六章五節 人間性を代償とした獣である
暁の団長就任から一夜開け、各師団長の元に集った団員達が鍛練を開始する。
魔力操作から剣術や体術などの戦闘訓練を基本とした鍛練メニューが始まり、各自で自分に足らない部分を徹底的鍛え上げる。
「おーい…。そこの奴ら、手が止まってるぞー」
一つ言わせて貰うとすれば、十二師団の各師団長は――まるで加減を知らない。
中には、他の者達に比べてある程度は、団員達の実力に合わせてはいるが、約半数近くの団員達が次々と鍛練中に倒れていく。
「ねぇ……。強くなる気あるの?あるなら、こんな所で寝てないで立って」
共子の持つ刀剣型ドライバに魔力が巡り、自身の部下に鞘から抜いた刀身をチラつかせる。
黒焔の本部が立つ場所は、周辺に配慮する必要の無い山間部であるがゆえ、第二師団から第十二師団の各師団は、崖や谷底などの本部から遠く離れた位置へと向かって鍛練を行っている。
どこからか、激しい爆発音や山の表面が崩れる音が聞こえてくるが、橘総合病院の病院では、患者と看護士が既に慣れたのか様々な爆発音や悲鳴ですら日常的と思えるほど感覚が麻痺していた。
「今日も…騎士様は頑張ってるんですね…」
「そうですね。でも、ついこの前団長が変わったらしいですよ」
「はー…。それは、また世の中混乱するね」
今日も今日とて、地鳴りと悲鳴が混ざった歌声が山の奥地から木霊する――…。
第七師団に配属された団員達は、絶叫や爆発音のする各師団とは違って、前日に渡されたここの練習メニューと個別の練習メニューをただ黙々と完遂するだけであった。
二人一組での組手や山の地形を利用した模擬戦などをこなし、天童の練習メニューに日に日に不安と不満を感じる者が増え始めた。
(他の師団は、命懸けの練習メニューなのに……。俺達は普通過ぎないか?)
(ホントにこれで良いのかな?他の皆と違って、シンプル過ぎてる。私がいた騎士養成所とあまり変わらないメニュー)
不満を抱いたまま鍛練を始めてから、数週間が過ぎ他の師団からは爆発音と悲鳴が極端に減り始めた頃。
第七師団では、この練習メニューに異議を申し立てる真面目な風貌の青年が、本を片手に木の下でだらけている天童の前に仁王立ちしている。
「……天童師団長。かれこれ、2週間近くが経過しましたが他の師団との明らかな実力差が目に見えて付いてます。今の練習メニューの改善を要求しますッ!」
青年が自身の師団長を前に臆さずに、天童の前に立った事は大変評価出来るほどの勇気と精神力ではある。
だが、勇気と無謀は表裏一体であり、考え無しに思った事を吐き出していては無謀以外の何物でもない。
天童の練習メニューに不満を抱いていたが、それ以降の事はまとまった考えを持ち合わせていない青年を、天童が睨む。
片手に持っていた本を閉じ、地面に優しく置くと青年の腹部に目では捕らえきれない程の速さで叩き込まれた殴打によって、青年は地面に胃液を吐き出す。
「なら、今から他の師団と同じく。悲鳴増し増しの寿命減り減りの絶叫メニューをやるか?……基本的な体であるお前達が、金騎士に近い俺達と同じ目線に簡単に立てると思ってんのか?」
胃液を吐き出し、涙目の青年にこれでもかと横から蹴りを入れ空気を叩く音と共に近辺の大木を薙ぎ倒しながら、青年が地面を転がる。
「俺達のように黒の近くにいた奴や…。旧黒焔の奴らだって、マトモな戦いを経験し幾度と無く乗り越え、異常とも言える戦場や秘境で経験を積んだ。そんな俺達と同じメニューやって……中途半端な力のお前らが強くなる保証があるか?」
天童の話を聞いて、団員達は口を閉じて天童から目線を反らす。
機械の駆動音と機械製の身体が擦れる音とが、藪から聞こえる。
蹴り飛ばされた青年を抱えた現れたのは、天童自ら造り出した機械生命体『C―972』ことΣちゃんであった。
「Σ…。他の師団長達の訓練に付いて行けてる奴らの数を算出しろ」
