六章最終節 埋められない差
目標にしては高過ぎる過ぎ去り日の目標は、まだ幼かった暁にとっては、いつか越えるべき高い高い壁であった。
しかし、暁が目標にしていた壁は、意図も容易く病によって崩れ去った。
泣き崩れる母と暗い顔のままの従者達との日々が暁の脳裏に焼き付いている。
だが、暁の瞳には生前父と結んだ約束と言う炎が、灯され続けている。
「……母様。…その……」
屋敷に戻った暁の後ろには、緊張の趣の従者達が心配そうに暁の背中を見詰める。
遅れてやって来たマギジや三奈達も多少なりとも話は、耳にしている。
勘違いと言うよりかは、母親の意図が理解できなかった息子が痺れを切らして、母親に刃を向けた。
分かりにくい程にもある意図であった事や、それまでの緋の言動からすれば、譲渡はされないと思うのが当然。
暁の判断と行動は、あくまで普通であった。
しかし……予想以上に、母親である緋の精神的ダメージが計り知れなかった…。
屋敷の緋の寝室には、部屋の片隅で布団にくるまって啜り泣く緋の姿が確認される。
日も傾いた現在では、一種のホラーに近い緋の鳴き声は、真っ暗な一室から不気味に聞こえる。
だが、この場に居合わせた者達は屋敷に戻ってきた緋が草履を散らかし、扉を開けたまま勢い良く寝室に閉じ籠ったのを少なからず見ている。
その為、ホラー要素は皆無だが、これはこれで早々に解決しないと面倒である。
容姿が幼子で泣き崩れたままの緋だが、こう見えて暁家の当主である。
当主が部屋に閉じ籠ったなど、口外出来る筈もなければ、暁家の威厳に関わる大問題である。
由々しき事態などは、重々承知な事などで、従者達は全員が冷たい目で暁の背中を幾度と無く軽く突っつく。
無論、早期解決を求める行動であると、暁も理解している。
だが、ここで、一つ緋に付いての説明がある。
吸血鬼である暁とその母である緋は、肉体的に極めて高レベルと言える能力を持っており、その上たゆまない努力の結果で緋は竜人族と大差無いほどの魔力操作と濃度を持つ。
そして、空間魔法と極めて特殊な結界魔法を世界で唯一極めた『結界術者』である。
その為、生半可な力を持った者など、緋の前では結界に阻まれ手のひらで転がされる。
実の子であろうと、そうでなかろうと一切関係ない。
「暁様……。早く結界を壊して、泣き止まして挙げてください。諸々の責任は暁様にあるんですから…」
従者達の冷たい視線と、急かす様に突っついていた指が力を増し始め、遂には蹴り始める従者が出始めた。
完全にどちらが主人なのか、理解できない。
「母様…。結界は解かなくて良いから、話を聞いて」
啜り泣く声が消えると一つ目の結界が消え、結界に手を当てていた暁が前のめりになって一歩進む。
従者達が気を効かせて、障子を閉めてその場を去っていく。
「僕にとって、母様は残された唯一の家族。兄弟もいなくて、いつも一人で遊んでた。父様も母様も優しくて、不自由さは感じなかった」
暁がその場に座り、さらに強固できっと全力の黒であっても破壊するのに骨が折れる結界に触れた暁は本心を語る。
父が亡くなった日から、皆が心のどこかで力不足の自分と父とを比較していた事や、甘かった母がさらに甘くなり父と同じ騎士になると言った際にも最後まで反発し、遂には家を出ていた時の事…。
心の片隅では、母の気持ちには気付いていた。
力があっても、そらを上回る物量で迫る異形を前に、身体を壊した父と暁の姿が重なる。
だからこそ、家に留まって一族の力で暁家だけを守ればいいと思った。
だが、暁が密かに交わした父との約束が、緋の瞳をさらに潤ませた。
