六章十五節 日輪に咲く睡蓮の花
新宿での作戦が無事に終わってから、はや3日が立とうとしていた。
現在、大和を含めた土地には、新宿からの避難民で賑わっていた。
新宿での恐怖から解放され、新たな地で新たな暮らしが始まる。
大和内での、貸し住居の手配はそれほど多くはないが避難民の3割が貸し住居を借り、残りの者達は大和以外の土地へと向かったとの事であった。
大和市内にも、続々と活気が戻りつつあり大和を取り仕切っているラックも満面の笑みであった。
「――そっち、荷物おいて。違う違う……右側じゃなくて、手前だって」
「追加の物品でーす!これは、奥に…置いておけばいいですかねー?」
ここ、黒焔騎士団の本部では、新宿での1件から列島各地からの支援が多く寄せられた。
中でも、各地に散らばっていた元騎士団の本部や小さな騎士団などが大和に集まりだした。
そこで、心機一転と言うことで、黒焔騎士団の本部をまるごと改装工事兼引っ越し作業が、急ピッチで進められている。
元々山肌を削り、山の中をくり抜いて建てられた本部を更に改装し、大きな騎士団へとする計画が進行していた。
そして、兼ねてからの要望や話し合いの場で出ていた『橘総合病院』を大和市内へとまるごと移送すると言う。
不可能に近い計画を実行する人物が現れた。
「――黒曜竜。もう少し強度上げれる?市内に移送するよりも、移送後の方が心配だねー」
『俺の黒曜石で保護してても、流石に着地の所までは神経使えないぞ。空が着地の補助しろよ?』
外部からの衝撃を完全に遮断する黒曜石の魔法で病院をまるごと囲み、空間魔法によって設備を稼働する電力などを維持つつ、内部からは空間魔法や重力魔法を同時に使用することで、揺れを完璧に遮断する脅威的な多重魔法を使用し、空一人で大和市内へと病院を移送した。
2日かけて、設備への電力を供給し何事もなく完璧に、数十キロに及ぶ移動を行った。
「いやー…。久々に、魔法の多重使用は響くね。もっと練習しないと感覚が取り戻せないよ」
『寝過ぎと遊び過ぎ…。それと、お菓子食い過ぎ…』
「うるさいぞ。ネロオスッ!分かってるから、ダイエットを兼ねて運動してるんだよ。それに、万が一本部が襲撃されても、無関係の病院無事だから、思う存分後輩くん達が戦える場所を用意するのも年長者の役目だからね」
胸を張る空が、本部に向けて飛翔し、引っ越し作業と改装工事の手伝いを始める。
増えに増えた騎士団の構成員の都合上、谷を挟んで反対側の山をくり貫く案が通った。
現在は、谷に第2の施設を建設し、元の本部と合わせて3つの施設による巨体な本部となる計画である。
既に施設の骨組みは完成し、内装や外装などで一つ目の施設は完成する。
十二単の中でも、特に力のある男衆や翔が率いていた『始末組』などの力自慢による。
山のくり抜き工事は、3日がもの間交代制で休むことなく続けられた。
十二師団で構成された黒焔にも、様々な騎士団が加わり既に十二師団だけでなく。
二十にも及ぶ師団の下に数多くの分隊が結成され、その兵力は着実に増へ、十二師団はさらに全部隊での精鋭部隊としての地位を確率させた。
そして、その師団に所属するある3人の騎士が団長である暁に呼び出されていた。
「今現在……僕らの騎士団に続々と中小規模の騎士団が集いつつある。勿論、円卓に加わる規模の方が遥かに多い。けど、これで列島に残ったほとんどの騎士団が円卓と黒焔のどちらかに着いた。……次にやるべき事が何かは検討が付くよね?」
「騎士を名乗る紛い物の賊や異形側に着いた敵対者の一掃ですか…?」
「ステラちゃんは、気が早いよ。でも、間違いではないかな……。今の僕達は、大和を拠点にいわゆる鎖国状態だ。12の皇帝が列島全域に散らばって、他国からの侵略から守っていたら一向に状態は良くならない」
暁がテーブルに置いた端末を開き、3人に新たな任務を言い渡す。
「――シャルディーナ皇国と邪馬国だけでなく。3人にも、閻魔大神の捜索を任せたい。僕からは何とも言えないけど、黒ちゃんより厄介な相手かもしれないよ」
