七章三節 黒竜達の邂逅
巨体な白狼が薫を見下ろし、無言の圧力が薫を押し潰そうと襲い掛かる。
これまで幾度と無く危機を脱し、円卓と呼ばれる騎士団へと入団確実に力を強めてきた。
―――が、上には上が存在し、その途方なまでに開いた力の差に、ほとんどの者達が下を向く。
つまりは、その圧倒的な力の差を痛感し自身の力の無さを味わった先にこそ、限界を超越する為の一歩が存在する。
遥か昔から、生きている狼王を前に、薫は深呼吸をし自分に言い聞かせる。
――この力に屈するな―――
薫の真剣な表情と、この場を支配するかのように張り詰めていた狼王の魔力が薄れていく。
薫が狼王の取ったあまりにも意外な行動に、警戒心がより一層強まる。
『早まるな…。いくら我に警戒心を抱こうとも、女ごときがこの我に歯向かえるはずもなかろう。とは言え、呼び出したのはこちらだ。……要件だけ伝えよう』
狼王が木陰に身を隠すように横になり、巫女装束の獣人が狼王の合図で足早に現れる。
手に持つのは、1振りの刀剣であり、錆び付いているのかはたまた鞘か刀剣自体に強力な封印が施されているのか、薫の力でも鞘がびくともしない。
『要件は単純明快だ。来るべき戦の為に我々、十王や神器などと言った力を求めておる貴様らに我も微力ながらも強力しよう。その条件として――』
「この刀の封印を解け、とでも言いたいんでしょ?」
薫が刀剣の鞘と柄をしっかりと掴み、全身の魔力を錆び付いた刀剣に流す。
薫の全身から魔力が迸り、狼王以外の狼や獣人が奥へと避難する。
だが、薫が刀に流した魔力は刀に反応する事無く霧散し、薫は本当に封印やそれに近い現象が刀に起きているのか疑問になった。
『やはり、我でさえも抜けぬその刀…。人であればと思うたが、難しいか……』
「この刀…?ホントに封印のような物が施されてるの?そもそも、神器や古代兵器じゃなくて、単なる錆びた刀とかじゃない?」
薫が横から現れた獣人に刀を渡すと、運悪く獣人の腕から刀が落下し、狼王と薫の目の前で鞘の先端が地面と接触する。
――次の瞬間、天を切り裂く様な雷鳴とその場に穿たれた巨大な窪みの中で刀剣が地面に深く突き刺さり、刀に迸る稲妻が次第に吸収される。
「――【雷切】よね?この刀…」
『…そうだ。遥か昔…二千年以上前の話だ。我が十王と呼ばれる依然に、この刀で我を切り裂いた男が存在した。幾度と雷を降り注がそうとも、その刀身によって雷の尽くが切り裂かれた――』
狼王が腰を上げ、後ろ足に深く刻まれた痛々しい火傷と裂傷に、薫は驚く。
千年前とは言え、既に十王に近い力を有していた狼王の体に千年もの時が立とうとも消えない傷を与えた刀。
その力は、まさしく薫達現在の騎士団には、喉から手が出るほど欲しい力であった。
「確かに…この神器は手にいれたい。でも、封印の様なもので無理に魔力を流せば、その反動で皇帝であろうと消し去る魔力を放つ危険物と分かった以上。適合者が存在しない力を、この先を担う若者を傷物にしたくない」
薫が地面に突き刺さった雷切を横目に、元来た道を戻る。
『――時は、今一度動き出した。多くの者が傷付き、大地が赤く染まる。その先があったとしても、絶望だけだ。我らの力を持ってしてと、変えれぬ運命よ』
薫が森の奥地へと戻ると、既に空は暗くなり星が辺りを照らす。
月明かりの下で、薫は魔教練へと続く獣道を進み魔教練の校舎が見える開けた場所に立つ。
月明かりが薫を頭上から照らし、薫の横を吹き抜けた夜風に薫は崩れた髪を軽く弄る。
「――良いよね。この世界って……壊しがいがある」