「父様と最後に会った時に一つだけ約束をしたんだ。『きっと、これから先には、苦難と苦痛で満たされた地獄が待ってるかもしれない。だが、お前が俺の背中を見て……騎士団に憧れを抱いてることを理解している。だが、この道をお前に進ませてやりたいとは思わないが、ホントにこの道へと、進むと言うなら約束してくれ――』」
緋の目からは先程よりも大粒の涙がひっきりなしに流れる。
その言葉は、まるで反発する2人の未来を予知した父が、2人の中を取り持つ為に残した言葉であったのだろうか――。
その言葉は、緋にプロポーズした時と全く同じ言葉で、暁に託した己がなし得れ無い約束であった。
「――永久に誓って、母を守れ」
『――永久に誓って、君を守る』
暁が微かに流れた涙を拭い、緋へと顔を向ける。
「……今の僕には、力が全くと言ってもいい程力不足だ。父様との約束を守るにしろ。大切な仲間や大好きな人を守る為にも、この力が欲しかった。例え…大好きな人に刃を向けても……。この力が無いと、身を呈して世界を守ろうとした……。大切な仲間に会わせる顔がない…母様との約束を破ってしまっても、母様をこの先もっともっっと…失望させ憎まれたとしても……この力だけが、今の僕を永久に誓った父との約束を果たすために必要なんだ」
緋の瞳から涙が止まらず、いつの間にか解かれた結界と緋の前で頭を下げる暁が目にはいる。
「例え、母様が何も言わずに力を譲渡したとしても、それは僕の力じゃなく。母様の力を借り受けたも同然…。真に認められてこそ、僕はスタート地点に立てます。……どうか、僕を認めてください」
畳に額を付け、数分間の沈黙が暁の心を締め付ける。
母がどのような言葉を発するかなど、もはや暁は気にはしていない。
ただ、この想いを伝えて理解して貰いたかっただけなどだから―――。
「…妾がお前を認める認めないなど、些細な問題。もとより、お前は一族に認められている。その力は、持ち主を選ぶ。妾が保持していた訳は―――お前が誰よりも優しく立派になる間だけの事…」
緋が布団からでて、真っ赤に腫れた瞼の奥からは、未だ涙が止まる気配はない。
「睡蓮の池で、涙を流したのは……お前に譲渡するのが嫌だったのではない。…怖かったのだ」
緋が顔を挙げた暁の首に手を回し、暁を抱き締めると涙がホロホロと溢れる。
「……この力を持って、お父さんは亡くなった。大勢の期待と信頼に応えようと、来日も来日も戦って傷付いてた。お前も……お父さんみたいに、妾の前から消えてしまうと思うと…力を渡すのが怖くて仕方ないのだ……」
緋の腕から感じる震えは不安や孤独を感じさせ、愛していた夫に先立たれた心の傷を、次は愛しい我が子で過去と同じ苦しみを味わう気がしていた。
緋は強く暁を抱き締めながら、脳裏に焼き付いた夫の最後の笑顔と残された者の痛みに恐怖する。
――だが、暁は緋の手を優しくほどき、父の面影を残した優しい笑みで、緋に魔法の言葉を告げる。
「―――闇を照らす日輪と…その日輪の花に誓う。我が身は不滅となり、我が刃は友と愛しき者達の為に…。今ここに、永久に誓おう」
その言葉は、夫の死で暗く沈んだ緋を優しく照らし、包み込んだ魔法の魔法の言葉であった。
暁は、今初めて誓いを立てたと思っているが、その誓いは既に幼き頃に立てた誓いと一言一句間違いの無い誓いであった。
――母様の笑顔を守る日輪となろう――と…。
何の捻りもなければ、感動する様な句でも無ければ希望が芽生える言葉でもない。
しかし、緋にとってその言葉は、絶望か自分を救いだしてくれたたった一人の愛しい我が子であり、宝物であった。
いつの間にか、悲しさを彷彿とさせた涙が枯れ果て、希望と笑顔を含んだ嬉し涙が止まらずに、緋の頬を流れ続ける。
