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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
七章 魔獣機関と最凶の師団
146/181

七章一節 集いしは、第一師団


 薄暗く人通りの少ない裏路地、傍らに積み上げられたゴミとそれを漁る路上生活者を一人の男は睨み付ける。

 その男の眼光は、ゴミを漁る者達を邪魔だと謂わんばかりに睨み付け、路上から立ち去らせ人が居なくなり開かれた道を男はゆっくりと歩く。

 月明かりに照らされ、雲も少なく綺麗な月が見下ろすのは、真っ黒なコートに身を包み。

 コートや頬に浴びた返り血を拭いもせずに、男が石畳の上を歩くと、甲高い金属音が響く。


 その夜は、まるで町に死神が現れたと思わせる様に、鋭利な鎌を石畳に擦らせて徘徊する――漆黒の殺し屋の噂が後を立たない。



 螺旋状に聳え立つ巨大なこの王国は、王都と中央区を繋ぐ巨大な大橋は厳重な守りと高貴な者かその者達に認められた者しか通る事は出来ない。

 中央区は、一般市民が住み昼夜問わず活気に満ち溢れている。

 しかし、王都とは違い中央区の隅には、下へと螺旋状に下っていく道が存在し、中央区の正面に聳える巨大な門以外から中央区へと登る手段がある。


 しかし、外から中央区へと向かうその螺旋状のその道沿いには、外と中から道行く者を狙う盗賊や犯罪者が根城にしている廃れた家屋が転々と存在し、中央区へと向かう前に、あの世へと誘われるだろう。


 だが、その男は中央区から下へと螺旋状に下り、鴨に狙いを定めた犯罪者達を容赦無く蹴り殺す。

 キリキリとその男が両脚に取り付けた義足が金属音を挙げて、義足の可動部から細かな駆動音と金属音が微かに聞こえる。

 義足にこびりついた血液を払い、男は悠然と下へと歩み進める。




 そこは、いわゆるスラム街であった。

 ゴミや血の匂いが蔓延し、そこらかしこに死体やそれを漁り金品を狙った者達で溢れていた。

 中央区の王都を繋ぐ大橋の丁度真下に位置するここ、スラム街は、中央区で殺人や強盗で稼いだ汚い金や、別の国からの犯罪者達で溢れた犯罪者の街である。

 道を歩けば、喧嘩や殺しが日常の様に行われており、道端には酒瓶片手に、喧嘩を楽しむ者達で大いに賑わっている。

 スラム街を奥へと進み、スラムにしては、頑丈な建物な造りをした建物へと足を入れる。

 目付きの悪い犯罪者達が話し合いの声を止め、今しがた入店したコート姿の者を横目に睨む。

 バーカウンターへと座り、血で汚れた金をテーブルに置くとマスターと思われる男が酒を提供する。

 ゆっくりと立ち上がった背後の男達に、彼は目線すら向けずに言葉で脅す。


 ―――動くな、一歩でもその先に踏み込めば殺す――



 その一言で、年内は静まり返った空気が吐き気を催す程の寒気と殺気に満ちた。

 冷や汗を頬から垂らすオーナーが首を横に振り、男達を下がらせるように、目線で命令する。

 空になった小さなコップに、いつの間にかコートの男の隣に座っていた男が骨付き肉を食らいながら、男の肩に手を置く。


 「……その義足の調子はどうよ?(スネーク)がお前の為に手作りで仕上げた特注品だぜ?感謝して使えよ…。特に、騎士との全面戦争の際に、コレがあって良かったって思える程度には、慣れとけよ?――()()