月が強く光を放ち、薫の油断を狙った一閃が闇より現れた人影の手から放たれる。
鮮血を撒き散らし、地に足を付いて膝から崩れる薫を見下ろす男が、月を背にして笑みを浮かべる。
「さようなら…円卓の騎士様。最後に思い浮かべるのは、愛する子供か?夫か?それとも……無念の内に果てる自身の力の無さ―――」
男がが言葉を幾つも並べていると、いつの間にか男の体は空高く飛び上がり、息つく暇もなくその体が大気圏の更にその先へと飛び、地球と言う惑星から離れていく。
「悠長に言葉を並べるのは構わないけど、その死体が幻かそうでないかをちゃんと確かめないと…痛い反撃を食らうわよ?」
薫が鞘から抜き去った聖剣を地面に突き刺し、自身の背後に生い茂る森の中に身を潜める敵存在――全てを遥か上空へと飛ばす。
悲鳴や断末魔が魔教練へと響くおそれを考量し、巨大な結界に周囲を閉じ込め、一点にまとめて敵を地面に叩き付ける。
死体の上へと寸分狂わず落下する敵が造り上げた死体のトーテムを、薫は視界に納める事無く炎で消す。
聖剣を鞘に納め、魔教練への帰路に今度こそ着く。
翌日の魔教練内は、騒然としていた。
昨日の生徒を狙った襲撃を予測できなかった事や、襲撃犯の目的などが不明な事もそうだが、何より魔教練講師の行動の遅さなどから、生徒の親が生徒を預けられないと判断し、生徒と共に魔教練から出ていく。
薫と未来が魔教練の正門に並んで、黙って出ていく生徒と親の背中を見詰める。
「……人は、目に見えない脅威に晒されてから、恐怖する。既に身近となってから、逃げたり戦う準備をする。親として、子供の身を守るために魔教練を出ていくのも手だけど…目的は魔教練なのか生徒の身柄なのか…ハッキリさせてからでも判断は遅くないと思うけどね」
薫が現状の悲惨さに嘆いていると、隣で母親に手を引かれて魔教練を去っていく子供を見て暗い目をする未来が口を開く。
「大和だけじゃなく、この光景のように……鴉や大勢の異形を目にしたら、列島を去っていく人が大勢いるんでしょうか?」
もしも騎士として守るべき、力なき者達がいなくなったこの列島に自分達は必要なのか、そう言った疑問が未来の頭に過る。
黒や翔達が傷付いてまで守ろうとした列島やその地に住まう者達がいなくなったら、みんながこれまで流した血や戦いの傷痕は、無意味となるのだろうか……。
「――みんなが守りたかったのは、きっと列島何かじゃ無いわよ」
薫が未来の両頬を掴み、下を向いた未来を上へと向かせ、笑みが消えた未来に無理矢理頬を引っ張って笑みを作る。
「きっと、大切な誰かで、誰かの居場所や変える場所。思い出の詰まった場所なのよ。だから、たとえ人がいなくても戦う意味はある筈よ」
「そうですね…。そうですね」
未来が少し赤く染まった頬に触れながら、笑みを浮かべる。
薫はそんな未来の笑みを見て、黒が必死になって戦う理由を確信した。
「――その笑顔。絶対に、忘れないでね」
小声で呟いた薫の言葉は、未来には聞こえず薫の後ろを一歩遅れて 歩き出した未来は、魔教練に吹き付けた爽やかな風に黒が帰ってくる世界を守ると心に誓う。
魔教練に残った僅かな生徒は、そのまま授業が滞りなく進められ、遂に1人につき一匹の魔獣が渡された。
ケージの中に入れられた子犬程度の大きさをした魔獣に、キークは瞳を輝かせる。
「――んで、何で…その子犬も俺の部屋何だ?……キーク…?」
ロベルト家に久々に帰ってきたロークは、妹の部屋ではなくロークの部屋に魔獣の子犬『ボギ』と『ロギ』と名付けられたロベルト家に迎えられる以前に拾った子犬程度の大きさだった筈の白い狼は、既に並みの狼を凌駕する大きさへと成長した。
