六章六節 目的の為であれば……
新宿の中でも、高くも無く安くもない比較的一般的なホテルを予約していた佐奈がエントランスにて、チェックインを終える。
気を効かせた天童が、佐奈の鞄を手に取って用意された部屋へと向かう。
当然の事ながら、天童以外の3人は『隠密』『索敵』『暗殺』などを得意とする3人が居るからこそ、金を持ち歩いている旅行客を狙うチンピラなど意識しなくとも勝手に目に入る。
しかし、今の4人は素性を隠している身であるため、迂闊にこちらから手は出せない。
国潰しだか国崩しだか何だか知らないが、全く何がしたいのか分からない危険思想を持ったテロリスト。
このご時世にイカれた思想を持った連中は、山程存在するがその殆んどが鳴りを潜めている。
異形の侵攻やそれらを率いる『鴉』達の存在は、彼らのような危険な思想を持った者達でさえも、鳴りを潜める程だ。
にもかかわらず、国破壊やら国なんたらは鳴りを潜める所か、今まで鳴りを潜めていたと思えるほどに、急激に力を付け始めた。
新宿の中でも国潰しの噂で持ちきりであるか、そんな危険人物が身を潜めているとは到底思ってはいないだろう。
「アナタ…。子供達の話を聞いてましたか?」
「ん?……あぁ。いや…すまん。考え事していた」
「パパー!私、あれ乗りたーい!ほら、お兄ちゃんも早くー」
「あっ、おい!父さんと母さんはここにてよ?……ちょっと待てよ!」
迫真の演技と思えるほどに、佐奈と三奈と渚の3人は偽物の家族を演じきっている。
佐奈に至っては、橘ブランドの特殊メイクにて姿を偽っているが、声まで変えれたとしても、喋り方の癖は変えれない。
佐奈の普段のような自信の無い途切れ途切れな小声も、まるで嘘のように口調が変わっている。
見た目からもそうだが、どこから見ても『完璧に仕事をこなす、エリート』に見えなくもない。
佐奈自身も仕事を完璧にこなすので、変装した姿は本来の佐奈のイメージ通りではある。
普段のマフラーで口許を隠して小声で話す雰囲気からは、想像出来ない程の元気オーラ。
「……普段が今の変装よりだったら、結構モテてもおかしくはねーんだけどな…」
そんな天童の思いを知らずに、3人は新宿を思いっきり満喫している。
ガイドの指示に従って、時折自由に見てはガイドの話に耳を傾けつつ完璧に観光客を演じる。
その中で、4人がガイドの話にて、エイカーズへと繋がる糸口を掴んだ。
「みなさーん。今回見て回って貰ったエリアが…『商業区域』です。さらに上には、様々な役職の方々が新宿を管理している仕事をする『統括区域』があります。区域が上に行く程、生活は豊になりそれ相応の技術者や身分の方々が生活しています。新宿をさらに豊にする言わば歯車的存在の我々は、商業区域とその下である『生産区域』の2つに分けられます」
生活に必要な必需品を管理する『商業区域』では、新宿人口の役4割が商業区域にて商業に関係する仕事に着く。
その下層である『生産区域』では、男性の殆んどが生産区域にて仕事に付いている。
上層とはうって変わって、飛行船の往来は限り無く少なくなり。
変わりに、新宿が建設されていた時の名残と思われる道路を走る車が格段に増えた。
商業区域にても、高速道路と思える道路は存在していたが、それはあくまで生産区域から商業区域へと物資などの運搬用と思われる。
新宿での移動手段は、飛行船による空の交通が支流であった。
そして、ガイドが生産区域に決して足を入れず観光客用の通路からの説明に、佐奈は疑問を浮かべた。
「……天童。このガイドの動きっておかしいよね?」
「確かにな……。少しばかり、薄汚く工場地帯である生産区域を、見学は一切無い。説明と遠目から区域内部を見るだけ……見られたくない何があるかもな…」
仲睦まじい夫婦が互いに肩をくっつけて話している様にも見えるが、佐奈と天童は全くの別の事をしていた。
佐奈がバックから取り出した『完全ステルス小型偵察機』を天童に隠れて、通路から生産区域へと落とす。
観光客の集団が、自動で空へと浮かぶ乗り物へと移動し、上空から生産区域や商業区域の説明が始まる。
佐奈が黒縁メガネを掛け、笑顔でガイドの説明に耳を傾ける素振りを見せ、メガネから映し出された偵察機の映像を元に手元の通信機を人知れず操作する。