 男が豪快に笑いながら、骨付き肉を床に捨てる。

 そのまま、男は手を振りながらノラと呼ばれた男の元から去っていく。

 ノラはカウンター置かれた空いたコップを見詰め、しばらくしそのコップを横殴りに叩き、店の壁にコップの破片が突き刺さる。

 短い悲鳴を小さく挙げたマスターを睨み付け、コップの代金と思われる金額の金を置いて、店を去っていく。



 「……マスター。何で、止めやがったんだ。この人数差なら、間違いなくあのスカした野郎の鼻をへし折れたのによぉ…」

 「バカ言え、アイツらはお前らが束になっても勝てるような奴じゃねーよ。つい最近ここらで顔を利かせるようになった……イカれ集団だ。間違っても手だすなよ?」

 マスターが粉々に砕けたコップを片付けつつ、先ほどの男達がもう一度喧嘩を売りに行きそうだと思い男達の方へと振り向くが、既に金銭をテーブルに置かれその姿はなかった。



 「はぁ……この街は、血の気が多くて困るね。まっ…その分儲かるから構いやしねーけどな」

 マスターが店の外へと向かい、さっそく全身を血だらけにして倒れた数名の男達の亡骸に向けて、マスターは哀れむような目を向ける。

 「だから、言ったろ?―――手を出すなって」

 次第に男達の亡骸に集まるスラムの住人が、ハイエナのように亡骸を物色し、路上に邪魔だと言わんばかりに無一文の肉塊が転がる。

 ただ向かってくる者共がいれば、迎え撃ち容赦無く返り討ちにし、その身体に刻み付ける。

 手当たり次第に物や人を壊すのではなく、的確かつ一撃で仕留めて、自分の技術を昇華させる。


 ―――目的は、変わらず皇帝(エンペラー)である。



 以前は仲間であった男の中には、一人の男を殺す為の殺意と技術しか残ってはいない。

 楽しかった思いでも、経験も全て闇に消えた―――…。

 ノラが店を後にし、足早に中央区へと向かい中央区の中でも一際豪華さを誇る『カジノエリア』と呼ばれる娯楽が密集したエリアへと足を運び。

 店の前で客であった者達と揉めている黒服の横を抜け、店の奥へと向かい。

 VIPルームへと向かうと、ドレスコーデの(スネーク)(スコーピオン)がシャンパンとワインで、トランプを使ってギャンブルをしていた。


 「……また、私の勝ちね。ここのチップは全部貰うわね」

 蠍の前へとチップを差し出すディーラーと周囲に歯ぎしりするのは、この店のオーナーとこの国の国王夫妻であった。

 蠍がチップを蛇に持ってくる様に告げ、シャンパンのグラスを黒服に渡し、いつの間にか蜘蛛(スパイダー)(クロウ)の2人も集まっており、蠍の後ろを付いてVIPエリアの個室へと向かう。

 部屋には大量のチップと貢物として、納められた大量の数えきれない札束の入ったトランクが積まれていた。


 「さて、話を始めましょうか…。先日宣言した通り…私達は皇帝が目覚めるまで、一切の手出しは禁止。いいわね?」

 「勝手に姉さんが決めた事でしょ?……まぁ、僕は別に構わないけど」

 「俺も構わない。だが、雷帝は俺の獲物だからな?」

 「私も良いわ。姉さんの決めた事に、異論は無いわ」

 3人が蠍の提案に異論が無いことを再確認し、蠍の視線は扉の前で立っている2人の男に向けられた。


 「――ノラも異論は無いかしら?それと……蛇が連れてきた。新しいサポーターさん…」

 蠍が怪しく微笑むと、ノラの横でソファーにて眠っていた男が立ち上がり不気味な笑みを向けて、異論は無いと告げる。

 蛇が連れてきた腕の立つ技術者と言われた男は、ソファーへとふたたび寝っ転がり、蠍の話に耳を傾ける。

 そして、何かを思い出したかのように、男は『一つ報告何だが…』と気まずそうに手を挙げる。


 「こちらからは、不可侵って話だったけど…。敵さん側に、十王の一匹が付いたって話を聞いたんだが?」

 その一言に、ノラを含めて鴉達が一瞬にして表情を険しくする。

 「姉さん……。アイツらが、他の十王を見つけて仲間に引き込む可能性がある。何体かは次元に閉じ込めたままと言っても、いつ無理矢理出てくるか分からない。今の内に手を打つべきだ 」

 鴉の提案を切り捨てるように、蠍は冷静に鴉の提案を払い除ける。


 「たかが、十王一匹。絶大な力を有していたとしても、その力を振るったとしても、今の私には脅威ではない。現に、彼らは十王を味方にしても――皇帝の目覚めるまでの間だけと言う提案に乗って、私達と刃を交えるのを避けている。十王が加わったとしても、こちらの優勢は変わらない」

