった事は許されない事だ。でも、その罪から逃げ隠れした奴に、許しをこう資格は無い。あって言いはすがない。……許されたいなら、戦え。罪を消し去りたいなら、守れ。世界を人々を守れ。今の世界は、連盟も評議会も誰1人として、私達を守ろうとしない。早々に自分の身を案じて、他国に逃げ隠れした臆病者共だ。……でも、貴方は違うでしょ――シエラ・フォトマーッ!」
メリアナはシエラを抱き締め、その冷えきった体に自分の温もりを与える。
氷のように冷たく凍ったシエラの心を溶かすように、メリアナは力強くシエラを抱き締める。
そして、扉の中へと足を踏み入れた女性隊士がシエラの白色の隊服を持って待機していた。
メリアナの懐にしまわれた端末から声が溢れ、メリアナが足早に信濃を後にする。
1人残されたシエラは女性隊士の持った隊服に着替え、暗く淀んだ隊士達の前に現れる。
そして、暗く淀んだ隊士達に光が差し込むように、シエラは自身の持つ神器を片手に、外へと飛び出す。
「――救われたいなら……戦え…。良い…言葉……ありがとう。メリアナちゃん…」
空へと勢い良く飛翔する一筋の光は、一足先に飛翔するメリアナを追い越し、異形の巨体を大きな太刀の餌食となって消える。
そこには、先ほどまでの暗い顔はなく、力無き者達の希望となる。
皇帝の背中が確かに存在していた。