「了解です。演算開始……演算終了。演算結果から、各師団での三週間後の訓練達成者は0です。現時刻から一週間で約3割が脱落…二週間で7割……三週間で0です」
Σの演算を聞いた天童が、気を失い倒れている青年を片手で掴み挙げ、黒と良く似た漆黒の魔力で青年を包み込む。
とても不気味でいて、天童の持つ本来の魔力では無い事は既に第七師団の者達は理解し、団員達が狼狽える中でも天童は自分の切り札を惜しみ無く披露する。
青年の全身には打撲や骨折と思われる傷が確認され、全治3ヶ月と思われるケガが漆黒の魔力が青年を包み込み、何事無かったように青年の傷を完治させた。
「んー?挑戦してみるもんだな。以外とあっさり治療できた」
魔力を抑えた天童が左手から依然として溢れる魔力を抑える。
燃え盛る炎の様にその形を変化させる漆黒の魔力を見て、青年が天童に疑問をぶつける。
「……前から気になってました。その魔力は―黒団長の魔力ですよね?…より、正確に例えるとすれは……団長の持つ魔物である。【黒竜帝】ですよね?」
青年の真剣な眼差しに、天童は溜め息を溢しながら青年の疑問に渋々と答える。
「九割正解だ。ちなみに…他の師団長には、この力の事を安易に聞くなよ?大半の奴らは俺のこの力が何か知ってるから……地雷の如くキレる。他の師団との力関係は、黒の魔力を直接使える俺が上だと勘違いもするなよ?」
天童が近くの岩に腰を下ろし、団員を手招きし自分の周りに座らせる。
「……簡単にすれば、俺のこの力は――愚者魔法だ。だが、綾見やロークが手に入れた力よりも強大だ」
そんな驚くべき事実に困惑する者達やうつ向く者達も少なからず存在した。
綾見やローク達と同時期に入団した者達の印象では、愚者魔法は『大きな力を授ける代わりに、命すら危うい代償を必要とする』それほど危険な能力を天童は誰にも悟らせぬように、制御していた。
「同じ愚者って言っても……綾見やローク達とは全く別物と考えてくれ…。綾見達の愚者が身体を求め、理性を奪う物なら……」
天童は太陽の日を浴びなから光輝く大空を見上げ、その細めた瞳で愚者を受け入れた時の自分を思い出す。
「俺の愚者は、普段の俺と『残虐性』と『凶暴性』を全面に出した俺の二重人格。――人間性を代償にした力だ」
天童は自分の力が綾見達とは比べ物に成らないほど強大な代償を求める力だと告げた。
綾見達の求める愚者は闘争本能に狩られた獣の様に、2人の『理性』と呼ばれる手綱から逃れれば、理性を失った獣となる。
しかし、天童の場合は理性すらも失い人としての感覚を手綱にした『人間性』。
一度でも手綱が離れれば、獣に落ち自分の力では人間には戻れないブレーキの効かない機械であった。
「さて、俺の力の説明は終わりだ」
眼鏡の位置をかけ直し、天童は下ろしていた腰を起こす。
「これから俺がお前達に説明するのは、十二単将の役目だ」
天童が近場から拾ってきたた小枝で、地面に簡単なピラミッドを描くとその頂点に『黒』と付け足す。
「まず、黒焔は団長である『黒』と副団長でもあった『未来』がトップだ」
その黒の下に付け足したのは、『暁』と『翔』を加えその下に十二単将と四天を付け足す。
「結構昔から、黒の『右腕と左腕』やら『右将軍や左将軍』と言われてた2人が幹部的な位置に立ってる。会議でも見た通りで、暁が率いる反逆者達と十二単は、幹部の席に付いてる。もちろん、四天も付いてるが……4人とも幹部でありながら、そうでもない微妙な状態だ」
十二単の下に、12人の師団長の名を書くと更にその下に各師団に配属した団員を付け足す。
「このピラミッド図を見るに…黒の下には暁と翔が付いてる。十二単も十二師団も同じ枠組みだが、単と師団で決定的に違う部分が存在する――」
天童が副団長の位置に立ってる未来へと矢印を描き、十二単の役目を明確にした。
「俺達…十二師団を率いる十二単は――未来様護る絶対の盾だ」
天童が枝を放り投げ、十二単の役目を明確にした上で話を続けた。