元々は、キークの部屋で眠っていたロギだが、体が大き過ぎて事を考量し、頻繁に家をあけるロークの部屋を寝床として使っている。
そして、魔獣のロギはそんなロギにピッタリとくっついて、離れない。
そうなれば、必然的にロークの部屋にはボギロギが居座り、キークとハルマーンやミューナ夫妻もボギロギの顔を見ようと、顔を出す。
キークがミーシャを連れて、ボギロギの4人で遊ぶようになると、ますますロークの部屋は賑わう。
ロークが任務を終え、部屋に向かえば既に誰かは確実に部屋におり、完全にロークの部屋はボギロギに奪われた。
久々に家へと帰れば、狼と子犬に部屋の半分を奪われ、家族の憩いの場と成り果てた自室を見て、ロークは肩を落とす。
しかし、それも数週間も続けば、慣れ始めロークもボギロギ達の活動範囲を理解し始める。
「――だが、まぁ…多分ベッドを奪われてるよな。別に床で、寝ても……。そうだ、確か客間にソファーがあったよな?今日は、そこで寝るか」
任務と訓練の間で家へと帰る時間は少なく、また帰る時間もその都度変わってくる。
今回のように、ヘロヘロに疲れた状態でありながらも深夜を回った時間に帰宅する事も可笑しくはない。
戸締りされた正門を飛び越え、正面玄関ではなく。
使用人が頻繁に出入りする裏口の鍵を合鍵で開け、家へと帰る。
静まり帰った厨房を抜け、薄暗くなった通路を通って、妹の部屋の扉をゆっくりと開く。
ベッドには、キークとミーシャの可愛らしい寝顔と2人の枕元には、子犬のボギが丸まっている。
「珍しいな…。ボギロギじゃなくて、ロギだけか?」
ロークが扉を閉めると、月明かりだけの微かな光の中でもその白い体毛はうっすらと光沢を持っていた。
ロギがロークの体に自身の体を擦り付け、客間のソファーへと向かう。
自室のベッドで眠ろうかと考え、部屋を覗いたが荒れたベッドでは落ち着いて寝れないと思い、渋々客間に向かうことにした。
客間のソファーもそこまで固くはないので、多少なりとも疲れは取れると思った。
ソファーに横になると、ロギが床で丸くなりロークの側で瞼を閉じる。
「そう言えば、お前は俺を出迎えてくれたな。ただいま、ロギ。それと、おやすみ――」
時計の針が時を刻む音が次第に聞こえなくなり、ロークは眠りに身を委ねる。
――おい、起きろ小僧…。
――起きて、クソガキ…。
――起きてよ、ゴミガキ……。
唐突に耳元にて、10名近い人数の人影が、いつの間にか白装束を纏っていたロークの目の前に整列していた。
身長も年齢もバラバラな数人の男女が、倒れたままなロークを見下ろしている。
「やぁ、起きたかい?ゴミガキ…。」
1人の青年が手を差し出し、仰向けのロークに手を差し出しその手をロークは手に取る。
確かな人肌と柔らかな手の感触に、ロークはここが夢でないと言う事を理解する。
しかし、自分の姿と一面見渡す限りの闇の世界を前に、ロークは言葉を失う。
すると、どこからか聞き覚えのある声と共に一面の闇が晴れ、波紋1つ無い地平線の先まで、一面の湖にロークは驚き飛び上がる。
だが、水面には波紋が生まれるだけで、ロークは沈まない。
遥か彼方から、聞こえた聞き覚えのある声がする方へと振り向くと、片手を大きく振りながらこちらに向かって走ってくる綾見の姿が見えた。
綾見もロークと同じく白装束に身を包みロークの目の前に現れると、2人の後ろに集まった者達が笑みを浮かべていた。
「さて、お目当ての子達も集まったし……本題に入りましょう。ねっ…先代様方」