 蠍がグラスに注がれたワインを見詰めながら、怪しく頬を釣り上げ笑みを浮かべる。









 頬を伝って流れる汗が止まらず、暁は背後に迫った者の顔を見ることすら叶わず硬直していた。

 理由としては、自分を遥かに凌駕する魔力を内に秘めつつ圧倒的な威圧で、暁を含めた幹部全員を圧倒する。

 ヴォルティナと千歳が扉を潜ると、ステラ達の背後で隠れていた小柄な女性が顔を出し、暁と目が合う。

 必要以上に頭を下げては、「ごめんなさい」と何度も何度も小声で付け加える。

 そこで、ふと暁は気が付いた。

 彼女が腕に抱えた一振りの刀が異様な魔力を放ち、ステラ達の影に隠れていた際に、凄まじい魔力は彼女ではなく。

 その刀から発せられた魔力であった。


 暁が背後に立つ者の顔を拝むために、意を決して振り向き暁と背後に立っていた男と目が合う。

 赤を貴重とした着物に、額から伸びる大きな角から鬼人族であることが分かる。

 そして、未だに暁以外の者が魔力によって硬直するなかで、暁は男に向けて質問を投げ掛ける。


 「十王の一人である。閻魔大――」

 「大神はやめてくれ、俺はただ勝手に武具を作って、勝手に暴れて…いつの間にか、王と呼ばれ。力を分け与えた同族からは、神だ祖先だの言われて、理解が追い付いていねーんだ。閻魔で構わない」

 閻魔の差し出した手に自らの手を重ねた暁を見て、閻魔は不適に笑みを浮かべる。

 通路を走り、空がステラ達を押し退けて声を張り上げる。

 「――暁くん!その男の手を取るなッ!――腕を食い切られるぞッ!」

 空の静止を聞かず手を重ねた刹那、閻魔が暁の肩を破壊せんとばかりに暁の腕を力強く振り下ろす。






 ―――が、鮮血を撒き散らし、テーブルや床に血液を滴らせて会議室の床に手を突いたのは閻魔の方であった。

 そして、暁の瞳が深紅に色づき、炎を灯した眼光で膝を折った閻魔を見下ろす。


 「――おい、表に出ろ。十王と言えど、元々は動物や人が膨大な魔力と死線を潜り抜けて力を得ただけだ。…人々から、恐れられ崇められたのがお前らだ。つまり――力があるだけの所詮は鬼人だ」


 口から血を滴らせる閻魔に暁は、容赦無く閻魔の胸ぐらを掴みマギジに開かせた空間へと共に身を投じる。

 そして、本部の遥か上空にて、凄まじさ魔力の爆発と共に着物を焦がした閻魔が山の斜面に背中から墜落する。

 本部の外で作業をしていた者達が、赤く色づく空と雲を突き抜け落下した閻魔を見て、一時周囲は騒然とし。

 頭上から暁の声が響き、暁の命令通り作業の一時中断と避難を受けて、全員が本部近くまで下がると同時に山の頂上から昇る火柱と、遥か上空から落ちる閃光が衝突し、凄まじい熱風と轟音が周囲に両者の衝突が如何に恐ろしい事かを、余波を持ってその恐ろしさを知らしめる。


 閻魔が手に取った炎の剣と十國が衝突し、両者の魔力が入り交じる。

 轟音が響き大気が震え、何者も寄せ付けない2人の魔力領域が徐々にその範囲を強める。

 膨れ上がる魔力と、魔力に比例するように両者の炎が勢いを増し続け、マギジや空達大勢の騎士が見守るなかで、2人と同じ高度を飛翔し続ける小さな飛行体が2人の魔力領域に謝って侵入し、姿を隠す為の保護色が一瞬消える。