生唾を飲み込むステラが暁から渡された端末を軽く叩き、自身の端末に情報を読み取る。
「……分かりました。捜索には、私達も加わります」
そう言い残し、ステラ、綾見、ロークの3人が暁の前から出ていき、一人残された暁は溜め息をつく。
席を立ち、窓から差し込む朝日を眺めつつ、隣のテーブルに置かれたボロボロにひび割れ神器に目線を落とす。
その神器には、元から存在していた魔物の微かな魔力を帯びているのみで、中身は空っぽの脱け殻となっていた。
「長く一緒に居たのに…元から居ないみたいな感覚だな。……狐ちゃん、ありがとう……。もう自分の運命から逃げないよ。大和を守るって決めたからね」
静かに開けられた扉には渚の姿が見え、その瞳は深紅に色付いていた。
「暁さん。本家に行かれるのですか?」
「そうだよ。この神器も、借り物だったから……。今度は自分の神器を取ってくるよ。それに、きっと黒ちゃんもそれを望んでる。多分だけど…」
その場で跪く渚と、扉を申し訳なさそしうに開いた三奈とマギジの2人が立っていた。
「……これから、少しの間…不在になる。マギジは、その間黒焔をお願いね。未来ちゃんには……心配しないでと伝えて欲しい」
「――誰かに言伝てを頼むぐらいなら、黒ちゃんと同じで勝手に行けば良いじゃない」
暁がマギジ達の方へと振り向くとそこには、腕を組んだ未来が微笑んでいた。
「気をつけて、行って来てね。黒焔の事は、私に任せて。頼もしい仲間がいるから」
そう言って、未来は暁の肩を軽く叩く。
マギジが涙を滲ませて、暁に抱き付くと暁の背後から火柱が生まれる。
火柱の中からは、鎧兜に仮面を身に付けた2人の鬼人族が暁の前に現れる。
『――緋様がお待ちだ。要件は……誰よりも心得ているな?』
「分かってるよ。それと、僕が任された騎士団だからね。言ってる意味分かる?…僕の家族に指一本触れてみろ…。――殺すぞ?」
殺気を込めた瞳と声音に2人の鬼人が一歩だけ、後退すると火柱の中から幼子らしき声が聞こえ、暁を呼ぶ。
『――使いの者を脅すでない。お前がその気なら、容易くその者達を葬るだろうが……。それでは、目的は達成せぬぞ?良いのか?』
「分かってるよ。でも、それを踏まえた上での脅しだ。緋様……僕は本気だ」
しばらくの沈黙の後に、幼子の声は暁とは別にある人物の名を呼ぶ。
『一つだけ尋ねるが、先ほど暁に抱き付いたその女…。マギジと言ったな……どのような関係…だ』
次第に声量かわ小さくなる幼子の声に、暁はイタズラっぽくマギジの肩を引き寄せてから、火柱に向けて微笑んだ。
「僕の――女性」
「ふへぇッ!……ま…ままままッ…間違いでは、あって欲しくはないけど、えぇー…」
顔を真っ赤に染めたマギジが照れていると、火柱から物が倒れる音や茶碗の割れる音が聞こえ、2人の鬼人が心配する。
そして、火柱から深紅の鎖が飛び出ると、マギジと暁をそのまま火柱へと拘束し、引き込む。
2人を助けようと、三奈と渚が火柱へと飛び込み火柱が閉ざされる。
そして、2人の鬼人が残され未来と目が合い気まずそうに、頭を下げて苦笑いを浮かべる。
「どうですか?……軽く、お茶でも?」
「「……頂きます…」」
マギジと暁、そして、巻き込まれるように三奈と渚の計四人が、火柱に吸い込まれた。
燃え盛るような業火でも、肌を焼き焦がすほどの熱もなくマギジがふと目を覚ますと、そこは――綺麗な花と趣ある和風建築の屋敷であった。
屋敷と言っても、正確には屋敷の中に作られた日本庭園であり、マギジとその後ろに三奈と渚がうつ伏せで気を失っていた。
辺りを見れば見る程、火柱に吸い込まれたとは思えない光景と美しさ。
マギジは立ち上がり、庭園を警戒しつつも後方に倒れた2人の元へと向かう。
しかし、マギジの背後を付いてくる人影に、マギジはその場から飛び退く。
「――誰ッ!」
「ふぁわわわッ……。すいません、すいません。脅かせるつもりは無かったのですが…驚かせたのなら、すいませーん」