区域上空から見渡し、ゴミや廃棄された製品の部品とは別に、数人係で所々に作られた路地裏へと姿を消す従業員達。
商業区域にても、綺麗に掃除や舗装はされてはいたが、その用途は同じと見越した佐奈が、偵察機を操作する。
路地裏へと侵入すると、そこには、商業区域にて仕事をこなす者達の服装をした者達が数人確認した。
「…区域の路地裏に、上層の商業区域の人と生産区域の作業員が密かに接触しているのを確認。袋の中身は……ゴミや再利用不可と思われる機械クズが入った物だと思う…」
佐奈が偵察機を路地裏の壁へと停止させ、通信機との接続を一時的に切断する。
ガイドの説明が終わり、家族仲良くホテルへと帰っている最中で、一人だけ難しい表情では怪しまれる可能性があったからだ。
ホテルの一室へと荷物を置いて、夕食を取るべくレストランへと向かう。
その背後を密かに付け狙っている3人の男女に、佐奈達は当然気付いていた。
気配を出来る限り押し殺し、殺気を静かに抑えた上で、天童達の背後へと迫る。
天童が指の間接を数回ほど鳴らし、天童が最も得意とする戦い方の準備をする。
レストランへと向かう通路にて、わざと天童は振り向き背後から近づく刺客に不適な笑みを見せる。
刺客達がそんな天童を見て、一瞬で自分達の命を掴まれた感覚に陥った。
「……任務失敗。兄貴の元へと戻るぞ…」
気配を眩ました刺客に佐奈は気付き、渚と三奈の2人が懐から取り出していたナイフを懐へとしまう。
豪勢なディナーを存分に味わい、レストランの雰囲気を楽しむ4人ではあるが、天童の真後ろを通り過ぎた一人の男が天童にメモを渡してきた。
その男は、佐奈達に気付かれる事なく天童の胸ポケットにメモを入れた。
完全に気配を遮断し、一般人を装った男が天童にだけ気付くように気配を断ったまま、メモを渡す。
(……佐奈でさえ、気付かない…。相当な手練れか、そっちで食ってる奴らか……)
天童が男の背中を視線で追うと、天童の視界の先に写真の男が薄気味悪い笑みを浮かべて、天童に手招きしていた。
全身に血液が駆け巡るように、天童の全身に力が漲り怒りが込み上げてくる。
だが、天童はそこで呼吸を整え冷静さを取り戻し、家族の真似事へと専念する。
今のは敵の罠なのは、明白である。
天童をわざと怒らせ、自身に牙を剥かせることで仲間や協力者を誘き出そうとしたに違いない。
現に佐奈達3人を警戒する中で、周囲に目を光らせる者達が居る。
情報が漏れているのかは定かではないが、こちらの目的を把握しているのは事実。
天童が胸ポケットに入れられたメモを佐奈達に見えないように開き、メモの内容を確認する。
『――紅の者は夜を連れて、一人自らの領地を我が物顔で徘徊する――』
『――罪を抱いた竜帝は、己の過ちに気付く事なく。命を紅葉のように散らすだろう――』
『――縦横無尽に空を駆ける者こそは、天地全てに降り注ぐ災厄なり――』
3行に書き記された言葉の意味は理解できないが、表している人物がそれぞれ『暁』『黒』『翔』であることは間違いと確信した。
それぞれのメモの意味は理解出来ないが、差出人の意図は読めた。
(紅の者は…暁で間違い無い。領地を我が物顔で徘徊ってのは……理性を失って暴走だろうな…。竜帝は黒以外あり得ねーし、命を紅葉のように散らすってのは…殺害予告か?……最後の天地全てに降り注ぐ災厄は、雷帝である翔の雷帝魔法を表してるのか?)
意味不明な文章ではあるが、天童の中では挑発にも取れた。
『黒焔の中でも、トップクラスの実力派を揃えないと、自分には勝てないぞ――』
『暁は魔物の力を使い、暴走するだろう。黒は自分がこの手で殺す。翔の災厄と言わしめる雷帝魔法であろうと、無意味だ』
そう言った意味にも取れる文章ではあるが、差出人は肝心な事を知らない。
――黒は次元に吸い込まれ、帰還出来るかも不明な状態であり、翔は目を覚ます可能性はあっても依然として、眠り続けている。
2つの点を踏まえると、現在の黒焔では歯が立たないと天童は思っているが、エイカーの情報力であれば知らない筈は無いと思っている。
だからこそ、自分の存在を探る天童達に気づいても、兵士を送り込む事はなく。
様子見なのか、ただ単に遊び目的で少数の兵士でこちらの対応を見て遊んでいるのだろう。
(――あまり、黒焔を見くびるなよ…?)