 そこを狙ってなのか、空が透かさず指先から放った魔力砲で小さな飛行体を消し炭にする。

 閻魔が空の放った魔力砲を確認すると、纏っていた魔力を解き振り下ろされた暁の刀を指で軽く掴む。


 「終いだ終い、監視の目も消えた。もう、お前とやり合う必要はねー」

 「手を重ねた瞬間に頭に『一芝居打つ』なんて、言うから……びっくりしましたよ」

 2人の魔力が解かれ、困惑する団員に空が説明を初め、汗まみれとなった閻魔が上着を脱ぎ捨て、上半身に刻まれた生々しい傷に暁は絶句した。

 暁の表情を見て、閻魔は何かを確信したのか、暁の肩に手を置き耳元で囁く。


 「……この傷を刻み付けたのは、黒だ。次元の狭間に封印されてた俺を見付けて修行を申し込んで来てな。この通りよ――…」

 閻魔が空が気を効かせて持ってきたタオルを受け取らず、団員の一人が暁に渡そうと持って来たタオルを奪い取る。

 その場に立ち尽くす暁は、乱れた呼吸を整えるために、深く息を吸い。

 心臓の鼓動が高まるのを感じつつも、深呼吸で鼓動と呼吸を整える。


 そして、一つの決断へと乗り切った。



 「――全黒焔騎士団団員に告ぐ。現時点では、黒や翔の力を頼りに鴉達と正面からぶつかるには、実力差が有りすぎる。だからこそ、黒や翔の力を頼らずとも、僕達で鴉を叩きのめすッ!その為に、各自…各師団で鍛練を重ねよッ!」

 暁の声に続くように、全団員の声が合わさり大和にも届くほどの声が響きわたる。

 全団員が、即座に動き予定よりも遥かに早い速度で改修作業を終え、新たな黒焔の騎士団本部が建てられる。

 そして、様々な場所で魔力のぶつかり合いと爆発音が木霊する。


 土汚れと傷を負う度に、笹草率いる医療部隊の治療が行われ、超スパルタ式鍛練が日に日に、その凄さを増していく。

 時折、空や暁達との会議にて、大和へ足を伸ばした久隆や他皇帝達が唖然と、本部近くから響く怒号と魔力に冷や汗を垂らす。







 ―――それで、アイツらの修行は順調か?

 「心配には、及ばねーよ。何てったって、三千年のもの時を越えた実力者が3人も揃って、尚且つ内2人はその修行に全力を注いでる。話は変わるが、ラックがお前の親父さんをパイプに皇宮との連携を図ってる。大規模作戦には参加しなくても、何かあったら兵と竜を動かせるように、手配してある」

 閻魔が真っ暗な空間で、微かに見える光の隙間からにて聞こえる黒の声に耳を立てる。

 ―――こっちも、何とか頑張って力を集める。天童の持ってる核と集めて回らせてる核の数個で、神器の製造頼むぞ?

 光の隙間が消え、変わりに黒の魔力を纏った天童が新宿にて、奪い取った兵器の核とそれとは別に小さな核を閻魔に渡す。


 「……天童…コレで、最後の素材だ。…俺と一緒に鬼嶽門(きごくもん)に入って、鬼嶽のさらに奥地に封印された()()()()を取ってきてくれ…」

 「分かった。錆びた刀だな?てことは、刀塚の領域か……」

 閻魔が核を布で丁寧にくるみ、袋にしまうと足下から浮かび上がった門へと身を投じる。

 全身を焼く様な熱風と耳を塞いでも聞こえる約数千の鬼達の雄叫びと、鉄を打つ音が天童を歓迎する。


 「後悔はしねーな?鬼嶽の地では、強者だけが奥地に進める。祖である俺や元々力を示した者達には、鬼は闘いを挑まないが……余所者や――()()()()()()()()()()()()には、全力で向かってくるぞ?」

 「後悔はしない。それに、黒が力を蓄えて、その力を最大限発揮する力を欲してる。なら、それに応えるのが……俺にしか出来ない。――俺のすべき事だぁぁぁ―――――ッ!」


 天童の雄叫びと共に、一斉に走り出す鬼と天童が拳を交える。

 閻魔はそれを見届けて、一人目的の場所へと向かう。

 燃え滾るマグマが川のように流れ、熱され続けた岩石が視界全てを覆い。

 深紅に染まる炉と、薄着の男女の鬼人が閻魔の前で膝を折る。


 「炉の準備と、玉鋼を…」

 「既に御前に…閻魔様に一つお伺いいたします。かような人間ごときに、鬼人族の秘宝が集いし刀塚の領域に……ホントに足を踏み入れれると思いですか?」

 口許を覆い隠した布が息で揺れ動き、女の鬼人が顔を下げたまま尋ねる。

 それに続くように、男の鬼人も「正気の沙汰でありません。鬼人である我らでさえも、到達する実力者は数える程度。かような人族に到達出来るとは、到底思えません」

 2人の意見も、別段人族がそれ相応の力を有していないからと偏見から来るものではなく。


 そもそもが、刀塚の領域と言う場所は、鬼人族の中でも名を連ねるほどの鍜治師や数多の武功を挙げ、名を轟かせた強者の魂が滅びずに、神の領域に等しい武具を護るための領域である。