「つまり、未来様に危害が及ぶのを未然に防ぐ役目を担ってる。そんな奴らが、まともに師団を率いると思ってるか?」
「で……では、私達は十二師団に属していても、天童師団長の指示を仰げないと言うことですか?」
団員が挙手すると同時に、天童の部下であるが部下ではないのかと質問するが、天童はその考えを否定する。
「まず、お前達の間違った知識を正す。未来様を側から護るのが俺達十二単なら……陰ながら護るのがお前達――十二師団だ」
遠くの草むらから投擲されたドライバを天童は片手で受け止め、頭上から白目を向いて落下してきた他の師団員も片手で掴む。
「間違っても、戦う為に強くなろうとするな。俺達の役目は間違っても……護衛だ。――黒率いる第一師団が存分に戦えるように」
天童が木陰へと気絶した団員を運び、自分の役目を全うする覚悟を決める。
「さて、んじゃ……。訓練と行くか、死にたくない奴から前に出てこい。手始めに、精神から叩き直してやる」
不適に笑みを浮かべた天童へと、第七師団の団員達が一斉に仕掛ける。
言葉では表す事が難しい程の修行のような師団長達の鬱憤を晴らすだけの、ただの暴力なのかは定かではないが――十二師団に属する者達の徹底強化が終了した。
身体中に生傷がいまだ癒えない姿に未来が苦笑いを浮かべる。
笹草の指示の下で、碧や茜が傷の手当てに汗を流す。
新人団員が特に多かった夏菜率いる第十二師団は、別格と言える程の変貌ぶりであった。
軟弱そのものであった者達の目付きは、既に激戦を幾度と無く繰り返し乗り越えてきた者達の風貌であった。
訓練前に配られたプロテクターは半壊し、使い物にならなくなっていた。
夏菜が軽く手を挙げると、一斉に師団員が整列し夏菜の合図があるまでその場で身動き一つ見せずに静止する。
――完全に『騎士』ではなく『傭兵』か『歴戦の軍隊』レベルまで進化した第十二師団の完成度に、天童とクルムは互いに冷や汗を垂らす。
((新人じゃなくて、心底良かった…))
天童とクルムのそんな気持ちを知る由もない夏菜が正面で仁王立ちする共子を互いに睨む。
犬猿の中と思われる2人が互いに顔を会わせて、喧嘩をしなかった事は限りなく少ない。
と言うかほぼ、顔を会わせれば喧嘩をしている。
互いに凄まじい剣幕でにらみ合いが始まり、遂に限界を迎え両者の手が出ると思われた。
しかし、2人とも天童を前に硬直し、天童の腕の中でおしゃぶりを口に咥えて笑顔で手を叩く存在に、心を奪われる。
「……はーい、夢ちゃーん。お上手におててパチパチ出来ましたねー。パパが見てない間の成長スピード早くねー?子供って不思議ー…」
先ほどまでいがみ合っていた両者が、満面の笑みで両手を叩きながら足をばたつかせて大いに喜んでいる夢にデレデレしている共子と夏菜。
天童の側へと寄ったヘレナに気付き、アイコンタクトだけで2人は意志疎通したのかおしゃぶりを咥え、口許がヨダレまみれになった夢を預ける。
「どうでも良いことで喧嘩すんな。どうせまた『視界に入った』だの『態度がムカつく』とか、2年前から喧嘩の理由が全く変わってねーんだよな」
天童が共子と夏菜の間に割って入り、2人の距離を離させる。
共子と夏菜がエントランスの職員に手早く手続きを済まし、足早に自分の師団員の元へと向かう。
医務室にて治療中の者達以外は初任務で、緊張している者達が大勢いた。
大型車両に颯爽と駆け込んだ団員達が四方にバラけて、確実の依頼者の元へと向かう。
その様子を窓から見下ろしていた天童の元に、気配を殺した暁が一枚の封筒を手にして立っていた。
「趣味悪いぞ…。俺個人の仕事か?」
「あぁ……。天童と僕が選んだ適任者で組んで、ある都市を調査して欲しい。場所は『新宿』目的は、先日の国崩しが身を隠している可能性が高いとの報告を受けたから、その審議を確かめてほしい」
書類を受け取り、決め細かに新宿の情報がビッシリと書き記されていた。