巫女装束姿の女性が手を叩き、他の者達の視線を自身に一旦集める。
綾見とロークが女性の方へと向くと、どこか自分達と似た匂いを感じる。
そんな2人の反応を面白がるように、男が2人の肩を力強く叩く。
「そんなに、考える事か?あそこのよぼよぼじいさんも、巫女の姉ちゃんも…。もちろん、この俺様も――全員が黒竜だ」
男が2人を自分の立つ位置とは真逆の方へと押し退け、整列していた10名の男女の背から、黒とは似てはいるが根本的な部分が違う10体の黒竜がそれぞれの宿主の背から現れる。
「我が名は、橘 晴。三代目橘家当主にして、黒竜…【黒燼竜】の宿主だ。貴様らの王である…黒とは、少なからず似ているだろう……」
三つ編みの青年が眼鏡に触れ、背後の黒竜を横目に見る。
晴の黒竜は、全身にひび割れた鱗で覆われ、ひびの奥には灼熱のごとき熱さを持った魔力が高速で巡っていた。
2人は晴から離れてはいるとは言え、この距離から発せられる魔力の鋭さは黒と以上であった。
「続いては、私だよ。私っ…!名前は、橘 陽加六代目当主にして、【黒彗竜】の主よ」
陽加の背後に立つ巨大なロケットの様な形状の両翼と、全体的にシャープな体を持った黒竜が、2人を見下ろす。
「ワシは、橘 乃木と申す。十代目当主のよぼよぼな。ただのじいさんじゃ、宿った竜は【黒夜竜】じゃ」
乃木の全身を隠すように、闇を纏った霧の中から、細身な黒竜が姿を現し、鋭く長い牙を自慢するように首を振る。
「僕の名は、橘 蛍……橘の十三代目当主だ。……あまり、戦闘向きじゃない性格でね。現役の時は部下に戦闘を任せていた者だ。宿った黒竜は、【黒雷竜】」
蛍の全身から迸る黒い稲妻と、それを纏った大きな黒竜が緑に光る両目と全身を鋭い鱗で覆い、鱗を伝って発生した雷がバチッバチッと音を挙げる。
「私の名前は、橘 琴春と申します。橘家十八代目当主を勤めさせて頂きました。この身に宿りし黒竜は、【黒天竜】風を纏い天を穿つ竜です」
琴春の背から、ゆったりと長い首と十人の中で最も巨大なその黒竜が、両翼を広げただけでもその大きさは計り知れない。
その大きさは、巨竜と呼ばれる分類に入るほどの大きさであった。
「僕の名前は、橘 彰二十一代目橘家当主で、あそこで呆けている者の父親だ。宿した黒竜の名は、【黒血竜】血を用いて、自己強化などの補助的能力に長けてる」
彰の足元から真っ赤な血液の池が生まれ、その中から青く光る瞳を輝かせ、赤黒い鱗を持った黒竜が姿を現す。
「んで、彰のバカ息子であり。二十二代目当主の橘 桜成だ。俺の黒竜は、【黒嵐竜】十八代目様と似て、風や空気を操る能力だ」
眠そうな黒竜が、桜成の背から現れるとそのまま地に首を下ろしてあくびをする。
「では、私だな。二十九代目が当主。橘 士だ。先代のような力のある能力と言うよりも、幻覚と言った精神破壊系の能力だ。宿しし黒竜は、【黒霧竜】能力に似て、性格も大人しめな可愛い奴だ」
そう言うと、士の背後で縮こまった黒竜がゆっくりと顔を出しては、直ぐに士の背に隠れるを繰り返す。
「私の名は、橘 怜だ。三十二代目当主の女だ。ちなみに、女だからって舐めた態度で接したら、殺すからな?宿した黒竜は、【黒戮竜】…他者の魔力や力を強制的に奪い、自分の力に変換する能力だ」
怜の背後から翼に巨大な爪を持った一際巨大な両足を持った黒竜が、紅に染まった瞳を2人に向け凝視する。
「最後は、僕だね。僕の名前は、橘 辰一郎。僕の場合だと、少しややこしい話でね。橘家の四十七代目当主には、妻がなってね。それと2人に分かりやすく説明すると――黒の祖父とでも言えば言いかな?」