 共に乱戦を生き抜き身体の一部と言える程鍛練に鍛練を重ね。

 また、その一振りを造るために生涯を捧げた者達の魂が籠った業物を、手に触れる様な事など許される筈もない。

 故に、死ぬ間際となった鬼人は刀塚へと足を入れ自身の半身と言わしめる武具を奉納し、一生を終える。

 中には、一族に代々継承する者もあるが、大半の鬼人は時が来るまで、刀塚の地にて真に業物を手に入れる資格のあるものを待っている。



 「大丈夫だ。人族でも、アイツはそんじゃそこらの人族とは異なる。ねじ曲がった様に、誰かの恩義の為だとかで……こんな地の果てまで足を伸ばす。相当イカれた―――バカ野郎さ」




 波のように襲い掛かる鬼の量に、天童は全身に魔力を巡らせる。

 殴られればその倍の力で殴り返し、蹴られればその倍の力で蹴り返し、道を通さず聳える肉の壁を前にしても――天童の拳は強固な壁を打ち砕く。

 たった数分の出来事であっても、天童の服はボロボロになり全身血だらけの満身創痍。

 しかし、それでも天童の歩みは止まらず、立ちはだかる鬼の大群を怯ませるほどの雄叫びと、飛び掛かる鬼と自分の拳が衝突する。



 「…はぁ……はぁ…。かかってこい…かかってこいよッ!…俺は、我が名は天童宗近…。黒焔と竜帝(クリムゾン・ノワール)第七師団師団長――天童 宗近(てんどう むねちか)だッ!」