マギジが声を挙げ目の前に立っていた人影を睨むと、自分の存在に気付いて警戒したマギジに驚き怯えた和服姿の女性が慌てて謝罪する。
額には黒色の角が見え、一見弱々しく見える彼女ではあるが、マギジからすれば並の騎士よりも腕が立つ。
マギジが胸のホルスターから銃を抜くよりも先に、目の前の彼女は申し訳無さそうに両手に持っていた物をマギジに見せる。
「……すいません。危険と判断しましたので、先ほど胸のホルスターから取らせて貰いました。ホントに、すいません」
「…え……」
呆然と立ち尽くすマギジが、背後に何者かの気配を感じ取り恐る恐る振り向く。
しかし、振り返っても人影はなく異様な気配と魔力に、マギジは全身に悪寒を覚える。
「……あのー、屋敷に行かれてはどうですか?暁様もいらっしゃいますし…。何より、今回の茶菓子は絶品何ですよ!」
『……瀬名…お客様に失礼よ。私達が敵かも判断出来ない状況で、無理に屋敷に招く必要はない。気が向いたら来なさいな…後ろの寝たふりした子達もね』
マギジと瀬名が振り返ると、気を失っていたと思われた三奈と渚が、短刀を抜きマギジを守るように瀬名との間に割って入る。
渚に押されるように、瀬名は尻餅をつき渚と三奈が周囲を警戒していると、庭園内部に風が吹き付け、和服に着いた砂を落としていた瀬名が消え。
いつの間にか、3人は屋敷の中へと連れてこられ先ほどの瀬名と角を同じく生やした鬼人の男が3人に目線だけ向ける。
そして、テーブルに置かれたお茶と茶菓子を持ってきた幼子が、3人に向けて微笑む。
そして、その幼子が3人の正面に座り、幼子の隣に回った瀬名と廊下を歩く人影にマギジ達は気付く。
渋い大人な色合いの和服に着替えた暁が申し訳無さそうに、マギジ達の方へと歩くが、幼子が暁を呼び止め自分の隣を軽く叩く。
「暁、お前はこっち……。はやく…」
「………」
渋々と幼子の元へと向かった暁が無言で幼子の隣へと座り、マギジに一度だけ目線を向けるがすぐに反らしてしまう。
にこやかに微笑む幼子とは別に、マギジに対してなのか分からないが、暁はどこか暗くなっていた。
「マギジ……と言ったね。いつも、この子が世話になってるね。妾は暁の母…名を――暁 緋」
マギジは驚きのあまり空いた口が閉じずに、緋の述べた言葉に遂に思考が停止する。
「この子は、昔から嘘が好きでね。きっと、好きになったあなたにも、嘘の一つや二つしてるもんだと思ったけど……。嘘であって欲しかったね…」
緋が両手でマギジの頬に触れると、マギジの頬から涙が溢れる。
マギジが頬に伝った涙を拭うと、暁が緋から一歩退き畳に額を押し付ける。
「母様…お願が有ります…。力を……友人を助ける力を僕に…」
「お前が騎士団に入団する際に、ある事を約束させた筈だが…?……覚えてるか?」
マギジ、三奈、渚の見ている前で、暁は額を畳に押し付けたまま震える唇で『覚え…て……ます』と返事をする。
「ならば、言ってみよ。それとも、言えぬか?」
「いえ、言えます。――今後一切の虚偽と暁家が所有する名刀の情報を決して告げるな。…です」
緋がお茶をすすり溜め息を溢しつつ、見る人を魅了させる優艶な瞳で暁を睨む。
その瞳が暁を写し、一瞬だけ揺らいだ魔力がマギジ達にまるで暁の肌が血飛沫を挙げたのではと、見間違うほどの幻覚が魔力の揺らぎ一つで生まれる。
「…であれば、彼女に躊躇いも無く嘘を事実のように突き付け、どれほど妾が失望したと思う?決まり事1つ守れぬ者に、やる者も無ければ―――貸し与える一族の秘宝も存在せぬッ!」
緋が暁の首筋に間髪入れず片手を突き刺し、想像を絶する痛みによって苦痛の表情と声になら無い掠れた声を挙げ、緋が首から手を抜くと暁は事切れた。
マギジが立ち上がるよりも先に、瀬名と男がマギジ達の前に立ち塞がる。
「マギジさん。この子は、きっとアナタに嫌われたくなくて、嘘を付いたの…」
緋が優しく暁の頬に触れ深紅に染まった瞳と燃え盛るような炎を瞳の奥に宿す。
緋の手から炎が上がり、暁の首筋へと伝い始め全身へと炎が巡る。
