六章九節 あり得た時間
明確な殺意などは無く、仲間だったからなどの安易な同情からではない。
ただ単に、『魔力の限界と距離』だ。
自分が意識を保てる程度に、魔力の浪費をでき得る限り抑えつつ魔力は極限まで凝縮はさせた。
遠くの標的であっても、魔力の爆発ではなくとも、その余波だけでも相当な威力にはなる。
天童が無感情で放った真っ黒な魔力の塊は、新宿の遥か上空に放たれると空気を切り裂き雲を弾き、目標の大和へと一直線に進む。
しかし、威力重視にしたため凝縮させた魔力が、長距離に耐えきれず空中で弾ける。
「天童くん…。まさか、わざと……?」
「エイカー…俺をくん付けで呼ぶな。空気抵抗とか無理矢理凝縮させた魔力が耐えきれず壊れたんだよ」
天童が真っ赤に染めた両手を破裂したパイプから流れる流水で、洗い落とす。
ニタニタと笑みを浮かべるエイカーズと天童の間には、幾つもの死体が山になっていた。
全身の骨と言う骨が砕かれ、肉と言う肉が削ぎ落とされた無残な最後を遂げた者達が、パイプから溢れ出た水によってその者達の肉片と血液が混ざっていた。
一瞬の出来事で、その場から動けなくなった者達は手を口に当てて、悲鳴と全身の震えを押さえ込む。
仲間の断末魔と肉が削ぎ落とされる音が、脳裏にこびりついて仕方ない。
天童がパイプが破裂した際に飛び散った破片を手に取り、天童の放った魔力で吹き飛ばした天井から這い上がる。
「……エイカー…。ユリシアに会わせろ…」
先ほどにも増して、凄まじい殺気がエイカーズの後で控えていたタムネ達の肌を切り付ける。
常人では、気が動転するほどの殺気を放つ人間などそうはいない。
育ちが劣悪としても、ここまで殺気を尖らせれる人間となると、そう言った教育を受けた者達に限られる。
「ホント……。黒焔騎士団に集まった者達は、一筋縄じゃ行かない連中だらけだな」
「――天童くんってね…元は他の騎士団に所属してて。多種多様な騎士団内でも、主に――殺人や暗殺と言った汚れ仕事を率先して請け負った騎士団。【虚の用心棒】所属だったんだ……」
エイカーズが自分の後ろをついて歩く、部下達に満面の笑みを浮かべて嬉しそうに語る。
様々な暗殺技術と人族でも、異族と対等に戦う術を叩き込まれた天童は常人では到底味わう事は無いと言える地獄を既に味わった。
しかし、この世には異形だけでなく神器やドライバを利用した犯罪者が多く潜んでいる。
そう言った、他では手に負えない者達を人知れず始末する暗殺集団。
表向きは騎士でも裏では騎士を葬る騎士であり、連盟や議会からも認知はされてはいるが、表に顔を出すことまずない。
「――そして、この俺はそんな騎士団を――」
エイカーズが天童の肩に腕を回し、不気味な笑みで天童の首を勢い良く締め付ける。
「簡単に破壊に導いた。――疫病神様だッ!」
天童が地面を蹴って、エイカーズの腕から逃れると風を切ってエイカーズの足と天童の拳が衝突する。
破裂音に近い音が木霊し、タムネ達がエイカーズの後で固まっている最中でも、2人の手は止まることを知らない。
エイカーズの真っ赤に染まった瞳と、一切の感情を切り捨てた無表情の天童とが互いに拳を交える。
「やっぱり、天童は最高だよッ!虚の用心棒を思いっきり潰した時も……。ユリシアと天童を生かして正解だったよッ――!」
次の瞬間、天童の右腕が風を切って音すら追い付かないほどの速さで放たれた拳が、エイカーズの左頬から拳が顔にめり込み、頭蓋骨を一瞬で砕く。
壁に数回ほどバウンドしたエイカーズの顔は首から上が吹き飛び、辺りに肉片と頭蓋骨の残骸が散乱する。
一瞬だけではあるが、我を忘れて殺意を込めに込めた拳が黒色の魔力を纏っていた。
息を切らして、数回に分けての深呼吸で心を落ち着かせて、拳に纏わせた魔力を徐々に霧散していく。
「エイカー…2度はいわんぞ?――ユリシアに会わせろッ!」