「佐奈達は、先に部屋に戻っててくれ」
「あら?アナタはどうするの…?」
佐奈が一人立ち上がった天童を見上げると、うっすらと天童の首筋に紋様が浮かび上がっていた――。
三奈と渚はロークや綾見と似たような紋様に驚きはしたが、佐奈の何処と無く暗い表情に疑問を浮かべる。
レストランを一人後にした天童は、ホテルのエントランスにて待ち構えていたと思われる。
スーツ姿の男達が数十人ほど、天童を待ち構えていた。
「ここじゃ、話も満足に出来んだろ?……どっか落ち着ける場所に案内してくれよ。こちとら、観光で来て――土地勘ないんだよ」
天童を囲むように男達が歩き出し、天童が胸ポケットから取り出した丸眼鏡を掛けて、男達の背中をただたた見詰める。
男達に案内され裏路地の突き当たりまで進むと、一軒家が立つ程の空き地が見え、そこには、さらに数人の男が見えた。
「これは、エイカーズ様の命令じゃねー。俺達の独断でテメェを殺す。わざわざエイカーズ様のお手を煩わせる必要は……ねーからな」
指揮官と思われる男が命令を下し、一斉に駆け出した男達に対して天童は丸眼鏡の奥で、男達の動きを完全に把握する。
『……』
「――反応はしなくて良い。ただ聞き流せ…。お前はその次元の狭間で、目的をなし得る為に最善を尽くせ。俺は、その為にありとあらゆる手を尽くして、未来の分岐点を作るからよ……。まずは、言われた通りの代物をお前に渡す。その為なら――黒焔を潰す」
端末を閉じた天童が頬に付いていた返り血を拭うと、空き地に倒れている男の一人を掴み挙げる。
「あまり、俺を見くびるなよ?」
手を離し、既に命の灯火が消えた亡骸を同じ亡骸の上に放り投げる。
壁や床を真っ赤に染めた血液が、隅で咲いていた一輪の花を真っ赤に染める。
深夜を回った新宿に、3つの人影がネオンの明かりを切り裂いて、ネオンや街灯で照らされていない闇の中を走り抜ける。
建物や様々な施設の壁やネオン看板を足場に、目的地に向けて空を駆ける。
深夜を回った新宿の中を巡回する黒服の者達や、黒焔本部を襲撃した忍び装束の者達を人知れず制圧して、目的地を目指す。
新宿の中でも、トップクラスを誇る巨大な建物を見詰める渚が懐から取り出した小型偵察機を投げる。
弧を描く様に投げられ、空中にてその形を変化させ建物へと近付く。
全体を見つつ、建物の内部へと侵入可能な場所を探す。
「どう…?……行けそうな場所…見えた?」
佐奈が両足に装備したドライバの最終調整と確認を終え、端末のモニターにかじりつく渚に尋ねる。
「まだ、確認もで来てないっすね。やっぱり、スタンダードに見張りが居ると思う地下道からか……裏口にある作業員用の入り口っすかね」
渚が手元の端末を佐奈へと渡し、身を隠している建物の中へと入り込む。
空き家と思われる建物にて、三奈が持ち込んだ侵入用装備の最終調整と確認をしていた。
「姉さん…。侵入可能な場所はまだ見付からないんで、少しの間寝ますね」
「はいはい……。しっかり、寝ときなよ」
渚が寝袋にくるまり、壁にもたれ掛かるようにして眠りに付く。
姉である三奈が渚を横目に、装備を調整する。
必要最低限の対異形用の銀弾と実弾を装填した弾倉を腰に取り付け、刀剣型ドライバと思われる小刀を帯刀して準備を終える。
三奈が屋上へと向かうと、佐奈が両脚に装着した近接型ドライバモデル『ソルレット』がまず先に目に入った。
「佐奈さんは、刀剣型のドライバとか神器をお使いにならないのですか?」
「刀剣型よりも…魔力の消費が少しだけ…抑えれる。刀剣型と違って…このドライバの能力で……溜め込んだ魔力を使える…強度面は、目を瞑るけど…。この先は、魔力が大切だから」
佐奈がドライバに触れて、試しに両脚にドライバを装着する。
少しだけ身長がプラスされソルレットに魔力が巡り、時間を置いて循環した魔力によって、ソルレットの爪先と地面との間に強力な磁場を形成した。