新宿全体の地図や重要施設をピックアップした数枚の資料を片手に、今回の作戦に参加予定の者達のリストを見詰める。
「……なるほど…。俺と風魔の姉弟と佐奈か……てことは、なるべく隠密かつ多くの情報を集める事を重視した方が良いな。……万が一を踏まえた上で、黒焔で国崩しを相手するって事で良いのか?」
「うん。獅子都さんとは話が付いて、黒焔での対処で済めば済ませたいって…。でも、無理は禁物だからね…嫌な予感がするって獅子都さんが話してた」
そう、獅子都藤十郎と言う男の嫌な予感は、大体的中し最悪な結果すら起き得る。
「大丈夫だろ?佐奈が居るし、万が一は風魔の2人がお前に連絡を届けるさ」
暁から背を向け、書類を雑に扱う天童に暁は溜め息を溢すが、その背中には信頼からくる絶対的な期待が向けられていた。
雑に扱った資料を手に、通路の壁にもたれ掛かった天童が一際目を疑った写真を手に取り、写真に納められた2人の顔を真剣な顔で目に焼き付ける。
「何の因果か……俺が所属し、俺が潰した騎士団の元団員と同期が並んで歩いてるとはな…」
写真に納められていたのは真っ白なワンピース姿の女性とその周囲に隠れて一定の距離を置いてると思われる黒服の男達と――忘れたくても忘れられない顔つきの男。
「エイカー…。今度こそ、確実に――殺すッ!」
写真を握り潰し、近くの休憩室のゴミ箱に半ば強引に写真の残骸を捨てる。
少し苛立ちを見せる天童が、曲がり角で待ち伏せをしていた一人の女性を横目に話し掛ける。
「盗み聞きか?それとも、通り掛かっただけか?」
「……盗み聞き…悪気は無かった…。暁からの…指令……聞いた?」
「んなこた知ってる…。それと、先に謝っておくが、命令とは別に個人的な事情で勝手に動くかもしれん」
「ん…大丈夫。……三奈と渚が居る…一人減っても……作戦は問題ない」
マフラーで口許を隠している佐奈は、普段の黒色のセーラ服姿とは違って、各所にプロテクターと思われる装備を身に付け。
両足を重点的に強化し、改造したプロテクターが現代版の忍者に見えた。
普段利用している小刀は見えず、両手にはめた手袋は魔力を微かに感じた。
「ガチガチのプロテクターに、その脚に付けた装甲…ドライバか?」
「ん……新モデルって話。確か…近接型の……モデル『甲懸』…だったかな?」
佐奈の両脚に装着されたガチガチのドライバを見詰める天童を佐奈は足で軽く小突く。
「……変態…。奥さんに……言い付ける」
「やめろ…マジで……。それと、何で新装備がソレ何だ?」
天童の疑問とは、刀剣や銃身とは違って近接型には斧や鎚と言った重量級の物から佐奈が現在身に付けている『装具型』とも類似している武具などの少量級が挙げられる。
しかし、装具型や近接型の多くが名のある者や実力者達であっても、使用しておらず。
ほとんどの者達が、近接型や装具型を好んで使う事はない。
その理由はとてもシンプルであり、解決よりも刀剣や銃身を使った方が良いとの判断に至った。
――刀剣よりも魔力伝達率は悪く、銃身のように魔力を弾丸に乗せての長距離を相手取れない。
――扱いが難しく、動きを抑制しやすく身動きが取り難いなどのデメリットが多数存在する。
ほとんどの騎士が近接は使用しない事が多く、騎士養成所や養成所に近い学院などで授業や訓練にて使用される。
装具型よりも扱いが難しい近接型ドライバを好き好んで利用するのは、バカか目立ちたがりか――単なる物好きだけだ。
「……私とは…相性が良かった…」
「相性…?どういう事だ?」
佐奈が近くの休憩室へと向かい自販機にやたらと置かれているココア買うと、天童にと渡す。
「ココアって……子供じゃねーんだからよ…」
「――なに?」
「――有り難く、頂きます。うん……美味しい」
半ば脅された様にも見えるが、天童の目の前で新調したドライバの調子を確認しようとしている佐奈から離れるために、ココアを一気に流し込む。
「んで……相性が良かったって…どういう事だ?」