男が笑みを浮かべると、その背後から巨大なシルエットが姿を現す。
背中に、大小合わせて6つの巨大な翼を持った黒竜がそれまで一言も言葉を発しなかった他の黒竜とは異なり、綾見とロークの周囲をゆっくりと歩き小声で独り言を唱えながら、2人の体を見詰める。
『…辰一郎。やはり、2人ともお前の見立て通り黒の魔物をベースにした――愚者だ』
「――ッ!?…ほんと?やっぱり!?」
1人だけ瞳を輝かせ、テンションが爆上がりする辰一郎とはうって変わって、他9人の黒竜保持者達が頭を抱える。
「あぁ、ごめんね。この人は生前は凄い科学者でね。ここに来ても、その知識欲も探求心も衰えなくてね。私達は既に諦めているんだ」
「……全くだ。我ら橘の血にこんなアホが交わるとは、つくづく我が子孫達の行く末が気になるものだ」
陽加と晴の2人が既に諦めたように、辰一郎の興奮した姿に目を背ける。
他の者達も同じように、溜め息をつくとロークが本題に付いて話を切り出す。
「――ここに、俺達2人を呼び出した理由に付いて尋ねて問題はないか?…こっちも、色々と忙しい身でな」
「それに付いては、心配はねーぞ。こことあっちの時間軸は全く関係ない。強いて言うなら、お前らのどちらかが目を覚まさない限りは、時間は進まねーよ」
桜成がその場で軽く伸びをし、2人の疑問に1つを解消する。
「そうですね。お2人をここにお呼びした理由をまだ述べてませんでしたね」
琴春が一歩前に出ると、8人が真剣な表情で2人を見詰める。
「――このままでは、あなた方。騎士団には、鴉達にも勝てず。勝てたとしても、その先に待つ驚異に対抗する力を持っていません。だから、あなた方お二人には、その驚異に対抗する力を伸ばして貰うためにお呼びしました。ですが、我々に残された時間はあなた方をお呼びするだけの時間しかありませんでした。後は……辰一郎様にお任せします。どうか……私達の子供達が繋いだ世界を…お願いします……」
琴春が霧のように消え、次々と霧のように姿を消した8人に戸惑う綾見とローク。
そんな2人の質問に1人残された辰一郎が答える。
「まず、君達に紹介するね。僕が後天的に宿した竜系魔物の【黒鎧竜】本当なら、先代の中でも最強の晴様に任せたかったけど、伝えるよ?」
辰一郎が深呼吸をし、意を決して2人に自分達が呼ばれた理由を話す。
「確認何だけど、君達が習得した『愚者魔法』を簡単に説明すると、黒の魔物から、その魔力を体内に無理矢理繋げて、魔物を持たない者に魔物の力を貸し与える魔法。その認識であってるかな?」
辰一郎の問いに2人は首を縦に振ると、辰一郎は顎に手を当て深く考える。
その理由として、本来の愚者魔法の力は――その程度な力ではないからであった。
「……分かった。ありがとう…。これで、疑問が解けたよ。それじゃ、君達が呼ばれた理由だけど」
辰一郎が黒鎧竜を再度呼び出し、2人の前で構えを取る。
「――橘 黒という男から、本当の本気を無理矢理でも構わない。本気を出させて欲しい」
辰一郎の瞳が青く光を放ち、全身に黒竜の魔力が凝縮された霧が鎧のように辰一郎に纏わり付く。
辰一郎の放った拳が、二人の胴体を狙い撃ち。
2人の体を勢い良く吹き飛ばし、2人の口から大量の血が吹き出す。
「さて、時間はたっぷりある。この体になったから、生前よりも戦う事が出来る。全力で君らを黒と殺り合えるほどに鍛えて挙げるよ」
辰一郎の全身を黒色の霧がさらに覆い被さり、二人の息を合わせた猛攻に怯みさえしない。
空間に響くのは、凄まじい高濃度な魔力領域と太鼓のように響く破裂音。