(……あなた。あなたの背を眺めていた小さな小さな子供が……。今は、見上げれば日輪のように、世を照らす。…優しき子に育ちましたよ。もう、あなたの後ろを付いて歩く暁ではなくて、妾達の道を照らす光その物です)
「……きっと、妾だけが、心の底で反対していても、きっと妾の封印を破って、覚醒してたのよね。きっと、お前は暁家始まっての――最強の日輪刀使いになるわね」
緋が暁の頬に触れ、封印を施していた何十もの結界を解くと、暁の背中から彫り物が消え、瞳に真っ赤な炎が宿る。
いつの間にか朝を迎えていたのか、屋敷を照らす陽光を浴びて、暁の背中が重なる。
『赤き日輪と呼ばれた』父の姿と―――…。
朝を迎え、朝食の準備を始めようと続々と目を覚まし始めた従者達よりも、昨晩とはうって変わって上のさらに上の上機嫌な緋が割烹着姿で、台所を鼻歌混じりに朝食を作っていた。
その場に立ち尽くしていた従者達に気付いた緋が、調理を終えた朝食を広間に並べるように言い、従者達がそれぞれ動き出す。
暁家の元で鍛練を積む門下生と、数名の従者達で揃って広間にて朝食を共にする。
暁家の定番と言える光景だが、今日は少しだけ雰囲気が違っていた。
その理由としては、緋が上機嫌と言うのも一理あるが、それ以上に互いに目線が合うとほぼ同時に反らす暁とマギジが主な要因であった。
「……昨日。何かあったのかな?」
「……分かんないけど、そうでしょうね。だって、そうでもないと、あそこまで意識しないでしょ?」
三奈と渚が目を細めて、マギジと暁を交互に見てから、緋へと顔を向ける。
緋が上機嫌なのは、確実に暁とマギジの中に進展があり、少なからず影響があったのは明白だ。
にこやかに微笑み続ける緋とマギジと暁の意識し出した2人の甘い関係が、広間に広がり。
門下生や従者達の箸の進みがとまりはじめる。
朝食を終えた者達が、それぞれの仕事や鍛練へと向かう中で、暁はお茶で一息つく緋の前で沈黙を続けていた。
「………目的は達したはず…。一族の力を物にし、騎士としての覚悟を示したお前が、まだここに留まる必要は無いだろ?」
「……僕が、力を欲しくて来たのもそうだけど…。最後に顔を見たかったのかもね」
「縁起でも無いこと言わないで…。それに、お前には、妾との約束よりも、もっと大切に守る者がおるだろ?」
緋が指を指した方向には、障子前で立っている人影が見えていた。
緋が障子を魔力で開き、立っている人影に入るように言葉をかけ、緋の前に2人の男女が並ぶ。
「……暁。ここで、誓いなさい。決して、マギジちゃんを悲しませないと…。これまで以上の脅威を前にしても、折らぬ――と」
「誓う必要はない。元より、守る為に手にした力。救うために手にした力だ…。ちゃんと、全部終わったら、みんなでまた帰ってくるよ」
「……私も精一杯努力して、暁の負担を減らし。共に歩んで行きます」
緋がお茶をすすり、顔を赤らめたマギジに微笑む。
「手の掛かる子だけど、お願いね」
暁達が緋の元を去る少し前、暁は睡蓮の池で一人瞑想していた。
風に吹かれ、頬を撫でる優しい風に身を委ねると暁の身体の奥底から、燃えるような魔力が感じられた。
目前に置かれた刀剣型神器【十國】を手に取り、新調された新しい鞘と太刀が視界に写る。
鞘を手に取り、鞘から抜かれた刀身は朝日を反射し、刀身に暁の瞳が写る。
燃えるような熱を持った瞳を写す刀身が、揺れ動きゆっくりと落ちる木の葉を両断する。
しかし、木の葉は2つに切れること無く刀身に押されるように、二枚に重なり刃先の上に落ちる。
風に靡かれ、さらに数枚の木の葉を先程と同じく刀身の上に置かせ、一枚も落とすこと無く暁は刀身を振り回す。
風を切る音が聞こえ、木の葉が次々と四等分されていき、暁が鞘に刀身を納める。