 一瞬強ばる鬼を前に、天童は構えを取り低くした姿勢から一瞬で鬼の間合いへと詰めその強靭な胴体に拳を叩き込む。

 血と共に嘔吐物を口から吐き出した鬼を横に下ろし、迫る鬼達に鋭い眼光で睨み付ける。


 「――ここより先を、修羅の道と見た。ならば、俺も修羅と化そう。この血一滴までも……我が友の為の礎となろうッ!」


 鬼と天童の雄叫びが鬼嶽内部に響き渡り、反響する声と声が激しくぶつかり合い、それを掻き消すように鬼と人が拳をぶつけ合う。

 衝撃一つで大地が揺れ、魔力の揺らぎが激流のように流れを変えていく。

 きっと、天童の覚悟は数百数千数万の鬼を前にしても、砕けず折らず。

 肉体が滅び行こうとも、その心はただ一点を狙い目指し続ける―――……。







 天童が鬼嶽門へと向かったと同じ時、綾見とロークの2人は拳を交えていた。

 「綾見…打ち込みが遅い。ロークは加減をするなッ!本気でやらなければ意味がない」

 夏菜の元で修業に勤しむ2人を横目に、ステラと殺女は昼食の準備に取りかかる為に、笹草と紅の後を急いで付いていく。

 新しく増設された巨大な厨房には、女性中心で集められた騎士や事務員が手際良く全団員分の食事を用意していた。


「大変ですね。この量を作るとなると……予想以上に手が足りません」

 珍しく愚痴を溢すステラに同感とばかりに、殺女やリーラも静かに頷く。

 慌ただしくも厨房内から香ばしい匂いとお腹をシゲキスル料理の匂いが充満する。

 しかし、昼は時間との勝負。

 予定していた料理の時間と品数が合わず、品数が極端に少なかった。

 料理の出来る者もいるが、その中の大半は鍛練の補助役として出払っている。

 もはや絶対絶命と思われたその時、厨房の扉を全開にし、スーツ姿の女が厨房へと足を踏み入れる。

 ステラ達が扉へと注意が向いていた事を指摘するように、女性はステラの額を軽く小突く。

 そして、事務員が持って来た深紅のエプロンを身に纏うと、大きな声で女性達を奮い起たせる。


 「――さぁ、時間がない。だからこそ、その上で出来得る最高の料理を作るよお前達ッ!」

 「「「「「―――はいッ!()()()()――」」」」」


 ステラ達よりも早くに入団していた者が一斉に姿勢正し、総料理長と呼ばれた女性の指示の元で作業を始める。

 彼女の指示は的確かつ、迅速に次の次へと指示が飛び。

 彼女自身も他の者の補助などで、二つ同時に事を捌けるほど臨機応変に対応していた。

 余裕すらないと思われた現状で、垣間見得た希望にすがるように料理が運ばれる。




 「…終わったぁぁぁー……」

 ステラがひんやりと冷たい机に頬をくっ付け、その冷たさによって火照った身体を休ませる。

 笹草達もそれぞれ、疲れた身体を休ませると同時に、奥の厨房から微かに香る美味しい香りに、ステラ達は奥の厨房に立つ総料理長の姿に釘付けとなった。


 「栄養たっぷり、暖か野菜スープだよ。お疲れ様って事で、皆飲んで」

 それぞれ手渡しで渡されたカップを手に、疲れきった身体に暖かいスープが疲れを吹き飛ばす。

 そして、扉を勢い良く開いて全身汗まみれのヘレナが大慌てでその場で二の足を踏み。

 言葉を喉に詰まらせつつ、手に持っていた書類を床に落とし大慌てでかき集める。

 普段のヘレナからは、感じられない慌てように皆が困惑するなかで、料理長がエプロンを脱ぎ、ヘレナにカップを手渡す。

 「冷静で団の情報をまとめるお前らしくもない。落ち着いてから、用件を言え」

 料理長がコーヒーを片手に、リラックスしヘレナもスープを口にいれて落ち着きを取り戻す。

 ――そして、本題へと入る。




 「単刀直入に尋ねます。――どうして、戻って来たんですか?()()()

 「確かに、単刀直入だね。それよりも、ここにいる全員は知ってるの?黒焔で、口にしてはならない…師団の話…?」

 寧々がコーヒーカップを近くにいた団員に渡し、持って来たキャリーバッグからローブを取り出し、その場で羽織る。

 黒焔騎士団の新調されたローブには、それぞれが所属する所属する師団の番号が刻まれている。

 その為、誰から見てもどこの所属か一目でわかる。

 そして、寧々が羽織ったローブには―――()()()()()()()()()と書かれ、事務員含めたすべての団員が言葉を失った。


 暁が「黒が不在の間は、口に出来ない」と言葉にしていた事から、それなりの事情があってと思われていた。

 しかし、事実は元は事務員として在籍し、総料理長として腕を振るっていたただの料理人が――口にしてはならない師団所属の騎士であった。


 「まったく。ヘレナちゃんも、慌てすぎだって…。私の魔力に気付いて、来てみたら私が居た。だから、他の()()()()んじゃないかって思ったんでしょ?」

 寧々が笑いながら、ヘレナの頬をぷにぷにと触って、顔をとろけさせていると、同じくスーツ姿の小柄な女性がヘレナを後ろから掴み、寧々から無理矢理引き剥がす。


 「ひっどーい。私のヘレナちゃんを乱暴に扱って…」

 「寧々さんは、可愛かったら手当たり次第食べる変態さんです。こんな大勢の前で、私のヘレナが裸にされて……処女を失くすのは見るに耐えません」

 「そこまではしないからッ!初めての子とか居るんだから、変な情報を与えないでッ!」

 2人が口論へと発展し、大騒ぎする食堂へと次々と入ってきた団員達が疲れきった顔で料理を持って、席に付く。

 すぐに満員となった食堂にて、寧々とヘレナがすぐに厨房へと退去すると、一人取り残された小柄な女性がいつの間にか消えた2人を探す。

 ―――が時遅く、一番見付かってはならない人に見付かり、彼女のサングラスの下には、涙が浮かんでいた。


 「……一つで良いから、答えろ。()()()()()()()


静まり返った食堂では、涙を浮かべた彼女の姿と普段とはまるで人が変わった様に、雰囲気が変わったハートが質問を投げ掛ける。

 黙秘を貫く彼女に向けて、ハートが凄まじい眼光で睨み付けるあまり、食堂では団員達がより一層身体を強ばらせる。


 「ハーちゃん、問題ないよ。今さっき連絡したら、檻の向こう側で大人しくしてるって言うし。お店にも連絡したら2人とも来てたよ。だから、シャーネと寧々がここに居てもなんら問題は無いよ」