天童の魔力が辺り一帯に高濃度魔力領域を形成するほど高まり、警報と天童の魔力領域に怯えた市民の悲鳴が新宿一帯に響き、天童が空を仰ぎながら漏れ出た魔力を抑え込む。
「分かったよ。会わせて挙げるよ……。僕らの――純白の花嫁にね…」
薄気味悪い笑みを浮かべたエイカーズの後ろを付いていく、天童の真後ろと斜め後ろに控えている。
タムネ、里緒菜、ゲルマンの3名が天童に妙な動きが無いか目を光らせている。
(――コイツは、黒焔の中でも相当な手練れに位置する。生半可な攻撃と覚悟じゃ……返り討ちにあうな)
ゲルマンが拳を強く握りつつ、頬を伝う冷や汗に恐怖をこの上無く感じている。
エイカーズの元へ下る前から、己の力一つで自分の命令に従わぬ者達を恐怖で支配下に納めてきた。
そんなゲルマンや惨たらしい惨殺技術を持ったタムネでさえも、目の前の『天童 宗近』と言う男に恐れを抱いていた。
「……コイツら2人は、用済みかな?」
里緒菜がゲルマンとタムネの2人を横目に、小声でそう呟く。
エイカーズが天童を連れて、新宿の統括区域と呼ばれる上位職の者達が集う区域へと足を踏み入れる。
豪勢な造りな建物や派手やかな衣装を身に纏った紳士淑女が集い、エイカーズの到着を待ちに待っていた。
ものの数秒でエイカーズの回りには人だかりができ、城のような造りをした建物のさらに奥へと進む。
メイドと思われる数十名の女が一斉にエイカーズに頭を下げ、よそよそしくもエイカーズが目前で立ち止まった扉をゆっくりと開く。
「……会いたかったけど、こんなシチュエーションでは…会いたくなかったな。――ユリシア」
「そう?私は……もう一度会いたかったよ?」
エイカーズ達が扉の前で止まり、天童がその扉を潜る。
すると、エイカーズ達の遥か後方から怒号を撒き散らしながら、距離を摘めようとする者が現れた。
敵意を剥き出しに、血走った眼光と上半身に見える無数の古傷と痛々しい縫合の痕。
獣のような雄叫びを挙げて通路を突き進むタリストが、メイド達の言葉に聞く耳を持たず、扉の中へと侵入する。
「―――ダメダメ、感動の再会を邪魔しちゃ行けないよ。タリストは、我慢を覚えろ」
低く威圧的な言葉と共に、血液で造り出された鎖がタリストを拘束し、通路へと叩き付ける。
「ごめん…ユリシア……。俺達は席を外す」
「え……ッ!ちょっと、エイカー様?」
里緒菜が突然のエイカーズの言動に驚きつつも、しっかりとその側に付き従う。
里緒菜に続くようにタムネとゲルマンが離れ、ゲルマンの肩には暴れるタリストが口を塞がれていた。
「五年ぶりか?そんなに経ったかな?」
「そうだね。宗近が父さんの騎士団を救ってから、黒焔に入って……。私は、その辺をフラフラ~って自由気ままに放浪して、もう五年近くの月日がたった。2人とも変わったね」
ユリシアと呼ばれた女性が純白のワンピースを靡かせながら、天童に抱き付く。
その姿はまるで、幼き弟を抱き締める姉のようであった。
「俺は……親父さんの…みんなの居場所を壊した。あなたの居場所を奪ってしまった…」
「ううん。父さんも皆も……ホントは、退き時が欲しかったんだよ。仲間と思っていた人達や無罪かもしれない可能性のある人達を殺めた責任からは逃れられないけど…この先の時代には、自分達は必要じゃない。そんな世界を求めてた」
自分よりも背の高い天童の頭をユリシアは手を伸ばして、優しく撫でる。
「昔は、私の方が大きかったのに……越されちゃったな」
「そりゃそうだな。五年近くたってるし、俺も親父さんと同じ一人の娘をもった親だ」
天童の溢した娘に付いて、ユリシアはグイグイと天童に質問しては、大きな声で笑いあう。
とても、暗殺集団の頭を父にもっていた女性とは思えない、優しい笑みであった。