筋肉と言う筋肉へと、血管と言う血管、細胞と言う細胞に火が周り、暁の背に巨大な日輪の彫り物を焼き付ける。
「この子は、アナタに嫌われたくなくて、自分の身の上話を捏造し。アナタと同じような境遇だと語った。アナタはきっと許さないと思うけど……どうか許して挙げて欲しい」
緋が立ち上がりマギジの正面へと向かうと、その場に膝を折り額を畳に当てる。
「……マギジさん。アナタの心に傷を与えてしまったやもしれん。事実を述べねば、幾らかは幸せは続いた。だが、後に気付き傷が深いよりも、今のうちに手を打つべきと判断した」
緋の肩にマギジは、軽く手を乗せ「薄々気付いてました」と本音を語る。
「私みたいに、育ちが劣悪な人が……輝いて見える筈、無いですもん。きっと言葉では、私と同じって言ってても…。……本当は…違う人間何だって…感付いてました……」
マギジが涙を堪え切らずに、涙を流し緋が同じく涙を滲ませ、マギジの頬に優しく触れる。
三奈と渚は、人知れず居間を後にし、庭園を流れる風に身を委ねる。
「ホントに……。暁団長は、良い女性を持ったでちね」
「そうだね。自分もそんな人の力を貰ったって自覚持たないといけんな。てか、姉さんその口癖…。いい加減に治したら?」
「たまに、抜けちゃうけど、この癖は碧様が『カワイイ』って言ってくれたから…当分は使うでちよ」
「そう……怒らないんだね。勝手に相談もなく、愚者魔法を会得した事は……」
風を肌で感じながら、三奈は弟の頭を優しく撫でる。
「いまさら、怒って何になるの?…生きててくれれば、それで十分」
肌に触れる風が、いつもに増して心地好く、二人の姉弟の中を通り抜ける。
暁が目を覚ますと直ぐ様布団から飛び起き、額に流れる大粒の汗を拭う。
服装は寝巻きへといつの間にか変わっており、暁の寝室を出ればそこは草木が風に靡き、綺麗な満月が見下ろしていた。
「長く、寝てたみたいだな……。居間の方向から複数人の魔力と…背後からは、マギジの魔力。少し……顔を会わせづらいな」
『……逆に聞くけど。アンタは今行かなくて、いつ行くのよ?』
「それは……。ん?」
暁が声のした方へと振り向くが、そこには人の気配は無く、廊下には暁一人が立っていた。
だが、確実に何者かの気配を暁は感じ取っていた。
そして、暁を廊下の角からこっそりとその様子を伺うマギジは、暁の頭の上で鼻唄口ずさみながら、器用に爪先立ちをする白髪の女の子を凝視する。
(えッ!?何あの子…?突然、風のように現れたと思ったら暁の真上から降りて来て、黒団長に近い魔力濃度と量…。只者じゃない……)
角から様子を見ていたマギジに気付いたのか、白髪の女の子が暁の頭頂部をおもいっきり蹴って飛ぶ。
突然の衝撃に首を痛め、痛む首を擦りながら、暁は背後へと回った気配を睨む。
そこには、顔を真っ赤に染めたマギジとマギジの服の下から胸を揉みし抱く白髪の女の子が、暁の視界に飛び込んでくる。
暁の視線に気付いたマギジは、さらに真っ赤に顔を染め一歩で暁の懐へと飛び込みその頬に平手打ちを食らわせて、廊下を走り去っていた。
『中々……あったぞ。着痩せするタイプみたいだな。お前好みだろ?』
「……この世のすべての男性が胸だけを見て、好意を寄せるとは限らないぞ。それと、魔力を複数偽造しないで、ホントに敵だったらどうするの…?」
『あぁ…それなら、問題は無い。ここを狙える者があの程度の魔力な分けないだろう。せいぜい…お前と同等かそれ以上だ』
目の前の女は、暁をからかった事には一切の謝罪も無ければ反省の素振りすら見えない。
溜め息を溢しつつも、暁はマギジが去っていた方向に目線を向ける。
『気になるのならば、追い掛ければ良いだろう。女の尻を追い掛け…そのまま子でも作れ』
「……うるさいぞ。――血濡れの吸血鬼」
『あら、そっちの名前で私を呼ぶの?やめて。私は、お前が昔付けてくれた。名前の方が好きなの…力を行使するときも、そっちの名前で呼ばない限り本気は出さないから』