地面に反発したドライバによって、佐奈の動きが通常の3倍ほど速くなっているようにも見れた。
ドライバを外し、地面に着地した佐奈がドライバ内で循環している魔力を吸収する。
「ドライバに巡っていた魔力の残骸をかき集めて、流した魔力と同じように自動でドライバ内を循環させてるから、無駄な魔力の消費を極限まで抑える構造何ですね。流した魔力と循環し続ける魔力の2つで、少量の魔力でもドライバを動かせるですね…」
物珍しそうに眺める三奈が佐奈のドライバに触れて、微かに駆動し続けている事を肌で感じる。
「この駆動音って、潜入任務とかで邪魔にならないんですか?」
「駆動音も、微かにしか聞こえないし……この音を察知する装置があったら…。私達の足音とかで…先に気付かれる」
「確かに……」
佐奈が腰のホルスターに拳銃収め、ドライバが自分の動きを阻害しないか軽く準備運動がてらにその場で軽くジャンプする。
三奈が偵察機の端末を覗き込み、丁度近くの木々に停めていた偵察機に作業員用の入り口を利用する者達が――3人確認出来た。
「――佐奈さん。弟の渚を叩き起こしてください…。侵入ルートを見つけました」
3人の作業員が休憩にと、近くの酒場に集まって一杯やろうと話し合っている。
薄暗く月明かりだけが届き、ネオンの明かりが射し込まない路地裏の角から渚の両腕が3人を路地へと引き釣り込む。
一瞬で同時に気絶させ、持ち物を剥ぎ取った佐奈達が路地裏から現れる。
ホログラム式の認識阻害道具を使い、3人の姿を阻害させ、先程の作業員と瓜二つに周りからの認識を誤認させる。
平然と作業員用の入り口へと向かい、偵察機から得たパスワードを打ち込み建物の中へと向かう。
特別豪華でも、近未来的な内装でもなく。
壁や天井全てが白く汚れ一つ存在しない通路を進み、正面の大きな入口と上へと向かう階段の前で3人は止まる。
「渚と三奈は…二階に向かって…。あくまで、任務は…テロリストの存在を突き止めること……可能性は高いけど…」
「外見は把握しているんだ。それの真偽を確かめれば良いってだけでしょ?情報の出所は知らないっすけど……暁さんの情報なら、間違い無いっすよ」
「それと、奴らの構成人数も把握する必要もありますね。敵の数と戦力で、こちらも対処すべき所が判明します」
3人がそれぞれのすべき事を把握し、各々が情報を入手するべく進む。
佐奈が正面の入口を静かに開き、エントランスと思われる建物の正面入口から現れた集団を端末で、映像として残す。
(暁から貰った情報と同じ顔……。でも、おかしい…警備が少なすぎる…?)
佐奈が重要な情報を持っていると思われる男が、係員と話を終えたのを確認し、エントランスから出ていく男を追跡する。
開かれていた天窓から、外へと身を乗り出した佐奈が男達のはるか頭上を音もなく跳び。
木々の隙間から写真の男を追跡する。
そして、写真の男が車に乗り込もうとした次の瞬間、佐奈が隠れていた木々を薙ぎ払う斬撃が次々と佐奈を襲う。
木々の中から飛び出し、斬撃を上手く躱わした佐奈の目の前に4本のレイピアを帯刀した女がにこやかに佐奈の前に立ちはだかった。
「私の名前は、里緒菜……。エイカーズ様の命令は、貴女を殺して、計画の邪魔をさせないこと」
「計画……。それって…国潰しのこと…?」
「へぇー…。もうそこまで、情報漏れてるんだ。私が言えることは、そうだけど国潰しに掛かったのは、作戦の前段階らしいよ。――次は、もっと凄い!」
話を切り上げ、里緒菜が腰に帯刀していたレイピアの一つを素早く抜き去り、両手に構えた二本のレイピアが佐奈を襲う。
目にも止まらぬ高速の突きや払いなどのしなやかであり、そして不規則な攻撃が佐奈の身体を確実に傷付ける。