最後に、先祖の墓に向けて頭を下げる。
睡蓮の花が色付く池の中をゆっくりと歩み、屋敷の入り口にて待つ一人の女性の存在に気付く。
「調子はどう?新しく新調された神器は?」
「神器って言っても…刀身は十國の破片で新しく打ち直した物だから、新しい実感はないかな。でも、先祖様が継いできた代々の日輪刀と同じ……モデル『日本刀』って、何か…ご先祖様の想いが伝わって来そう」
鞘に納められた太刀を腰に携え、暁とマギジは屋敷を後にしようと玄関へと向かう。
しかし、緋が玄関の手前で2人を呼び止め、暁とマギジの頭を優しく撫でてから、真っ赤な石と透き通るような透明な石で火花を起こし、飛び散った微かな火花が2人の頭上へ降り、炎の恩恵全身を優しく包み込む。
「2人とも元気でね。身体には気を付けるんだよ」
元気に手を振って屋敷を後にする我が子の背中を、緋はそのたくましくそして愛しい背中が見え無くなるまで玄関から、2人を見詰め続ける。
玄関の戸を閉め、朝日を全身に浴びて、ゆっくりと伸びをしてから、緋は深呼吸をしてから――指を鳴らす―…。
次の瞬間、屋敷の遥か上空に展開した結界にて、閉じ込められていた数百にも及ぶ異形とそれに加担した敵勢力を結界内部の魔力を弾いて滅する。
それを開戦に火蓋と捉えたのか、一斉に緋の元へと駆け出すがその身体は緋が張った結界によって、バラバラに閉じ込められ途端に消滅する。
緋が攻撃を躱わしつつ、掌に凝縮させた魔力を叩き込む。
並み居る異形を前にしても、平然とした趣で緋は異形の尽くを滅ぼす。
「緋様…お電話です。竜人の那須様からです」
「ちょっと、待ってて……今行くから」
パタパタと足早に屋敷へと向かう緋を、微かな次元の裂け目から覗く人影が怪しく光り、裂け目の先にて蠢く異形種が更なる戦いを予感させる。
「……ねぇ、暁。一つ聞きたいんだけど、母様が『緋』て名前だけど、暁は暁だけだよね?隠してるの?」
「いや、呼びやすいからそうしてるだけだよ。僕を呼ぶには、暁だけで十分…」
暁が話をはぐらかし、足早にマギジが開いた空間へと向かうが、三奈と渚が空間に入ると同時に空間は消され、その場に暁とマギジの2人が残された。
「……嘘は嫌だからね。ホントの事を言うまで、空間は開けないから」
「…へ……でも、ねぇー…」
「……言って…」
マギジが首を横に向け、暁と目線を合わさずに不機嫌になりつつあった。
そして、弱った暁は自ら折れる。
「僕の本名を知ってるのは、マギジだけだからね」
「……私と暁だけの…秘密…か」
小声で嬉しそうに頬を染めるマギジに対して暁は、深い溜め息をこぼす。
「――叶…。暁 叶……これが僕の名前。……女っぽいでしょ?」
「ううん。凄く似合ってるし、可愛いよ」
「やっぱり、可愛いってバカにするじゃん」
マギジの開いた空間へと暁とマギジが揃って身を投じ、転移先の大和へと向かう。
そこは、いまだ多くの騎士や事務員が汗を流し、本部の改装を行っている。
しかし、本部内のエントランスには、真剣な趣の未来とミシェーレが暁達を待ちわびていた。
その後ろには、ハートや十二単の数名が集まっている事から、暁は、あまり嬉しい話ではないと理解した。
未来が暁の元へと駆け寄るよりも先に、暁の全身を切り付けるようなとても鋭利な魔力に、暁は咄嗟にその場から退く。
職員が大勢見ている前で、暁は全身から汗を垂れ流し、恐る恐る未来達の遥か先にて、魔力を流す者の正体を確認する。
「――はわわ~…可愛い~よ~。物凄く可愛い~よ」
集まった十二単の間を抜け、暁の目に飛び込んできたのは生後10ヶ月か、はたまた1歳を迎えていると思われる赤子が皇帝である。
赭渕 陽葵の腕に抱かれ、可愛らしくヨダレを垂らした赤ん坊が暁に向け、小さな手を伸ばしていた。