「言葉通り……魔力量が少なく。…魔物の力を行使するだけでも…半分以上…消える。でも、このドライバ…能力が【継続】……『少ない魔力をドライバに巡らせれば、魔力が霧散する前にドライバが魔力を集めて自動的に循環させる』…少ない魔物の力や魔力でもドライバに纏わせる事で……消費を抑え。通常のドライバと大差無い位の力を発揮する」
佐奈が微かな魔力を脚からドライバへと巡らせると、微かな駆動音と共にドライバの全体に魔力が循環し始める。
「確かに、普通の騎士なら力任せに力を発揮しがちだから……低出力のドライバはほとんど世に出回らない…。ましてや、少量の魔力使用が基本のドライバに大量に回して、壊すのが目に見えてるのを好んで使う奴はいねーからな」
佐奈が天童の脚の指を力一杯踏みつけ、口許をマフラーで隠す。
その目は鋭く天童を睨み、足を擦りながら涙目の天童は「別に…お前を悪く言ったつもりはねーんだけど…」と小声で溢す。
新装備の佐奈が暁からの依頼にやる気を見せている中で、天童は頭の片隅にて、この世で最も殺したい奴の顔を思い浮かべていた。
『――憎いなら…力を貸そうか?…復讐は、俺の得意分野だッ!』
(黙ってろ…。久しく聞いてねーと思ってた矢先に、話し掛けてくんな。耳障りだ)
『連れねーな…。俺は、お前の本性を投影した…言わば合わせ鏡だ。目を反らしても、本性をは隠せねーぞ?――ハハハッ!』
(――黙れや…)
天童が真っ暗な自身の精神世界にて、鏡から天童を笑う真っ赤な眼光の自身を拳で割り砕く。
『そうやって、目を反らし続けてろ。一時の感情で、愚者に堕ちた…。哀れな――』
「――俺を哀れむなッ!…全て覚悟したんだよ。騎士団をこの手で潰して、黒の力を受け入れた!何もかも……覚悟の上だッ!」
目の前に散らばったガラスの破片を踏み砕き、呼吸を乱した天童が視界に移った一人の男を見て全身に魔力を巡らす。
「だからお前は、人間じゃなくて獣何だよ―――」
獣のような咆哮と共に、精神世界に響き渡る怒号と肉が抉られる音が深く鉤爪の様な生々しく残った痕跡をより一層引き立てる。
唸り声を挙げながら、獣のような気迫を放つ天童が自身の精神世界を躊躇無く破壊する。
『共感できないわ……。彼をそこまで追い込む理由も、その必要性も…一体何がしたいの?』
「おっとと…。これはこれは、先代様じゃねーですかー…。まぁ……質問に答えるとすれば、必要性は無いが――この先の戦いで天童はさらに強くなる。なんなら、どこまで行けるか気になるのは必然って奴だ。今の内に、枷を外しといても良いだろ?」
『……好きにしなさい。でも、迂闊に黒竜帝の力を弄ばない事ね。逆にあなたが呑み込まれるわよ?』
女と男の声はそこで途絶え、天童の元へと歩み寄る男が天童と融合しその後は唸り声も聞こえはしなかった。
「……天童…。……天童ッ!」
耳元で聞こえてきた声には、少し苛立ちが込められていた。
天童の肩を再度揺すり、朧気な視界が徐々に鮮明になり始める。
天童の真横に立っている佐奈が不機嫌な顔をして、未だに起きない天童を起こす為に、佐奈の小さな指先が天童の頬をつねる。
「んなに、引っ張んなよ。……メチャクチャ頬が痛いだが…」
「起きない天童が…悪い。渚も三奈もちゃんと起きてた…。天童だけ……起きなかったの」
バッグを片手に、大きなあくびをする天童が前を歩く佐奈に付いて、巨大なゲートを抜ける。
目映いほどのネオンと宙を飛び回り、ビルの隙間を通り抜ける飛行船の数々に観光客は驚き歓声を挙げる。
その中には、渚や三奈も入っており天童と佐奈が二人の元へと駆け寄ると、親切な旅行客が4人家族と思われた天童達にカメラを渡す。
同じ観光客のシャッターを切り、お礼にと天童達4人家族の写真を取って貰う。
顔の輪郭は八割残し、見た目を完全に変装し天童と佐奈を両者役にし、渚と三奈を子供役にした。
偽物の家族が、暁の依頼にあった『新宿』に足を踏み入れる。