「……めんどくさいな。魔物の君らからすれば、名前なんてあってないような物でしょ?」
廊下を並んで歩く暁と、その魔物である【血濡れの吸血鬼】が暁の魔力にて実体を持った女の子姿で夜風に辺りながら、ゆっくりと2人揃ってある人物の元へと向かう。
―――母であり、現在の暁家の実質的な当主である緋の元へと…。
広く長い廊下を進み、屋敷の奥へと向かっていく。
屋敷の裏手には竹林が広がっており、さらにその先には真っ赤な色をした極めて稀少で、有り得ない花が咲き誇っていた。
――睡蓮の花――
本来ならば、白い花弁を綺麗に咲かせているであろう花だが、目の前の睡蓮は不気味と言わざるを得ない程に、深紅に染まってまるで……彼岸花のようであった。
「……昔は、夜に見える綺麗な満月と星空を一緒になって、見に行く言えば、決まってここであったな。…お前は、この花の赤さが怖いと言って、妾の胸で泣いておったのにな……。子の成長とは、親の知らぬ所で大きくなって、いつの間にか立派になってる物なのだな」
月明かりに照らされて、深紅の睡蓮が風に揺れる。
一本の木製の橋の上で、子と親が対峙する。
暁が月を見上げ、未だ幼かった小さな手を大きな父と優しき母の両手に包まれ、幾度と無くこの一本道を往来した。
優しき母も今は家と伝承を守るために、強く厳しくなり。
大きな背を見せていた父は、その身を家族と一族の為に燃やし灰となった。
睡蓮の花でひしめく池を真っ直ぐ進むと、歴代暁家の墓標と尊敬していた父の墓標が目の前に見えた。
「母様…。もう一度だけ、言います。力を…僕に」
「お前は、その力を得てどうする。妾が知らぬと思うな…。先日、大和上空にて高濃度領域の展開後に、一族の力を無断で使用したのは、バレておるぞ?」
沈黙の暁に対して、緋は静かに肩を落とし暁に背を向けてその場を去っていく。
しかし、突如自身の背後に感じた悪寒と高濃度魔力に、冷や汗が頬を伝う。
「母様……僕は言った筈だ。もう一度だけ、言うと…。2度はないし必要ない――」
暁がボロボロになった神器十國を空間の裂け目から取り出し、緋にその矛先を向ける。
緋にとっては、神器と言えど空っぽの器で今すぐ砕けてしまう非力な神器と呼べぬ代物。
だが、とても強靭な覚悟と意思が肌を切り付けた。
一歩その場から退く事すら出来ぬほどの威圧感に、緋は瞳を潤わせていた。
「――僕に、一族の力を…。黒ちゃんや未来を救う為に、今の僕に出来る。最後の賭けなんだッ!」
暁が十國を握る手に力が入り、十國の刃が弾け飛び―――弾けた破片を弾き、残った残骸にも等しい刃を突き破るように、深紅に染まった灼熱の刃が生まれた。
「――え?」
何が起こったのか理解できない暁が、深紅に染まった神器を手に持っていることを確かめるように神器を強く握る。
そこでようやく、自分の手に一族の力が束ねられていることに気付く。
目の前では、腰を抜かし大粒の涙を頬から流す母親の姿が目にはいる。
そして、そこで初めて気付いたのだ。
―――初めから、力の譲渡は済んでいたことに―…。
「…ぅッ…ぅぅ……母は悲しい…。妾に刃を向け、腹を痛めてまで、産み落とした愛しい我が子に……刃を向けられたぁぁッ…。ぅぅ…ああああああああああああああああああああああああああああああ―――」
着物の袖で涙を拭いながら、睡蓮の池を全速力で走り抜け、屋敷に通じる大きな扉を勢い良く閉じた爆音とそれを遥かに凌駕する鳴き声が、屋敷全体に木霊する。
暁は立ち尽くしたまま母が走り去った後の池に一人取り残される。
手には、一族の象徴たる力が存在し、未だ能力が制御出来ないのか力は直ぐに消えたが確かに手に入れた実感があった。
その場で後ろへと振り向き、父と歴代の墓標に頭を深く下げると、その頭を優しく撫でるあの頃の父の暖かみと、背後に感じた熱を帯びた歴代暁家当主達の想いが背中に乗っかった。
『…強く。そして、立派になったな。俺は……お前を誇りに思うぞ』
優しい父の言葉に、暁の頬にはいつの間にか一筋の涙がこぼれていた。