「……陽葵さんは…翔との間に子供を既に作ってたの?」
「――なッ!…まだよ!って、何で翔と私が付き合ってる前提なの!?」
大慌てで、顔を真っ赤に染めた陽葵を置いて、メリアナが何でこんなに慌ててるのか理解できず、皆が困惑した状況が何なのか分からない暁が説明を求めた。
「――まず、私達円卓が沿岸部から迫ってきた異形を殲滅したって言う報告ついでに、未知の異形種を発見した報告と新宿で保護したユリシアちゃんを円卓所属の騎士にしたって言う報告を、諸々しに来てみれば……翔が飛び起きて――赤ん坊になりました」
「…おっ…おう?重要な話が多かった事と内容が濃すぎるせいなのか、話が見えない」
困惑する暁をよそに、マギジは翔のぷにぷに頬っぺたを指で押すと翔がヨダレたらたらな顔で、両足をばたつかせながら笑った。
未来やミシェーレ、マギジや陽葵が赤ちゃんにまで退化した翔の姿に頬を緩ませる中で、暁は頭を抱える。
「原因も不明だし、まず元に戻る保証があるのかな?」
「……わからないけど、物凄い魔力反応と膨れ上がった魔力に気付いて飛んで来たら、翔と思われるこの子ががベッドの上で大泣きしてたから…」
暁とメリアナを他所にすぐ真横で、翔の可愛らしい笑顔を見て頬を緩ませる者達に暁は深い溜め息を溢す。
早急に問題を解決するために、暁が幹部級の騎士を集めれる数だけ集め、緊急の会議を執り行った。
議題としては、翔の幼児化による戦力の低下をどう補うかについて、話が進められる。
翔を元に戻すと言った解決策については、現状では手の施しようが無いとな医療や呪術の専門家からの話を受けて、話を一旦切り早期に可能な限りの戦力を集めることにした。
戦力拡大に対する多くの提案や意見が上がり、それを反対する声が次々と同じように上がり、議題の解決へとは至らず。
話は、島内部の現状へと代わり着々とシャルデーナ皇国主体で、列島全域の統率が行われ始めた。
警備会社による、盗賊や偽物騎士の一掃と小規模騎士団の吸収によって、警備会社と皇国の支配領域は列島全域まで達した。
これにより、兼ねてから問題に挙げられた『騎士団の不在』と『増え続ける異形』に付いての問題は解決した。
シャルデーナと久隆の影響力によって、小規模騎士団と警備会社の連携によって、列島内部で出現した異形への対策が打たれ、各部隊を列島の至る所に配置し、列島の治安を維持する。
そして、大きな問題となってしまった『黒竜帝と雷帝の不在』がさらに複雑かつ、驚異的にまで問題が膨れ上がった。
「何のために、翔ちゃんを幼児化させ。戦力半減としても、殺す方が効率が良い筈だ。それに、皇帝とは言わなくても、常に十二単の数名と未来やそれなりに腕の立つ騎士が常駐する本部に……。それも、地下にどうやって侵入したんだ?」
暁達が頭を抱えていると、赭渕の腕に抱かれていた翔の魔力が部屋へと流れ小さいながらも、建御雷神が姿を現す。
『――必要かと思い。馳せ参じた………。我が宿主は、見ての通り喋れぬ故に…我自ら話す。――事の発端は、宿主が目覚める前のほんの数分前だ。黒竜帝の魔物と思われる幼子と袴姿の男が……我が宿主に、極めて高度かつ難解な魔法を施し、その数秒後にこのような姿へと変化した。目的は分からぬが…汝らの王が関係しているのだろう?』
雷神へと手を伸ばす翔に、赭渕が席を立って翔の興味を自分に向けるために高い高いなどであやし始める。
そのまま雷神は翔の身に起きた現象に独自の意見を述べていたが、暁が雷神の言葉を遮るように、笑い出した。