「きっと、エイカーズは…この新宿を父さんの騎士団と同じ。計画のための礎にするきだよ。父さんが所有していた古代兵器を得るために、騎士団を崩壊させ。…それを天童は止めるために、父さんや皆を殺してくれた」
うつ向いたユリシアが震える声で、手元にあった枕を力一杯抱き締める。
「――ありがとね……ホントは、もっと早くに言うべきはずだけど…」
「きにしないでくれ、元々…。孤児だった俺を引き取って育ててくれたんだ。恨む所か、救えたのがユリシアだけだった事を謝りたい……」
天童がユリシアに頭を下げようとするが、ユリシアがそんな天童の頬に触れる。
言葉では告げなかったが、ユリシアは天童の頭を下げた姿など見たくはなかった。
父と団員達には、少なからず未練はあったかもしれないが決して天童を恨んだりはしていない。
「エイカーズの配下の人達が話してたのを聞いたけど、ホントに黒焔を裏切ったの?そんなことしたら、天童の居場所はずっと……エイカーズに縛られる。私の身を案じて裏切ったのなら、直ぐにここら逃げて…お願いだから」
しかし、ユリシアの提案に対して天童は首を横にふり、誇らしい笑みを浮かべる。
「俺は、黒焔を裏切ったけど……仲間を裏切った訳じゃねー。騎士団としての枠組みから出ても、俺の心は黒焔に存在し続ける」
その場で立ち上がった天童が、ユリシアの手を握って自分の過去と決別する。
「俺が黒焔を裏切ったのは、ユリシアをエイカーズの手から守ること……そして、黒からの命令だからだ」
天童が扉を開き、ユリシアの身の回りの世話をしていると思われるメイドを睨む。
扉にてをかけようとしていたメイド達が硬直し、肩が小刻みに震えている。
一般人が、殺気を研ぎ澄ました天童の睨み一つで全身が硬直し、ユリシアの部屋付近に天童の殺気が辺りに漏れる。
そして、天童の背中を通路の影から見詰める人影に、天童は気付かない振りをする。
(俺の間近に居る彼女達は別として、エイカーの手下ですら感じない殺気を一瞬で感じ取るとは…。エイカーの手駒じゃねーな)
天童の背後から微かに感じる人と思われる気配は、天童の興味をそそる程であった。
そして、その気配が現れた方向はエイカーズが先ほど立ち去った方向。
その事を踏まえた上で、不可解な疑問が生まれた。
天童が思っていた以上にエイカーズは実力を持っており、その上反則的な能力を有している。
しかし、自分よりも強いものを配下として決して、側には置かないのが――エイカーズと呼ばれた男のやり方だ。
(この数年で、エイカーの回りに集まった者を従えているエイカーは……現在の新宿の支配者。……ではなぜ、そんなエイカーズよりも強い存在に気付かない?)
天童が、ユリシアの元を離れ人気の少ない。
廃棄されたビル郡にて、新宿の夜景を眺めながら敵意を見せた姿の見えない者。
第3勢力と思われる存在について、一人頭を悩ませる。
「エイカーズだけでも、現在の黒焔にとっちゃ強敵な上……別の敵勢力が加わったら…。新宿は地獄になるぞ」
軽く溜め息を溢して、錆び付いて今にも崩れそうな手すりに腰を乗せる。
そして、天童が腰ポケットに忍ばせていたピストルを素早く抜き、何の躊躇も無くピストルの引き金を引いた、乾いた発砲音と空薬莢が地面に落ちる音が夜に染まった新宿に響く。
ゆっくりと背後へと振り向き、ビルの下にて影を潜める者達を睨み、ピストルのマガジンを抜き取り残り弾数を確認する。
天童の周囲に、敵の偵察機と思われる小型偵察機が飛来する。
「――エイカーズが新宿の支配者だな。つっても、地下にはまだエイカーズに従ってねー奴も居るんだな」
天童が指の間接を鳴らし、光学迷彩で忍び寄ってきた一人の敵の喉を迷彩諸とも削り取る。
喉と思われる肉片と真っ赤に染まった光学迷彩が天童の足下に落ちる。
鮮血を噴水の様に撒き散らす敵に、再度溜め息を溢しその背中を蹴り飛ばし、手すりを突き抜けてビル下へと落下する。