拳と拳が衝突し、大気が震え大地が揺れる。
両者の一つ一つの行動が、災害と呼んでもおかしくはない程この空間内部を変化させる。
空間に亀裂が生まれ、地面は捲れ上がり鮮血が至る所に飛び散っている。
「――現役時代にここまで、動けたら…。竜玄とも遊んであげれたし、妻に当主の座を押し付けもしなくてすんだのかな…?」
辰一郎が霧を解除すると、意識を失った2人が崩れた空間はと落下していく。
「しばしのお別れだ。どうか、未来と世界の結末を変えてくれ」
ほぼ同時に目を覚まし、ベッドから飛び起きた綾見とロークは汗によってびしょびしょに濡れた服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。
まるで、その場にいるかの様に同じ行動をする。
「ローク…大丈夫?朝、すごくうなされてたけど…?」
ロークが髪を拭いていると、うなされていたロークを見付けたミーシャが心配そうに話し掛けた。
「何も、問題は無いぜ。ただ……時間があまり無いってだけだ。ミーシャから後で連絡を入れて欲しい所があるんだ。きっと、そこに相棒も向かってる」
「…うん。分かった……」
ロークが端末を開き、相棒である綾見に連絡を入れる。
返答は予想通りで、直ぐに準備を始めるロークに、キークとミーシャは話を掛けるタイミングを逃す。
「――直ぐに戻る。そん時は、今より格段に強くなってな。それじゃ、行ってくるよ」
ロークがキークとミーシャの頭を軽く撫で、玄関を走って飛び出す。
目前に開かれた空間に身を投じ、空間は直ぐに閉じた。
「ねぇ、お姉ちゃん。さっきどこに連絡したの?」
「ロークが所属する騎士団の…マギジさんって人に空間を繋いで欲しいって連絡したの。…また……危険なお仕事なんだね…」
ミーシャが空を見上げ、世界を明るく照らす太陽に向けて、手を伸ばす。
ロークと綾見が本部に着くなり、暁の元へと足早に向かう。
2人の行き先を聞き、暁は直ぐ様食堂にて、丼を食らっていた閻魔の元へと案内する。
「おう、速い到着だな。既に準備は出来てるぞ…。直ぐに行くってんなら、開けるが――」
「「――時間が惜しい」」
2人の息の合った返答に、閻魔は直ぐに2人を連れて空間へと姿を消す。
閻魔と共に向かった先では、黒が暗闇の中でも真っ赤な光を放つ刀剣を前に座禅を組んでいた。
両脇には、白いワンピース姿の黒竜と袴姿の鬼極丸が鎮座していた。
「……黒。この展開は知ってたか?」
「先代黒竜に会って、団長の元に来る俺達の姿は予知できたか?」
座禅を組んでいた黒が立ち上がり、笑みを浮かべて二人の訪問を予知出来なかった事を告げる。
そして、自身が本当の意味での黒竜の力を出し切れていないこと知らなかったと告げる。
「なら、俺らでお前の本気を出させてやる。怒りや感情の変化じゃなく。本当の強さを持って――」
「真に、魔物の力を発揮する覚悟を俺達で見極める。それこそが、先代に呼び出された俺達の役目だ――ッ!」
愚者の魔力を纏った2人が黒の間合いを詰める。
3人による強力な魔力の衝突に、空間が揺れる。
凄まじい魔力領域が一瞬で生まれ、高濃度な魔力に満たされた空間にて、閻魔は1人の男を担ぐ。
「さて、お前さんの役目もそろそろ終わりだ。騎士共の鍛練も終盤だ。よく耐えたな……第九師団の師団長さん」
「…ぅ……ぅぅ……」
長髪に髭も伸びに伸びて、濃くなった男は、やつれにやつれた顔を浮かべて、ぐったりと閻魔に身を委ねる。
「まったく、巨人族が小さくなる程の魔力を使わせるとか、黒もスパルタだな」