「――雷帝の言う通り、黒ちゃんが関係している…か。もしも黒ちゃんが関与してるなら……メリアナが僕やラック支部長に報告も無しに、ユリシアさんを独断で円卓に入れた事や、新種の異形の出現地点に真っ先に出向いた事など。メリアナ一人では計画出来ても、この短期間で実行に写すのは無理と言える。黒ちゃんか…はたまた別の誰かか…?第3者の力で、準備したとしか思えない。それに――沿岸部から迫ってきた異形種。全くの予測を越えた未知の侵攻に即時対応出来たのは何で…?未来でも予知したの?」
徐々に暁の声音が怒りを帯びた低い声となり、目を細め暁の視線の先に立つメリアナの額から冷や汗が滴り落ちる。
「憶測だけど、ラックや僕の所に情報が来るよりも先に……メリアナは情報を別の手段で手にした。円卓の戦力拡大と未知の敵に対する情報を真っ先に手にいれた。なぜだ……?」
暁の視線の先に、沈黙を貫くメリアナが暁へと鋭い眼光を向ける。
「……暁くん。一つだけ、忠告だ。私に刃を向けるのであれば、隙も時間も多すぎだぞ?」
「……敵だと、思いたくないんだよ。君は……翔ちゃんのと黒ちゃんの友達だからね」
暁が十國に掛けていた手を下ろし、席に座る。
メリアナが隣に立っていた薫に視線を送ると、薫はゆっくりと頷き。
メリアナが懐から取り出した端末を暁のに差し出す。
「ユリシアの円卓入団も、沿岸部の異形の対象も……全部たまに連絡のある声の主からの指示。つまり、私達は味方よ。……勝手に指示を受けて動いたのは悪いけど、そう言う指示だから、仕方なかった」
メリアナが頬を膨らませ、机に突っ伏す。
すると、端末が振動を始め、暁がメリアナに端末を投げ渡す。
部屋を出たメリアナが扉の近くで、端末の相手と言い争う様な声が聞こえ、扉を開けたメリアナが少し不機嫌な表情で端末のスピーカーをつける。
『――おーい。聞こえてるか?』
端末から聞こえてくる聞き覚えのある声に、会議室からどよめきが起こる。
「……黒ちゃん。君なの?翔を幼児化させたのも…。円卓にだけ、情報を渡して、戦力拡大と未知の異形への対処を任せたのはッ!何故だぁッ!」
暁が怒りに身を任せ、机を叩きつける。
『……お前は、こう思ってるだろ?――列島内部の状況も良くなった。列島の連携も取れて、戦力さえどうにか五分にすれば…鴉や異形と渡り合えるって……』
黒の問い掛けに沈黙する暁に、黒はまるで、この前の黒とは思えない発言が暁に掛けられた。
『――きっと、今の翔や俺だけだと五分所か、足元にすら届かないほどアイツらは、力を蓄えた。だからこそ、翔を幼児化させて決戦までの日を伸ばした。お前らだけで、皇帝抜きで戦える様に強くなれ――』
端末の通信が切れ、メリアナが端末をポケットにしまうと、暁は姿勢を正す。
全員の表情が緊張で強ばり、メリアナや薫達の表情もどことなく不安を感じさせる。
鴉との戦いで、最も活躍を期待していた皇帝からの、相手の力の差がありすぎる目を反らしたくなる事実に暁は頭を抱える。
すると、扉が勢い良く開かれ、一同の視線が扉へと集まり視線の先にて立っていた一人の女性が情けなく項垂れた暁達に一喝する。
「――力が足りないなら、集めて鍛えて、強くなれッ!その為に……使える者は全部使う…」
そこには、教え子を探しに一時騎士団から独自に動いていたヴォルティナと幸崎 千歳の二名がボロボロな服装と所々に傷を手当てしたと思われる箇所が酷く目に入る。
そして、その後方には閻魔捜索に向かわせた、ステラ、ローク、綾見の三名の姿が確認される。
そして、そこでようやく気が付いた五人の後ろで、姿を隠した6人目の底知れない魔力と圧倒的な強者のオーラ。
暁以外誰一人として気が付いていないのか、暁が気付いた時には、全員の視線がヴォルティナではなく、自分に向けられていた。
――正確には、暁の背後であった。