 暁がにこやかに説明し、厨房の奥で座って隠れた寧々に向けて暁は出てくるように、寧々を呼ぶ。

 既に存在がバレた寧々が小さくなって、シャーネと呼ばれた女性の隣へと立ちハートの前で揃って正座する。


 「……こっちに来る時の約束事があったよな?分かるか?」

 顔は笑っているのに、ハートの言葉には憤りが感じられる。

 「「……はい…」」

 正座したまま2人は、ハートが次にどんな顔をしどんな言葉を発するのか、用意に想像が出来る。


 「頼むから、連絡だけは寄越して欲しいな。万が一にでも、他の4人がお前達の後をヒョコヒョコ小鳥のように付いてきて、大和が()()()()どうする?」

 「「……はい。おっしゃる通りです…」」

 淡々とハートと暁の2人から、寧々とシャーネの2人はきつく叱られ、2人して傍らに座るヘレナ身体に抱き付く。



 本部の屋上に建てられた大きな展望テラスには、ヘレナと寧々とシャーネが3人密着したまま、暁、ハート。

 十二単の者と遅れてやってきたミシェーレと未来の前で

 「所で、お二人はどうして本部に?黒さんも暁さんも、お二人には連絡はいれてないと思いますが……?」

 「ふッふッ…ふーん。まぁ、私が来た訳は、ただ単にこの前のニュースとかで色々騒がしくしてて、手がいると思って来ただけだし…。戦えと言えば戦うし――護れと言えば護るよ?」

 寧々が覚悟を決めた目を未来と暁に向けるが、その反面恥ずかしさのあまりに赤面するヘレナの身体をまさぐる寧々の手付きはただの変態であった。

 「私は、解散後に引き受けた長期契約の仕事が終わって、暇だったから来ただけ……。…嘘…仕事ちょうだい……生活費がギリギリでピンチなの…」

 小さな財布の中には、数える程度の小銭のみで未来とミシェーレは哀れみの目を向ける。


 「ストライクゾーンがガバガバかつ、広範囲なイカれた変態と…金遣いが荒い借金女……。クセが強い第一師団が集まりだしたな」

 「ハートくんには、言われたくないかな~?……みんなに内緒なんでしょ?」

 「そうそう…聞いたら、知ってるのもごく少数で団員の9割が私達の存在を知らない。ずっと言わない気?」

 寧々とシャーネが暁とハートに尋ねると、十二単のノルバが寧々とシャーネの肩を掴む。

 「そう言いなさんな、暁もハートも分かってる。でもな…。()()()()()()()()()()()誰が付いていく?」

 夏菜が暁とハートの前に出て、イタズラっぽく笑みを浮かべながら2人の回りを歩く。

 「へー…ハートさんって、元は数億単位の極悪犯罪者だったんだー…。そりゃ強いし、第一師団を率いる力を持ってますよー……。って、ならないわよね」

 自分でハートを小馬鹿にするも、うっすらと気付いた罪悪感に夏菜は小声で謝る。

 「…喧嘩と犯罪が多かった時代ってのもあるし……自分のやった事だし仕方ない。暁だって、嫌だろ?元とは言え、犯罪者に率いられたくは…」

 一気に暗い雰囲気に変わったこの場を和ませようと、未来があたふたと考えていると、未来の端末に1通のメールと写真が送られてきた。


 そこは、魔獣師育成の為に建てられた特殊な教育機関である。


 ――魔教練(プラント)――と呼ばれるたった一つしかない特殊機関であった。

 そして、徐々に未来の顔から血の気が引いていき、瞳を曇らせた未来がボソッと呟いた。



 「…ここ最近色々合って、言いそびれちゃってた……。どうしよう暁…ミシェーレ……みんな~…」

 全員が未来へと向き直ると、未来の目は今にも泣きそうなほど潤んでいた。




 「――魔教練の臨時講師に、()()()()()()()()()ーッ!」

 その言葉に、全員の顔からも血の気が引き始め、ミシェーレは膝を折ってその場に膝を付いた。


 「あの……魔教練?黒が…魔獣を従わせるのを止めた原因の一つであると考えられる。トラウマ級の魔教練?」

 「で……でも…ほら、第一師団所属の魔獣師が1人だけ、魔教練で講師になってるって聞いたし…。案外そこまで、問題は――」

 「……その子と連絡って、今も取り合ってる?」

 未来の発言によって、未来の気持ちを少しでも前向きしようとした暁が撃沈される。

 「向こうからの連絡は……無いです。丁度…講師に就任してから…」


 未来は意を決して、立ち上がり端末を手早く叩き、ある人物へと連絡を入れる。

 「……決めた、私は講師になる。きっと、これも私が強くなるための試練なんだよッ!」


 着信音が途切れ、端末からか細い声が聞こえて来る。



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