反撃とばかりに、佐奈のドライバが起動し、地面を抉るように蹴り出された土を里緒菜は両手で顔を庇う。
透かさず、里緒菜の脇腹目掛けて佐奈のソルレットが炸裂し、鈍い音と共に里緒菜を遠く離れた銅像に叩き付ける。
「――三奈、渚。情報通り…。写真の男が、国潰し。それと…敵の構成員が…。私達の動きを読んで、待ち伏せてる。…気を付けて――」
佐奈が簡単には報告を終え、間合いを詰めた里緒菜をジャンプでさらに距離を離し、レイピアとソルレットが火花を散らす。
「……待ち伏せっすか…。佐奈さんも、情報が遅いっすよ。――敵性存在視認…これより、戦闘を開始する」
「なかなか、骨のある奴で嬉しいぜ。俺が連れてきた警備隊を一瞬で倒すとは……存分に、俺を楽しませてくれよッ!」
渚が袖から取り出した棍棒を懐の鎖で繋ぎ合わせ、コンパクトな簡易的なヌンチャクを構え、ゲルマンと言う男の豪腕をヌンチャクで弾く。
ゲルマンの拳が、床にめり込み壁や床に生じた亀裂からみるに、かすり傷でも命取りになる事は明白。
ヌンチャクも先端で弾いた為か、先端のみがバラバラに砕けており、渚はヌンチャクを投げ捨て――拳を握り締める。
「ほぅ……。その武器を捨てて、身一つで俺とやり合うってか?ますます楽しくなってきた。俺の名は、ゲルマンだ…。貴様の名を聞こうか?」
「――風魔 渚っす。それと、アンタはリーダー株って訳じゃ無いっすよね?そんな強い人とやり合う力無いっすよ……自分…」
両者が同時に踏み込み、互いの拳が派手に空気を叩き通路全体に亀裂を発生させる。
さらに二発三発と互いに殴打を繰り返し初め、空気を叩く音が通路全体に響き渡り、建物を揺らす。
両者の全身に巡った魔力が、さらにその勢いを増し始め凄まじい速さの拳と拳のぶつかり合いに、2人の立っていた階が耐えきれずに崩壊した。
瓦礫の中から這い出た渚に向けて、ゲルマンは容赦なく拳を振り下ろし瓦礫へと渚を縫い付ける。
しかし、手応えは無く背後から現れた渚の跳び膝蹴りが、ゲルマンの顔に直撃し、後方へとヨロヨロと下がる。
鼻から流血し、手で押さえたままニンマリと笑顔を浮かべたゲルマンに、渚は上着を脱ぎ捨てる。
「俺に血を流させたのは、久々だぜ?お前の力は相当だな……師は誰だ?相当名のある武道家と見たぞ…」
「ただの年老いた…老人。それに、自分の事なんか…『弟子』としてすら見て貰って無いっすよ」
ため息を溢した渚の隙を突いて、間合いを詰め大きく振りかぶったゲルマンの豪腕が頭上から襲い掛かる。
不適な笑みを浮かべるゲルマンであったが、突如として自身の腕に走る激痛に冷や汗を掻き、その場から数歩退く。
あまりの痛みに片腕に力が全く入らなくなったゲルマンが、正面で構えを取っている渚を見て、頬を緩める。
階段をかけ登り、建物内部へと侵入した三奈ではあるが、佐奈からの通信を受け取り、目の前に立ちはだかる女の正体を察する。
「ねー…。君の名前を聞いて良いかな?―私はタムネ。敵だけど、君を簡単に殺せちゃう。とっても、凄い子だよッ!」
三奈との間合いを詰めたタムネが、懐から取り出した2丁の拳銃が火を吹き、三奈の隙を突いて数多の銃弾がばら蒔かれる。
「名前を聞いといて…聞く耳は持って無いみたいね。確かに、今から死に行く人の名前を聞いても――意味は無いよね」
後方へと下がりつつ、三奈はタムネの動きを視界に捉えたまま、一瞬の隙を狙う。
拳銃を無駄に撃ち続けたタムネが、2丁とも弾切れを起こし一瞬だけタムネは立ち止まる。
透かさず、姿勢を一瞬で低くした三奈の身体が風を切り裂くように長い通路内を超高速で駆け巡る。
凄まじい速さから生まれた衝撃波は、鋭利な刃となって手向けや通路全体を切り付ける。
「――終わり」
三奈が帯刀していた小刀でタムネの喉元を切り裂き、噴水のように噴き出す鮮血が床一面に広がる。