肉塊がコンクリートに叩き付けられた生々しい音が聞こえ、それに続く様に数名の足音がビルの中から聞こえ、屋上に到達する。
月明かりに照らされるナイフの刃をヒラリと躱わす天童は、敵の手榴弾を奪い取る。
「――今すぐ逃げるなら追わーねし、殺しもしない。だが、向かって来るなら、全力で叩き潰す」
天童の忠告も虚しく、コンクリートを蹴る足音は変わらず。
光学迷彩を動きの邪魔とばかりに脱ぎ捨てた数名の敵を前に天童は、手榴弾のピンを指で弾いた。
弾かれピンを透かさず足で敵の顔目掛けて蹴り飛ばし、顔に直撃し一瞬だけ動きを止める。
そして、動きを止めていない者のマスクを素手で破壊し、開かれた口に事前に上空へと投げていた爆弾が直撃する。
吹き飛んだ鉄鋼を足場に、もう一つの手榴弾のピンを弾き、背後から刃を突き立てようとした者のナイフを弾き、爆弾を服の中に強引に入れる。
「ゲームとかのガチャで言われる――爆死。実際の爆弾を用いた爆死とは、全く違うな。……当然か」
服を脱ごうとした敵の下顎を蹴り付け、ビルに向けて軽く蹴る。
鉄鋼が地面に突き刺さり、丁度鉄鋼の真上に着地した天童は、先ほどの者が弾ける様をその目に焼き付ける。
悲鳴にも似た叫びが爆発音によって掻き消され、影から天童の背後を見詰める者達を天童は睨む。
しかし、程なくして敵意が消え遠くへと離れる気配を確認し、天童は少し焦げ臭いビル郡から立ち去る。
「ねぇ、宗近。昨日の夜……生産区域の今は使われていない区画で、爆破事故だって…ガスが貯まってたのかな?」
ユリシアの冷たい瞳が窓際に置かれた椅子で窓を眺めているてんに向けられる。
ベッドから跳び跳ねて、天童の向かい側に座ると前のめりになって天童の顔を覗き込む。
しばらくして、ユリシアの尋問に耐え兼ねた天童が閉じていた口を開く。
「あぁ、爆発の原因は俺と放棄区域の住人との小さない衝突だ」
「あれが、小さな衝突?ビル一つと周辺のコンクリートに突き刺さった鉄鋼や焼け焦げた焼死体が数名…。小さいね~…」
ユリシアが目を細め、天童の顔を覗き込む。
そして、花のような可憐な笑みを浮かべ、天童の頭を撫でる。
年の差はそこまでは無いが、ユリシアにとって天童はいつまで立っても可愛い弟と言う認識は変わらない。
扉をノックする音が聞こえ「失礼します」と言う言葉と共に、数名のメイドがユリシアの部屋へと入る。
「……また、どこ空いた時間にまた来る。もしも、ユリシアに手を出そうとした奴がいたら、教えてくれ」
天童が扉を潜ると同時に、鋭い目付きと殺気を帯びたオーラをユリシアに気付かないように配慮しつつ、周囲に警告を兼ねた殺気を放つ。
統括区域よりも遥か上空に位置するこの浮遊する建物から、天童は姿すら見えない敵意を感じ取る。
「来た時は、浮いてなかったから気付かなかったが……ここは、飛行船の上に立てられた城だったのか…。飛行能力を持つ者か飛行船に乗らなければ、ここにはたどり着けない。安易に警備を固くするよりも、端から手に出しにくい場所に置いとく…か、ホント頭が回ってアイツらしいな」
天童が心地よい風に身を委ねて、芝生の上で寝っ転がる。
ポカポカと太陽と肌を優しく撫でる風が心地好く直ぐに、眠りへと付く。
「やぁ、天童。こんな所で無防備に眠っていると…俺みたいな卑怯者に刺されるぞ?」
「刺せてたら、とっくに刺してるだろ?……俺の反撃を恐れて、それ以上進むことすらしない。まさに、卑怯者だな」
いつの間にか天童の傍らに立って風に当たっていたエイカーズが苦笑いを浮かべて、他愛無い話が2人の間に流れる。
――きっと、今とは違った出会い方をしていれば、こんな平和な日常を過ごせていたのかもしれない。
あり得ていたかもしれない、平行世界のちょっとした時間が今を生きる天童とエイカーズの間に奇跡と呼べる時間が交わった―――




